表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

213/243

第213話 人切り

意識が拡大する。

世界は情報へと変貌していく。

オリバーは自分への殺意を検索した。

(あった!)

その悪意の源泉へ、幽体を飛ばす。

次の瞬間、オリバーの意識は、暗雲垂れ込める京都の片隅、奥まった一室に浮かんでいた。


そこには、二人の男が向かい合っていた。

一人は、先ほどの手術に立ち会っていた御典医だ。

オリバーが予測した通りの人物だった。

顔色は土気色で、執刀中のオリバーを見ていた時の驚愕は、今はどす黒い嫉妬と憎悪に変色している。

微細な表情筋の変化から感情を読み取れるオリバーにとって、それは直接怒りをぶつけられたも同然だった。

御典医たちにしてみれば、自分たちが逆立ちしても不可能な術を難なく行う者の出現など、あってはならないことだった。

それは彼らの権威を失墜させる「敵対行為」に他ならない。


「……あれは医術ではない。物のもののけの類だ」

御典医が、震える声で吐き捨てた。

「和宮様の御体にメスを振るい、あのような呪術的な手際で肉を繋ぎ合わせる……。英国の獣に、神聖なる御所を汚されたのだ」


もう一人は、小柄で色が白く、女と見まがうばかりの青年であった。

「イギリス人か?」

青年は御典医の怒りには興味がなさそうに、淡々と問う。

「そうだ! そればかりではない。帝が英国との交渉に深く興味を持たれた。勝や岩倉同様、異国の物の怪にたぶらかされたに違いない」

青年の目に、奇妙な光が宿る。

「左様か……ふふふ、また一人、売国の輩が」

青年が、低いが透明感のある声で応じる。

「もう一人はどうでもよろしい。だが、あの若い方は必ず。国のためでござる」

「承知いたした」

「やってくれるか、河上殿」

「無論……」


(あれは、誰だ?)

【データベース照合結果を表示します】

男の名は『河上彦斎かわかみ げんさい』。幕末四大人斬りの一人として知られる刺客です。

【強敵ですね。戦闘レベルは10、サイラスと同等です。

ですが、非常に手強い。

一閃目の太刀筋が読めない可能性が高いです。

その一閃で勝負が決まります。まともにやり合えば分が悪いでしょう】

(あれって、もしかして……)

【はい。あなたの前世では、アニメの主人公のモデルにもなったと言われている人物です】

(人斬り抜刀斎かよ、マジかよ!)


御典医は、懐から一枚の書き付けを取り出した。

「明朝、早駕籠はやかごで神戸へ向かう……。日没前、東海道を下り伏見を抜けるはずだ」

彦斎の口元が、歪な笑みに吊り上がる。

その男の背後から噴き出す殺気のスペクトルが、オリバーにはどす黒い炎のように見えていた。


オリバーの意識は、一瞬で肉体へと引き戻された。

河上彦斎……。

そんな怪物が大手を振って京の街を闊歩しているのだから、当時の治安の悪さは極めつけだ。

歴史マニアとしては一度拝んでみたい相手ではあるが、今回は別だ。

明確な殺意を向けてくる暗殺者など、御免被る。


オリバーは即座に出発を決意した。

全速で走る自分に、彦斎は決して追いつけない。

もし馬で追ってきても、石礫いしつぶてで馬を潰せばいい。

この時代、オリバーの脚力に追いつける乗り物など存在しないのだ。

問題は、エリオットの安全確保だった。


オリバーはすぐさま勝海舟の元へ向かった。

「勝さん、お願いがあります。すぐにエリオットさんを連れて、津の港から横浜まで逃げてもらえますか? そこでエリオットさんをビルマ行きの船に乗せてほしいんです」

こうなればエリオットは別経路を行った方が安全だ。

「そりゃ一体、どうしたってんだい?」

「危険な臭いがするんです。津までは京都見廻組の護衛を頼めますか?」

勝は何か言いたげな表情を浮かべたが、それを飲み込んだ。

オリバーが自ら囮を引き受ける算段だと察したのだ。

「そりゃ構わねえが……。早い方がいいんだな?」

「早ければ早いほど安全です」

「誰かに狙われてるってことかい。だがよ、おめえはどうするんだ」

「俺は、今から神戸まで走ります」

「走るだと?」

「はい。今から御所へ行って、すぐに出発することを伝えてきます」

「なんだと! 敵は御所か? わざわざ危ない橋を渡るこたあねえ。岩倉卿に後を任せる手だってあるんだぜ」

「いいえ、御典医様に少し、話しておきたいことがありまして」

「おい、あんまり無理すんじゃねえぞ」


勝は即座に動き始めた。

京都見廻組との交渉、岩倉への挨拶。

幕臣である勝と、護衛の見廻組がいれば、ひとまずはエリオットの安全は確保されたと言っていい。

それに、御典医の狙いはオリバー自身だ。

彦斎を街道の奥深く、東海道まで誘い出してしまえば、あとは一気に走り抜けて逃げ切れる。

時速20キロを維持すれば、四時間程度で神戸に着ける自信があった。


御所へ戻ると、御典医はすぐに会ってくれた。

「先ほどは見事な治療を見せていただきました。私に何かお話でも?」

愛想よく笑うその顔は、先ほどのどす黒い表情とは似ても似つかない。

「はい。術後の処置についての確認です」

「重々、承知しております。すべてお任せください」

「ありがとうございます。これで安心して旅立てます。……話はそれだけです」

「明朝、ご出立とか?」

「いえ、これから神戸に向けてすぐに出発します。慌ただしく申し訳ありませんが、ご容赦を」

御典医の表情が一瞬強張るが、すぐに取り繕った。

「そうでしたか、それは残念。ですが、しばしお待ちを。今、茶など用意させますから」

そう言うと、慌ただしく立ち上がって部屋を出ていく。

明確な足止めだ。

オリバーの幽体がその後を追うと、案の定、男の顔は「逃がしてなるものか」という形相に変わっていた。

男は手紙をしたため、それを家人らしき人物に託した。


【引っかかりましたね】

(これでエリオットさんの方は大丈夫だな。あとは逃げるだけだ)

御典医が下女を伴って戻り、茶を振る舞った。

「それにしても、あの手術、お見事なお手前でした」

「あの……」

「何でしょうか?」

「手術の技術そのものは、医療においてさほど大きな意味はありませんよね?」

「……どういう意味ですかな?」

「私のような一介の医師がどれほど高い技能を振るったとしても、救える命はたった一人。それに比べて、多くの医師を率い、医術の道を説く。その道が広がれば、どれほど多くの人が救われることか。それこそが、誇るべきことでしょう?」

その言葉に、御典医の顔が青ざめる。

医術を権力の道具としか考えていない男の胸に、オリバーの皮肉が深く突き刺さったのだ。

「それは……また、ご立派なご意見ですな」

引き攣った笑顔が、ひくひくと震えている。

【ほら、やっぱり怒らせたじゃないですか】

(いいだろ、俺はただ公衆衛生と保健行政の大切さを教えてやっただけだ)

【それが『上から目線』だって言ってるんですよ。でも、挑発は成功ですね。さっさと逃げましょう】

(了解!)

「あはは、余計なことを申し上げました。では、私はこれで……」

オリバーが腰を浮かすと、御典医も慌てて腰を浮かす。


だが、その時……。

「失礼いたします」

障子の向こうから、遠慮がちな女性の声がした。

「なんじゃ?」

「オリバー様がおいでと伺いまして……」

「うむ、ここにおられるが」

「和宮様がお目覚めで、オリバー様とお話をなさりたいとのことにございます」

御典医の口元に、微かな笑みが浮かんだ。

足止めをするまでもなかった。

これで逃げられまい……そう確信したに違いない。

【まずいですね。出発が遅れたら、逃げ切れない可能性が出てきますよ】

(抜刀斎の居合って、そんなに凄いのか?)

【感覚強化で見えるとは思いますが、見えた瞬間にはもう斬られている……というレベルです】

(厄介なことになったな……)

だが、行かないわけにはいかない。

オリバーは迎えの女中に連れられ、渋々と和宮の部屋へと向かうのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
オリバー君も火薬の本場から来たんだしTHE FINAL SECRET SWORD KAGUZUCHIくらい使えるでしょ!w 今から白目剥いて倒れる練習しないと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ