第21話 言い訳
朝の八時、サワベリーはウィンザー家に棺を届けると、その足で警察署へ駆け込んだ。
「屈強な男たちに襲われた!十人はいたはずです。子供が……ああ、もう殺されてしまったかもしれません!」
受付にいたのは、小太りでちょび髭の警察官。新聞を読みながら、迷惑そうに顔を上げた。
「……はぁ?」
「お願いです、急いでください!子供が危険なんです!」
「まずは落ち着きなさい。何があったのか、ゆっくり話してくれ」
「落ち着いてる場合じゃありません!どうか助けてください!」
警察官はさらに困惑した顔になった。
「子供って……あんたの息子か?」
「いえ、違います。うちで雇っている丁稚です」
「ふむ、それでこのロンドンの真ん中で、十人もの殺し屋が子供を襲っていると?」
「はい!あれは素人ではありません。プロの仕事人です!」
「その子供、名前は?」
「オリバーといいます。救貧院出身で、身寄りはありません。私が親代わりとして養育しています」
「救貧院だって……ふむぅ。正直なところ、あんたが寝ぼけてるようにしか見えん。もしくは……朝から酒でも引っかけたか?」
「そんな……違います!」
「申し訳ないが、今は他の緊急案件で手が回らんのだ。そんな荒唐無稽な話、耳を貸す暇はない。さ、出ていきなさい。でないと、虚偽通報で法の裁きを受けることになるぞ?」
サワベリーは震え上がり、すごすごと警察署を後にした。
警察官は煙草をふかしながら、再び新聞へ目を戻した。
店に戻ったサワベリーは、夫人にすべてを話した。
「オリバーが殺し屋に襲われているだって!?」
夫人は甲高い声で喚いた。
「そ、そうなんだ。……いったい、どうすればいい?」
「で、葬儀はどうするんだい?」
「手筈は整っている。だが、特別葬儀ではオリバーが棺を先導することになっていたんだ」
「でも、そいつがいないなら話にならないじゃないか。普通の葬儀にすればいいのさ」
「だが、オリバーは……」
「知らないねぇ!」
夫人は吐き捨てるように言った。
「あんた、いい加減に目を覚ましな!今はオリバーじゃなくて、ウィンザー様の葬儀の方が大事なんだよ。わかってるのかい?」
確かに、それも一理ある。
「それに、あたしゃ最初から特別葬儀なんて気に入らなかったのさ。オリバーって子供、なんだか胡散臭いじゃないか。少しばかり儲けさせてもらったからって、あんたも甘やかすもんじゃないよ。そもそも、殺し屋に襲われた?裏があるに決まってるね」
「……裏?」
「ああ、そうさ。あの子が何か企んでるんだよ。十人に襲われたって?ならとっくに死んでるはずだろ?でも、ひょっこり戻ってきたら――あんたも目が覚めるってもんさ」
その言葉に、妙な説得力があった。
「わかったら、さっさとウィンザー様のお屋敷へ行きな!」
「ところで、ノアはどうした?」
「そう言えば見ないねぇ。どこをほっつき歩いてるんだか。オリバーが来てから、あの子も変になったと思わないかい?」
「そ、そうだろうか?」
ノアがいないのでは仕方がない。
サワベリーは迷いながらも、再びウィンザー家の邸宅を目指した。




