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第12話 サワベリー葬儀店

サワベリー葬儀店——看板だけが場違いに立派な、くたびれた建物だった。

「……ここですか?」

ウイリアムはセバスチャンを見る。

「そのようですね」

「なんか……パッとしませんね……」

二人が躊躇していると、古びた飾りのついた扉が突然、ギイィィ……ときしみ音を立てて開いた。

痩せて眼光の鋭い女がぬっと現れた。

ウイリアムは目を丸くして思わず一歩引く。

百年前なら魔女狩りで火炙りにあいそうなそんな風貌だったからだ。

女の方も、二人の男を頭のてっぺんからつま先までじろじろと値踏みするように見つめたあと、ふいに笑顔を浮かべた。

「葬儀のご注文でございますか?」

声は顔に似合わず愛想がよかった。

「はい、まあ……」

「あんた! お客さんだよ!」

と女は奥に向かって怒鳴った。

二人は、そのまま応接室らしき部屋へと通される。

壁には大小の棺の模型と、くすんだ十字架の飾り。どこか場違いに荘厳な雰囲気を放っている。

机越しに座っていたのは、灰色のスーツを着た中年男、葬儀屋のサワベリー。その隣には、先ほどの魔女がぴたりと控えていた。

無愛想な若い娘が紅茶を置いて、無言でウイリアムの顔をじろりと見したあと、ずかずかと部屋を出て行った。

...なんだ、今の娘は?...

無遠慮な一瞥にウイリアムは内心でうめいた。

老執事セバスチャンが深く一礼して、丁寧に切り出した。

「お忙しいところ失礼いたします。早速ですが、ご葬儀を一件、急遽お願いできないかと思い、まいりました。明日の午前でございます」

サワベリーは低くうめく。

...明日だと!? また急な話を……こちとら日に3件で手一杯なんだ。第一、牧師だってそう簡単に空いてるわけがねえ…

もちろん口には出さず、顔をしかめる。

「無理です。明日など絶対に無理です。うちがどういう店かご存じでしょう? 手抜きの真似はできませんのよ」

夫人がぴしゃりと言い放つ。

「もちろん、評判はよく存じ上げております。ですからこそ、お願いにまいったのです。今回の件は、ウィンザー家のお嬢様のご葬儀。そして参列予定者の中には、ロスチャイルド家とも縁ある方も含まれています」

サワベリーは紅茶を吹きそうになった。

...ロス……なに? 今、ロスチャイルドって言ったか……?...

それはサワベリーにとって、天上人の名前だった。

サワベリー夫人が片眉をわずかに上げた。

サワベリーは思わず背筋を伸ばした。夫人がこの表情をするとき、たいてい厄介ごとが始まるのを彼は経験的に知っていた。

「あっはっは、いやいや、実は3件目がちょっと詰まってて……」

ごまかすように笑ってみせる。

「失礼ですが、葬儀料については、できるだけのことはさせていただきたいと考えております」

「はぁ……」

サワベリーは考え込むようにうつむく。

...格式の高い葬儀ってのは気疲れするが、子供の葬儀であればオリバーさえ出しときゃなんとかなってんだよな、最近。あいつの笑顔は謎に効く…

しかもロスチャイルドのような名家と繋がりができれば、今後の営業にも弾みがつく。

そのとき、隣でずっと黙っていたウイリアムが口を開いた。

「あの、一つよろしいでしょうか? こちらでは子ども用の特別葬儀をされていると聞いたのですが」

「ええ、ございますとも。とても特別なものでございます。料金のほうも...」

「あの、先程、そちらの葬列と思われるものを見かけました。先頭を歩いていた少年……あの子は?」

「ああ、オリバーですね。当店の者でございますよ。特別に信仰の厚い子でしてね、私どもの理念をよく理解してくれる良い子なんです。……料金のほうは、お安いとは申しませんが」

夫人は満面の笑みを浮かべた。

「そうですか。それでしたら、そのオリバー君にご参列いただければ、亡くなったお嬢様も、ご家族もさぞお喜びになるかと。ね、セバスチャンさん?」

「はい、私に異存はございません。明日の葬儀、お約束いただけるのであれば、ご主人様も奥様もご納得されるはずです」

「あなた、明日の昼の子ども葬儀は一件だけでしたね?」

「まぁ、それはそうなんだが……」

...あの強欲な牧師がそんな無理を聞いてくれるか?やっぱ、割増要求するだろうな。墓掘りのビルの野郎には酒でも持っていくか?いやいや、そもそもあの牧師でいいのかよ?…

「なら、詰めるしかありませんわね。4件、できますでしょう?」

...おいおいおい……勝手に決まっていくぞ!?...

「あの教会は、特別に司教様にお願いするって話なら、うちでは無理ですよ」

「いえ、信仰の厚い牧師様であれば、どなたでも結構です。ご主人様は格式にはこだわられませんので……」

「……では、お引き受けいたします」

夫人の快諾にサワベリーも諦めたように頷く。


「可能であれば、明朝までに小さな白い棺をひとつ、なるべく上等な仕上げで」

「いや、それは……」

「もちろんでございます。その分、お支払いの方は……ふふふ」

「そ、そうだな……」

...ノアが……ノアが絶対にキレる。…

そう思ったが、ここはやってもらわねばならない。この店にとって正念場なのだ。頑張ってもらうしかあるまい。


ウィンザー家に戻ったウイリアムと老執事セバスチャンは、夫人に事の顛末を報告した。

「上等な子供用の棺が、明日の早朝に届けられる予定でございます」

「まあ、本当にありがとう。あなたのおかげよ、ウイリアム」

「いえ、私はセバスチャンさんが交渉されるのを、隣で見ていただけですから」

「でも、あなたがいなければ、私たちでは思いつきもしなかったわ」

「では、私はこれで失礼いたします。明日の葬儀には、母とともに参列させていただきます」

「本当にありがとう。……あの子も、きっと喜ぶわ」

夫人は重ねて礼を述べた。

ふとウイリアムが気になったように尋ねる。

「もう一人のお嬢様の具合はいかがですか?」

「それが……まだ、熱が下がりませんの」

夫人の顔が再び曇る。

「そうですか……どうか、お大事に」

そう言って、ウイリアムは深々と一礼し、屋敷を後にした。

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