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第112話 幻惑の森(続)

第4フェーズへ入る前に、罠にかかった敵、アダムを回収に向かった。

運の悪い男だった。

仕掛けた落とし穴の木材の一つが、落下の際に頭を直撃したらしい。

オリバーが上から覗くと、アダムは意識を失って倒れていた。

彼をレンと共に村外れの目立たない場所に縛り上げておく。


最後のフェーズは、ひたすら敵を監視することだった。

人が深い森で暗闇の中、道に迷わないためには、星や月の位置を頼りに方向を定めるしかない。

だがこの方法が有効なのは、前方に真っすぐ進める地形に限られる。

「ヨーダ、敵は上手く罠にかかったか?」

【方向偏差は一歩進むごとに平均0.8度。人間の感覚では補正不能ですね】

障害物を避けるたびに、進行方向は微妙にずれる。

しかも森の景色は、まるでフラクタル構造のように似通っており、

どこを見ても同じような風景が続く。

オリバーはその特質を逆手に取った。

森を真上から俯瞰し、迷いやすい経路を精密に計算して障害物を配置したのだ。

夜であれば、ほとんどの人間は同じ場所を延々と彷徨うことになる。

この配置計算には膨大な数学的演算処理が必要だが、ヨーダは数秒で最適解を導き出した。

「これで、本当にミッションクリアなのか?」

ちょっと、あっけなさ過ぎる位だったので、本当に大丈夫なのだろうかと首を捻る。


森の巨木の枝上で結跏趺坐したオリバーは、『天眼智』を発動し、

サイラスたちの様子を観察していた。

全ては予定通りだった。

敵はもう何時間も同じ場所を彷徨い続けている。

さすがのサイラスの顔にも焦燥の色が深く刻まれていた。


時折、闇の中から散発的に石つぶてが飛んでくる。

予測しづらいその攻撃は意外に厄介で、

マルコムがすでに軽傷を負っていた。

ただ一人、ピエロだけはそれを軽々と躱している。

その瞳は、獣のような光を帯びて威圧するように周囲を見回していた。


【あとは、明け方のタイミングで一つの障害物を取り除くだけですね】

ヨーダの声が脳裏に響く。

障害物はオリバーの『筋力強化』レベル10でようやく動かせる重量だ。

普通の人間には到底無理だ。

それを取り除けば、サイラスたちは縛り上げられたレンとアダムに遭遇するだろう。

そうなれば、いくら強力な戦力を揃えても仮面の男の暗殺は不可能だと悟るはずだ。


とはいえ、彼らがこれで諦めるとは思えない。

だが時間は十分稼げた。

次のミッションは、敵の本体を突き止め、落としどころを探ることだ。

利害が一致すれば、共存は可能なはずだ。

取り分を2:8まで譲歩すれば、たいていの交渉は成立する。

敵が外交交渉に応じれば、和平は成立する。

暗殺者を送る意味も消える。

ハムステッド村とウィットフィールド村を守るだけなら、それで十分。

オリバーに、それ以上を望む理由はなかった。


あとは朝を待ち、罠を解除すればミッションクリアだ。

その夜は珍しく、雲の切れ間から満月が顔を覗かせていた。

いままでの緊張が心地よく解けていく。

「風流だな……」

一人ごちて、竹筒のコーヒーを一口すする。

こんな夜は、日本酒と甘い団子でも欲しい。

冷も良いが燗もいい。

コタツに入って濃い玉露を団子と一緒に飲む。

思えば前世の日本は、実に平和で豊かだった。

コンビニに行けば、みたらし団子もごま大福も柏餅も、深夜でも買えた。

金曜の夜にはオンラインゲームでキャラを育てながら、

アニメを見つつ、チャットを待つ。

あれは、今思えば至福の日々だった。

考えてみれば、あそこには楚辺手があった。


敵は相変わらず、空しいループを繰り返している。

【そろそろ、やっときますか……】

ヨーダがさらに攪乱策を提案した。

森の中で二十メートル以上の高さから特定の方向へ声を放つと、

「遅延反射」という現象が起こる。

それを利用すれば、周囲を囲まれているような錯覚を与えることができる。

つまり、仮面の男が複数いるように思い込ませる作戦だった。


一方その頃。

サイラスは部下に命じた。

「これ以上は無駄だ。ここで朝を待つ。太陽が出れば抜け出せる」

三人は携帯食を取り出し、水筒の水を飲んだ。

「レンとアダムはどうしたでしょうね?」

マルコムが不安げに問う。

森は夜の闇に沈み、うっそうとした枝葉が月光を遮っていた。

湿った土の匂いと、遠くで鳴くフクロウの声。

風が梢を渡るたび、どこかで何かが這うような微かな音がした。

「分からん。あの二人がそう簡単にやられるとは思えん。心配するな」

「それにしても、ここまで周到に仕掛けてくるとは……」

「言うな。それは今考えることじゃない」

マルコムの言いたいことは分かる。

組織内に仮面の男と通じる裏切り者がいる。


石つぶての攻撃が止んでから、すでに久しい。

「少し仮眠を取れ。見張りは俺がする」

「いえ……とても眠れる気がしません」

「そうか……ん?」


その時、周囲から不気味な声が響いた。

敵がこちらを監視している。

「やはり囲まれてますね」

「いや、違う。敵は恐らく一人だ」

「なぜです?」

「もし複数なら、とっくに俺たちを仕留めに来ているはずだ。だが奴は姿を現さない」

「言われてみれば、確かに……」

「落ち着いて待てば、朝まで凌げる」


ふと、サイラスの背筋に冷たい感覚が走った。

ビクリとして振り返ると、ピエロの瞳が野生の獣のように光っていた。

「……いた!」

ピエロが低く呟くと、野猿のように木に駆け上り、木を伝って闇に消えた。


サイラスとマルコムは、その姿をただ呆然と見送った。

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