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第101話 命懸け

状況は最悪だった。

熟練の弁護士ディックでさえ、ここまで来ると手の打ちようがないという。

ディックとトーマスも、ヨーダの推測と同様に、カリマの背後で利権構造を握る大きな権力が動いた可能性を示唆した。

『天眼智』でメアリーの状態を探ることはできたが、『超共感』で同期することは不可能だった。

阿片の影響が抜けない限り、心的エネルギーの消耗が激しすぎる。

メアリーだけでなく、オリバーまでもが生命エネルギーを失う危険があった。

ディックとジェームズたちとは別れ、オリバーはトーマスと共にチャドウィック家の屋敷へ戻った。


官庁から帰宅したエドウィンが、すでに待っていた。

トーマスから経緯を聞くと、腕を組み、深く考え込む。

「エドウィン。あなたの力で警察を動かすことはできないのですか?」

トーマスが問い詰める。

エドウィンには一定の政治的影響力があった。

「それほど簡単な問題ではない。」

「ですが、エドウィン。あのメアリーという娘には、なんの咎もないのですよ。」

「トーマス。君の憤りは理解できる。だが、これはもはや一介のドレスメーカーを相手にした訴訟ではない。警察が強制執行を延期したという事実...それ自体が、内務省レベル、あるいはそれ以上の高官の介入を示している。」

トーマスは肩を落とし、深い溜息をついた。


エドウィンの視線が鋭くオリバーに向けられる。

「オリバー。この件はお前の考えか?私は言ったはずだ。この国を支配している者たちは、お前のようなやり方を決して許容しない。結果として、お前の行動が咎のない娘の不幸を呼んだのだ。」


「ですが、何もせずに見過ごせというのですか?俺には、そんなことはできません!」

エドウィンの言葉は痛烈だった。

しかし、それが真実でもあった。

もっと他に方法があったのかもしれない。

だが、今となっては遅い。

オリバーの胸に、込み上げる激情と悲しみがあふれ出す。

なぜ母は、あんなに悲しそうな顔で死んでいったのか。

親友ジョーイは、なぜあんな結末を迎えなければならなかったのか。

なぜ、メアリーが……ホリーはどうなる。

「なんでそんなこと言うんですか?お願いです、助けてください!」

オリバーは泣きながらエドウィンにすがりついた。

エドウィンは苦渋に満ちた表情で、それを見つめるしかなかった。

見かねたメラニーがそっとオリバーを抱きしめ、寝室へと導いていく。

寝室に戻ると、『平静』スキルが最大レベルで発動した。

次第に冷静さが戻ってくる。

その瞬間を見計らったように、ヨーダの声が響いた。

【冷静になったようですね】

オリバーは拳を固く握りしめ、虚空を見つめる。

「……何か……方法はないのか?」

泣き疲れた声がかすれる。

【推奨できる提案はありません】

「推奨できない提案なら、あるってことか……?」

【……】

「頼む、教えてくれ」

【やることは前回と同じです。『天眼智』で状態を確信し、『超共感』で同期。そして『生存限界』の治癒力を使う】

「はっ?それができれば苦労しない!」

【あの状態でも、一度だけ共感値を100%にできる可能性があります。ただし成功率は極めて低い。撤退を誤れば、術者が対象者と同一のダメージを受けます】

「その機会とは?」

【本当にやるのですか?あなたの命が危険に晒されます】

「……やる」

【では説明します。機会は“生と死の狭間”...死を迎える瞬間、肉体との接続が保たれたまま意識が解放される、その一瞬です】

「臨死状態か?」

【その通りです。その瞬間に『超共感』を使うのです。臨死状態では対象者の時間感覚は大きく伸びます。実時間で数秒でも、数日、数年に感じられることもあります。それに合わせて『天眼智』の思考速度を調整しなければ、同期がずれます。ずれた時点でゲームオーバーです】

「なるほど……わかった。急ごう」

【もう一つ、重要な注意事項があります】

「なんだ?早く言え」

【臨死時間には決まった長さがありません。対象者次第で突然終了します。その場合、あなたの生還率は極めて小さい】

一瞬、心が怯んだ。

【やはり中止しますか?】

ふと、死んだ母の顔が浮かぶ。

その瞳には、命を賭ける覚悟と深い愛情があった。

俺はどうなんだ?

メアリーとは会ったことすらない。

同情か?ホリーのためか?

違う。ホリーとは恋人ですらない。

では、俺は何のために命を賭ける?

だが、ここで止めたらどうなる。

メアリーは今晩中に死ぬだろう。

そんな十字架を背負って生きていけるか?


【時間がありません】

ヨーダの声が、限りなく冷徹に響いた。

人には命を賭けるべき時がある。

それが誰のためでもいい。

それが自分自身を裏切らない行為だと信じられるなら...

それだけでいい。


オリバーは静かに結跏趺坐を組んだ。

意識が研ぎ澄まされていく。

メアリーが見える。

小さな部屋で、憑かれたようにデザインを描き続けていた。

命の灯が消えかけているにもかかわらず、必死にペンを走らせる。

その顔を見て、オリバーは息を呑んだ。

そこには...絶望がなかった。

【もうすぐ始まります】

未完のデザインを前に、メアリーの身体がゆっくりと倒れる。

オリバーの意識は、その中へと吸い込まれていった...

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