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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

甘噛みされて離れられない!?~牢獄から始まるヴァンパイア皇子の愛玩支配~

「いいか!! 貴様は我ら高貴なるヴァンパイア族の家畜なんだぞ!! 分かっているのか!!」


 冷たい石造りの地下牢に、鞭の鋭い音が何度も響き渡った。その音は、閉ざされた空間に響く無慈悲な宣告であり、私の皮膚を裂くたびに空気が張り詰める。焼けつくような熱さが肌に残り、感覚は麻痺しつつも鋭い痛みだけは鮮明だった。


 十二歳のドラク第一皇子は、肥え太った身体を揺らし、真っ赤な顔で得意げに笑っている。しかしその笑顔の奥には、自分の力を証明したい焦りと恐れが混在していた。兄として、皇子として、認められたい——その歪な願望が、鞭を振るう手を加速させていたのだろう。


「お前のその反抗的な態度はなんだ!!」

「……申し訳ありません」

「家畜のくせに俺様を舐めやがって!! 鳴いてみろよ!! 泣き喚く声が一番うまいんだぞ!!」


(鳴けば鳴くほど調子に乗るくせに……哀れな子供だわ)


 鞭が打たれるたび、鉄錆びた血と汗の匂いが鼻を突く。皮膚は腫れ、熱を帯び、呼吸をするたびにズキズキとした痛みが全身を駆け抜けた。それでも私の心の奥底は冷めていた。どんな辱めも、もう驚くほど感情が揺れなくなってしまっていた。


「おい、ヴラド! お前もやれ!」


 隣で肩を小さくすくめたのは、まだ十歳のヴラド第二皇子。黄金の瞳が恐怖と葛藤で濁り、兄の命令に従いたくない気持ちと逆らえない現実の狭間で、唇を噛みしめていた。


(兄への恐怖、自分の弱さへの嫌悪……分かるわ。私も昔はそうだったもの)


「……いやだよ。僕はそんなこと……できない」


 ドラクは苛立ちを募らせて舌打ちし、地面を荒々しく蹴り上げた。


「“御主人様”。私には、ドラク様の調教こそが最も響きます。兄上としての威厳と力を、弟君にお示しになってはいかがですか?」


 この言葉に、ドラクは鼻を高くし、得意げに笑った。その顔は滑稽で哀れで、同時に恐ろしい。自分の力を証明しようと必死な、幼い怪物。


 私はただ、鎖に繋がれたまま、冷たい床に視線を落とした。冷え切った石の感触が、唯一現実を感じさせる。心の奥では、絶望を抱えつつもどこか冷静にこの光景を見下ろしている自分がいた。諦めを超えた達観——生き延びることに意味はなく、ただ終わりを待つだけの存在。


 この静寂の先に何が待つのか、もう私すら知ろうとしない——ただ、終わりだけを祈っていた。




 調教という名の儀式が終わり、私の身体は床に崩れ落ちていた。火照りと痛みの波が交互に押し寄せる中、目を閉じても眠りは訪れない。冷たい石の感触が背中に伝わり、現実を突きつけてくるだけだった。薄暗い天井の模様をぼんやりと眺めながら、ただ息をして生きている自分を持て余していた。その一方で、ほんのかすかな希望——終わりの先に訪れる何かを夢想する自分もいた。


 その時、不意に気配を感じた。冷たい空気がわずかに動き、かすかに血の香りが鼻をかすめる。誰かの視線が針のように突き刺さる感覚は、もう慣れてしまったものだったけれど、今日は少し違った。


(また来たわね……)


 鉄格子の向こうに、あの黄金の瞳がじっとこちらを見つめていた。ヴラド第二皇子。恐怖と後悔に揺れる表情を隠しきれず、ただ立ち尽くしている。両手を握りしめ、小さく震えるその姿が、かえって胸に刺さる。


「……そんなに見られていたら、眠れないんだけど」


 弱々しく口を開いた私の声に、彼はハッと目を見開き、慌てて目を逸らした。その耳の先が赤く染まっているのが見えて、少しだけ口元が緩む。


「ごめん……本当に……」


 小さな手が震えながら鍵を持ち、ぎこちなく牢の扉を開ける音が響いた。金属の軋む音が、静かな空間に重く沈む。その音は、彼自身の覚悟のなさを責めるように響いている気がした。


「何? ついにあなたも“御主人様”としての務めを果たしに来たの?」


 皮肉交じりに言うと、ヴラドは苦しげに顔を歪めた。喉元で言葉を詰まらせ、唇を噛んでいる。その目に、兄への恐怖と、血を吸うことへの本能的な恐れが交錯しているのが見て取れた。


「違う……僕は、ただ……謝りたくて……でも、それじゃ何も変わらないってわかってる……」


 私は目を細めて彼を見つめた。小さくて儚げなその姿は、恐ろしいヴァンパイアというより、迷子の子犬のようだった。何もできない自分を責めているその瞳が、痛々しいほどに純粋で眩しい。けれど、どこかに決意の種が芽吹いているようにも感じられた。


「謝るくらいなら、せめて私に一つだけお願いを聞いてくれない?」


「……え?」


「私の血……飲んで」


 ヴラドの表情は一瞬にして凍り付いた。驚きと恐れ、混乱と羞恥。彼の中で、葛藤と恐怖が渦を巻く音が聞こえてくるようだった。小さな肩が震え、唇がわずかに開きかけて、また閉じられる。


「ぼ、僕が……? そんなこと、できるわけが……」


 彼はかすれた声で絞り出すように言った。私はゆっくりと上半身を起こし、傷だらけの手を差し伸べる。


「怖い? でもね、ヴラド。あなたが一歩を踏み出さない限り、きっと何も変わらないわ」


 ヴラドは涙をこぼしそうになりながらも、ゆっくりとこちらに近付いてきた。その動きは恐ろしく慎重で、まるで硝子細工に触れるような繊細さだった。その姿に、私は未来が変わる兆しを感じた。


「……本当に、いいの?」


 私は小さく頷く。そしてそっと首筋を差し出した。


「私の名はレイラ。……あなたになら、許せる気がするの」


 彼の瞳が深く揺れ、ついに決意の光を灯した。小さな口が、そっと私の肌に触れる。冷たく柔らかい感触の後に、微かに鋭い痛みが走った。その瞬間、私はほんの少しだけ笑みを浮かべた。痛みの中で、不思議と心が温かくなる感覚があった。——この瞬間が、きっと未来の始まりなのだと確信していた。




 それから五年——。


 私は豪奢なドレスを纏い、ヴラドの寝室の柔らかなベッドに腰掛けていた。深紅のカーテンが優雅に揺れ、その隙間から差し込む月明かりが銀色の糸のように床を飾る。薄い霧が窓の外に漂い、二人の影を静かに繋いでいた。


「僕を変えたのは君だ」


 振り返った彼に、かつての幼さはもうなかった。鋭く整った顔立ちと堂々とした佇まい。その瞳に宿るのは自信と決意。しかし、その金色の瞳だけは昔と同じように私だけを見つめている。


「今日も血を分けて」


 彼の指が私の顎をそっと持ち上げる。その触れ方は優しくも支配的で、抗うことのできない運命を感じさせた。指先から伝わる熱に心臓が早鐘を打つ。


「最初は僕が奪われる側だったのに」


「……その話はやめて」


 唇が首筋に触れるだけで、身体は熱を帯び、意識がとろける。脈が速まり、呼吸が浅くなる感覚が恐ろしいほど心地良い。


「君の血は至高だ」


「恥ずかしい……」


 指先が髪を優しく撫で、舌が唇を湿らせる仕草に獣性が滲み出る。獲物を前にした猛獣が本能に従う寸前の緊張感。


「父上を超えられたのは君のおかげ」


「……殺さなくてもよかったのに」


 まるで家の中に虫がいたから摘まんで追い出しました、みたいな言い方をしているけれど……実際のところはただの処刑だった。


「だって、それが一番手っ取り早かったしね。実際、父上を倒したら全員黙ったでしょう?」


「それはそう、だけど……」


 超実力主義であるヴァンパイアにとって、力こそ正義だった。特に前皇帝は己より弱い他種族を血の詰まった袋か、喋る人形程度にしか思っていなかった。それがこの国では是とされてきたから。


 だけどヴラド様は、ヴァンパイアの常識や価値観をガラッと変えてしまったのだ。


「それにしても意外だったなぁ。痛めつけた処女の血ではなく、愛し合ったパートナーの血の方が強くなれるとはね」


「言わないでよ……恥ずかしい……」


 最初は意趣返しとか、復讐のために傷付けてやろうと思って血を飲ませたのに。いつの間にか私は、彼にすっかり絆されてしまっていた。そして吸血を続けているうちに、彼は誰よりも強くなってしまった。


 ……うん、我ながらチョロいと思う。


 だけど生涯で初めて優しくされた相手に惚れたって良いじゃない。……未だに面と向かって、好きって言えたことがないけれど。


「ヴラド様は私の他に女を囲わないの? 今の貴方なら引く手あまたでしょうに」


 実力主義のヴァンパイアしかり、他種族にも融和を試み始めているヴラド様は男女問わず人気を博している。第一皇子であるドラク様よりも、第二皇子の彼を次期皇帝に推す声も多いほどだ。というより、そうなると思う。


 そして私という新しい前例ができてしまえば、傍に置いて欲しいと願う家畜はこれからも増えるはず。


「いやだよ。僕は生涯、レイラ以外の血を吸う気はないよ。だいたい、僕はレイラたちを家畜だなんて一度も思ったこともない」


「またそんな事を言って……私は人間です。果ての無い寿命を持つヴァンパイアに、添い遂げることはできないのですから……」


「その通りだ!!」


 バン、と大きな音と共に寝室の扉が開かれた。


「兄上……弟の寝室に押し入るとはお行儀が悪いのでは?」


 部屋の入り口に立っていたのは、ヴラド様の兄上――ドラク皇子だった。


「我ら高貴なるヴァンパイアにとって、血とは力に等しい。その家畜が死ねば、いずれお前は俺様よりも弱くなる……そんな男が、皇帝の座に相応しいとは到底思えんよなぁ!?」


 幼い時から変わることのない、いやらしい視線を私に向けるドラク皇子。私のことを血としか見ていない、あの薄汚い瞳だ。


「それで兄上は、その手に持った剣でレイラを害するおつもりですか?」


 ゆっくりとベッドから降りたヴラド様は、壁に掛けてあった自分の愛剣を手に取った。すでにドラク皇子の手にも剣が握られている。


「クク。死んだ後の血は俺様が有効利用してやるよ。愛だなんだとくだらない理由で強くなれるのならば、愛し合っている奴らから奪って啜れば解決するだろう?」


 ――その瞬間。ヴラド様の全身から、身の毛がよだつほどの殺気が溢れ出した。


「本当に何も理解されていないようですね、兄上。いえ、僕もう貴方を兄とは思わない」


「あん? 俺様は貴様を弟だと思ったことは一度もないぜ。貴様みたいな弱虫なヴァンパイアなど、皇族の恥晒しだ」


「……旧世代のヴァンパイアはもう、滅びるべきかもしれないな」


 ドラクは舌打ちし、猛然とヴラドに斬りかかってきた。その剣筋は荒々しくも重く、一撃で全てを断ち切ろうとする気迫に満ちていた。しかし、ヴラドは静かに一歩横にずれ、まるで風を避けるようにそれをかわした。


「遅い」


 一言、冷たく呟くと同時に、ヴラドの剣が閃いた。鋭い音とともにドラクの剣は弾き飛ばされ、床に鈍い音を立てて転がった。


「兄上、力とは恐怖で縛るものではなく、信頼で築くものです」


「黙れぇぇぇ!!」


 ドラクは拳を振り上げて襲い掛かろうとしたが、ヴラドの一閃がその動きを止めた。胸元に深々と刻まれた傷口から血が溢れ、ドラクはその場に膝をついた。


「旧き支配はここで終わりです」


 ヴラドの声は静かで冷たく、そして揺るぎないものだった。


「まったく、素敵な夜を邪魔されちゃったね」


 実の兄の血を浴びたヴラド様は眉を下げて笑った。彼自身はきっと、傷一つ付いてはいないだろう。


 それでも私は居ても立っても居られず、彼に駆け寄った。


「どうしてここまで……それに私が居る限り、ヴラド様は……」


 私はいずれ、この世からこっそり消えるつもりだった。望んでいた当初の復讐は果たせたと思うから。きっと私が居なくなっても、ヴラド様は私を覚えてくれる。そう信じられるほどのものを、彼から貰えたから。


「あぁ、あのクズが言っていたアレかい? レイラは僕と同じ、長命種だから寿命を気にする必要はないよ?」


 ——え?


「気付いてなかった? レイラは人間じゃなくてもう僕の眷属だよ? だからキミの血を吸っている限り、ほぼ不死なんだ」


「う、うそ……?」


「ちなみに僕がキミを欲しがったのは、血が理由じゃないからね。僕に生きる理由をくれたレイラに心底惚れたんだ」


 ヴラド様はそのあとも何か私のどこが好きだのと語り始めたけれど、私はまったく頭に入ってこなかった。


 私が彼の眷属……死なない……? 私は震える指先で胸元を押さえ、目の奥が熱くなっていく。信じたいけれど、恐ろしくもあって、でもどこか安堵する気持ちが入り混じっていた。


「だから僕とキミはずっと傍に居られるよ」


「そ、それじゃあ……」


 それ以上は言葉を続けられなかった。


 本日何度目かも分からない口付け。


 だけど……これは生まれて初めての、吸血じゃないキスだった。


「これでレイラも、僕のことを忘れないでいてくれるだろう?」


「——ばか」


 絶対に離さないと言わんばかりに、ヴラド様は強く私を抱きしめながら笑った。


 出逢った頃はあれだけ不快だった彼の温もりが、今の私にはとてつもなく幸せに感じていた。まるで永遠に続く月明かりに包まれているような、優しい光に抱かれている心地だった。





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