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お食事事情

短めのお話です

 私が神の代行になって、100年が経過した。

 高い空から見下ろす下界はあまり変化がないけれど、少し地上に近づけば、もはやまったく別の世界になったと言ってもいい。

 これまでの仕事の成果である、木道馬車が街中を往来し、各馬車には当然のように緩衝器が付く。

 王都周辺では獣人が見られるようになり、まだまだ数は少ないながらも半獣人だって存在している。

 そして何より、私が直接会ったことのある人は、もう一人も生きていない。

 私を生贄に決めたクソ村長も、アイシャもスコットもいない。それどころか、その娘と息子だってもう死んでいる。面影こそあれども、知っている顔が一つもない私の村は、どこか知らない村のように感じられた。

 そんな私の村だが、最後の生贄から100年が経過したということで、次の生贄が近いのではないかと、ぽそぽそ噂されている。これまでに150年を超えたことはないため、近いうちに生贄が必要になるだろうと予想しているようだ。

 もっとも、当の私は全然譲る気……もとい、やめる気がないから、今後一切生贄はいらなくなると思うけど。

 これまで二つは大きな仕事をしたけど、それ以外は本当に年単位でやることがなく、食事不要かつ温度は常に適温、睡眠自由の職場なんて、誰が手放したいものか。

 まあ、食事に関してはたま~に何か食べたいなと思うことはあるけど、ここから動けない身としては手に入れるのも不可能だ。快適職場の唯一の欠点だけど、そこはまあ玉に瑕と言うことで仕方ない。

 そもそも、あまり食事には拘らない性質だったし、何も食べられないことはそこまでの苦痛ではない。食事大好きって人からすれば、この境遇は拷問なのかもしれないけど。ていうか、きっと今までの代行の中にも、それに耐えかねてやめた人はいるだろう、絶対。

 そんなことを考えていると、何となく現在の食事事情が気になってきた。今日はとことん、世界中の食事事情でも観察してみることにする。

 手始めに、私の村……元、と付けるべきなのかな?そこを覗くと、あんまり私がいたころと変わっていない。ただスコットの息子が麦の品種改良をしまくったおかげで、パンにしろ麺にしろ、何だか私がいた頃よりおいしそうになっている。

 少し視点を変え、王都に向かう。

 ここはさすがに活気があり、露店も結構な数が出ている。獣人達との戦争が終わった頃、復興時に軽食がすぐ食べられる屋台が流行し、それ以来王都では屋台が名物となっている。

 主な屋台は肉の串焼きが多く、安価な鳥串から高価な牛串、ちょっと癖があって香辛料多めの羊串に、脂たっぷりの豚串と、予算と好みに合わせて色々売っている。

 さらに細かく分ければ、塩や香辛料をまぶしてサッと焼いたものから、特性のソースをつけて焼いたもの、中には獣人向けなのか、ただ焼いただけのものまである。

 肉以外の物に目を向けてみれば、パンの上に具材を乗っけて焼いたものや、芋をふかしたもの、トウモロコシを焼いたものなど本当に色々なものがある。

 さらにさらに、今まで挙げたものは全部火を使っていたが、火を使わないサンドイッチを提供する店だってあるし、何だかよくわからないお菓子を出す店もある。

 もうここは、屋台を見てるだけでお腹いっぱいになりそうだ。

 気分を変えて、別の国に視線を向けてみる。考えてみれば、こんなことにならないと別の国の食事なんて知る機会もなかったし、すごく貴重な経験をしているのかも。まあ、神の代行以上に貴重な経験はないだろうけど。

 とある島国では、魚介類をメイン食材として使っていて、それに米やら香辛料やらを色々ぶち込んでおかゆ状にした、リゾットとかいう物を食べていた。私は魚介類にあんまり縁がなかったから、おいしそう、という感じに直結はしなかったけど、ちょっと味に興味はある。

 さらに別の国へ飛んでみる。ここは獣人の国と似たような気候で、強いお酒と汁物がメインだ。赤かぶを使ったスープが一般的みたいだけど、あの赤紫のスープはちょっと……個人的には、あまりおいしそうに見えなかった。でも、みんなおいしそうに飲んでるし、食べたらおいしいのかも。

 また別の島国。なんか……基本、あまりおいしそうな料理がない……いや、見た目で判断しちゃいけないのかもしれないけど、さすがに牛の腎臓パイとか、ウナギ入りゼリーとかはちょっと……少なくとも私は遠慮したい。でも白身魚のフライと芋の揚げ物はおいしそうだった。

 極北の地。狩りで仕留めた獲物を生で食べてる……野菜まったく食べてないけど、大丈夫なのか心配になる。まあ、そもそも野菜なんか育たないわけだけど……野性味溢れるお食事で、見ているこっちの食欲はだいぶ失せた。

 その辺で一度視察をやめ、雲の上に視点を戻す。

 最後に何かを食べたのは100年も前だ。最後に食べた物は何だったかなーと考えるも、さすがにすっかり忘れてしまっていた。まあ、普通のパンとうっすい野菜のスープとかそんな感じだろう。

 食事自体にあんまり魅力はないと言っても、やっぱりこれだけ色々な食べ物を見ると味は気になるところ。うーん、何とかして食べ物を手に入れることってできないかなあ。

『方法自体はあります』

「うわっ!?」

 急に浮かんできた文字に、心底驚いた。文字さんひっさしぶり。数十年ぶりかな。そういや頭の中にも内容浮かぶんだったね。

『地上の者が、本当に神に食べてほしいと心から願いつつ捧げた物は、この場所にも現れます』

「へー、そんな機能があるんだ。ん?でも、それなら教会とかでいっつも捧げられてない?」

『あれはもはや儀式の一つになっており、なおかつ神に捧げることにより、自身への見返りを期待した行為です。心から捧げられた物ではありません』

 文字さん、結構手厳しいな。文字さんが厳しいと言うか、制約が厳しいって言う方が正しいのかな。

「うーん、それじゃあ力を使って心から思ってもらうようにしたら?」

『神が仕向けたことなので、その本人が心から願ったわけではないという判定になり、現れません』

「なんでそんな無駄に厳しいの!?」

『楽をして食べる物が得られるようではつまらない、という神の拘りのせいです。とはいえ、昔はそういった捧げ物も多かったのですが』

 うーん、神様は制約を楽しむタイプだったのか……いらん情報を一つ得られた。

「まあいっか。いつかは、何か食べる物をもらえることもあるかもって、気長に待ってみるよ」

『はい。こればかりは神の力でもどうにもできませんので、叶うことを願っています』

 祈らないんだ。あ、祈るったってその相手がいないからか。

 しかし、考えてみると結構すごいことだなと思う。何せ、少なくとも100年間で、神に心から捧げ物をした人物がたったの一人もいないというわけで、信心深い人とか結構いると思うんだけど、うーん、実際どうなんだろうか。

 いっそ、この世界がものすごく栄えだして、誰一人食事に困らないようになったら、神様に捧げようって人も出るのかな。もっとも、たかが食事のためにそこまで頑張ろうなんてことは欠片も思えないけど。食べなくて死ぬなら頑張るけど、死なないもんね今は。

 だけど、たまには何か食べてみたい気もするから、これからもできる範囲で少しずつ頑張ってみようかな。

 そう心に決め、いつもの雲の上に移る。私がご飯食べられるのは、あと何百年後になるのかな。ほんのちょっとだけ、楽しみが増えた気がする。

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