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神の仕事

残虐描写・胸糞悪い描写ありますので苦手な方は注意

 神の代行になって、早くも10年が過ぎた。

 今日も今日とて、私は雲の上から働く人々を見守るのに忙しい。働く人々を、だらっだらしながら見るのは本当に気分がいい。最高だ。

 私はこれまで、ほとんど力を使っていない。とはいえ、本当に少しだけだけど、力を使えた場面はあった。

 たとえば、崖から落ちて全身骨折し、そのまま二日ほど地獄の苦しみを味わった後、生きたまま鷲に食われるはずの子供を頭から落としてあげたり、夫に家で毎日暴力を振るわれ、逃げる気力も無くして抜け殻のように生きる女の人へ、夫が毒を飲ませるように誘導したり。

 力を使う際、私にはその人や影響のある部分の幸福度合いが、数値として感じ取れる。先に挙げた例だと、崖から落ちた子供はそのままだと人生の幸福値が30程度にまで落ち込む。だけど即死させてあげた場合、幸福値は1200程度にしか落ちない。

 暴力を振るわれていた女の人は、そのままだと幸福度がほぼ0だった。だけど毒殺されるように仕向けると、その人の幸福度は100程度ながら、女の人の両親が真実を知り、賠償金を取って女の人を手厚く弔うことで、何も知らずに死んだときとほぼ同じ数値を保てる。

 つまり幸せの総数は若干増えるので、これはもう毒殺させるしかないという感じだった。まあ、正直言って総数を増やしてどうこうなるわけでもないんだけど……ただ、文字さんに聞いてみたところ、幸福度合いが高ければ高いほど良い世界だと言えるらしく、何か目標が欲しかったらそれを増やすことを目標にしては?と提案されたため、たまにやっているというところだ。

 平たく言うと、暇潰しの手段が一つ増えた、とも言える。

 でも、やっぱり全体の総数を増やせる事案なんてなかなか無い。それこそ、2年に一回あるかないかである。第一、どの仕事も早めに死なせることでその後の喪失を防ぐというやり方だったわけで、いまいち幸福度を『増やした』という感じがしない。

 それでも、ちゃんとやれれば満足感もあるし、何より退屈も凌げるため、毎日緩~くそんな案件を探す。

 そんなある日、私は今まで見てきた中で最大の案件を見つけた。

「おおお……この人を助ければ、獣人族発見。それにより医療が飛躍的に発展し、国としても貴族の数が適正値になる。獣人族との共存を開始……将来的な幸福値は億単位で上昇……これはもうやるしかない!」

 こうして、私は行き倒れるはずの冒険者に手を貸し、この世界の幸福値を大きく上昇させに掛かるのだった。


―――


 冒険者、アルベルトは命の終焉を感じていた。

 この国の極北は高い山に囲まれ、未だ未開の地である。その未開の地の調査が今回の依頼だったのだが、その自然の厳しさは想定を遥かに上回った。

 長い付き合いだった仲間は、もう二人とも死んでいる。あまりの寒さに気が狂い、服を脱ぎかけたまま凍った友と、帰りたいと呟きながら冷たくなった恋人。

 その傍らで、アルベルトは自身の体が冷えて行くのを感じていた。

 もう、寒さは苦痛ではない。ただただ眠く、それでも僅かな正気が、寝たら死ぬと全力で警告している。しかし、大切な者を失った彼は、生きようという気力がほとんど無くなってしまっていた。

 いっそ、眠ってしまおうと目を閉じる直前、視界に誰かが映ったような気がした。しかし目を開けるのも面倒になり、彼はそのまま目を閉じた。


 どこか見知らぬ家で、アルベルトは目を覚ました。辺りを見回すと、二足歩行する白い豹と黒い狼が見え、心臓が口から飛び出さんばかりに驚いた。

 だが、驚いていたのは相手も同じであり、彼の周囲にいた者は全身を膨らませながら一斉に距離を取っていた。

 やがて、お互いのことを知ろうと、少しずつ会話が始まる。幸い言葉は通じたため、彼の身に何が起こったか、ここは一体どこなのか、そういった情報のやり取りがなされる。

 凍死寸前のアルベルトを救ったのは、その日たまたま遠出したユキヒョウの狩人であった。なぜかその日に限って遠出した彼は、獲物の代わりにアルベルトを発見したのだ。

 アルベルトは、自身が国の依頼を受け、この未開の地を探索に来たこと、仲間はすべて死んだこと、そして救われたことに対する感謝を述べた。

 一方の獣人側は、初めて見る人間を強く警戒していた。と言うのも、彼等はかつて人間に迫害され、この地に追いやられたという歴史があったのだ。

 様々な種族の獣人が絶滅していく中、寒さに強い耐性のあったユキヒョウとハイイロオオカミの二種は、人間が立ち入ることのできないこの地を安住の地と定めた。

 ユキヒョウ族の集落と、ハイイロオオカミ族の集落を合わせて村になったような、そんな小さなところではあるが、アルベルトはそこが獣人の国だと考えていた。

 そんな訳で、アルベルトは非常に警戒されたものの、彼は真面目で義理堅い人間であったため、徐々に獣人達と馴染んで行き、いつしか友と呼ばれるようになっていった。

 しかし、彼はまだ任務の真っ最中であり、やがて別れの日が訪れる。獣人達の協力を得て人の国へ戻った彼は、これまでの経緯を冒険者ギルドに報告した。


 死んだと思われていたアルベルトの出現に、獣人発見という一大ニュースは、あっという間に国中へ知れ渡った。アルベルトは、獣人達がいかに親切であったかを説き、決して危害を加えぬよう、そして悪戯にその地へ踏み入らぬよう要請した。

 だが、自身のことしか考えない者、愚かな者は必ずいる。一部の商人は装備を整え、密かに獣人捕獲へと乗り出した。

 最初の犠牲者は、ユキヒョウ族の幼女だった。彼等はアルベルトの友人を名乗り、信頼を得たところで彼女を集落の外に誘い出し、捕獲したのだ。

 彼女は王都に運ばれ、奴隷として競売に賭けられた。本物の獣人は驚きとともに迎えられ、白金貨7枚という莫大な金額で落札された。

 そこからはあっという間だった。多くの者が獣人捕獲に乗り出し、何人もの獣人が売られた。また、人間とは違う見た目の彼等は、時に動物として扱われた。

「やめて!やめてください!お願いですから、お腹の子だけは助けて!」

「うるせえんだよ、犬畜生が!お腹の子を助ける?冗談じゃねえ!てめえの腹を掻っ捌いて、人間とどう違うのか見てやるってんだ!人間様の役に立てることをありがたく思え!」

 人間ではないため、配慮はいらない。何人もの獣人が、面白半分に解剖され、殺された。そのうちの幾人かは、医者の手によって行われ、罪人の死体と比べられた。

「ふむ……ほとんど、人間との違いはないな。むしろ、犬と人間も思ったより違いが少ない。もしや、温みのある生き物は皆、似たような構造になっているのか?」

 腹を切ってみたら、人間と同じようだった。そんな話を聞いた医者は獣人と人間の内臓を見比べ、次に犬と獣人、犬と人間と比べてゆき、体温のある生き物は、大まかな内臓の配置はかなり似通っているという発見をした。

 加熱する獣人狩りの波の中、当の獣人達は怒りを募らせていた。

 やはりアルベルトを無事に帰したのは間違いだった。人間と関わったのが間違いだった。そんな意見が多々出るが、今となってはもう遅い。

 極北の豪雪でも消せぬ怒りの炎は、やがて人間達に襲い掛かる。

 武装した獣人族30人の手によって、最も近くにあった村が一つ、一夜にして壊滅した。人間は皆殺しにされ、百を超える命が奪われたが、獣人族の被害は全くなかった。

 雪中での隠密行動を得意とするユキヒョウ族に、一晩中雪の中を走り続けるハイイロオオカミ族の組み合わせは、こと極北において恐ろしい強さを発揮した。

 村が一つ滅ぼされたとあり、国は獣人討伐隊を差し向けたが、半数以上が寒さに倒れ、残りの半数は容易く狩られた。

 日中はほとんど姿を現さず、追っても必ず逃げられる。夜になるとどこからともなく現れ、音もなく見張りを殺し、隠れてもその鼻に発見され、逃げたとしても必ず追いつかれ、殺される。

 村は天然の要塞と化し、人間達はそこを攻め落とすことができず、長い睨み合いが始まる。

 その頃、獣人達は手つかずで残っていた畑を調べ、アルベルトから聞いた話を頼りに、やがて農耕を覚えていく。

 農耕は食料の安定供給に繋がり、獣人達は数が増えても食糧難に怯えることが無くなった。そして、ますます精強な軍勢として人間達の前に立ちはだかることとなる。


 時はやや遡り、初めて奴隷として売られたユキヒョウ族の幼女は、ある貴族に買われていた。

 彼女にとって幸運だったのは、その貴族は彼女をあくまで愛玩動物のように思っており、それなりに大切に扱った。

 そして、彼女は次男のペットとして、彼に与えられた。

「わっ、すごくきれいで可愛い子……ほ、本当に僕のでいいの?」

「いいとも。結構な大枚をはたいたから、大切にしなさい」

 長男は多少興味をそそられたものの、世話をするのが面倒だという理由で彼女を飼うことを拒否し、代わりに次男の方へ与えられたのだ。

 その次男は、結構な変わり者であった。動物や魔物が好きで、図鑑を見ては、それらがどのように動くのか、どのように鳴くのかを想像して楽しむのが好きだった。

 そんな彼にとって、獣人は非常に心躍る存在であり、また歳が近いことが分かってからは、まるで妹のように大切にするようになった。

 彼女としても、家族から引き離され、奴隷にされた境遇は悲しかったが、自身を大切にしてくれる彼の優しさに触れ、少しずつ心を開いていった。

 時が流れ、家督を継げない彼は騎士を志していたが、奴隷である彼女のために冒険者になると言いだした。

 当然、家族は反対した。しかし彼の意思は固く、勘当すると言われてもなお曲げなかった。

 その日、彼は貴族ではなくなり、一人の冒険者として活動するようになった。

 その傍らには、常にユキヒョウの獣人が寄り添っていた。騎士を目指していた彼の鍛錬に付き合ううち、今では格闘において彼女に敵う者はなく、白い影が走ったと思うと瞬く間に敵が薙ぎ倒される様子から、雷光という異名まで持っていた。

 出自不明の、恐らく貴族の次男か三男である、正統派剣術を使う少年に、彼に常に付き従い、素手で敵を圧倒する獣人の少女。彼等はすぐに有名になり、いくつかの困難な依頼を達成し、瞬く間に名を挙げていった。

 やがて、二人は依頼を受けることをしばらくやめると言い、北の地へと足を向けた。

 もはや戦場と化していたそこは血生臭く、雪原を歩いているだけでどこからともなく殺気を浴びるような場所であったが、二人は獣人の集落を目指して歩き続けた。

 村の近くまで辿り着いたとき、二人は獣人達に囲まれた。そこで、彼女は自身が集落出身であること、騙されて奴隷にされたこと、貴族の家に買われ、彼が今の主人であり、敵ではないことを告げる。

 それでも、怒りに狂った獣人達は彼を殺すべきだと言っていたが、それはすぐに止まることとなる。

 彼女の妊娠が発覚したのだ。

 当然、父親は彼であり、つまり彼は獣人を愛した人間となる。そうなると、いくら人間であるとはいえ、殺すことは躊躇われた。

 そもそも、人間と獣人の間に子供ができたことなど、長い歴史の中でもまったく例がなかった。その歴史的快挙を成し遂げた人間を殺すなど、とてもではないができることではない。

 戸惑いや混乱の中、彼は獣人達に話し続けた。

 これまでの人間の非礼を詫び、自身が人間達の横暴を必ず止めると。獣人と人間が、手を取り合える世界を作ると。

 それは夢物語にしか聞こえなかった。だが、それを成し遂げた二人が目の前にいる。

 獣人達の間に、再び人間を信じてみようかと言う気持ちが生まれ始めた。アルベルトと同じ冒険者ではあるが、口だけではなく、行動として獣人を愛した彼のことは、信じられる気がした。

 そして、皆が待ち続けた瞬間が訪れる。

 その日、集落に赤ん坊の泣き声が響き渡った。二人の愛の結晶は、母譲りの耳と尻尾を持ち、しかし体毛は父に似てあまり生えていない、元気な女の子だった。

 みんなが赤ん坊を見に来た。みんなが笑顔になった。

 まだ閉じている耳をつつく者、毛がないのでは寒かろうと産着を作る者、歯はどうなるのだろうと興味を持つ者。

 人間と獣人の戦いは続いている。だが、きっと彼の言うような未来は来るだろうと、全ての獣人が思うようになっていた。

 泣くだけだった赤ん坊が床を這うようになり、何かに掴まって立つようになり、歩くようになり、喋るようになる。

 娘が動けるようになると、三人はついに旅立つことにした。

 必ず、人間と獣人の戦いを終わらせ、笑顔で手を取り合える未来を作ると約束して。

 人間の国に戻った三人は、ギルドを通して獣人達との戦いをやめるよう呼びかけ始めた。

 そもそもが、人間側が原因を作ったこと。発見者アルベルトは、獣人達に危害を加えぬよう要請していたこと。獣人達も、人間と同じく感情があり、知性があり、愛を育むことだってできること。

 人間と、獣人と、その合いの子という三人組は驚きを持って迎えられ、やがてその主張に賛同するものが現れ始めた。

 そんな折、三人は大貴族であるアーウィット公爵家に招かれた。彼の主張に賛同し、ぜひ支援をしたいという言葉を、彼は信じた。

 公爵家を訪れた、その翌日。

 刑場に、磔にされた三人の姿があった。公爵に騙されたという血を吐くような叫び声に、娘の命乞いをする声、少女が泣き叫ぶ声が響いていたが、槍が二度三度と突き刺されると、やがてその声は途絶えた。

 彼等の罪状は、人間達を楽しんで殺すけだものに加担したこと、それどころか獣人との間に子を為すなど、おぞましい所業を行ったことだとされた。そして、冒険者ギルドを通して全て知っているはずの国は、何も言わなかった。

 獣人達は、再び人間に裏切られた。


 もはや、獣人達の怒りは誰にも消せぬものとなった。彼等が刑場の露と消えたと知ると、彼等は地の利のある雪原を超え、道中の全ての人間を殺しながら南下を始めた。


 時を同じくして、冒険者ギルドの本部長が殺害されるという事件が起こった。

 その犯人は、アルベルトだった。彼は獣人の国から戻った直後、別の依頼を受けて長らく国を留守にしていたのだが、帰ってきた時に彼の目に映ったものは、まったく守られていない自身の要請に、虐げられ、人間に対して怒りを募らせる獣人達。そして、そんな獣人達を悪だとのたまい、弾圧しようとする人間の姿だった。

 彼は必ず守るようにと言った約束が守られていないことに激怒し、責任者の首を持って獣人達に詫びを入れた。そして、命をもって責任を取ると約束し、人間討伐の部隊に加わった。


 さらに、王都の西にて、ウィーリス侯爵家がアーウィット公爵家を滅ぼすと宣言し、兵を率いて進軍を始めた。

 ウィーリス侯爵家とは、刑場の露となった彼の実家である。勘当したとはいえ、それは彼が冒険者になるのを阻止しようとした結果、なりゆきでそうなっただけであり、親子の情は残っていた。

 むしろ、彼等の活躍が耳に入るたび、それを嬉しそうに使用人達と話すなど、彼等のことを誇りにすら思っていた。

 本来は奴隷である彼女のことですら、息子を支えてくれる大事な存在だと認識し、家族の一員だと思っていたのである。

 彼等は三人が殺されたことを知ると、貴族の計略に対する教育が足りなかった、大事な家族を守れなかった、孫を抱くことができなかったと泣き、嘆き、絶望し、そして怒り狂った。

 そもそもが、白金貨7枚で買った奴隷を息子に与える人物である。貴族には珍しく、彼等は家族を本当に大切にしていたのだ。

 アーウィット公爵家は、まさか彼が侯爵家の人間であったなどとは露ほども思っておらず、対応が大きく遅れてしまった。

 その遅れは、致命的と呼ぶにふさわしい、とてつもなく大きな失敗だった。


 民衆や冒険者達の間でも、獣人側について戦おうという者が多く現れた。

 それは、彼等三人を実際に見た者達や、アルベルトの報告を知っている者達、これまでの経緯を見ていた者達であった。

 彼等は獣人の軍勢や、ウィーリス侯爵家の軍に加わり、王都を目指して進軍していった。


 また、貴族の中にもそういった者が現れていた。

 ウィーリス侯爵家と縁のある者や、奴隷として獣人を使ううち、情が湧いてしまった者、三人の最期に心を痛めた者等である。

 彼等は他の二つとは別に軍を率い、王都へと攻め上っていく。


 始めに、ウィーリス侯爵家の軍が、アーウィット公爵家を蹂躙した。体制の整わぬまま迎え撃つこととなったアーウィット公爵は、怒り狂うウィーリス家に為す術なく敗北し、その日のうちに刑場へ引きずり出された。

 刑場で磔にされ、ウィーリス侯爵夫妻が直々に槍を取ると、足や腕などから順に突き刺され、実に30回以上も生きたまま突かれ、殺された。

 その頃には獣人軍が王都に押し入り、虐殺が始まっていた。それに王国軍が対応しようとしたところへ、ウィーリス侯爵家の軍が別の場所から入り込み、申し合わせたかのように他の貴族の軍が入り込んでいく。

 王国史上最悪の乱戦は、王国側の降伏という形で幕を閉じた。

 国は獣人討伐軍をすぐに引き下がらせること、獣人に人間と同じ権利を認めること、獣人を捕獲していた商人などを徹底的に排除することなどが決められ、実行されていく。


 獣人側にも、人間側にも、多くの犠牲が出ていた。

 何人もの罪無き者が死に、貴族の数も半分以下となってしまっていた。

 ウィーリス侯爵家も、乱戦の中で全滅していた。それが彼の実家であったと知った獣人達は、静かに彼等の冥福を祈り、夫妻が倒れていた場所へそっと花を供えた。

 戦争終結の翌日、伝説の冒険者アルベルトが自刃しているのが見つかった。そこは、ウィーリス侯爵夫妻が倒れていた場所だった。

 命を懸けて約束を果たした姿に、獣人達は最後にもう一度だけ、人間を信じてみようと考えた。


 それから、王国は長い時間をかけて、少しずつ再建していった。

 正直に言って増えすぎていた貴族が減ったことは、王国にとって不幸中の幸いだった。恩給や年金などに回す金額が減った分、復興に金を回すことができた。

 獣人達は、再び北の地へ戻った。しかし、一部の者は王都やその周辺に残り、新たな生活を始めていた。

 人間達も、彼等を受け入れ共に過ごすうち、いつしか種族の違いというものは、些細な違いであると思われるようになっていった。

 人間と獣人の子供が共に遊び、同じ学校に通い、時に愛し合い、半獣人と呼ばれる者達も、非常に多く見られるようになっていた。

 現在、王都のある一角に、銅像が立っている。

 剣を持つ男と、傍らに立つ獣人の女、二人の間に立つ半獣人の少女。

 彼等は、数百年前に歴史上初めて、異種族同士で愛し合った者達だと言われている。しかし、それはあまり信じられておらず、昔何かすごいことをした人達なんだろう程度に思われていた。

 かつて彼等が夢見た未来は、ようやく現実となった。そうして、それを当然として受け入れている人々を、彼等は今日も見守っている。


―――


「よし!私いい仕事した!ばっちりだ!」

 なかなかに気の長い仕事だった。だけどその甲斐あって、世界全体の幸福値がとんでもなく跳ね上がっている。

 それに大きな満足を覚えつつ、柄にもなく頑張って仕事したなーと思っていたが、ふと気づく。

「……よく考えたら、冒険者助けた以降は見てただけだっけ」

 結構危なそうな場面もあったけど、全部どうにかなることはわかってたから、私は何もしていない。

 家族三人が死ななきゃいけないのは残念だったけど、助けるとこれまでの頑張りがパーになるので黙って見守った。

 誰か一人でも、生きているとダメだったのだ。彼が残れば、侯爵家は動かなかった。彼女が残れば、獣人達は動かなかった。娘が残れば、どちらも動かなかった。

 まあ、おかげで世界は幸せになったし、彼等も浮かばれることだろう。

「さーて、お仕事完全終了したことだし、思いっきり寝ようかなー」

 寝る必要性はまったくないけど、ご褒美は必要だ。ていうか昨日も普通に寝てるけど、今日は昼寝もつけちゃおう。

 そう決めると、今日も雲の上に横になる。たまにはこんな仕事も悪くなかったなと思いつつ、そんな考えはすぐに眠りの中に溶けていくのだった。

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