定年退職
神様の代行になって、かれこれ1000年近く経った。厳密には989年だったかな?
結局、あれからご飯をくれる人には出会えていない。ディシー、本当に稀有な人材だった……。
まあ、そもそもが仕事もなく、特にここ300年くらいはだらだらぐだぐだしていただけだった。ほんっと、魔道具の驚異的な発展もあって私の出る幕が無いのよね……海水から真水も作れるようになったし、馬すら使わない高速鉄道とかいうのもできてるし。
今の世界では、空飛ぶ乗り物を作ろうと皆が必死に頑張っている。とりあえず滑空は何とか成功したみたいだけど、飛び続けるとなるとかなり難しいらしい。あちこちで墜落事故が起きている。
そうやってみんなが必死こいてる中、私は悠々と空のお散歩。この優越感、たまらない。
そんな私の素敵なダラダライフに、大きな転機が訪れるなんて、思ってもいなかった。
神代行になって990年が経過した時、突然文字が浮かび上がった。
『貴方が神の代行になって、990年が経過しました』
「あ、文字さん久しぶり。あと10年経つと、もう千年もやったことになるんだねえ」
のほほんと答えた私に、文字さんは絶望的な言葉を浮かべた。
『10年後の千年目に、貴方の代行の任が解かれます。長い間お疲れ様でした』
その言葉の意味が、一瞬どころか一分ほど理解できず、私は固まってしまった。やがて、その意味が頭の中に染み渡ると、思いっきり取り乱してしまう。
「えっ!?なっ、ちょっ……んなんっ……え、なんっ……なんで!?わたっ、私何っ……何かした!?何かやっちゃった!?え、やだっ、やめたくないっ!」
そんな私をよそに、文字さんはいつも通り冷静に答える。
『貴方は何もしていません。ただ、元々がそうなっているのです。今まで千年も勤めあげる人がいなかったので、貴方が初めての例になりますが』
「えええ……ど、どうしてもダメなの?延長とかないの?」
『はい。普通であれば、人間の身で千年も勤めることが難しいですし、これ以上続けると魂そのものに、ここの記憶が刻み込まれてしまうかもしれません。そうなると、輪廻の輪に戻った時、色々と苦労することになるため、千年で終了することになっているのです』
「うぅ~……だったら、なんで初めてここに来た時、教えてくれなかったのぉ……」
『正直に言いますと、千年続くと思っていなかったからです』
うう、それはそうかもしれない……大体100年前後で入れ替わってたみたいだし、まさかいきなりその十倍勤める人が来るとは思わないよねえ……。
思いっきり凹んでいる私に、文字さんは言葉を続けた。
『こちらとしても、貴方にやめてほしいとは思っていません。ですが規則ですので、あしからず』
「……えっと、でも……そういえば、後任は……?今、あの洞窟、忘れられてるけど……」
『それは確かに問題でしたが、神にはこの世界で何が起きているかが、しっかり伝わっています。ですので、その対策も既に終わり、後任も選定済みです』
「そっか……もう後釜も選ばれてるのね……うう、本当にお別れなのかぁ……」
意外だった。まあそりゃ、世界作って完全に放置ってこともないよねえ……。
『ですが、貴方は本当に理想的な人物でした。代行者の村の中でも、最も優れた代行者だったと言えます』
「ん?代行者の村?それって……私が育ったところ?」
『そうです。そもそも、あの村は神の代行となる者、その候補達が住む村だったのです』
「えええっ!?あのクソド田舎村がっ!?」
代行990年、人間歴十数年、合計千年以上生きて、初めて明かされた衝撃の事実。私の村、実は由緒正しい村だった!そしてその村はとっくに滅びた!
『神が代行を置くと決めた時、それを知った人間達の中でも、特に信仰心に篤い者達が、あの村を作りました。そして、神はその者達に伝えたのです。積極的に何かをしようとしないでいい。何もしないことを楽しめるような、そんな人物を代行にしろ、と』
……うん、私のことかな?私のことだよね?それ完璧に私。
『人間の寿命を超え、悠久の時を生きるのは、大きな苦痛となり得ます。それを知るが故の優しさだったのですが、如何せん信仰に篤い者が優秀だという誤解と、代行に選ばれるということが名誉だと考えてしまっていたため、神の言葉通りの者が送られることはほとんどありませんでした』
生贄に選ばれたのを光栄に思えという、あのクソ長老の言葉……あれって、割とマジだったのか。あれ、生贄だっけ?封印の巫女だったかな?
「あの、封印の巫女とか呼ばれてた気がするんだけど……」
『代行は洞窟に行き、そのまま帰らない。そして、洞窟はその口を閉じる。その様が封印されたように見えるため、誰かがそう言い出し、やがてそれが実態だと誤解されて広まったようです』
「そうなると、女である必要性って……?」
『まったくありません。最初の頃は、男性も選ばれていました』
まあ、結果的には最高の職場に来られてラッキーだったけど、あのクソ長老がここに来ても良かったわけか。
『呼び名同様に、いつしか村そのものの意義も忘れられていき、何者かに生贄を捧げる風習となり、今や村そのものが消えてしまいました。時の流れを感じます』
なんか、文字さんが若干人間的な感傷に浸ってる気がする。これもコミュニケーションを円滑にするための仕様なのかな?
『ともあれ、貴方の任期はあと10年です。初めて会った時にお伝えした通り、貴方は輪廻の輪に戻って生まれ変わるか、再び人として残りの人生を歩むか、好きな方を選べます。その時までに、しっかり考えておいてください』
そう言われても、今更人間社会でやっていける自信もなく、また生まれ変わるということの漠然とした不安、そしてこの最高の場所から離れなければならないという絶望感。とても、一人で結論が出せるとは思えなかった。しかし、文字さんは当然相談できるわけもないし……どうしたもんだろう。
結局、10年かけても答えを出すことなんてできなかった。今の状態をやめたくないし、一人で生きる自信なんてもちろん無いし、生まれ変わって人生もう一回っていうのも不安しかない。
あれから9年と364日。あと一日でこの場所から去らなければならないなんて、本当に無念すぎる。そしてその時は、刻一刻と迫っている。
日が昇り、東から西へと向かい、空が赤く染まり、太陽の代わりに月が出て、中天へと差し掛かる。
『いよいよ、千年目になります。覚悟は決まりましたか』
フッと、文字さんが目の前に現れた。私は黙って首を振る。
『そうですか。ですが、選ばなくてはなりません。貴方のままでこの世界を生きるか、新たな自分に生まれ変わるか。どちらが良いですか』
「……どっちも嫌。このままずっと代行やってたい……」
『そう言うだろうと思っていました』
ん?なんか10年前の時といい、文字さんが妙に人間臭いな。だがそれを怪訝に思う間もなく、文字さんからとんでもない爆弾発言が飛び出した。
『では、貴方の後任の方も交えて、お話してみましょうか』
「え、後任?え、ええっ!?」
いや、ちょっ……ここ来てんの!?もう!?押し出されて出て行けと!?横暴だ!断固拒否だ!
『紹介は、しなくとも大丈夫ですね』
「いや、大丈夫じゃないし!?誰よ!?」
『良く知っているはずですよ、彼女のことは』
ふわりと、光が空中に現われ、それが人の形を作っていく。それは女の子の姿を取り、やがて一人の人間の姿となり、その姿を見た瞬間、私はその場に固まってしまった。
「えっ……え、うそ……?」
その子は私を見ると、にっこりと微笑んだ。
「……初めまして、だよね?神様」
「なんで……ディシー……!?」
そう、間違えるはずがないし、すごくよく知ってる。私に唯一、食べ物をくれた子。え、だけどなんで?もう500年以上前の話のはず……。
『あの洞窟が忘れられたため、神は死者の魂の中から、適任者を探すことにしたのです。その際、彼女はどうしても代行になりたいと強く願い、500年後もその気持ちが変わらなければ、という条件でそれを認めました』
つまり、ディシーは500年以上、代行を務めたいと思い続けて、今もそう思ってるんだ。
「えへへ。神様のお仕事を、人間が代行してるなんて思わなかったけど……でも、神様と同じことができるんなら、やっぱり神様だよね」
「……会いたかった。忘れたこともなかった。ディシーだけが、私を認めてくれてたんだもん」
ぽろぽろと、言葉がこぼれ出てくる。こんなのは人生で初めてだったけど、少なくとも不快ではなかった。
「ご飯、くれたよね。おいしかったよ。あの時点で500年ぶりだったんだもん。いつも感謝してくれて、お祈りしてくれて、ずっとずっと嬉しかったんだよ」
「私も、途中から見てたからわかるよ。ずっと一人の、孤独な仕事だもんね」
「一人なのはいいの。でも、何しても感謝されなくって、でも当たり前って思ってるんだけど、でもやっぱり誰かに見てほしくって」
後から後から、言葉が溢れて止まらない。私、何も不満無いって思ってたけど、結構不満あったんだなあと、どこか他人事のように思った。
「だからね、ディシーがご飯くれて、すごく嬉しかったの。絶対絶対、幸せにしてあげたいって思ったの」
「うん、ありがとう。暴走した馬車が私のとこ来た時も、大嵐の時も、守ってくれたんだよね」
「そう、そうなの。だって、絶対幸せにするんだって決めたんだもん」
「ありがとう。雨を降らせてくれたのも、婚約者が死んじゃったのも、貴族様のお嫁さんになったのも、全部神様のおかげなんだよね?」
「そうだよ!だって、それが一番幸せにっ……」
「へえ、やっぱりそうだったんだ」
すうっと、部屋の温度が20度ぐらい下がったように錯覚して、私はヒュッと息を飲んだ。ディシーの顔には変わらぬ微笑みが浮かんでいるが、目が全く笑っていない。
「え、あっ……えっと、ディシー……?」
「うん、感謝はしてるよ。おかげでいい人生だった……けどね?やっぱり一つだけ、絶対に許せないことがあったんだよ」
ディシーの表情は変わらない。けど、私は気づいてしまった。この顔、完全に貴族の微笑みだ。相手を追い詰めてる時の、貴族の怖い微笑みだ。姿は10歳そこそこぐらいなのに、雰囲気は百戦錬磨の貴族のそれだ。
「たとえ幸せになれなくたって、私はマークと結婚したかった。ずっとずっと好きで、それがやっと叶うって、そう思ってたのに、その恋人に死なれる苦しみって、想像できる?」
マーク……?あ、あの婚約者か。それより、怖い。滅茶苦茶怖い。ディシー、本気で怒ってる。貴族スマイルと相まって本気で怖いんだけど!!!
「あ、あのあのっ……えっと、でも、だって、その方が幸福値が……」
「幸福値とかどうでもいい。最終的に幸せだとかもどうでもいい。マークを殺したことだけは絶対に許さないって、死ぬまでずっと思ってたよ」
「あわ……ひぃぃ、ご、ごめんなさいぃぃぃ……!」
「謝ってもマークは戻らないんだけど?そうなると、どうやって償ってくれるのかな?」
ど、どうやってって言われても……どうしよう、神の力だって、もう使えなくなっちゃうし……うわぁ、何も思いつかない!
「す、すいません!わかりませぇん!」
にっこりと、目だけが笑ってない笑顔でディシーが笑いかけてくる。ああ、私は今日死ぬんだな。
「じゃあ、まずは生まれ変わることにしよっか」
「え?う、生まれ変わるの……?」
「……嫌だと?」
「すいませんでした!生まれ変わります!」
つい答えた瞬間、視界の端に文字が光った。
『では、話が終わり次第生まれ変わらせることにします』
ああぁぁぁ……生まれ変わることになってしまった……うう、でもしょうがない。こんな怖い子に逆らうなんて不可能だし……。
「で?生まれ変わったら、どんな暮らしがしたい?遠慮しないで言ってみて?」
「えっ……?えっ……と、今までみたいに、だらだらしたい……です」
「うん、わかった」
ディシーはにっこり微笑むと、私の両肩をがっしりと掴んだ。
「絶ぇっっっ対に、一瞬たりとも怠けることが許されない一生を送らせてあげるねっ!」
「えっ……ええぇぇっ!?ちょ、ちょっと待って!待ってください!そんなの無理です!死んじゃいます!助けてください!許してください!」
「や・だ・ね!」
本当に、とびっきりのいい笑顔で、ディシーは私の必死の懇願を一蹴した。
「それじゃあ話はこれで終わり。幸福値的にはすっごくいい人生送らせてあげるから、楽しみにしててね」
「ちょ、ほんとにちょっと待って!まだ心の準備がっ……」
『では、長い間お疲れ様でした』
ちょ、待てええぇぇ!!文字!貴様!裏切るのか!千年も一緒だったこの私を!!!
そう思った瞬間、私の体は光に包まれ、そして文字さんの最後の言葉が頭に入り込んできた。
『千年もの献身、そして優秀な後任の育成。その両方に、神として貴方にお礼を言います』
え、待って?神として?まさか文字さんって、神様そのもの!?
『こちらの世界に意識を飛ばした時に、必ず貴方がいることがどれほど私を安心させてくれたか。千年もの間、一緒にいてくれてありがとう』
待って神様!最後にそんなこと言うなんて、そんなのずる




