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妖精迷宮アリアドネ  作者: ふゆより
prologue きっとすべては悪い夢
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0-2 レイテンシータクト!オンステージ!

 ここは、少女わたしの心の中の世界セカイ

 果てしない宇宙、静まり返った暗闇の中……散らばる都市の残骸が、星屑のように瞬いている。

 まるで幕の下りた舞台のよう。わたしのためのスポットライトも、わたしを待ち望むお客さんも、どこか遠くに行ってしまったみたい。


(ここは……ひとりぼっちの最果てなの?)


 ちくっ、と心が痛んだその瞬間。宙の果てで淡い光がきらり、と光る。


「レイチェルっ!」


 まるで流れ星のように、わたしの下へと降り注ぐ虹の妖精。わたしの空っぽの心を塗り替えるみたいに、輝かしくて、いじらしい。


(……もちろん、わかってるよね?)


 何も言わず、互いの想いを確かめ合うように視線を向け合う。

 少女わたしの眼差し、妖精あなたの瞳。彼女イリスと見つめ合ったその瞬間――ふわっと、わたしの身体が軽くなる。


「いくよ、イリス!」「こっちです、レイチェル!」


 ぎゅっ、と、彼女の小さな手を握る。どこか遠くに飛ばされてしまいそうな無重力の中で、それでも決して離れぬように。

 さあ、わたしたちの秘密の呪文を唱えよう。早くしないと、イントロはもう流れ出してる。

 暗闇のヴェールはもういらない。二人で片手を天に掲げれば、虹の光に照らされて――今、舞台の幕が上がる!


「「レイテンシータクト、ライトアップ!」」


 光が弾けるような音と共に、輝く指揮棒ふたりのぶきが現れる。

 全天から差し込む星の光。沸き立つ無数の観客たち。星の軌跡で描かれるデジタルな空模様は、まるで宝石の中にいるような、未来世界のカレイドスコープ。

 今、わたしたちこそが銀河の中心。エレクトリックなメロディに身を任せて、踊るように宙を舞って、わたしたちの演奏を始めよう!


「「リトルプリンス、オンステージ!」」


 ぱしっ、とタクトを手に取って、波を起こすように指揮をとる。

 しゃらん、しゃらん、らん、らん――電子音の妖精たちが現れて、わたしの周りを回り出す。


「光のように、アレグロく!」


 くるっと回って光を蒔けば、きらめく薄布も素敵なコスチュームに早変わり。

 星屑が衣服を作ってはじけていくたび、細く光るような音がきらっと響く。

 可憐で小悪魔的なトップスに、活動的なショートパンツ。天使のような純白の装いに、わたしの心も躍り出す。


「星のように、決然リゾルートと!」


 髪をなびかせるように振り上げれば、ヘアスタイルだって様変わり。

 虹のオーラに浸った髪が、流れる水のように染まっていって、アーティスティックに跳ね回る。その星空の弦を弾いたような音色が心地よくて、人前なのについはにかんでしまう。

 ここから先はBメロディ。光の糸で舞台を飾って、妖精楽団わたしのきずなはさらなる高みへ。


「わたしの脚は、力強エネルジコく!」


 うさぎのように飛び跳ねると、流れ星のブーツが美脚を支える。

 とん、たたん、とリズムを鳴らす脚さばきは、スタッカートのように軽やかに。

 舞台中を飛び回って、わたし自身も星の軌跡のひとつになる。

 沸き立つ会場に感謝を込めて、カメラに向かってウィンクをお見舞い!


「希望を込めて、アマービレらしく!」


 しゃん、しゃん、しゃららん、らん――虹の色彩で彩って、演奏はもっと華やかに。

 光の環っかが通り過ぎれば、手指の先まで清らかになる。

 きゅおんと現れたわたしの首のチョーカーは、みんなの想いを捉えるレーダー。


「私らしく、自由テンポルバートさで――」


 イリスと身体が溶け合って、いくつものアクセサリーが宙を舞う。

 耳には鍵を。瞳には星を。光の帯が背中に回って、魔法を宿した翅になる。

 小さな王冠は()()()の居場所。希望をポーチに詰め込めば、何が起きても怖くない。


「――わたしだって、フォルテシモける!」


 楽譜の終幕を飾るのは、風にたなびく旗のように、凛々しくも麗しいサイドテール。

 最後に耳の後ろから、なだらかに触覚を付け加えて――


 ――響き渡る妖精たちのコーラス。絆で紡いだシンフォニー。

 さあ、準備は万端だ。わたしたちの前に、敵など一つもありはしない!


「「虹と光の魔法少女、紡ぎのレイチェル!」」


「……希望だけは、捨てられないの!」



 ――そんな空想を思い描きながら、少女と妖精は一つの存在へと姿を変えた。誰もが目を奪われる可憐な装い。これこそが、無敵の魔法少女の姿である。


(ふふっ……()()()みたいになれたわ、わたし!)


 変身の余波でブロッケンたちは消し炭となり、少女ふたりの目の前にはか細い通路きぼうが残された。


「いくよっ、イリス!」「オッケー!」


 彼女たちの背に崩落の音が忍び寄る。レイチェルはドンッ、と足で地面を叩き、突風じみた加速を得て駆け出した。

 読者諸君もご存知の通り、魔法少女の膂力は人智を超えたものである。彼女の細脚はあらゆる物理法則を無視し、想いのままに風を切る。

 逃げ惑う霧コウモリたちを後目に、流れ星のようにモノクロの盤上を駆けていくレイチェル。しかし、ただそれだけではこの迷宮から抜け出すことはできない。


(……()()を使えるのは、一度だけ)


 螺旋階段を駆け下りながら、レイは感覚を研ぎ澄ませる。

 イリスがやったような、空間を超える魔法を使えるのはあと一回が限度。今は少しの魔力ロスも避けたい。

 この迷宮には魔法少女の力でも簡単には敵わないような魔物がうじゃうじゃいる。大事なのは変わらず、逃げること。


(――中庭。あそこなら、安全に魔法が使えるかも……)


 この魔王城に乗り込んだ時、一瞬だけ通り過ぎたあの場所。あそこなら魔物もいないし、時空も魔力も安定している。

 魔法による脱出を確実に決めるなら、あそこだ。


 それに……綺麗なお花を一瞬でも眺めることができれば、僅かでも魔力の足しになるかも。


「イリス、中庭に行こう!あそこなら――」


 一瞬の沈黙。


「……なるほど。確かに、あそこが最適ですね」


「えっ、ほんと?」


「……ちょっと待ってください。今の、私が言うつもりだったんですけど」


「そうなの?」


「レイチェルさんが先に言っただけです。別に悔しくなんてありませんから」

「もう一度言いますよ。中庭に向かってください、レイチェルさん。あそこなら確実に脱出できます」


少しだけむくれた声に、レイは思わずふふっ、と笑う。


「……ふぅん。少しは賢くなったじゃないですか」


 相変わらず、彼女にはバカにされてばかりだけど。それでも今のは、ほんの少しだけ――認めてくれた気がした。

 ねえ、イリス。あなたと出会ってから、わたしだって成長してるんだよ?



 無数の敵の気配を回避しながら、二人は中庭まで辿り着く。

 そこは敵の本拠地とは思えないほど、優雅な気品に満ちた庭園であった。

 赤い月が純白の花々を妖しく照らし、その花壇を囲むように魔界植物たちが繁茂している。そんな畏怖すべき美しさの中にあっても噴水の水音は心地よく、深紅のドレスに包まれたかのような安らぎを与えてくれる。

 向こう側にあるアーチに魔法を使えば、迷宮の外に繋がるゲートを開けそうだ。


(よし、あとはこれで……!)


中空からレイテンシータクトを取り出し、ゲートに向けて真っすぐに掲げる。


「【☆お願い、わたしたちを出口まで――】」


 そう唱えかけた瞬間、突如、地面が軋むような地響きがレイチェルを襲う。


「わあ……っ!」


 身体のバランスを失ったその一瞬で、タクトがレイチェルの手を離れてしまう。

 変身していなかったら間違いなく耐えられなかったであろう激しい揺れを、少女はその身ひとつで堪え忍ぶ。

 しかしそうしている間にも、中庭に立ち並ぶ木々は乱暴に揺さぶられ、美しいモニュメントたちは一つづつ倒壊していく。


(なんでっ、あともう少しなのに……!)


 揺れはますます激しくなり、レイは地面に手をついて必死に転倒を阻止する。

 庭園の端に転がっていったタクトは魔界植物たちの下敷きになり、その行方を眩ませた。

 そして、噴水の手前に大きな陥穽が開くと――その中から不気味な()()が、紫色の液体を撒き散らしながら這い出てきた。

 ――それは、魔物とも思えないような怪物だった。


(なに、あれ……大きな、蛇……?)


 冷や汗が頬を伝う。不意に虫の群れに遭遇してしまったかのような、生理的な不快感。

 それは竜の身体と蛇の首をいびつに掛け合わせたかのような、名状し難い身躯を誇るもの。裂けた口だけが異常に際立って目立つ蛇のような容貌は、底知れない凶悪さと邪悪さを湛えている。

 そしてそのあぎとからは、煮え滾るような()が垂れ落ちている――


「まさか、こんなものまで隠し持って……いいえ、仕掛けてきやがりましたね、あの女……!」

 

 レイチェルの傍に出現したイリスが、強い怒気と共に()()を睨みつける。

 一方、レイはただ呆然と、信じられないものを見るような顔で……()()()()を呟いた。


「――そして努々、燻り狂える()()()()()()()()の傍に寄るべからず――」

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