Go home
「─それでは、親御さんが迎えに来れない方などは、しっかり自身の武器を持ち、道中で化物などに襲われたり殺されたりしないように気を付けてくださいね。後、居残りは死亡率が上がるので、速やかに帰りましょう。それではみなさん、また明日も元気に登校してくださいね」
せんせーがそう言った後、日直が「起立、礼」と言うと、みな起立をしそして。
『さようなら、また明日も元気にみんな会えますように』
と挨拶をし、みんな各々の武器を手に持ったり肩に担いだりして帰っていく。
私はリュックを両肩にかけ、左手には愛用の『涙切丸』という名の刀を持ち、帰ろうとしたところ。
「おい、霧生院。お前は残れ!全教科赤点取りやがって!ったく、お前は戦闘以外はほんとどうしようもないな」
と、担任のはげ山(本名は影山)が帰ろうとしていた私を呼び止めて言った。
「せんせー『どうしようもない』はさすがに失礼ですよ。てか、居残りなんてして帰るのが夕方以降になったりなんてしたら、化物の良い獲物になるじゃん。喰い殺されたらせんせーの責任ですからね?」
私は腰に手を当てながら、はげ山を睨んだ。けど、はげ山ははっ!とゲスな顔をして鼻で笑った。
「お前が喰い殺される?ないだろ(笑)つーかお前、どうせ夜になったら化物狩りするつもりだろが。いいから、つまらんこと言ってないで、さっさと全教科の補習を終わらせろ!じゃないと俺も帰れんだろうが!」
「へいへーい」
ため息混じりに返事すると、私は席に戻った。
◼◼◼
「うっぐ~…うっでいった~…やっーっと終わったわぁ~…はい、せんせー」
補習のプリントを終えると、教卓のところで頬杖をついてあくびをしていたはげ山のところに持っていく。はげ山は私のプリントを手に取ると、プリントひとつひとつ見る。
「─ふむ、いいだろう。おつかれさん」
「さあ、かえろーかえろー…って、外くっら!もう絶対帰り道で化物らに遭遇するじゃん!」
「はっはっは、まあお前には好都合だろ」
「いやいや、こんな白いセーラーなんかで戦闘なんてしたくないんですよ!やつらの血とか体液がついたら落ちないから、汚したらもう着れないんです!はぁ~…せめて、着替え持ってくればよかったな~…制服が汚れたら、せんせー弁償してくださいね」
「お前が全教科赤点なんか取るから悪いんだろ!ていうか、ここはそんなに勉強は難しくないんだから、もう少し頑張れよ…」
そう言いながら、はげ山は呆れたようにため息をついた。
私の高校は『戦闘員強化』を主としているので、普通の学校のような教科書的勉強はついでみたいなもので。
「だーって、机に座ってお勉強なんてつまんないんだもん。戦闘訓練校だから、戦闘の訓練だけで、国語や数学とかの勉強はしないと思ってたのにさ~…」
「あのな~…一応常識は身に付けないといかんだろ」
「じゃあさ、数学の『サイン』『コサカイ?』とかさ~あんなの社会に出たらいつ使うんですか?」
「『コサイン』な。お前はバカを強調するな。ま~…使うやつは使うよ」
「じゃあ、ほとんどの人は使わないってことじゃないですかー!」
「そうだな!あーもーうるさいからさっさと帰れ!俺はさっさと帰りたいんだよ!」
「わかりましたよー!さっさと帰りますぅ」
と、私は口を尖らせながらそう言い、教室から出ようとした時だった。
「…まあ、お前は大丈夫だろうけど、でも自分が強いからってあんまり調子に乗りすぎるなよ?」
「…何が言いたいんですか?」
「ヘマすんなよって言ってやってんだ」
「そんなことしまんよ。あんなやつらに私はやられたりなんてしません。私より、せんせーこそ気を付けて帰ってくださいね」
「ふん!俺はお前より強いから大丈夫に決まってんだろうが」
「どうかな~?せんせーも結構なお歳ですし」
「あほ!俺はまだ50ちょっとだよ!まだまだ現役だ!」
「はいはい、じゃあね~せんせー死なないでね~」
「うるせーわ!お前の方こそ、化物に血全部吸われてカラカラにされんなよ!じゃ、気を付けてな!」
「はーい、また明日~」
そう言って、私は教室を出た。
◼◼◼
校舎から出ると、頭上に金色の満月があり、煌々と夜を照らしていた。
校門を抜けようとした瞬間、ピリッ…とした空気を感じた。
「…いるなぁ。しかも今日は満月。なんかわからんけど、満月の日は化物たちがやたら多いんだよね~…」
そう言いながら、私は手に持っていた涙切丸を鞘からスラッ…と抜き、鞘はリュックに突っ込んだ。
「本来なら、学校から家まで徒歩で20分。1時間はかかりたくないかなぁ」
刀を満月に向ける。今日も私の涙切丸は美しい。
「…さて、今日もタノシク化物狩りしますか~!」
たっ…と校門から一歩出た瞬間。
「グギィエエエイエエエエエエエエアアアアア!!!」
「クェアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
と、化物ら数十体が一気に襲いかかってきた。人間の血を全て吸い尽くす『ブランディア』と、人の肉を好んで食す『バベルバ』だ。どうやら、学校から私が出てくるのを察知して、化物たちが校門傍で待ち構えていたようだ。
「血肉に飢えた化物どもらが!私の涙切丸の餌にしてやるよ!」
両手で涙切丸を握り、飛び掛かってくる化物らに振りかざし、そして。
「はああああっ!!!」
ばっさばっさと、襲いかかってくる化物らを次々と斬り倒す。三つ目のバベルバを縦に真っ二つに斬って四つ目にしたり、口の大きくて歪に生える尖った歯のブランディアの顎を切り落としたり。私は通学路を赤く染めながら、化物らを斬り殺しつつ家へと向かう。
「はぁ~…それにしても数がいつもより多いな。ほんとなんで満月の日ってこんなにこいつら多いの!?ウザッ!!」
化物狩りを始めて20分程。まだ、1/3くらいしか進んでいない。思ってたより、化物たちが多い。
「あー!セーラーが血塗れじゃん!!もぉ~…だから、セーラーでは戦いたくないんだよね~…」
はぁ~…とため息をついている間にも。
「グギィエエエイエエエエエエエエアアアアア!!!」
化物たちは、私の血肉を求めて四方八方から襲いかかる。
「来るね~来るね~ほんとあんたらうざいよ~?でもまあ、みんな斬り殺してあげるヨ♡」
ひゃはははははと私は笑いながら、涙切丸を振り回す。ばたばたと、斬った化物たちの肉片が地面に落ちる音が心地好く響く。今の私の姿を見たら、一般人はきっと私の方を化物扱いすると思う。だって、化物を斬りながら爆笑してるって何事!?だろうし。頭がイカれてると思うのが正常だと思う。
「家まであと少し!」
化物らを斬りながら、通学路を歩き進めること40分。目の前の角を曲がれば自身の家にたどり着く─という時だった。
「ギャアアアアアア!!!!」
私の少し後ろで、男の悲鳴のようなものが聞こえてきた。『化物ハンター』がまた襲われてるんだろう、そう思いながら、私はしかたなしに、悲鳴が聞こえたところへ急いだ。
「…え?」
そこには、下半身をバベルバに喰われている…はげ山がいた。
「は!?なんでせんせーがこんなところにいるの!?せんせー家こっち側じゃないでしょ!?」
私はそう言って、はげ山の下半身にかぶりつくバベルバの顎を斬り割いた。
…はげ山の下半身は完全に食べられていた。
「う…いや、な…お前時々変なヘマこくから…なんとなく心配になってな。だから…お前が家に帰るまで少し離れたところから見守ろうとしたんだけど…まさか俺がヘマこくとは…ははっ、だっせー…」
「…ださくないよ、せんせー。心配してくれて…ありがと」
「…霧生院、頼むから自分のことを責めたりするなよ。これは、俺が勝手にお前についてきたからこうなったんだ。というか…生徒の力を信用できない教師ですまん…教師失格だな…」
「違うよ…せんせーは教師失格なんかじゃないよ。せんせーは立派な教師だよ─」
はげ山はもう、ピクリとも動かなくなった。どうやらもう───
「…心配してくれてありがとう、影山先生。私これからも、こいつらを全滅するまで戦うよ。だから…今度は安全な天国で、お母さんたちと一緒に見守ってて下さい」
私は、泣いたりなんてしない。だって、泣いてる暇もないくらい、化物どもらが襲いかかってくるから。
「グギィエエエイエエエエエエエエアアアアア!!!」
「はあああああああああああああ!!!!」
ザンッ!!と、化物らを斬る。斬って斬って斬りまくる。まっしろいセーラーを赤く染めながら、刀を振り回す。
化物の生ぬるくて生臭い血が、私の頬にピチャッと付き、つうっ…と頬を伝って流れた。
両親や友人、たくさんの私の大切な人たちを喰い殺す化物たち。
私はいつか、こいつらを全滅させる。
2156年、日本。
『平和』といわれていた日本は今や『化物の巣』と言われるくらい、人を襲う化物で溢れている─────