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お祭りの夜に

「……さて」


 エレナが落ち着いたのを見計らって、始まりの魔女はエレナの頭から手を離すと、再び指をパチン!と鳴らして部屋を元に戻しました。


「今夜、この街ではお祭りが行われるの。あなたも良かったら参加していって」


「お祭り、ですか」


「そう。出店もいろいろ出るし、私たちの魔法によるデモンストレーションもあるから楽しいわよ」


「それは楽しそうですね!」


「ふふふ」


 屈託なくわくわくした顔を見せるエレナに始まりの魔女も嬉しそうに微笑みます。


「私たちの時間になったらまた遠話の魔法で呼ぶから、それまでは自由にしてていいわよ。部屋も用意するから疲れたらそこで休んでて」


「あ、はい。ありがとうございます」


 エレナはそう言われると休みなく飛んでいたことを思い出し、少し疲労感を感じました。


「では、少し部屋で休ませてもらいます」


「そうね。ゆっくり休んでちょうだい」


 エレナは始まりの魔女の優しい笑みに甘えることにしました。

 普段は遠慮することも多いエレナでしたが、彼女には不思議とあっさり甘えてしまえる自分に少し驚いてもいました。






「では、こちらの部屋をお使いください」


 その後、エレナは4人いた他の魔女のうちの1人に案内されて、大きなベッドが入った部屋に入りました。

 案内してくれた魔女は大人の女性の容姿でした。エレナの母と同じぐらいでしょうか。

 実年齢は分かりませんが、おそらく数百年は生きているのでしょう。


「ありがとうございます」


「……」


 エレナが深々とお辞儀をして頭を上げると、その魔女はエレナのことをじっと見つめていました。


「あの……?」


 自分のことを見つめたまま何も言わない魔女にエレナは首をかしげました。


「……本当にそっくり。まさか本当に来るなんて」


「……え?」


 ようやく口を開いたと思ったら、魔女はそんなことを言ってきました。


「ああ、ごめんね。独り言だから気にしないで」


「はぁ」


 エレナに聞こえたと気付くと、魔女は慌てて手を振りました。

 どうやら、本当に心から漏れ出てしまった声のようでした。


「……あなたは」


「……はい?」


 そのあと、魔女はエレナの顔をまっすぐに見つめて再び口を開きました。


「あなたはこれから大変だと思う。あなたの背負った運命、役目は重い。

 でも安心して。私たち魔女はあなたの味方よ。

 たとえ全ての人間があなたを敵だと思っても、魔女だけは絶対にあなたの味方だから。

 ……それだけは、忘れないで」


「……は、はい」


 エレナには彼女が言っていることの意味が分かりませんでしたが、目の前の魔女は自分の味方なんだということだけは分かりました。


「……うん。

 それじゃ、ゆっくり休んでね」


 魔女はエレナが頷くと満足そうに自分も頷き、さっと部屋を出ていきました。





「……ふぅ」


 エレナはそれを見送ったあと、とんがりボウシをベッドの横のテーブルに置くと、ベッドにドサッと仰向けに寝転がりました。


「……いろいろなことがあったわね」


 エレナは知らない天井を見上げながら今日のことを思い返しました。


 人と魔女とが手を取り合って生きる国。

 それを造った東の始まりの魔女。

 自分とそっくりな彼女。

 先ほどの魔女の発言。


「……私には、分からないことがたくさんあるのね」


 さまざまな情報が頭を巡り、それらを整理しながら、エレナはいつの間にかそのまま眠りについていました。













『……レナ。エレナ』


「……う、ん……あっ」


 頭の中に声が響き、エレナは眠りから目を覚まします。

 どうやら始まりの魔女が遠話の魔法で起こしてくれたようです。


『あ、すいません。眠ってしまっていたようです』


『ふふ、いいのよ。疲れてたのね』


 エレナは頭の中で返事をしながら体を起こし、急いで手櫛で髪を整えます。


『そろそろ私たちの魔法の時間よ。まだ時間はあるから準備ができたら呼んでちょうだい。

 こちらに飛ばすわ』


『あ、はい! わかりました!』


 エレナが返事をすると通信が切れました。

 エレナはバタバタと準備を始めます。


「時間はあるって言ってたけど、あんまりお待たせするわけにもいかないわよね」


 周りを見回すと、お湯の入った大きな桶が置かれていました。

 保温の魔法がかかっていたのでお湯はちょうどいい温かさが保たれていました。

 部屋に案内してくれた魔女が置いてくれたのでしょう。


「ありがとうございます」


 エレナは魔女に感謝するつもりでその桶にお礼を言ってから、服を脱いでそのお湯で軽く体を拭きました。

 髪も洗ってから、全身を乾燥の魔法で乾かします。

 手鏡から櫛を取り出して髪を鋤けば、エレナの髪は再び艶を取り戻してサラサラと流れました。

 体を綺麗にしたら服を着て、とんがりボウシを頭にのせます。


「よし!」


 一通り身だしなみを整えると、頭の中で始まりの魔女に呼び掛けました。


『あら、早かったわね』


 呼び掛けるとすぐに応答がありました。

 どうやらこちらの声をすぐに受け取れるようにしてくれていたようです。


『じゃあ、こっちに喚ぶわね。目をつぶっていてちょうだい』


『はい……』


 そして、エレナが目を閉じるとすぐに。


「はい、着いたわよ」


「……ん」


 始まりの魔女の声が間近に聞こえ、エレナが目を開けるとそこは部屋の外でした。

 外は夜でしたが、灯りが多く点されていてエレナもすぐに目が慣れました。


「……わぁ! すごい!」


 そこは地上から十メートルほど離れたところに魔法で設置された透明な床の上。

 眼下にはとても多くの人々が魔女たちに声援を送っていました。

 わあぁぁぁーっ!という歓声に応えるように魔女たちは笑顔で人々に手を振ります。


「お祭りのクライマックスにね。いつも私たちが魔法で盛り上げるの」


 始まりの魔女はそう言うと懐から不思議な形の杖を取り出しました。

 それが杖なのかどうか、エレナには分かりませんでしたが、エレナ自身も手鏡を魔法の発動媒体に使っていたので、きっと杖の代わりのものだろうと納得しました。


「……エレナ。私たちの出番が終わるまで、笑顔でいてね」


「……え?」


 始まりの魔女はそう言うと、不思議な形、L字型の杖の折れ曲がっている部分の、内側の方に指を入れると、そこについているトリガーのようなものを引きました。

 すると、そこから魔法が発射されて空に大きな火の花が咲きました。


「わぁっ!」


 それに続くように他の4人の魔女たちも杖を取り出して、同じように空に大輪の花を咲かせます。


「……綺麗」


「これは花火って言ってね。私も直接は見たことないんだけど、ずいぶん昔にはよくお祭りで人が打ち上げていたそうよ」


 エレナが夜空に咲き誇るたくさんの火の花に感動していると、始まりの魔女がそう解説してくました。


「花火……。人が、魔法も使わずにこんなことが出来たんですね」


 エレナは魔法で再現されたその綺麗な花を人が生み出していたことに驚いていました。


「そうよ。ずっと、こんなふうにその能力を使っていれば良かったんだけれど、ね……」


「?」


 始まりの魔女は人々に笑顔を向けながらも、その言葉には少しだけ寂しさや虚しさといった感情が混じっているような感じがしました。


「……こっからは、私たちのオリジナルよ」


 始まりの魔女は切り換えるようにそう言うと、再び杖のトリガーを引きました。


「わぁっ!」


 すると、今度は魔女たちの杖からいろいろなものが飛び出していきました。



 大きな火の鳥。

 氷の龍。

 小さな光のウサギは空を跳び。

 雷の獣が空を駆けます。



「……綺麗」


 空を行き交う幻想的な生き物たちにエレナは感嘆の声を漏らします。


「仕上げよ」


 始まりの魔女はそう言うと、4人の魔女とともに杖を掲げ、その先端を5人で合わせました。



白檀(びゃくだん)の根折れ

 深淵の欠片

 クチナシの咆哮

 落涙の連鎖


 空に花

 夜を照らす

 大きな大きな大輪を

 魔女と人との安寧を祈って】



「……え?」



 5人の魔女は同じ詠唱を口にします。

 複数人による合同魔法は代表者の始動キーを詠唱します。この場合は始まりの魔女のものでしょう。

 普通はなかなか見ることができない大規模な魔法。しかし、エレナが驚いたのはそのことではありませんでした。


 5人が呪文を詠唱し終わると、5人の杖の先端から光の塊が空に向けて打ち上げられました。


 ひゅるるるる~~という音を立てながら空に昇っていった光は安全な高さまで上がると、一気に弾け飛びました。



 どおぉぉぉぉーーーんっ!!という大きな音とともに夜空いっぱいに今までで一番大きな花火が咲きました。


「きゃーー!」


 エレナはそのあまりに大きな音と光に思わず耳をふさぎました。



「すごーい!」


「きれいね~!」


「やっぱりこれがないとっ!」



 下で見ていた人々は慣れているのか、耳を軽く抑えながらも太陽よりも明るく夜を照らす花火を楽しそうに見上げていました。


 やがて、空に敷かれた大輪の花火はあっけなくその姿を消し、空は再び静かな夜空を取り戻しました。

 その花火が消えるのと同時に空を駆けていた鳥や龍たちも姿を消していました。



 そして、しばらくの静寂のあと。



「今年もすごかった~!」


「魔女様最高~っ!」


「すごい綺麗でしたー!」


「かっこよかったーー!!」



 万雷の拍手とともに人々の歓声が称賛となって魔女たちに注がれました。



「……どうだったかしら? エレナ」


「……す、すごかった、です」


 皆の歓声に笑顔で応える始まりの魔女に問われて、エレナはそれしか言えませんでした。


 あまりに圧倒的で幻想的で。

 同じ魔女だからこそ分かる。

 凄まじい魔法の数々。

 それを人々を楽しませるためだけにやってのける。

 そのことにエレナは驚きと感動を感じていました。



「すごかったですー!」


「ありがと~!」


「魔女様、今年もありがと~!!」



「……え?」


 その後も鳴りやまぬ拍手と歓声。


 しかし、エレナはそこで違和感に気が付きます。


「あ、あの……」


「……エレナ。笑顔を崩さないで。皆が不安がるわ」


「あ、はい」


 不安げに見つめるエレナを始まりの魔女はたしなめます。

 エレナは慌てて前を向いて、無理やり口元に笑みを浮かべました。



「ありがとー!」


「ありがとうございます魔女様ぁー!」



「……」


 魔女に感謝を述べる人々。

 それを見てエレナはやっぱりと感じます。


 人々から上がってくる返礼があまりに少ないことに。


 言葉では感謝を述べています。

 ですが、そこに心が伴わなければ返礼にはなりません。

 魔女の生きる力にはならないのです。



「魔女様! いつもありがとぉー!」


「……っ!」


 

 人々のその言葉にはほとんど真の感謝がないことにエレナは愕然とし、同時に恐怖しました。


 まるで笑顔の仮面を被った何か。


 そんな集団が自分たちに仮初めの感謝と拍手を贈る。

 エレナには、それが怖くて仕方ありませんでした。


「……ちょっと無理そうね」


 うつむいてしまったエレナを見て、始まりの魔女は困ったような笑みを浮かべました。


「……皆さん! これにて魔女による催しは終了です! 引き続き楽しまれる方はお酒はほどほどに! それでは!」



「魔女様~!」


「楽しかったですよ~!」


「ありがとうございましたー!」



「……っ」



 人々の言葉だけのお礼に身体を強ばらせるエレナの肩を抱くと、始まりの魔女は転移の魔法を使って、全員を塔へと運んだのでした。





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