俺と環ちゃん
———私、絶対諦めませんから!
「…で、フッたの?」
「……」
俺はコクリと頷く。
「何それ意味わかんない。小さくてふわふわしてて、文句なしに可愛い女の子だったんでしょ。一目惚れしててもおかしくないだろ」
「いや、だって今日さっき初めて会ったし、名前だって知らねえやつに告白されてもよ」
「お前男としてどうなのそれ」
「じゃあお前は告られたらホイホイ女の子と付き合うのかよ」
隣のそいつは急に無言になったと思えば、こちらを見てニヤァと笑う。それはもう、腹立つくらいに。
「残念だったね。僕にはもう可愛くて愛しい彼女がいるもので」
知ってるわ。
「チッ」
「あ、舌打ちした。せっかく今日は理彩がいないから仕方なく一緒に帰ってあげてるのにその反応」
何が仕方なくだ。彼女の都合が合わない時は散々俺にのろけ話ばっかりしてきやがって。
ここから歩いて家まで二十分。今日も絶対呆れるくらいにのろけてくるのだろう。
こいつは神崎彬。家が隣で、母親同士が高校時代からの大親友。まあ、俗に言う幼馴染、といったところだろう。
黒渕眼鏡がよく似合う、四十人いるクラスで十番目くらいにはイケメン。モテすぎず嫌われずって感じか。
さっき言っていた理彩ちゃんは彬の可愛い彼女。叶理彩。本当に可愛くて、明るくて、男女問わず憧れる。長くて黒いストレートな髪はこの子のためにあるのだろうと言っても過言ではないと思う。
小学校中学年くらいに俺たちの通う小学校に転校してきて、彬と理彩ちゃんは中二頃から付き合い始めた。何故彬ごときが彼女を射止められたのか未だによく分からない。
——————————
「善人先輩、お昼一緒に食べませんか?」
「は」
教室の入口には昨日の女の子。何だっけか。小倉環?名前は今いい。
ここは二年の階だ、そんなとこ突っ立ってると変に目立つぞ。と言おうとして、回りがやけにざわついているのに気が付く。
「何あの子、ちょー可愛いくね!?」
「リボン緑…一年だな」
「待て待て、今善人先輩っつったぞ。…大澤のことじゃねえか」
「はあ!?何であんな可愛い子が大澤んとこ…」
変に目立ってんの俺のせいじゃねえか?
はあ、とため息をついて席から立ち上がっただけで、さっきまでなんやかんや言ってた奴らが黙りこんで視線を逸らす。
…俺、何もしてねえんだけどな。
「先輩、本当に友達いないんですね」
「うるせえな」
うるせえな。
「お昼、一緒に食べましょう」
「何でだよ」
「先輩と食べたいからです」
「よく昨日の今日で」
「言ったはずです。絶対諦めませんからって」
何でフッた俺の方が気まずい感じになってるんだよ。お友達とでも食べればいいだろう。
「断る理由は無さそうですね!行きましょう!」
「うわー…」
小さな手で、力一杯引っ張る。30cm以上ある身長差で、一生懸命。…可愛いけどさ。
遅くなったが、俺は大澤善人。高校二年の16歳・・・あれ、今9月か。じゃああと一ヶ月で17になる。身長が180cmあって、おまけに生まれつきこんな顔なのが災いして人から避けられている。女の子はまず寄ってこないし、友達は彬とその彼女、理彩ちゃんだけ。こんな顔ってどんな顔かって?知るか。自分の顔が怖いと思ったことねえよ。
そんな物好きに告白してきた小倉環。この子のことは何も知らない。多分昨日初めて会った。何で俺を知っているのか、俺を好きになってくれたのか、何も分からない。
引っ張られて着いたのは社会科教室。校舎の端の方にある教室で、特別教科以外に滅多に使われないため、立ち寄る生徒も多くない。ゆっくり昼食をとるのにはもってこいの場所だ。
「先輩は毎日パンなんですか?」
「えっ、ああ、うん。そういう…お、たっ…」
「環で大丈夫です」
「環ちゃん…?はお弁当なんだな」
「ふふっ」
その反応は知っている。彬にも理彩ちゃんにも何度も言われ続けてきた。
「顔に似合わずピュアですよね」
ほらー…。
「今さらびっくりもしませんけどね。そういう、顔に似合わず優しいところを好きになったんですから」
「おっ、おう…俺なんかしたっけ」
思い当たる節がない。この子に優しくした覚えも無いし、誰かに親切にした記憶もない。そもそも親切しようとしても逃げるから。
「先輩が自分で思い出してくれないと意味ありません。…でも、中学校が一緒だったって言ったら、思い出してくれますか?」
中学…。
「んんんんん」
「あ、やっぱりダメでしたか。いいんです。元々私が勝手に先輩を知ってるだけでしたから。これからたくさんお喋りして、私を知っていってくれたらそれでいいです」
笑って喋っている様子が、何故か哀しそうに見えたのは気のせいだろうか。聞こうにもフッた俺が聞くことでもないだろうし、やっぱり楽しそうにも見えたのでやめておいた。
二週間経って、あれからずっと昼食は社会科教室で、環ちゃんと食べるようになっていた。
「ほら、これ」
環ちゃんが使う机に置いたのは、イチゴミルクメロンパン。もちろん俺のではない。このくそ甘ったるそうなもの、俺には食えない。
「えっ、えっ!!」
「何だよ」
「いいんですか!?」
「この間購買で物欲しそうに見てたじゃねえか。こんくらい奢るってのに」
普段は先に昼飯の場所を取って、俺がパンを買いに行くのを待っていてくれる。だが、彼女は購買に行ったことがなかったらしく、見てみたい、と目をキラキラさせていた。その時も奢ると言ったのだが、申し訳ないと言って遠慮していた。おまけに財布を持ってくるのを忘れていたらしい。
「で、でもやっぱり申し訳ないです」
「別にそんくらいいいって。お前だっていつもクッキーやらマフィンやらくれるだろ?お返しだと思え」
これまで一度も欠けることなく、お菓子を作ってきてくれている。美味い。将来店でも出すのかとでも思う程に。
甘いものが得意じゃないことを知ってか、甘さも程々で毎日食っても飽きないから、つい遠慮せずに貰ってしまう。
「それは下心あるからですよ!」
「そういうことをしれっと言うな」
ペシッと頭を軽くはたいてやる。
まったく、この子は恥ずかしいとか何とかねえのか…。
「ふふっ。…でも、お返しなら、ありがたく受けとります。ありがとうございます」
ふわっと花が舞ったように笑う。ああ、女の子は可愛い。俺が言うのも気持ち悪いが、とてもキュンとした。環ちゃんといると、楽しいし心が温かい。
「甘い!美味しい!!」
よくこんなもの食べれるなとも思う…。
…このまま、彼女を好きになれればいい。そうすれば、彼女ももっと笑ってくれる。俺もきっと、幸せになれるのだろう。
「あ、パン貰って忘れるところでした。今日は普通のバタークッキー作ってきました。どうぞ」
「どーも。…美味いしありがたいけど、毎日持ってこなくてもいいんだぞ?」
「いいんです。先輩に好かれるための努力は怠りません。嫌ならやめますけど…」
「いや、環ちゃんのお菓子は食いたいからやめなくていい」
「それはよかったです」
ホッとしたような、嬉しそうな笑顔でこちらを見る。
「先輩に好かれるなら、できる限り色んな事をしたいんです。全力を尽くして、それでダメだった時じゃないと、きっとこの恋に諦めはつきません。…先輩と同じ高校を受験するときに決めたんです」
女の子は強い。環ちゃんは強い。
…俺には、もったいない。
「…環ちゃんは、俺でいいの?」
「何ですか今さら。こんなにアタックしてるのに何も伝わってないんですか?」
あ、初めて怒った。怒っても可愛いんだな、この子。もっと色んな顔を見てみたいと思う。これが『恋』でもいいんじゃないか。
「俺、多分環ちゃんのこと好きになったから…その、付き合うか?」
「いやです」
……ん?
「そんな善人先輩は嫌いです」
言っている意味が分からない。
だって、俺のこと好きだってあんなに言ってて、好かれるためにあんなに努力して、なのに、嫌い?
「善人先輩の恋を、無かったことになんてさせません。ずるいです、先輩」
「!」
「今する話じゃないですね、すみません。…今日の放課後、時間があれば少し話しませんか?」
少し涙ぐんだ瞳に戸惑いながら答える。
「分かっ、た」
彼女は気付いているのだと、その時知った。
それから午後の授業はあまり頭に入ってこなかった。
決して誰かに知られてはいけない恋をあの子が知っていたという驚きと、知っていて何故、俺が好きだと言っているのかという疑問。考えれば考えるほど、俺はあの子がよく分からなくなっていた。
いつ知り合った?いつ気付いた?
「善人、今日はお前と帰ってやろう」
「何だその上から目線。理彩ちゃん今日部活だったか」
「ああ、寂しい!」
寂しいとか言っておきながら、帰ってやろうとは何事だ。
理彩ちゃんは華道部。あまり熱心な部活ではなく、二週に一回ほど外部からの先生が来たときだけ活動する部活だ。だからたまに彬がこうなる。
「悪いけど今日環ちゃんと用事」
「はあ!?お前フッたんじゃないの!?」
「そのはずなんだが・・・」
飽きもせずアタックしてくるんだよなあの子…。
付き合ってる俺も俺か。
「そういえば昼も最近いないのって、例の彼女と食ってんのか!お前ら付き合えよ!」
「…そういうわけにもいかないらしい」
「わっっっっっかんねえ」
「ほんとにあんたたち女心分かってないわね!!」
後ろから怒鳴られて振り向くと、
「理彩!何で!?」
「部活なくなったの。先生ぎっくり腰だって」
「あー、お大事に…」
「…というわけなので、悪いな善人。一緒に帰ってやれねえ!」
だから用事あるから無理だって俺から断っただろ…。
「先輩」
声をかけられ、教室の入口に目を向けると、そこには環ちゃんがいた。本当によくこの子は上級生の階に堂々と入ってこれるよな…。
「あ、『環ちゃん』?」
「はい、はじめまして。神崎先輩…と、叶先輩、ですよね」
「うわぁ、本当にふわふわしてて可愛いわねぇ…!って、あれ、私のことも知ってるの?」
「はい、すみません、一方的に知ってるだけです。中学校の時から善人先輩を追いかけてたので、交友関係は自然に…。…って、あ、これじゃあストーカーみたいだ!すみません!うわぁぁぁ、善人先輩聞かなかったことにしてください!!」
「はいはい。聞いてない聞いてない」
そうだよな、彬のことを知っているのなら理彩ちゃんのことも知っているだろう。
それにしても、こんなに焦ることもあるのか。確かに、一方的に交友関係まで知っているのはストーカーっぽい。何か、面白いなこの子。
「小倉さん、これから善人と帰るの?良ければ私たちと一緒に帰りましょ」
「おい、環ちゃんはこれから俺と話を…」
「何、こんなに可愛い子を独占する気?付き合ってもいないのに?」
「ぐっ」
余程彼女のことが気に入ったらしい。視線が冷たい。
どうして俺が怯まないといけないんだ。俺の方が先約だっただろう…。しかも、それなりに大事な話をするつもりだったんじゃ…?
「あの…良いんですか?」
「えっ」
「私、お話ししてみたかったんです、叶先輩と!」
キ…キラキラしている…。
「理彩でいいわ。あぁ、本当に可愛いわねあなた!」
「あ、あぅぅ…。私も、環でいいですよ、理彩先輩」
子犬のようにわしわしと撫でられて、ふわふわの髪の毛がぐしゃぐしゃになっている。
環ちゃんが嬉しそうにしているなら、それでいいけども。
「…ねえ、僕って『環ちゃん』に嫌われてる?」
「知るか」
「だって僕が話しかけたら、あからさまに目を逸らされるんだけど」
「知るか」
「冷たいっ!」
いや、本当に知らない…。
本来なら俺と環ちゃん、彬と理彩ちゃんで帰っているはずの帰り道は、見事に女子と男子に分かれている。
会話の内容は聞こえないが、後ろ姿で仲良く楽しく話しているのは一目で分かる。
「…男が苦手とかか?」
「お前が平気なのに!?」
「悪かったな、こんな顔で」
でも確かに男が苦手なら、俺みたいな顔のやつは真っ先に怖がるだろう。
……となると、やっぱり…。
「……」
「善人?」
「彬、善人!環ちゃん、ここで別れ道だって。善人、送って行きなさい」
前を歩いていた二人が振り返る。
環ちゃんは申し訳なさそうにしているが、断らないところを見るに、やっぱり今日話したいことがあったのだろう。
「ああ」
「あら、素直ね。本当に顔に似合わず紳士なのよね、善人。彬にも見習って欲しい」
「ひどい!僕だって紳士だろ!」
「下心を感じる」
「下心あるからね!」
道の真ん中で、大声で下心とか言わないでくれ。
隣を見ると、くすくすと笑っている環ちゃん。そう言えば彼女も、お菓子をくれるのは下心とか言ってたな。
二人と別れて、普段通らない道を環ちゃんと歩く。知らない道ではないけど、少し不思議な感じだ。
「思ってた通り良い人でした、理彩ちゃん」
あれ、先輩じゃなくなってる。
「お話も上手で、私の話を聞いてくれるのも上手で…やっぱり憧れちゃいますね」
「昔からそうだったな…。誰からも好かれるし、頼られる。何で彬なんか選んだんだろうな」
「聞いてみたら良いじゃないですか」
……。
「…ごめんなさい、いじわる言いました。私だって善人先輩に、何で神崎先輩なのかなんて聞けません」
「…いつ、から」
「先輩を好きになって、目で追ってたら、気付きました」
だから、それはいつなのか。
俺を好きになったのはいつなんだ。俺と出会ったのは。俺が、
「知ってるのに、先輩のことを好きなのをやめられなかったんです。それだけは知っててほしくて。それが、話したかったことです。…本人の知らないところで失恋しているのは、私も一緒ですね」
9月。日の入りの時間が早くなってきている。
赤く染まっていく彼女は、どんな顔をしているのか。
「告白されたから好きになるなんて、『恋』っていうのがそんな単純なものじゃないこと、先輩が一番知ってるはずです。私に好きって言ってくれるのは、本当に私を好きになってからで良いんですよ」
「…環ちゃんを可愛いと思う。喋るのも楽しいし、お菓子も嬉しい」
「それでも、私より好きな人がいますよね?」
いる。もう長い間想い続けているやつが、別に。
「好きです、大澤善人先輩」
俺は、神崎彬に片思いをし続けている。
「私、諦めませんから!」
報われない恋だ。




