【主人公】編
「さて、『なろう系主人公』と一括りにされがちなキャラクターではあるが実際はどうなのじゃろうか。
ちなみに我はこの前言った通り、突飛な行動を取ることがない一般的な日本人の感覚から理解のしやすい感性を持っている風に書かれるものの、命の危険についてかなり無頓着で、基本的に自分の考えが正しいと考えていて、割と無計画に動くも大抵その行動が上手くいくようなキャラクターだと思っておる。」
「改めて聞いてもかなり酷い言い草だよな……。」
「まあ、一言で纏めるならば『無味無臭』といったところかの。」
「無味無臭て。」
「小説を一つのどんぶりとしたとき、登場人物という食材を能力という調味料でそれぞれ味付けし、展開というソースでまとめて、世界観という米に盛り付けるわけじゃ。個性というのは食材の味そのものなわけじゃな。」
「その例で言うと無味無臭な主人公ってのは……。」
「米に直接調味料かけて食ってるようなものじゃな。主人公が何ができるのか、世界観がどうなっているのか、そしてどんなイベントが起きるのか、それが物語を動かす原動力で、主人公の意思などただ流されるためだけにしかない薄弱なものでしかない。マズくはないが、料理として出されると非常に困惑するようなものじゃ。」
「割と最悪な部類じゃねえかな、それ。」
「正直食えるだけマシじゃ。下手に食材が味を台無しにしたり、個性的過ぎる味付けをして食えないような丼は無数にあるからの。」
「今回は食材についてだからそこら辺について聞きたいが、主人公の味でそこまで失敗になることなんてあんのか?」
「あるぞ。いくつかタイプがあるが、ことさら見る数が多いのは『無自覚系主人公』と『主人公絶対系主人公』じゃ。」
「『無自覚主人公』は俺も分かるぜ。『また何かやっちゃいました?』ってやつだよな?」
「そうじゃな。どうしてこの手の主人公が生まれたか、分かるか?」
「主人公スゲーをするためか?」
「正確には主人公自身でなく、周りから主人公を持ち上げるという状況を作り出すためじゃな。」
「ふむ。」
「以前から存在したやれやれ系主人公のような、率先してドヤ顔をしていくような主人公に対するメタとして生まれた存在じゃな。」
「メタって……。カードゲームじゃないんだぞ。」
「似たようなものじゃ。やれやれ系は自分の実力を見せつけていくような形じゃったので、言ってしまえば少しクドい、鼻につくような感覚があったわけじゃ。」
「さっき挙げなかったってことは、そう言う割にやれやれ系にそこまで忌避感ないんだな。」
「まあ、クドくはあるが全体のバランスをぶち壊すほどの酷さはあまり無かったからの。とはいえ、そのクドさを抜くために、主人公自身で強さを披露するのでなく仲間にその規格外さを説明させるという手法を取らせたのじゃ。その前振りのため『これくらい普通だろ?』と主人公に言わせ、自分の強さに自覚のない主人公というテンプレを生み出させたわけじゃ。」
「ふーん、悪くないじゃん。ん? 悪くない? 変だな。」
「そう、実は一度ならばかなり有効な方法なんじゃよ。しかし、問題はこれを繰り返す方が圧倒的に多いことじゃ。
一度目はいい、その世界の基準を知らなかっただとか、自分を普通だと思っていたと、ただ常識を知らなかっただけな無知なキャラクターというだけじゃ。
ニ回目くらいも、前回で学んどけと思うが、価値感を急に擦り合わせるのは難しいことでもあるし、まあ仕方ないとも言えるかもしれない。
じゃが、いつまで経っても主人公が自分の強さについて無自覚なまま、ということが多すぎじゃ! こうなって来ると無知ではない。痴呆じゃ。」
「痴呆て。」
「我的には、そうなってしまう理由もわからんでもない。要するに書き手の中で主人公のキャラクターのアップデートが出来ないだけなんじゃ。」
「キャラクターのアップデート?」
「うむ。人は変わる。人の良い人物が信頼していた者に裏切られ何も信じられなくなってしまうように。親も兄弟も殺すような極悪非道な人物がたった一度の出会いでそれまでの行いを悔いるようになったり。
物語の中ではそういった心情の変化というのがよく起きる。読み手もそれを期待するじゃろう。
しかし、無自覚系主人公による『何かやっちゃいました?』というシーンは書き手にとってキャラクターが変わるほどの大きなイベントではないんじゃよ。言ってしまえば主人公スゲーと気持ちよくなるだけのシーンで、主人公の性格が変わるような劇的なシーンとは考えもしないわけじゃ。つまり、書き手としてはこのイベントの前後で主人公に変化はない、という風に意識してしまうんじゃな。結果何度も何度も『また何かやっちゃいました?』となるわけじゃ。」
「ほーん。」
「このキャラクターのアップデートというのは難しい。厳密に言うのならば一日もあれば様々な知識のアップデートがあり、意識というのは刻一刻と変化していくものであるが、物語の中では全てを描写するわけにもいかん。」
「でも、せめて作中で言及したことくらいはキッチリ反映させろよ。」
「勿論、そうするべきなんじゃがな。キャラとしての知識と書き手としての知識が一致するわけでないというのが難しいところじゃ。」
「何言ってんだ。そのキャラを動かしてんのは書き手だろうが。」
「特にこう、新しいものに出会うときに起こりがちなのじゃが、書き手は当然、それらがその世界に存在しているということを分かっている状態で、始めて見たというようなリアクションを取らせねばならん。知っているのに知らないふりをせねばならん。
逆に、読み手からしてみれば知らないものが出てきたわけで、リアクションとしてはキャラクターに近しいものが取れる。そういったところが書き手と読み手の齟齬となって違和感として出てくるわけなのじゃよ。」
「結局『無自覚系主人公』ってのはいつまで経っても成長しないところがいけねえってことだな。」
「そこがやれやれ系主人公と違って、本格的な不快感に繋がってしまったわけじゃな。特に、そういう傾向の作品が大量に流出して一回目の『何かやってしまいました?』の時点で不快感を感じてしまうほどに。」
「では『主人公絶対系主人公』なのじゃが。」
「そっちはどういうやつか聞いたことねえな。」
「まあ、我が今考えた言葉じゃし。」
「おい。」
「とはいえ言葉通り、主人公のやることは絶対的に正しい、というように書かれているタイプの主人公じゃよ。」
「単なる正義系の主人公とは違うのか?」
「『正義の反対はまた正義である』という有名な言葉通り、正義を掲げるタイプの主人公でも正反対の正義とぶつかったり、悩みや葛藤があったり、あるいはその正義に対して外から突っ込みが入ったりするものじゃが。」
「うん。具体的に頼む。」
「うむ……FA○Eの主人公など分かりやすいかのう? 正義の味方を志すというキャラであり、主人公はその正義を守り続けるも『異常な人間』として描写されておる。」
「なんとなく聞いたことはあるな。」
「とにかく作中において、間違っている……とまではいかんが、少なくともこんな生き方は普通じゃない、と認識されておるわけじゃ。
一方で『主人公絶対系主人公』はそういった描写が全くない。このタイプの主人公は逆に『自分が正しい。』などと言うことがないのじゃ。なぜならそもそも、主人公の行為の正しさを問われることすらないのじゃから。」
「はあ。」
「分かりやすい例じゃと転売とかじゃろうか。」
「ああ、『俺は売り手が売ってもいいと思ってる値段で買って、買い手が買ってもいいと思ってる値段で売ってるだけだから、どこに問題があるんだよ!』ってやつか。」
「いや、『俺は市場のポーションを買い占めた。こうすることで需要に対する供給が無くなり、人は多少高くなっても買わざるを得ないってわけだ。一本100ゴールドで買ったポーションが、一本500ゴールドで売れるってんだから、ちょろいもんだな。』という感じじゃ。」
「え、は? え?」
「勿論、これに対する『転売じゃん!』などといったツッコミは一切入らないし、売る側も主人公に売るのを辞めるといった手段に出ることもなく買う側も文句の一つも言わず買っていく。これが『主人公絶対系主人公』じゃ。奴らは言い訳などせんよ。間違ってるとか悪いことをしているという自覚すらないのじゃから。」
「強烈過ぎるわ……。」
「ここまでのは、まあ、あまり見んが……結構な頻度で似たようなものは見かけるぞ。」
「でもよ、大抵の人は自分の行いが正しいと思ってやるわけだろ? なんでこうなるんだよ……。」
「じゃから、世界が主人公の行動は正しいと認めておるからじゃ。逆に誰か一言でもそれはおかしいんじゃないかと否定をしたり、あるいは主人公が心の中で勝手に言い訳しているだけでもかなり違う。
先程の例でも、『ポーションを買うだけの奴らが一度こんな値段で買えるか! と文句を付けてきたが、当然こちらに値を下げるつもりは一切ない。襲いかかってきた奴もいたが、あっさり返り討ちにしてやった。むしろそいつらには迷惑料としてさらに値段を釣り上げてやった。ははは、しぶしぶと言えどこの値段で買うしかないのだよ!』と言わせるだけでかなりマイルドになるじゃろう?」
「やってることは変わってないはずなのに、むしろ悪役感は増したはずなのに、さっきよりもマトモに見えるのはなんでだろうな……。」
「とまあ、ここまで語ってきたが、結局好みということに行き着くんじゃよね。『無自覚系主人公』にしろ『主人公絶対系主人公』にしろ、気にいる者もおるかもしれん。」
「『無自覚系主人公』なんかは人気出てる例もあったりするしな……。」
「『主人公絶対系主人公』も日間ランキングだったり月間ランキングであっても見ることはあるぞ?」
「えええ……マジかよ。」
「むしろ我はやれやれ系主人公やハーレム系主人公は楽しめるのじゃが、そういうのがダメという者もおるじゃろうしな。」
「じゃあ今回はこの辺で。てはまた。」
「次回の予定じゃが、ちょっとばかり未定じゃ。」
「お? エタるのか?」
「まあ、普通の小説を書きたいと思えるくらいに回復したからそっちにかかりたいという感じじゃ。一応もう少しネタはあるが、それはまた次の機会にしようと思う。」