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《閑話》 小悪人たちの未来

「あーもうっ! いつまで私はこんな所にいなくてはならないの?!」


 王宮の一角に響く金切り声。そしてドンガラガシャンと鳴る嫌な音。

 そばを通り過ぎる使用人たちは、「またか」と顔をしかめて、そそくさと逃げていってしまう。後に残されたのは、逃げ遅れた要領の悪い新人メイドだ。


「ちょっとあなた、あそこの部屋の様子を見てきてよ。また暴れて高い調度品を壊したりしてなきゃいいけど。あのお嬢さんに届いてる荷物もあるから渡しておいて」

「えっ、えっ、私がですかあ?」


 ぐいっと大きなトランクを押し付けられたその新人メイドは、涙目で首を振ったが、調子のいい先輩は「よろしくね~」とどこかへ行ってしまった。

 新人メイドは肩を落とした。おそるおそる横目に見たドアの向こうには、きっとその部屋の主が、これからやって来るであろう使用人に誰でもいいから八つ当たりしてやろうと待っている。


 ああ、なんて楽しくない仕事だろう。私、本当はクラリス王女様付きのメイドになりたかったのに。今や代王となったクラリス王女様は、各領地の視察に行ってしまって会えないし、王宮でお留守番をしている私に任された仕事がよりによって、クラリス王女様に敵対していた人間の世話だなんて。


 長いため息を吐くメイドの後ろから、『あら、地下牢の時の小娘じゃない。また何か貧乏くじを引かされたの?』と声をかけてくる者がいた。

 振り返ったメイドは、あっと叫んだ。


「アルファさんと、ベータさん! 故郷に戻られたんじゃなかったんですかあ?」

『それがな、あのボライトンのクソ領主の裁判に、オレたちメデューサが証人として出られるらしくてよ。また王都に戻ってきた』

『メデューサが法廷に立つなんて、有史以来初めてのことじゃない? ま、これが、あのクラリスお姫様の取り計らいなのは気に食わないけど』


 臆病で知られるその新人メイドは、屈強な用心棒でさえ夜道で遭ったら逃げ出したくなるメデューサの不気味な巨体にも怯えず、仲良く世間話をしている。彼女は、王宮の地下牢にメデューサたちが収容されていた時、食事を届けに行く役目を押し付けられていたので、泣きながら何度もメデューサと関わるうちにいつしか打ち解けてしまっていたのである。

 アルファと呼ばれたメデューサは、ちらりとメイドが前で立ち尽くしているドアを見た。


『ここから、さっきひどい音がしたけど……。誰が中にいるの?』


 そう聞かれて、メイドは気まずそうに視線をさまよわせながら答えた。


「うう……実は、このお部屋には、ド・バーグ家のご令嬢のダーシー様がいらっしゃるんです」

『ダーシー・ド・バーグですって?』


 告げられた名前に、メデューサたちは急にさっきまでの朗らかな雰囲気を消し去って無表情になった。メイドは冷や汗を流して、小さくうなずいた。


 数か月前に露呈した、ボライトン家の長年にわたるメデューサと領民からの搾取、さらには元王配の暗殺までしていたという恐るべき国家転覆の野望は、上流階級のパワーバランスに強い衝撃と変化を与えた。

 以後、クラリス代王が大規模な行政改革に乗り出したこともあり、ボライトン家と手を組んで私腹を肥やしていた悪徳領主や汚職官僚たちが、次々とあぶり出されて起訴されていた。彼らのうち大半は、既に刑務所に入っているが、そこで問題になったのが、中途半端に事件に関わったド・バーグ家の嫡子……ダーシー嬢の処分についてだった。


 彼女は、例のすばるの夜に、大波乱を巻き起こした張本人のひとりではあるが、ボライトン家が行ってきたような重大な悪事には加担していない。言ってみれば、首謀者のボライトン卿にとって、彼女はただの捨て駒に過ぎなかった。

 しかし、そうは言っても、ダーシー嬢が紅騎士団や他の次期王候補生にメデューサの血の毒を盛ったり、王女に対して強烈な敵意を燃やし、危険な振る舞いをしたことは見過ごせない。


 そんな曖昧な立場が、ダーシー嬢を牢に入れず、かといって家に帰す訳でもなく、王宮の客室に軟禁したまま留置させている原因だった。


 ここまでの複雑な事情を思い出して、新人メイドは何事か思案しているメデューサたちを不安げに見上げていたが、ベータがぽんと青銅でできた手を打って宣言した内容に驚かされる。


『よし! じゃ、オレたちが、その女の様子を見てきてやるぜ!』

「え、ええっ?! 本気ですかあ?」


 慌てて止めに入るメイドにも構わず、思い立ったらすぐ行動するタイプのベータは、さっさと扉を開け放って『おい! テメエ、オレたちのダチに迷惑かけてんじゃねえよ!』と威勢よく怒鳴った。


 部屋の真ん中に突っ立ったダーシー嬢は、闖入者をきっと睨んで叫んだ。


「何よあなたたち! 忌々しいメデューサが、勝手に私の部屋に入ってくるんじゃありませんわ!」

『あたしの連れが悪いわねえ。でも、あんたもあたしたちの牢に押しかけてきて、あまつさえ処刑しようとしたくらいなんだから、これぐらい見逃して欲しいわ』


 ベータに続いて部屋に踏み入るアルファ。ちなみに、メデューサである彼女たちは、人間たちと会う際には邪眼を隠す必要があり、その青白い顔にはアーバスノット博士が作った特殊サングラスをかけている。メデューサは北国に住む種族なのに、意図せずして南国気分である。


 ダーシー嬢の足元に散らばった、食事の皿やスプーンを見下ろして、ベータは舌打ちした。


『オレたちの時よりも豪勢な囚人食をもらってんのに、ひでえことしやがるな、オマエ』

「はん。薄気味悪い怪物よりも待遇がいいのは当たり前でしょう。私はド・バーグ家の嫡子なんですもの」


 軟禁されている身でありながら、揺らぐことのないその傲慢な性格に、アルファは『あんたすごいわねえ。今はあたしたちの方が立場は上なんだけど』といっそ感嘆の声をもらした。ダーシー嬢はそんなアルファに鋭い視線を向けて、


「だいたい、あなたたちも王都を陥落させようとした国賊じゃないの。代王の威をかって、のうのうと王宮を闊歩しているようだけど、私はクラリス殿下が保護したメデューサなんて絶対に認めませんわ!」

『あたしたちが無事でいるのは、あのお姫様のおかげだけじゃないわ。メデューサの仲間たちが、人間との休戦条約を結ぶ時に、あたしたちを釈放するよう交渉してくれたからよ』


 ダーシー嬢の言う通り、この休戦条約が正式に結ばれるまでは、アルファとベータは一応まだ犯罪者としておとなしく地下牢につながっていたのである。今、彼女たちが堂々と王宮の中を歩けるのは、仲を深めた使用人たちが暖かく迎えてくれるのと、メデューサ仲間たちが必死で助け出してくれたからだ。

 それを知って、不満げに顔を歪ませるダーシー嬢に、ベータは首を傾げて尋ねた。


『そういや、オマエをここから助けようとする奴はいねえのか? 人間には、オレたちと違って家族ってのがいるんだろ?』

「……そう。私は誇り高きド・バーグ家の嫡子。クラリス殿下とは違って純血のね」


 急に声のトーンを落としたダーシー嬢に、ずっと様子を見ていたメイドは焦った。

 まずい。別にダーシー嬢に思いやりをかけてやるつもりはないが、今の彼女に家族の話をするのは、あまりに可哀想だ。


「み、みなさん! 私、お茶とお菓子を持ってくるので、談話室に行って少しくつろいだら……」

「だから私は大丈夫ですの。あれだけ送った手紙に、一通も返事がなくても。やっと来た実家からの手紙が、絶縁状であっても。……助けてくれなくても、捨てられても、気にしませんわ。私が純血な事実は変わらないから」


 くしゃり、とダーシー嬢の手から、握り潰された紙が音を鳴らす。

 事務的な書類に見えるその紙の端に、一文だけ乱暴に書き殴られた文字が見える。その意味は……「一族の恥」。

 さすがのことに、メデューサたちも押し黙ったが、ダーシー嬢は同情は求めていないとばかりに勝気な笑みを浮かべた。


「エリザベス伯母様がアレクサンダー王配殿下と結婚する時も、同じことを言われたんですって。馬鹿馬鹿しい。私はね、わがままな伯母様とは違いますわ。ずっと、誇り高きド・バーグ家の令嬢にふさわしいように、何もかも犠牲にして頑張ってきたんだから。自分勝手なクラリス殿下とも違う。銀の瞳の子ってだけでちやほやされて、全部を手に入れるあの人とは違うの」


 だんだん独り言のようになっていくダーシー嬢の呟き。


「私はクラリスに絶対に負けませんわ。負けるものですか。自由気ままな彼女より、純血として真面目にやってきた私の方が偉いはずですもの。絶対に絶対にいつか引きずりおろしてやるから……」

『……アナスタシアお姫様といい、あの紅騎士団長ったら、本当に厄介な奴らにばかり執着されるわね……』


 アルファは心底疲れた表情をした。彼女は、“大婆様”のもとでアナスタシアとそこそこに深く接し、アナスタシアの強烈なクラリスへの執念を間近で見て来た経験がある。そこに政治利用の目的があったとは言え、ダーシー嬢がせっせとアナスタシアの世話をしていたのは、案外、無意識下で何かしらのシンパシーを感じていたからではないか。

 アナスタシアの名前を聞いて、ふっとダーシー嬢は息をついた。


「アナも、かわいそうな子ですわね。従姉妹の私でさえ、これだけクラリス殿下の存在に苦しめられたのに、姉妹となると、血のつながりが濃すぎて本当にどうしようもないですわ」

『血、血、血ってオマエはうるせえな。だいたいオマエはよ、負けるだの勝つだの、いったい何と戦ってるつもりなんだ?』


 気遣いのかけらもないベータの言葉に、気が短いダーシー嬢は「なんですって?!」と激高した。

 しかし、ベータは本心から不思議そうに続ける。


『オマエがいくらあの代王のことを許せないっつったって、アイツの方じゃオマエと張り合ってるつもりはねえし、オマエが苦しんでることにすら気付いちゃいねえだろうよ。そんな同じ土俵にも立てない相手よりは、もっとオマエが好きなことをしたらいいんじゃねえのか?』

「はあ? 好きなこと?」


 意味が分からないとでも言うように、ダーシー嬢は顔をしかめた。ベータはうなずいて、『ちなみにオレは今、金を稼いでセロリを山ほど食うことにハマってるぜ!』と言った。アルファは『だからなんなのよ』と呆れた様子だったが、そこでメイドが「あ!」と叫んだ。


「そうだ! ダーシーお嬢様、ご実家からお届け物があったんです」

「え? 我が家から?」

「はい! 一緒についていた言伝には、『うちにあっても邪魔だからお前の好きにしろ』とあります!」


 家族が娘に告げる言葉としてはなかなかひどいが、メイドは「好きなこと」の話題でこれを思い出したらしい。

 天然なのか豪胆なのか、「これが何かの役に立ったらいいですね!」とにこにこしているメイドに、ダーシー嬢は微妙な表情をして、それからトランクを覗き込んだ。


「……こんな物、何の役にも立ちませんわ。本当に厄介払いね」

「あれ、開けなくても何が入っているのか分かるんですか?」


 ぱちぱちと瞬きをするメイドから、ダーシー嬢が気まずそうに顔を背けたその時。


 プププパパパラー!


 どこからか、大真面目ながらも間抜けたように聞こえるラッパの音が大音量で鳴り響いて、部屋にいる者たちはひっくり返りそうになった。

 アルファが耳を抑えて『いったいどこの馬鹿が騒音公害を垂れ流してるわけ?!』と叫ぶと、メイドが半泣きで答えた。


「ボ、ボライトン博士です! お隣の部屋に、ダーシーお嬢様と同じように留置されていらっしゃるんです!」

「おうい、そっちにダーシー嬢がいるのだろう?」


 壁を隔てて隣の部屋から、ボライトン博士の声が伝わってきた。いきなりのラッパの音に腰を抜かしていたダーシー嬢は、なんとか立ち上がって「博士! あなた何してるんですの?!」と叫んだ


「いや、もう数か月も軟禁されていると、将来の不安とか裁判の進展具合とか、いろいろ面倒くさくなってきてな。わずかに持ち込めた私物の中に、昔吹いていたトランペットを見つけたから、暇つぶしに演奏してみようかと思ったのだ」


 のほほんと説明するその声は、今も将来の不安とか裁判の進展具合に戦々恐々としているダーシー嬢をいらいらさせるに十分なものだった。まあボライトン博士もまた、その凡愚さからほとんど父親のボライトン卿の操り人形になっていたようなものだからここに留置されている訳で、ダーシー嬢とそれほど違いはないのだが。

 言うだけ言って、再びトランペットをププラー! と鳴らし始めたボライトン博士に、いよいよダーシー嬢は堪忍袋の緒が切れたらしい。


「そのへったくそなトランペットをやめなさいいいー!」


 そして、乱暴にトランクのふたを開けると、中から何かを担ぎおこした。


「あなたに質のいい音楽のなんたるかを教えてあげるわ! 耳をかっぽじってよく聴きなさい!」


 ダーシー嬢が鬼気迫る形相で弾きはじめたのは、……バイオリンだった。


 メイドとアルファがあっけにとられて、目の前で繰り広げられる演奏合戦を見ていると、ダーシー嬢が髪を振り乱しながら「そこのあなた! パーカッションをしなさい!」とメイドに無茶な支持を出したので、かわいそうな新人メイドは「はい~!」と半泣きで割れた食器を打ち鳴らした。アルファも何のことだか分からないまま、なんとなくそれに参加する。それをわきで眺めていたベータは無邪気に感心していた。


『なんだ。オマエも得意で好きなこと、あんじゃねえか』


 ド・バーグ家の誇り高き嫡子としては少しアグレッシブすぎる演奏を披露しながら、ダーシー嬢はこの数か月で一番楽しげな表情をしていた。




 のちに、ここで生まれた即興性の高い音楽が王都で大流行し、実家から勘当されて平民となったダーシー嬢とボライトン博士がなぜか新人メイドとメデューサたちをメンバーに引き入れ、ポップ・ミュージックの始祖グループとなるのは、また別のお話。

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