月の王子様1
やっほー(^o^)十日経っちゃった♡
新章です
視界いっぱいに色とりどりの眩い花が咲き乱れていた。
植物特有の甘い匂いが鼻腔をくすぐり、身体中を満たしていく。
剪定された植物は彫刻のように整っていて、ここを楽園だと言えば誰もが勘違いをするだろう。
「こちらが王妃が気に入っておられる庭園になります。
特に中央にある青薔薇は王家の魔法使いと庭師が研究の末に咲かせた奇跡の花で、このバラが咲く限り、王家は安泰であるとすらいわれているんですよ」
そこに天使のような王子様が佇む姿は、一枚の絵として理想的なまでに輝かしかった。
だか、今はそれに浸っている余裕すらシャロンには無い。
サクサクと城案内ダイジェスト版に連れ添われて、はや1時間近くが経過している。
結論から言うとなんにも思い浮かんでなどいなかった。惨敗である。
あれだけ気合が入っていたのにこの体たらくなことには、いっそのこと泣きたい気分だった。仮にこれが成人済みのアレク相手だったなら迷いなくシャロンは幼児退行していただろう。
しかしなけなしの自制心が、子供を困惑させるわけにはいかないと踏み止ませてくれていたのだった。
……そもそもこの選択肢が脳内にあること自体がヤベェとは誰も指摘してくれないことが悲しいかな。
一気に打つ手が無くなったシャロンが絶望していると、反応がお留守になってしまったせいか心配そうにアレクが気遣ってきた。
「シャロン様、大丈夫ですか?お疲れのようでしたら少し休憩を挟みましょうか」
「え?あぁ…そうですね、お願いします」
アレク王子は「かしこまりました」と答えると、庭園の中央へシャロンの手を引いていく。
向かった先には使うのを躊躇うほどの繊細な造形を持つ東屋があった。
アレクは東屋に辿り着くと自然な動きで椅子を引き、その上にハンカチを落としてくれる。
「どうぞ、こちらへ」
「ありがとうございます、アレクシス様」
シャロンが椅子に腰掛ければ、テーブルを挟んで反対側にアレクも座り、自然と2人は向かい合う形になった。
顔をあげれば迸るような微笑み返してくるのだから、シャロンなぞは吹き消されてしまいそうな心地である。
この短い時間だけでも彼が王子として一点の曇りもなく完成されていることを理解するには十分であった。
容姿端麗で礼儀作法も完璧な人が自分の婚約者なら、女の子は皆両手をあげて犬のように庭を駆け回るのだろう。
しかしシャロン的にはどうにも歯に絹を噛まされているような居心地の悪さがあった。
なにせシャロンの中ではゲームの俺様王子が先行しているため、こうも人柄が違うと名前と容姿が同じなだけの別人なのやもしれないと思えてくる。
まあここまで色々一致しているのだから、流石にそんなことはないと信じたいが。
だがこれが今のアレクシスなのだとしたら、ゲームとの違いのせいで記憶への道が閉ざされてしまっている可能性もあった。
そうなると、シャロンは本編開始の4年後まで待ちぼうけを喰らってしまう。
流石にそれは勘弁願いたい!と切に願っていると、そんなことは知ったこっちゃないアレクが世間話を持ちかけてきた。
「アルドリッチ家は魔法の名家ですから、やはり普段から訓練や研究を行っているのでしょう?シャロン様は魔力量は飛び抜けているわけでは無いようですが、技術面で優れていらっしゃるのでしょうか?」
「いえ、魔法はまだ父から危ないからと止められているのでやったことは無いです……」
「おや、そうなのですか?では普段はどのようなことして過ごしてらっしゃるのですか?帝王学などでしょうか?」
「最近は趣味で絵を描いていますので、ほとんどアトリエに篭ってばかりで……」
ふと、一つの発想に至り言葉が途切れる。
そもそもシャロンが前世を思い出したのは王子の姿絵がキッカケであった。
ならばもしかして王子本人よりも「絵」の方が重要だったりはしないだろうか。
根拠なんて何にも無いが、己の勘がそうであると明確に告げてくる。
もう一度アレクの絵を描いてみれば…
「アレクシス様、一つお願いがあるのですがよろしいですか?」
「お願い、ですか?なんでしょう?」
藪から棒だったが、思い至ったなら即行動に移す以外に手はないだろう。
何より、シャロンにはこれしか他にできることなんて無さそうだ。
だが肖像画を描くなら相手に許可を取らなくては、肖像権の侵害などで訴えられてはたまらない。
なのでここは1つ、優しいアレク王子にお目溢しをいただけないか頼んでみることにした。
「ぜひ、私の絵のモデルを務めて頂けないでしょうか!アレクシス様のお姿を、私の手で描いてみたいのです!」
シャロンは期待を込めてじっと端正な顔を見つめる。
一方、王子はキョトリと一度大きな目を瞬いた後、ふわっと華やぐような可憐で愛らしい笑顔を浮かべた。
そして弧を描いた口が開かれて、一言アレクはこう言い放つ。
「それはお断りします」
「お、お断りします!?!?!?」
それは残酷なまでに無邪気な返答だった。