運命のアリアドネ3
じわりと肌に纏わりつくような蒸し暑さだ。
まだ午前11時を回ったばかりだというのに、窓の外は曇天に覆われて、僅かな日差しも入り込まない。
かわりに薄暗い室内を、炎揺らめくランプの灯が照らしている。
雨音は呑気に軽快なリズムを奏で、生意気にもBGM気取りだ。
おそらくプレイヤーが違和感のないように、季節の巡りがよく似たものになっているのだろう。
だとしても、わざわざ梅雨まで再現しなくたっていいのに。
憂鬱な気分で、シャロンは手元のペンを軽く遊ばせる。
「それでは、本日は悪魔をテーマに講義を始めていきます」
おまけに、天気にお誂え向きの授業を聞かされていたら余計に気分が沈むというもの。
今日も例の如く、ロビンを目の敵にしている教師が教鞭をとっている。
シャロンなどはそれだけで聞く気も失せるが、当の本人は今回も真剣に取り組んでいた。
「悪魔とは、唯一、こちらから契約することのできる精霊とも呼ばれています。しかし、彼らは強大な力を授けてはくれますが、一度関われば悲劇的な運命は逃れられません。代表的な歴史的事件をあげますと……」
くどくど語られる悪魔の歴史はどれもこれも悲惨なものばかりであった。
ある男は、復讐を果たした代償に永遠とその瞬間を繰り返す亡者と成り果てた。
ある女は、力を手に入れ敵国を攻め滅ぼしたのち、慰み者として永遠に搾取され続けた。
「我が国でもたびたび、悪魔と契約を交わした者が歴史上に存在しています。ですがそのたびに、ティターニアが現れこの世界をお救いくださいました」
ここで教師が軽蔑の眼差しと、心底バカにしたような声音でロビンに当て擦る。
「まあ、卵が先か鶏が先かと言いますし、ティターニアと悪魔の関連性についてはまだ不明瞭と言わざる終えませんが。ええ、いつだって、正義のヒーローには悪役がつきものですものね」
どうやら、悪魔が現れるのはロビンが原因だとでも言いたいらしい。
ティターニアのために悪魔を呼び出す人がいるだなんて、それが本当なら星霊様とやらはずいぶん悪趣味じゃないか。
カチンとくる物言いばかりする教師に、シャロンの眉尻も吊り上がる。
なぜここまでみんなが敵視するのかわからない。
メタ的な発言をしてしまえば、乙女ゲームの主人公故に、悲劇のヒロインという役割をやらされているのだろう。
しかし、教科書に目を通した感じだと、ティターニアは聖女であり、国民から慕われるような存在のはずだ。
なのに、この学園ではあからさまなまでに敵視しているというのが奇妙な気がする。
物語の設定として、矛盾しているのではないだろうか。
「失礼、講義を続けます」
満足したらしい教師は、再びヒールを鳴らしながら語り始める。
いずれ試験があることを踏まえると、話を聞かないわけにはいかず、仕方なしにシャロンは耳をかたむけることにした。
「悪魔の正体は未だに解明されていません。
彼らは星霊様とは異なる力を操りますが、その根源がどこからくるのかも明らかにされていないのです。
何百年という歴史の中でも、未だに著しい研究成果はあげられていないのが現状と言えます。
ですが、最も有力だとされている説がひとつだけあります」
一際強く、ヒールが警告の声を上げた。
「精霊食いをした、罪深き魔法使いの成れの果てではないか、と」
「精霊を、食う……?」
ゾッとする様な答えに、思わずとシャロンの口から言葉がこぼれ落ちてしまう。
ティターニアが精霊を使役するのも規格外だが、これは完全にヤベェ奴の話だ。
美少女の血で美容してみた系インフルエンサーも真っ青である。コンプラ研修を義務化するべきではないか。
「精霊はこの世界の自然を操る存在です。
基本的に目には見えず、彼らと意思の疎通が図れるのは、ティターニアをおいてほかにいません。
ですが強い力を持つ魔法使いの中には時折、その姿を捉えることができるものがいるといいます。
そうしたものが精霊を食らうことで、星霊様の御加護を失い、輪廻の輪から外されて悪魔と成り果てるのです。
もちろん、精霊に罰当たりなことをしようものなら、世界中で自然の大災害が起こっても不思議ではないでしょう」
普通に迷惑テロじゃねぇかふざけんなよ。
ヤバすぎる内容に、シャロンの頭が心なしか痛くなってくる。
なんせこの世界じゃ幼い頃から、精霊とは敬うべき存在であり、決して脅かしてはならないのだと刷り込まれているのだ。
精霊を食べようなんて考えた人は、何を思ったのだろう。
仮に追い詰められていたのだとしても、わざわざ腹を壊しそうなことやるとか怖いもの無しがすぎるのでは?
少なくともシャロン的にはやりたくないこと山の如しだ。
まあ、そもそも平凡魔力のシャロンでは、精霊を見ることすらできないとは思うけれど。
「輪廻の輪から外れた悪魔は、一体どこに行き、何を思うのでしょうね」
懐メロみたいなこと行ってる場合か、もっとやばい話だろこれ。
その後はティターニアと悪魔がどのような事件を起こしてきたのかを、教師が熱弁を振るう独壇場となった。
正直、後半は思念が入りまくった演説じみていたと言わざるおえない。
多分ほんとに詳細が判明してなくて、話せることが少なかったのも原因だろう。
世界滅亡予言なみに不安を煽っておいてあんまりである。
そんなこんなで、授業が終わった頃には、教室中がどんよりと重苦しい空気に包まれいた。
確実に今、湿度計がメーターを振り切っていることだろう。
シャロンも例に漏れず、ぐったりと机に突っ伏してしまっていた。
「シャロンちゃん、疲れちゃった?怖い話とか、もしかして苦手?」
「いや、ホラーはそうでもないんだけど……うーんちょっと頭痛が……後半のやつとか、あれ職権濫用じゃないのか……」
偏見に走ったマシンガントークを聞いているだけというのは、なかなか体力がいる。
前半はグロトークで体力を奪い、後半は隙あらば自論語り梅雨の特別編でMPを削る、完璧な二段構えであった。もしかしたら異世界転生したチート持ちなのかもしれない。
だが必要な話が終わったなら、早めに切り上げてくれた方が生徒としては嬉しい限りだ。
「具合悪いなら保健室いこっか?私シャロンちゃんがよくなるまでそばにいるよ」
よほど疲れた顔をしていたのか、ロビンが柔らかな手つきでシャロンの後頭部を撫でる。
このままロビンに癒やして貰っちゃおうかな〜という願望が脳裏をチラついた。
やっぱこんな子を嫌うなんてどう考えてもおかしいと思うんだ。
しかし今日は帰りにアトリエ(仮)へ寄るとアレクに伝えてある。
その時のアレクが妙にソワソワと嬉しそうだったので、ドタキャンしたらあとでひっそり地獄のように落ち込みそうだ。
「ありがとう、でも今日はアレクのとこ顔出すって約束してるから、そっちで休ませてもらうことにするよ。アレクと話してりゃ気分も変わるだろうし」
そうと決まれば話は早い、アレクのいないうちにふかふかソファへ飛び込んでしまおう。
そそくさと教科書をカバンに詰め込んで、シャロンはあっという間に帰り支度を整えてしまった。
「そっか、わかったよ。ゆっくり体休めてきてね。シャロンちゃんに元気がないと、すごく心配になっちゃうもの」
「うん、ありがとう!ロビンも今日はお疲れさま。また明日お話ししよう」
本当に疲れていたのか疑わしいほど、軽やかな足取りでシャロンは教室を後にしてしまう。
後に残されたロビンの顔が、能面の様に虚なものであったことには、1ミリも気がつかないままに。
お久しぶりです〜!
本日は更新頻度につきましてご報告がございます。
当方、実は大学院に無事進学しまして、日々レポートや課題に追われております…。
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