運命のアリアドネ2
木々が新緑に染まり、花々がその顔ぶれを180度変える。
入学してひと月、ようやく学園にも馴染んできたといえるだろう。
この日のシャロンたちの講義は、上級生が行う魔法の模擬試合を見学するというものであった。
「うお!すごいな!こんな至近距離で魔法の試合見るの初めてだ」
感嘆のため息を漏らしながら、シャロンは目の前の光景に釘付けになる。
炎が剣のように振われ、それを鎌のような風で薙ぎ払う、まさに圧巻だ。
振われた風の余波が広がって、会場に小さな歓声が上がった。
「本当に迫力満点!私もすごくドキドキしてきちゃった!」
真横でロビンも、頬を高揚させながらはしゃいでいる。
試合の内容はほぼ互角だが、どうやら風使いの男が優勢。
炎が風で綺麗に霧散して、ガラ空きになった相手の胴体を突風が吹き飛ばした。
「そこまで!」
審判から静止の声がかかり、両者は同時にその刃を収めた。
最高の試合を繰り広げてくれた2人に、惜しみなく拍手と称賛の声が降り注ぐ。
風使いの男がピースサインを向け、女子生徒から黄色い悲鳴が上がった。
「あの風使いの先輩、力こそパワーって感じなのに、手先も妙に器用だったな。あれ相手にするのは相当大変だろ」
「でも優しそうな顔なのに、戦い方は荒々しくて、ちょっとカッコよかったよね」
荒々しいなんて言葉が可愛く思えるほど、風使いの男はやばかった。
まず開幕雄叫びを上げ、戦いながら無駄に豊富な語彙力で精神攻撃を喰らわせ、付け合わせには凶悪な笑顔。
上げれば上げるほど、狂気じみていたと言わざるおえない。もう作画が絶対違っていた。
「それにあの精神攻撃、なんかどっかで聞いたことのあるねちっこさだったな……」
「どうかしたの、シャロンちゃん?そろそろ次の先輩も始まるみたいだよ」
ああ、うん、と適当に濁して、シャロンは再び視線を前に戻す。
闘技場には刈り上げ頭の男と、モデルのように背が高い女子生徒が姿を表していた。
「へぇ、今度は女の先輩か。男の人ばっかり出てくるから、女の子はできないのかと思ってた」
「魔法ってパワーがないと対人戦には向かないから、あんまり女子はやらないんだって。だからあの人、相当に強いんだね」
なるほど、たしかに彼女は程よく筋肉のついた体つきをしていて、余裕あるオーラが只者では無いということを雄弁に語っていた。
「それでは、始めっ!」
合図の声が高らかに上げられ、まず先手を打ったのは刈り上げ頭の男の方だ。
拳を地面に叩きつけたかと思えば、触手のような植物が地面を裂いて姿を露にする。
「うわっなんだあの植物きもちわるっ‼︎エロ同人に出てきそう‼︎」
慎みもクソもない感想をシャロンが上げる。
根っこはまるで意志を持つかのように、四方から少女に襲いかかり始めた。
だが、対峙する少女は踊るように攻撃を避けていく。
そのまま、天高く伸びた根っこを伝って、上空へと駆け上がっていくではないか。
「それ魔法じゃなくて筋肉の力だよな⁉︎重力が息をしてないんだけど⁉︎」
若干ズレたシャロンのツッコミが入る。誰か口に何か入れてあげた方がいい。
そんな茶番を他所に、今度は少女が指先をピストルのように構えていた。
「bang!」
可愛らしい声とは裏腹に、飛び出したのは恐るべき速さを備えた炎の弾丸だ。
炎は次々と地面に降り注いでいき、ついには根っこの一つに着地して、みるみると燃え広がっていく。
運の悪いことに、燃えたところから折れてた根っこが、刈り上げ頭の男に落下していった。
勝敗はもはや、誰が見ても明白である。
「そこまで!」
即座に審判から終了の合図が出され、男子生徒を救出しようと救護班が駆けつける。
被害の大きさから、教員たちも慌ただしく動き始めていた。
一方の少女は、上空からひらりと舞い降り、一羽の鳥のように軽やかな着地を決めている。
「あの先輩、魔法もだけど身体の動きが人間辞めてるやつのだったし強すぎるな」
未だ闘技場で余裕の笑みを浮かべる女子生徒は、キリッとした瞳が印象的な美人だ。
立ち振る舞いがしっかりとしているから、騎士の家系なのかもしれない。
「そうだね、こんなに早く決着がついちゃうなんて……。あの男の人、大丈夫かなぁ……?」
不安に顔色を染め、ロビンは男子生徒が運ばれていった先を見つめている。
会場には女子生徒と、それを取り囲むギャラリーのみが残されていた。
突然のハプニングに、会場は戸惑いの空気が蔓延している。
どよめきが収まらないなか、突如、高らかに演説の口火を女子生徒が切った。
「ねえ!この中に、平民上がりの聖女様がいるって聞いたのだけど!」
今、最もホットな噂と言える聖女様の話題に、会場の戸惑いがさらに強くなる。
やがて、幾人かの視線がロビンに集まり、彼女こそが聖女であると指し示した。
「ふぅん、あなたがそうなのね。結構、可愛らしい顔してるじゃない」
「あの、私に何か御用ですか……?」
「そうそう!あなた、今から私と勝負しなさい!全ての星霊様から加護を受けているなんて、どれくらい強いのか気になるじゃない?ぜひ、試してみたいわ」
物騒なお誘いに、ロビンは戸惑った様子で首と手を横に振る。
「そんなっ!私、できません!まだ全然やったこともないですもん!」
「……それに、教師の監督がない場合、魔法の試合は禁止されているのでは?」
流石に看過していられる状況ではないと判断し、横からシャロンも思わず口を挟んだ。
しかし、相手はこちらを一見すると、揶揄うように小さく笑うのみ。
「あら、誰かと思えば、お隣は未来の女王陛下さんね!まあ、そっちにその気がなくても、構いはしないわ」
ニヒルな笑みを浮かべて、少女がこちらへと一歩踏み出した。
その目はまさに、獲物を狙う狩人のように、鋭く、決して揺るぎなく。
「無理矢理にでも、その力を使わざるおえなくしてしまえばいいだけだから‼︎」
再び、彼女の指先が形作る銃口から、強力な魔力が抽出され始めた。
狙いは真っ直ぐ、ロビンへと。
本能的な危機を感じたシャロンは立ち上がったが、何故だかロビンは微動だにしない。
そしてついに、弾丸が容赦なく、その牙を剥く!
誰もが逃げ惑い、甲高い悲鳴が轟いたその時!
風の流れが、不自然にその向きを変えた。
地面から突風が発生し、炎の弾丸は蝋燭のように、呆気なくかき消されてしまう。
「はいはい、そこまでにしておけよ?流石においたがすぎるんじゃないか?」
舞台の装置が、切り替わる。
ああ、これは、乙女ゲームのワンシーンか!
シャロンの体が、本能が、この状況を瞬時に理解した。
いつの間にか、ロビンと女子生徒の間に、先程の風使いの男子生徒が立ち塞がっている。
「……ポルクス様」
「これ以上やるつもりなら、俺が直々に相手してやるぜ」
先程、圧倒的な力を見せつけた彼女を前にしても、男は威風堂々とした態度だ。
彼のそんな態度に怯んだのか、はたまた別の理由があるのか。
少女は一気にその熱を失い、あっさりとその手を下ろす。
「……辞めておくわ。貴方と争うつもりなんて、婚約者の私にはないもの。それじゃあ聖女様、いつかまた、お会いしましょう」
綺麗な髪の毛を翻して、少女は背を向けて去っていった。
相手が引いたのを見届け、ポルクスの纏う空気も柔らかなものへと変化していく。
「ふぅ、まったくあいつの血の気の多さには困ったもんだな……」
「あの、助けてくださってありがとうございました!」
「ん?ああ、礼にはおよばねぇよ。」
相変わらず、丁寧に丁寧を重ね付けしたお辞儀をするロビンに、ポルクスは気さくな笑みで応えた。
顔を上げたロビンは、今度は少しだけ熱のこもった声で語り始める。
「さっき戦ってた風の魔法使いさん、ですよね?
試合、すごく感動しました!あんっなに、力強い魔法初めてで、肌がビリビリして!かっこよかったです!」
キラキラエフェクト笑顔で賞賛されたポルクスは、一瞬だけキョトンと惚けた顔を見せた。
そして、豪快に、爽やかに、青空へと笑い声を響きわたらせる。
「ははっ!アンタ変わりもんだなぁ。大体初対面のやつは、俺のことおっかながるものだぜ?」
愉快だと言わんばかりの笑顔で、ポルクスは大きな手のひらをロビンへと差し出した。
「俺はポルクスだ。アンタ、名前は?」
「私はロビンです!よろしくお願いします、ポルクス様!」
ロビンの小さな手がすっぽりと収まって、2人の間で握手が交わされる。
おそらくこれが、ポルクスとロビンの出会いイベントなのだ。
ならばこの中にも記憶の手がかりがあるかもしれない。
逃すまいとガン見していたシャロンだったが、ふとポルクスがこちらを振り返ったことで、ばっちりと視線が合ってしまった。
「お、よく見りゃ隣にいるのは噂のシャロンか?話はよく、兄貴から聞いてるよ。アンタ、引くほど変わり者だってな!」
「どっからかわからんけど、喧嘩を売り捌いてるやつがいる」
こちらにもポルクスの手が差し出され、シャロンも応じて握手を交わす。
とりあえず、その兄貴とやらは見つけ次第畳もう。
その時、バタバタと足音がして出入り口から教員たちが姿を現した。
「どうやら教師陣も戻ってきたみたいだな。俺もそろそろ、自分のクラスの方に戻るとするか」
嫌味なほど爽やかにウインクを決めて、ポルクスは再び自分の席の方へと戻っていく。
どうやらこのイベントはここまで、ということらしい。
「はぁ……今回はダメだったか……」
乙女ゲームのシーンらしいとは分かったが、残念ながら記憶が想い起こされることはなかった。
前回と今回、一体なにが違ったのだろう?
「どうしたの?今回って、なぁに?」
「あ⁉︎いや、何でもないよ!こっちの話!」
つい思索に耽ってしまったシャロンは、再び意識を現実に戻す。
まあ、考えても仕方がない、切り替えて次に期待することにしようか。
とりあえずは次の講義で居眠りをしないことの方が、今は重要なのだから。




