運命のアリアドネ1
今回のお話から2話ペースで月日が変わります!
はぁ
湿度の上がりそうなため息が再び散布した。
優美さを惜しみなく注ぎ込んだ生徒会室には、大変相応しくないじめじめさである。
梅雨にはまだ少しばかり早いはずなのだが、季節の先取りをしないでいただきたい。
そんなジメ男に対し、カストールは頭が痛いとでも言うように、容赦なく一刀両断した。
「……なんでそんなの好きになったんですか?」
「俺が誰よりも1番思ってることを聞くな‼︎……いや別に好きではない‼︎あくまで婚約者としてたつ背がないって話だ‼︎」
ダンッと渾身の拳が机に振り下ろされる。
何やら事情はわからないが、婚約者にまたもバッコバコにされて来たらしい。
それでも手だけはテキパキと動かしているあたりは流石アレクシスである。
「俺だって、俺だって頑張っているんだ‼︎クラスが違うから、空いてる時間を使って会いに行くようにしてるし‼︎手を繋いでみたりとか、カフェテリアまでエスコートしたりとか‼︎なのに‼︎」
力強くハンコが押される。
ああ、圧迫すぎてハンコの文字が潰れてる……と、若干カストールの目が遠のいた。
「エスコートだって言ってるのに、『いいこと思いついた。二人三脚やろう』じゃないんだよ‼︎廊下でそんなことやってみろ‼︎今代の王太子夫婦はアホって見出しでゴシップにすっぱ抜かれるだろ‼︎」
「はぁ……想像力が豊かでいらっしゃいますね……とりあえず、大声はよした方がいいのでは?」
ボルテージの上がっているアレクに、カストールの冷ややかな声がぶっかけられる。
さすがは火属性と水属性の2人とでも言うべき温度差だ。(※魔法)
数泊の間を開けたのち、大人しくアレクは席に座り直す。
しかし不満はまだまだ言い足りないようで、ポソポソと沈んだ呟きが漏れ出ていた。
「挙げ句の果てに、最近はあのロビンとかいう女とずっと一緒にいるし……全く、俺がこんなに積極的に関係を築こうとしているというのに……」
いつまで経っても、婚約者は自分のことを異性として意識してくれない。
学園生活が始まって、環境が変われば少しか変化が見られるのではないか。
そんな期待も少し、ほんの少しだけあったのだ。
だが、1ヶ月近く経った今もそんな気配は泣きたいほど感じられない。
彼女にとって自分は、恋愛の対象たり得ないのだろうか?
珍しくアレクシスは死ぬほど落ち込んでいた。
いつもなら、豊かな表現力でもって〜アレクシス様ご成長日記〜に記し、ウザ絡みするための材料としていただろう。
しかし、さすがのカストールも、そのようなことをする気にはなれなかった。
「心の器がミニマムでいらっしゃいますね。持ち運びが便利でよろしいかと」
「あとで引き摺らない代わりに今遊び倒そうという魂胆が丸見えなんだよお前」
「そもそも、焦りすぎているのでは?まだ結婚まで1年半、持久戦でいきましょう。同じことをこの前も言いました、私」
「……言われたけど……こうも何もかもうまくいかないと、流石にむしゃくしゃする……」
いい加減うじうじと言い募って鬱陶し、いや失礼。
だがしかし、アレクシスがここまで年相応に頭を悩ませる相手は、シャロンを置いて他にはいない。
こんな珍しい姿、きっと元凶である彼女も見たことがないのではないか。
まあ、それができていれば、恋煩いなどにはなっていないのだろうけど。
しかし対人関係における悩みの8割は、言葉にして示さなければ何も変わらない、とカストールは思う。
それは聡いこの王子様だって理解しているはずだ。
「思っていらっしゃること、全部ぶつけて仕舞えば早いですよ。ああいう朴念仁は、全力で伝えてようやく、6割伝わるようなものなのですから」
だから堂々と、正面から相手の急所を突き刺した。
「それは……だが、どう伝えればいい……?僕を婚約者として見てほしい、なんて縋ってしまったら……」
情けなくて、恥ずかしくて、呼吸の仕方も忘れてしまいそうじゃないか。
心臓を締め付けられたように、綺麗な顔が歪んでしまう。
プライドの高さは血統書つき、と言わんばかりのアレクシスは、感情の表出に苦手意識があるらしい。
……だからって、こんなにまで不器用にならなくてもよかっただろうに。
「つくづく、息苦しい人ですね」
「……ふんっ」
とうとう臍を曲げてしまったアレクシスは、黙って書類にサインを書き始める。
全く、こんなに扱いやすい男ではなかったと思うのだが。
本当であればもっと親身になって相談に乗ってあげるべきなのだろう。
しかしこの王子様ときたら、対人関係においてチート級に有利な武器を、生まれつき持ち合わせてしまっている。
故に、本当に大切なことを取りこぼしてきてしまったわけで、どうせなら困らせるくらいがいい薬だ。
最後の書類をファイリングして、カストールは帰り支度を始める。
たとえ目の前の上司に仕事が残っていても、見て見ぬ振りで定時退社。
それをやってのけてこそのカストールであった。
それに、アレクシスならあれくらいは、5分とかからずに終わらせてしまうだろう。
「それではアレクシス様、名残惜しいですがお先に失礼致します」
「ああ、いつも長々すまない、色々と……」
「いいえ、私としましても、まだいじり倒したりないところなのですけどね……本っ当に名残惜しい……」
「どうしてお前はいつだって全力で腹立たしいんだろうな」
「それというのも、今日はどうにも頭痛がひどくて酷くて……」
「さっきから妙に大人しく聞いていたの、優しさとかじゃなかったのか……‼︎」
風邪でも引いたのかい?と一応聞いてみました感が満載のそっけない返事が返ってくる。
先程まで1人の少女に向けていた熱量とはえらい違いだ。
それが心地よいから長く付き合っているわけなのだけど。
「いいえ、どうにもあのバカが張り切りすぎたようで。貰い事故で私にまで不調が出てるんですよ」
「……ああ、今日は魔法の模擬試合があったか。ポルクスのやつ、前回負けた相手にリベンジマッチするとか張り切っていたからな」
ポルクスというのはカストールの双子の弟だ。
氷のように冷たい印象の兄とは違い、垂れ目がちの目が柔らかで、新緑のような好青年である。
ただし、その実態は戦闘狂であり、魔法の訓練ではそりゃもう闘牛の如し暴れっぷりなのだとか。
生まれ持った天性の蠱毒である兄と、血を分け合っているだけのことはある。いつか外見詐欺で訴えられろ。
「大変だな、双子の共鳴現象というのも」
「全くですよ……双子の魔導士は片割れが強力な魔法を使うとその影響を受けてしまう。何度も口酸っぱく言っているのに、あの馬鹿」
帰ったら鳥の脳みそすり潰して肉団子にして食わせてみますか……いや、鳥頭が食べても意味ないですものね。
絶不調だろうと、カストールの毒舌は相変わらず冴え渡っている。
しかしそれでも、なんだかんだしっかり弟の面倒を見ているあたり仲は悪くないのだろう。
「あまり無理をするな。お前に倒れられると俺が困る」
「お心遣い痛み入ります。ですが私は諦めるつもりはありません。必ずあのバカに脳みその使い方をマスターさせてみせますよ」
諦めが悪いのは私の美点なので。
それだけを言い残して、カストールが生徒会室を後にする。
「……俺だって、諦めるなんて一言も言ってない」
これしか、今の自分には武器がない。
話術も社交技術も、たくさん学んできたはずなのに。
全くもって、バカらしくなってしまう。
けれど、愚直なまでに諦めないところが強いのだと、彼女が褒めてくれたのだから。
口の端で小さく笑うと、先ほどよりも軽快なスピードで、アレクシスは残りの書類を捌いていくのだった。




