虚空の額縁5
「このように、我々が魔法を使えているのはひとえに星霊様達の御加護があってこそなのです」
翌日の昼下り、最も眠気を誘われる時間帯の講義は魔法基礎学である。
先ほどから幾度目かの欠伸を噛み殺しながらら、シャロンは必死に喰らい付いていた。
折角魔法を学べる機会だが、元々座学は苦手なシャロンの頭にはほとんど入ってこない。
アレクが横にいたら「何のための耳ですか?」くらい言われそうだ。いつだって脳内のアレクは辛辣である。
「星霊様のご加護を1人につき1つ授けてくださいます。しかしその力量には個人差が見られ、マッチ程度の火を灯す物や、山火事を起こすほどの巨大な力を振るうものもいます」
程よく低い教師の声が、これまた眠りへと誘うのだから、よく耐えている方だと厚かましくもシャロンは宣う。
これならアレクに勉強を教えてもらう方が身になっているくらいだ。
またわからないことは後で聞きに行こうかな〜、と完全に教師泣かせな現実逃避である。
アレクは炎の魔法、シャロンは水を扱うため実践的なところは流石に難しいが。
そういえば、ロビンは何の魔法を使うんだろう?
少し下ろした視線の先で、懸命にノートに書きつけるロビンの背中がみえた。
何となくお菓子の魔法とかを使いそうだなとボンヤリ思い浮かべる。しかしまあ、そんな魔法系列は存在しない。
魔法は火、水、風、土の四つが基本なので、彼女もこの中のどれかに該当するはずなのである。
「魔法はそれぞれ、火、水、風、土に分類され、複合して他の属性を持つことはありせん」
ご覧の通り、教師もこう言っている。
「ですが、数百年に一度、全ての星霊様から祝福を与えられ、なおかつ精霊を使役する者が現れるという言い伝えがあります。」
ここでずっと教科書ばかりに視線を下ろしていた教師が、鋭い眼差しでロビンを睨め付けた。
精霊というと、自然や環境を左右する目に見えない力のことだが、そんなものを操れるのか?もう天変地異では?
というか、それとロビンを睨みつけることのつながりが読めない。生徒の鏡と言える彼女より、その真後ろで堂々とあくびをしたシャロンならまだわかるのだが。
妙な違和感があり、シャロンは周囲のクラスメイト達を見渡してみた。
いつの間にか、教室の全員が彼女へ興味深げに、あるいは妬ましげに視線を注いでいる。
当の本人は真剣に教科書を見ているため、注目を浴びていることには気がついていないようだ。
「『ティターニア』と呼ばれる彼女達は、その力で幾度と我が国の危機を救った、いわば聖女と呼ぶに相応しい存在です。
しかし同時に、彼女たちが現れるのは大きな災の前触れであるとも言えるでしょう」
さて、と呟いた教師が、手に持つ指示棒で力強く教卓を叩く。どう考えてもこれは脅しの意図だ。
盛大に鳴り響いた音が、ロビンの、そしてシャロンの意識を吸い寄せる。
「此度のティターニアには、我々にどのような危機をもたらし、そしてお救い下さるのでしょうかね?」
試すような厳しい口調に、小さくロビンが喉を鳴らした。
教室中が品定めでもするかような暗く、濁った空気で満たされている。
もしかして、というか、もしかしなくても。
その『ティターニア』がロビン、ということだろうか?
「もちろん、ティターニアと言えど魔法の扱いはまだ素人ですからね?
だからこそ、国王陛下は貴族しか入れないこの学園に貴方を招いた。
この学園が最も質の高い魔法を学ぶのに相応しいからです。
その慈悲に感謝し、傲ることなく学びなさい」
その時、終了のチャイムが重たい空気を断ち切った。
何事も無かったかのように、教師が荷物をまとめて教室を出て行く。
他の生徒達も思い思いに席を立っていき、まるで演劇でも見せられていたかのような切り替わりだ。
呆気に取られていたシャロンだったが、意識を取り戻してすぐさまロビンの様子を伺った。
「ロビン、大丈夫か!?」
「うん、平気だよ…!心配してくれてありがとうね」
健気に微笑んでいるが、どこかぎこちない様から多少の怯えが見え隠れしている。
いきなりあんな空間に放り込まれたら、元々喧嘩が苦手そうな彼女には恐ろしかったことだろう。
それでも気丈に振る舞ってみせる姿に敬意を示し、それ以上は余計なお世話だろうと判断した。
かわりに、どうしても解消したい疑問をぶつけてみることにする。
「あのさ、私今の状況よくわかんなかったんだけど、つまりロビンがティターニアってこと?」
瞬間、するりと、ロビンから感情が抜け落ちた。
愛くるしい笑顔に紛れていると気がつかなかったが、この少女は生気が薄く、どこか作り物めいているのだとわかる。
「……うん、そう。私が、ティターニアだよ。
災いと救世をもたらす女、らしいね」
精巧に作られたビスクドールのように、無彩色の笑みが浮かんだ。
何かしらの感情によるものではなく、そうすることが癖になっているのだろう。
「ねえ、シャロンちゃんは、私のこと、どう思った?」
「は……?」
どろりと、ロビンの中で何かが融解した。
「憎い?妬ましい?邪魔?怖い?ねえ、どう思った?
私のこと、殺したい?」
絵の具のように、どす黒い色が混じって彼女の雰囲気が不気味に様変わりする。
少女性の中に微かに垣間見えるのは、狂気と言っても過言でない何かだ。
完全にハイライトが消えた瞳に気後れしながらも、シャロンはなんとか言葉を絞り出す。
「……いや、特には…私には現実味が無くて…」
流石に何も考えてなさすぎて、今のロビン相手なら機嫌を損ねるだろうか。
ところが、ぱっと、明るい光が挿したように、ロビンの顔が喜色に染まった。
なぜだかわからないが、シャロンの返答がお気に召したらしい。
「そっか…それもそうだよね!変なこと聞いちゃったかも。ごめんね?」
「あぁ、いや、こっちこそ無粋なこと聞いたかもしれんし、大丈夫」
ちょうどよく、再び予鈴が鳴り響いて次の教員が姿を表した。
「あ、そろそろ時間だね!またあとでお喋りしよう!」
会話を締めくくって、再び彼女が背中を向ける。
こりゃあ、また、一癖も二癖もありそうなこと……。
自分のことは完全に大きな棚にホールインして、シャロンは再び教科書のページを開いた。
若干のスランプマン٩( ᐛ )و




