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悪役令嬢のアトリエ  作者: とうふ
22/30

虚空の額縁4


 「そうですか、お友達ができたのは良いことですね 」


 その日の放課後、シャロンは早速アトリエ兼サロンにお邪魔していた。

 会話をするには過不足のない距離で、ソファに腰かけたアレクといつものようなやり取りをしながら絵を描く。

 話題は丁度、今日できた学友のロビンについてであった。


 「正直、貴方がまた治安の悪い発言をして、殺し合いに発展するではないか。

 そのように心配していたのですが、杞憂だったようですね 」


 「すごいな、豊かで淀みなく澄み切った暴言を吐けるの。その言葉まんま叩き返すぞ 」


 年々仲が良くなるごとに、アレクシスからの暴言も深まっていく始末。今この場の治安がマッハで悪い。

 とはいえシャロンの方も大概なので、ある意味で息はぴったりと言えよう。

 

 「アレクのほうこそ、友達の1人でもできたのか?」


 「僕は元々、社交会で知り合った友人たちが多くいますからね。クラスの大半は顔見知りですよ 」


 確かにアレクはパーティで会話をする相手に困っているようなことは一度もない。

 盛大な猫をかぶっている時のアレクシスは、対人スキルにおいて向かう所敵なしと言える。


 とはいえ、実のところシャロンも何人か顔見知りはいるのだ。

 だが、彼女の場合は大抵顔と名前が一致しておらず、その辺のボロが容易にでそうで彼らとは特に会話はできていない。

 この辺がアレクとシャロンの残酷な差であった。

 

 「そうでした、シャロン。今日はクッキーを持ってきたのですが、貴方も食べるでしょう?」


 突然、思い至ったようにアレクが、テーブルの上に置いていたバスケットの蓋を開く。

 ほんのりと香ばしく甘い香りが、窓から流れる風に乗って運ばれてきた。


 「もしかしてお城のシェフが拵えてくれたやつ?あれ美味しいから好きなんだよなぁ!食べる食べる 」


 程よいサクサク感と、甘過ぎない味付けのクッキーはシャロンのお気に入りの一つだ。

 学園に入学したらしばらくは食べられないだろう、と思っていたので気分も弾むというもの。


 しかし今は手に絵の具が付いていたりと、食べものを触るのにはよろしくない。

 まずは洗ってこようと考えて、丸椅子から立ち上がった時である。

 バスケットから一枚、クッキーを取り出したアレクが真横へ近寄ってきた。



 「はい、どうぞ?」



 差し出されたのは、苺のジャムのついた花型の可愛らしいクッキーだ。

 どういう風の吹き回しかよくわからず、シャロンは盛大に首を傾げる。

 

 「……?ありがとう?でも今、手汚れてるから、あとで受け取っていいか?」


 「食べるたびに何度も繰り返したら、手が荒れてしまうでしょう?なので、僕が手ずから食べさせてあげますよ 」


 一見とても朗らかな笑みを浮かべているアレクだが、シャロンは知っている。

 このタイプの笑い方は、大体何かしら企んでいる時のやつであると。

 流石に毒入りなんてことはないだろうから、毒見役というわけでもないとは思うのだが。


 「……まあ、いいか、いただきまーす 」


 結局、どの考えもしっくりこなかったので、細かいことを考えるのは辞めたらしい。

 パクリ、とシャロンが遠慮なくクッキーに噛み付いた。

 一瞬、え?というアレクの腑抜けた声が聞こえた気がしたがもう遅い。

 力の抜けたアレクの指先から、クッキーを齧り取り丁寧に咀嚼していく。


 「別に何ともないな?いつもの美味しいクッキーじゃん 」


 一体何の意図があったのか、とシャロンは再び首を傾げた。

 しかし、瞬きの間に信じられないことが起こったアレクくんはそれどころではない。


 一瞬、本当に一瞬だが、明らかに柔らかい感触があったことが受け入れられなくて。


 「食べられた……今、ちょっとだけ、俺の指に、唇が……」


 それはもう、彼にとっては大事件であった。

 アレクシスの脳内にある歴史書に、太文字と赤マーカーで記されるくらいには。

 衝撃がデカ過ぎて細かなことは覚えていないが、しばらく夢に出ることは確定的に明らかである。


 「指まで食べかけたのは悪かったけど、こんな小さいもん食べさせたらそうなるだろ…… 」


 「まさか本当に食べるなんて思わなかったんだよ‼︎

 だって、手から食べさせるなんて⁉︎恋人同士にしか許されないじゃないか⁉︎」


 「ああ、恋人の定番ではあるか。でも、友達同士でもやるし、なんなら私、父親に食べさせたことある 」


 次弾で落とされた衝撃の告白に、アレクシスはひっくり返るような気分であった。


 「あの男、君の手から食べさせて貰ってるのか⁉︎ど変態では⁉

 ︎元々ちょっとヤバいと思ってはいたけど、流石にダメだろ⁉︎コンプライアンスという言葉を知らないのか⁉︎」

  

 「アレクでもヤバいとか言うんだ 」


 我が国の麗しき王子の語彙力が心配になる事案であった。

 その時、軽く扉をノックする音が聞こえてきて、2人の意識がそちらに注がれる。


 「アレクシス様、少々よろしいですか?」


 アレクよりもワントーン低い男の声だ。

 シャロンの方には心当たりがなかったが、アレクは特に何の疑いもなく訪問者の入室を許可する。


 「失礼します、生徒会の書類についてご相談が……」


 現れたのは、これまた美麗な青年であった。

 少しばかり青みがかった長めの髪、伏目がちな深海色の瞳。

 同じ青でもアレクと比較すると、彼の方が冷気を伴っているように感じられた。


 「カストール、わざわざこちらまですみません。僕も今から生徒会室に向かいましょうか? 」


 カストールというらしい青年は、出入り口付近に突っ立ったまま口を閉ざしていた。

 その目は見極めるようにアレクとシャロンを眺めている。


 「カストール?どうかしました?」


 声をかけたのに反応がないことに、アレクが小首を傾げる。

 何か気になることが?と思った矢先、カストールが小さな花でも愛でるようにして微笑み、言の葉を紡いだ。


 「アレクシス様、本当に実行なされたのですね。鶏さんなので、てっきり泣き寝入りなさるかと。

 貴方の羞恥心について、些か検討の余地がありそうです 」

 

 「おい、お前、俺に喧嘩売りにきただけなんじゃないだろうな 」


 麗しい顔から発せられた暴言に、シャロンの脳内は即座にシャットアウトした。

 蝶々だと思って近づいたら、巨大な蛾だった時くらいの衝撃である。


 「そんな、まさか。感服しているだけですよ。

 手を繋ぐことすら出来ない純情BOYが、まさかこんなに大胆だとは 」

 

 「クソがっ‼︎やっぱり遊んでるだろお前‼︎大体、お前が出した案だったろう‼︎」


 久々にバーサーカーアレクが顔を出したことで、シャロンの背中に嫌な汗が伝う。

 一方、相対しているはずのカストールは涼しい顔だ。お前が責任持って荒神を鎮めろよ、カストール。


 「いえ、だって、『僕の婚約者が友達扱いしてくる件について』なんて相談されたら、ねぇ?

 こちらとしては、はぁ、以外の感想がございませんし。とりあえず一線超えればいいのでは?と思った次第です 」


 なるほど、さっきの妙な流れはコイツが促したことだったらしい。

 完全にアレクシスの扱い方を心得ているようで何よりである。近寄らんどこ。


 「お前、なんでそれを今言った‼︎横に本人いるんだぞ‼︎デリカシーを着てから出直してこい‼︎」


 「いいじゃありませんか。どうせ、アレクシス様の行動とか、脈絡なさ過ぎてシャロン様に伝わってませんよ。

 もう素直に吐瀉した方がよろしいのでは?」


 ねえ、シャロン様?とカストールがこちらに焦点を当ててくる。

 何となく横を覗けば、アレクが熟れたリンゴのように真っ赤な顔で、こちらを見ていた。

 どうやら、シャロンの反応を伺っているらしい。


 「……まあ、話の流れは大体わかったけど。とりあえず、あれだな 」


 大抵の場合、淑女は微笑んでおくに限る。 

 お得意の雑理論で、雑にシャロンは締めくくることにした。


 「アレクにもちゃんと、悩み相談ができる友達がいて一安心だな!解散!」


 「思考と一緒に勝手に散らすな‼︎」

 

 アレクシスの悲鳴があがるのと、泣き笑いながらカストールが崩れ落ちるのは、ほぼ同時であった。

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