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悪役令嬢のアトリエ  作者: とうふ
20/30

虚空の額縁2

 バッキンガム宮殿を思わせる厳重な校門、聳え立つはヴェルサイユ宮殿を彷彿とさせる立派な建造物。春風に舞い散る花びらが、その荘厳さに拍車をかけていた。

 ティアニス王国立魔法学園。何百年も優秀な魔法使いを輩出している由緒正しき学舎であり、乙女ゲームの舞台でもある。


 「こりゃすっごいな…」


 女学生服に身を包んだシャロンは、都会慣れしていない田舎娘のように忙しなくあたりを見回していた。

 その隣を「お嬢様が心配でノイローゼになります!!」と言う涙もののバックストーリーを抱えたメイド長が連れそう。

 実質保護者も同伴みたいなものであった。

 やはり悪役令嬢とは人の運命を変える力を持つらしい。

 

 「お嬢様、入学式に遅れてしまいます。」


 「あ、そっか。えーと、会場ってどこなんだろ…」


 早速せっつかれ、シャロンは周囲に目を凝らすが、なかなか敷地も広く、これはすぐには覚えられそうもない。

 まずは無事に入学式へ参加しなくてはならないが、さてどうしたものか。

 とりあえず上級生か教師が近くにいるだろうと考え、シャロンは背後を振り返ってみることにした。

 シャロンの行動に深い意味はなく、現場を打破するために最善だと思っただけのもの。   

 しかしそれによって、運命、あるいは必然とも呼べるものに巡り会う。


 振り向いた視界の先は、たくさんの人々で埋め尽くされていた。

 それなのに、その中のたった1人に、目を奪われる。




 「ここが、魔法学園!まるでお城みたい!」


 


 夢をいっぱいに詰め込んだ少女の声は、始まりを告げる合図のようだった。

 

 青空を溶かし込んだ大きな瞳、ほんのり色づいた綺麗な頬と唇。

 春の訪れを感じさせる桃色の髪は、羨ましいほど綺麗で、癖がひとつもない。

 花びらが舞うなかで柔らかな笑顔を讃える少女は、妖精かと見紛うほどに儚げだ。


 気がつけば、シャロンの瞳は自然と彼女の姿を追っていた。

 抗えざる運命に身を委ねるようにして、魅入られたように、ただ真っ直ぐ。

 とびきりに可憐な女の子が、学園に続く一本道を楽しげに駆けて来る。

 少女はシャロンがいる方へと、止まることなく歩みを進めていた。そうすることが正しいのだと言わんばかりの足取りで。

 あと三歩、二歩、一歩。


 「……」


 2人の少女が光と影のように惹かれ合った。


 突然見知らぬ女の子と見つめ合う状況に、シャロンはいっそ正直なまでに目を見開く。

 一方少女は何かを待っているような面持ちだった。だがそこに好奇心はなく、まるで次のセリフを待つ演者のように、感情の波は凪いでいる。


 彼女は自分が話すのを待っているのだろうか。だとしても、何を言ったらいい?

 少なからず動揺していたシャロンには、気の利いた言葉など何も思いつかない。

 だから、考えていたことをそのまま口に出すことにした。


 「……あのさ




 入学式の会場ってどっちかわかる? 」


 

 「……え? 」

 

 シャロンとしては当たり障りのない話題を提供したつもりである。

 しかしそのたった一音で、少女にとっては予想外のものだったらしいと察した。


 もしかしてシャロンではなく、実は全然違うところを見ていたのだろうか。だとしたら今とんでもなく恥ずかしい!


 心臓が高速でビートを刻み始め、顔が沸騰していく。

 せめて何か言ってくれ!と思うのに、少女は驚きすぎて言葉が出なくなってしまっているらしい。

 この気まずい状況誰かぶっ壊しちゃくれないか、とシャロンが祈った時だった。

 


 「シャロン、まだこんなところに居たんですか……」

 


 タイミングを図ったかのように、アレクが呆れた顔でこちらへと向かってきたのである。

 この瞬間、シャロンにはアレクの金髪がより神々しく光を放ち、その背に御幸を背負っているようにすら思えた。

 この日、初めてアレクにときめいた、とのちに供述している。


 「アレク、助かった!会場わからなくてすごい困ってたんだ! 」


 思わず涙ぐんで駆け寄ると、わかりやすくアレクの動きが止まった。

 そしてシャロンの全身をじっくりと見た後、不自然にそっと視線をずらしたのである。


 「……なんで目逸らした??」


 「目を逸らすなんてそんな、僕は今すぐ地面が恋しくなっただけですよ」


 「詩的に表現しても誤魔化せてないから⁉︎

 しかもそんなとこで教養の良さ発揮する⁉︎」


 意地でも顔を合わせてやろう、とシャロンが動くと、素早い身のこなしでアレクが逃げた。

 再びアレクの前に出れば、即座に顔をそらされ、ついには謎のあっち向くなこっち向け攻防が勃発し始めた。

 こうなると2人とも絶対に負ける気がないので勝負が長引くのは目に見えている。

 あわや、入学式に王子と婚約者がカバディ擬きで欠席、とかいう前代未聞の事態に陥るかと思われた時であった。

 シャロンを視界に入れぬよう立ち回っていたアレクが、ふいに驚いた顔で立ち尽くす少女を見つけたのである。

 

 「おや、そちらの方も新入生ですね。

 もうすぐ入学式が始まりますので、会場に急いでください。

 場所がわからないようでしたら、エスコートさせていただきますが」


 これ幸いと思ったらしいアレクが、シャロンを華麗な身のこなしで躱して少女の前に躍り出る。

 完璧な王子様バージョンにスイッチを切り替え、そっと自然な動きで少女に手を差し出した。

 

 「……いえ、大丈夫です。会場には、自分で行けます」


 しかしその手を少女が取ることはなく、一礼するやいなや、その場からすぐさま立ち去ってしまったのである。

 一瞬だけ覗いた横顔は、なぜだか酷く動揺しているように見えた。

 それがどうも気がかりで、シャロンは遠のく背中をじっと見つめ続ける。


 「シャロン…?もしかして、知っている方でしたか?だとしたらお邪魔してしまったでしょうか? 」


 「え⁉︎いやぁ…うーん、どこかで見たような気はするけど、多分初対面かな…」


 なおも首を傾げるシャロンだったが、どれだけ頭を悩ませても彼女に対してそれ以上のことは何も思い浮かばなかった。

 

 「さて、では僕らも早く行きましょう。

 僕これから新入生代表として挨拶もしなくちゃならないので」


 「さすが王子様、相変わらずだな。

 …あれ、忙しいのに探しに来てくれたの? 」

 

 「そりゃ、あなた目を離すと本当に何するかわかったもんじゃありませんからね」


 少しの呆れと、たくさんの優しさを含んだ声音で、アレクがシャロンの横をすり抜けていく。

 そのまま学園の方へと向かうのかと思ったが、数歩ほどでその足取りが止まった。

 何かあったのかとシャロンが訪ねようとした時、背中を向けたままに、アレクが囁いた。


 「ああ、そうでした、シャロン、入学おめでとうございます。


 ……あとその制服、とてもよく似合っているよ」


 必死に優美さを取り繕っているつもりのようだが、金の髪に少しだけ覗いた耳はわかりやすく朱色に染まっている。

 初めて出会った頃のことを考えると、こうして素直な気持ちを伝えようとしてくれるのが、どうしたって嬉しくてたまらない。


 「ありがとう。アレクも入学おめでとう!

 制服すごく様になってて、カッコいいと思う 」


 「かっ、こ⁉︎」


 顔を隠すことでどうにか保っていたアレクの精神が、爆発音を起こして散った。

 このあとの入学式ではどうにかポーカーフェイスを保っていたが、その日1日、彼の脳内には「カッコいい」がリフレインしていたらしい。

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