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悪役令嬢のアトリエ  作者: とうふ
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真っ白なキャンバス2


 私の人生最後の記憶は最悪だ。


 油絵具特有のシンナー臭い匂いが充満した部屋の中、冷たい床の上に倒れ伏している。

 霧がかかったようなもどかしさに抗うようにして、完成間近の作品を見上げた。

 しばらくして、バタバタと地面を揺らす不快な振動が響く。

 やがて聞き慣れた姉の声が、私の名前を繰り返し呼び続けてくれて、そこでぷつりと私の電源が落ちた。


 原因はまず間違いなく過労死だった。

 きっと記憶を取り戻したのも、これが遺恨となって諦めきれなかったからだろう。

 我ながらしぶとすぎるな、とちょっと呆れた。

 でも、今度こそあの絵を完成できれば…



 あれ?


 

 ぱちりと瞬いた視界の先は、夢の中とは違ってくすみもなく綺麗な白。

 あの頃とは何もかもが違う、豪勢な部屋のベッドに私は横たわっている。

 まだ体は怠くて重たかったが、心は落ち着かず居ても立っても居られなかった。

 

 まさか、という思いがドクドクと心臓を脈打つ。


 ノロノロと起き上がった私はそのままベッドを降りて、隣にある書斎の机の椅子に腰をかけた。

 机の上には書きかけの手紙と愛用している羽ペン、インク瓶もキチンと揃えられている。

 ふわふわと触り心地の良いペンを手にし、インクをつけて紙の上へと滑らせ始めた。


 



 「お嬢様、お加減は…お、お嬢様!?どうしたのですかこれは!?」

 


 部屋を訪れたメイド長の言葉に、ようやく私は顔を上げる。

 気がつけば部屋の中は紙で床が見えなくなるほどに埋め尽くされていた。

 そういえば昔もこんなふうに部屋を片づけられなくて姉に注意をされた気がする。

 もはや現実逃避ともとれる事を考えながら、私は書き上げた絵を眺め、グシャリと紙を握りつぶした。


 ここにあるのは全て、私が生前に描いた絵のラフだ。

 頭の隅々まで縛り尽くして思い出せる限り全て描いた、と思う。


 が、最後に描いたあの絵の姿だけがなかった。


 そう、なんとよりにもよって全く!!

 何も思い出せないのだ!!


 「いやなんでだよ!!」


 「お嬢様!?え!?お嬢様ですよね!?」

 

 ワナワナと震える両手に感情をのせて机に思いっきり叩きつけてしまう。

 メイド長がたいそう混乱していたが、私の方は発狂手前だったので構ってはいられないのである。

 一番大事なところを思い出せないとか、絶対おかしいだろ!

 だいたいなんでやったこともないゲームの知識があって、生前の後悔に関する情報がゼロなんだ⁉︎


 許されるならこのまま全裸になって叫びながら走り回りたい、とアホなことを大真面目に考えてしまった。

 正直、乙女ゲームに転生したとかそんなのがどうでもよくなる。

 結末を知らない物語について悩んだところで、なるようにしかならないわけだし。

 それよりも、神様からのワンモアチャンス!じゃないかと思った矢先にこの体たらくは何なんだ⁉︎

 神様に会うことがあったら必ずどつき回すと心に誓った、今誓った!


 しかし、わざわざ執念で記憶を取り戻すような私がこんなことで諦められるだろうか?

 いいや、絶対にありえない!

 そんなことするくらいなら、いっそ死んだ方がマシだ!


 「何がなんでも必ず!思い出して完成させてやるからな!」



 もはや自暴自棄になっていた私は高らかに笑い声を発した。

 悪役令嬢通り越して魔王か何かだと言われたら否定はできないが、悪役だろうが魔王だろうがやり遂げるために必要ならなってやろうじゃないか!


 「お嬢様が壊れた…」


 私のおしめも替えてくれて、健やかに成長を見守ってくれていた今年50歳のお誕生日を迎えるメイド長がぶっ倒れてしまったのはその矢先の出来事だった。

 

こうして、〝悪役〟令嬢シャロンの物語は産声を上げる。

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