月の王子様番外編
「婚約者らしいことをしましょう」
よく晴れたある日、週に何度か顔を出すようになったアレクが突然宣言した。
いきなりそんなことを言われたものだから、シャロンは思わず筆を止めて顔を凝視してしまった。
「そ、そんなに見つめないで何か言ってください。」
「あぁ、うん。ごめん、ちょっとよくわかんなくて。」
言っている間も内容を飲み込めず、シャロンは思いっきり顔を顰める。
その合間にアレクは少し赤らんだ頬のまま、そっぽを向いて使いかけの顔料を砕き始めた。
余談だが、アレクはここにいる時シャロンの代わりに絵の具を作るのが日常になってきている。
本人曰く、ストレスの発散にちょうどいいから、ということらしい。
実際には力尽きていたシャロンの代打を務めたときに、「凄い助かる!やっぱ力あるっていいよな!」と瞳を輝かせて言われたからであった。こんなにチョロインで良いのだろうか。
「まず、いきなりなんでそんな話に?」
「ぼくたち、あんまり婚約者って空気じゃないじゃないですか。
でもいずれ、け、結婚?するわけですから、予行練習はしておくべきかと思いまして。」
はぁ、と気のない返事を返すシャロンと、ガチ照れしている思春期アレクくんの差がすでに事故であった。
ちなみに、アレクは敬語がデフォだが、動揺すると素が思いっきり表に出る。
「いいけども、予行練習って何するんだ?
2人羽織でもする?知ってるっけ?
私が目隠しして、アレクに熱々の食べ物食わせるんだ。背後から。」
「婚約者らしいの候補がちょっとどうかしてることはよく分かりました。
じゃなくて、もっと簡単に色々あるでしょう。」
「かんたんに、いろいろ?」
さて、ここで大変悲しいお知らせだが、シャロンの方は別に恋愛ネタに疎いとかそんなことはない。
ただ、彼女の前世では、こういう形の婚約者なんて絶滅危惧種も良いところである。
故に想像が全くつかないシャロンには、婚約者=恋人の図式が成り立っていないのだ。
というか、認識の上では少なくとも「婚約者」ではあるが、「好きあったもの同士」ではない。
「色々って、たとえばどんな?」
「は⁉︎そんな、言うのが憚られることを、俺の口から言わせるつもりなのかな⁉︎」
そして思春期を拗らせているアレクくんがこんな調子なので何も進展がないのだ。
今簡単って言ったのは君である。
「え、なんかごめんね…?
でもそういうの知識ないからさ、初心者的なやつで全然いいから教えてくれる?」
「し、仕方ないです、紳士がエスコートするのは務めでもありますからね。」
こほん、と1つ呼吸と表情を整えて、アレクが口をひらく。
「…を…な…ぅ…」
「なんて????」
が、いざとなると風船のように空気が抜けていくのだった。
「で、ですから、いいですか、よく聞いてくださいね…?」
「うん、聞いてる聞いてる」
もはや恋の気配とか息できていない。
完全にお母さんと幼稚園児である。
そして何度も何度も、しつこいほどに深呼吸を繰り返した末に、ようやく絞り出すような声でアレクがつぶやいた。
「…て、てを、つな、ぐ、とか…」
気持ちよくなるくらいの静寂。
ここが日本ならウグイスが一声鳴いていたことだろう。
暫くは身動きが取れなかったシャロンであったが、無言でアレクに近寄り綺麗なその手の片方を掴んだ。
つまりはご所望の手繋ぎである。
「なんで手を繋ぐんだよ⁉︎」
「え?ここでキレられるの想定外すぎたな。
手繋ぎたいんじゃなかったの?」
なぜか大慌てで叫び出すアレクに、シャロンはもはや混乱が隠せなくなりつつあった。
最近こういうのがよく増えてきているのだが、当のシャロンには検討がつかない。
「そ、そうだけど!心の準備とか、そういうの色々あるだろ!」
「でもパーティーとか、公の場ではよく繋いでるし今更じゃん」
「全然違う!!急に日常の中で握られたら、心臓が破裂して死んでしまうかもしれないじゃないか!!簡単に触るものじゃないんだよ!!」
「全身発火装置か??」
「だ、だいたい君はこういうことに恥じらいとかはないのか⁉︎男女が手を繋ぐのなんて、少しは躊躇うだろ⁉︎」
「別にアレクと手繋ぐの嫌じゃないしなぁ」
「えっ⁉︎…なんでそういうこと言うんだ⁉︎これ以上俺の心臓を弄んで楽しいか⁉︎」
「アンタ今日愉快のアクセルぶっ壊れてんな」
こうして2人の婚約者らしいことをしよう、は何事もなく閉幕した。
なおこの先数年は思春期を拗らせたアレクくんによる1人芝居が続き、徐々にシャロンが扱いを心得ていってしまうのであった。
改めまして、ブックマークや評価などありがとうございます!
なかなかすぐに気がつかないので、お礼が遅れてしまいすみません(´;ω;`)
とても励みになりました!
まったりのんびり、完結を目指します✌︎('ω')✌︎
また、あらすじなどちょこちょこ内容を整理してみました〜!
タイトルもそのうち副題つけたいですが、今は特に思いつかないのでそのうち。




