月の王子様11
「アレクシス様…?」
呼び声で、アレクの思考が再び巡り始める。
今の感覚は何だったのだろうか、と首を傾げたくなったが、何となくそれを目の前の少女に悟られるのは気恥ずかしかった。
だから持ち前のポーカーフェイスでアレクは蓋をすることにする。
「いいえ、失礼。あなたからそのように褒められるとは思っておらず、少し驚いてしまいました。」
「そうですか?これでもアレクシス様を尊敬してるとこだってちゃんとあるんですよ。」
しかしシャロンの返答に、アレクは再び体がフワフワと暖かくなるような心地になった。
だからといって、それを素直に表に出すことはアレクにはできない。
ゆえに、取り繕うように彼は話題を変えることにした。
「そ、それは、光栄ですね。
そういえば、あなたは何か僕に見せたいものがあるのでは?」
「今描いてる絵のことですよ。アレクシス様を描いてみたんです。」
どきりと心臓が妙に高く鳴り響く。
彼女から悪意や嫌悪は持たれてないだろうが、自分がどのように見られているのかを知るのは些か勇気が必要だ。
早まる心臓の鼓動と裏腹に、ゆったりとした足取りでシャロンの隣に並び立つ。
そしてカンバスを覗き込んで、アレクは息を呑んだ。
綺麗な星空の夜の中、中央に少年が佇んでいる。
しかし頭部は大きな満月という奇妙な姿で、首にはいくつもの鍵をネックレスのようにぶら下げていた。
左右には大量の鳥籠が柳の木のように吊るされ、足元には水面が描かれている。
不思議なことに、水の中に映る世界では少年の足元を囲むようにして、激しい炎が息巻いていた。
独特な世界観に殴られたアレクの頭を、さまざまな感情が駆け巡る。
だがまず第一声はこれしかない。
「どこが僕なんですこれ!?」
思わず叫ばずにはいられないアレクとは対照的に、シャロンは非常にケロリとしていた。
「ああ、アレクシス様をテーマに描いてるんですよ。人物画じゃないです。」
「あれだけデッサンしておいて、自分の顔が描かれていなかった時の僕の気持ちわかります??」
「いやー実は苦手なんですよね、人物画。」
悪びれもせずそう言ってのける姿に、アレクはがくりと肩を落とす。この子本当そういうとこどうかと思う。
だが本人の申告どおり、床のラフ画よりこの絵の方が生き生きとしているのは納得してしまう。
それなら何故アレクをテーマにわざわざ描いているのだろうか。
疑問は尽きないが、経験上聞いたところでほぼ自分には理解できなさそうなので、クシャクシャに丸めて考えていた全てを捨てた。
「余計なお世話かもしれませんが、一応我が国で絵画といえば姿絵と相場が決まっています。
厳しいことを言いますが、あまりこういう芸術は、世間的に評価されにくいのにそれでいいのですか…」
「んー、それはその通りなんですけどね。
芸術って周囲の評価があって初めて傑作と言えるものかもしれません。」
でも、と明朗に快活に、形の良い唇が告げる。
「これが私なんですもん。
アレクシス様の武器はその笑顔、私の武器は絵を描くこと。
やり方次第ではこういうのも必ずウケると思うんですよね。
今ある自分の武器をどう使っていくか、って考えていくから楽しいんですよ人生は。」
心の底から愉快だと言わんばかりの笑顔に、アレクの視線は釘付けになる。
これはアレクのように踏み潰していくような圧倒的な力とは違い、しなやかで決して折れないものだ。
アレクが惚けている間に、何かを思いついたシャロンは続けて語り始める。
「…アレクシス様。私このアトリエを父親に強請って作ってもらって、画材道具も全部揃えてもらったんです。子供の武器をフル活用して私は目的を達成しました。」
「それは、まあ、あのお父上ですからそれくらいしてくれそうですね。」
脳裏に仕事の合間を縫っては娘の話を詰め込んでくる男の顔が駆け抜けていく。
本当に、毎日よくそんなに同じネタでレパートリーがあるな、と思うほどに饒舌なのだ。
「きっとサウス大臣にとっては、まだアレクシス様は可愛がりたい子供なんです。
逆に言って仕舞えば、子供らしく振る舞えばあの人は如何様にもアレクシス様の味方になってくださると思うんですよ。」
「えーと、ズルいというか、王を目指すものとして、それどうなんですかね?」
少なくともいつかこの国のトップになる人間の振る舞いではないだろう。
あまりにも奇想天外な発想に戸惑うアレクに、シャロンはそれはもう悪童の如き顔で追撃の一言をかました。
「何言ってるんですか、アレクシス様なんて王子の特権フル活用で今更感ですよ。
これだって自分の武器なんですから、もっとワガママに動いたっていいじゃないですか。」
得意げな顔に鼻まで鳴らす、堂々とした少女の姿。
ああ、そんなものを見ていたら、どうしたって堪えられなくなる。
「ふふ、ははっ!あははっ!」
「は⁉︎なんで笑ってんだ⁉︎」
「だって、そんな、胸張って言うようなことじゃないのにっ!ふふっ」
軽やかで、心の奥底から溢れ出た笑い声が部屋の中に響き渡っていく。
少年らしい幼さを帯びた声音を聞いたのは、実のところ本人ですら初めてのことであった。
その間、シャロンが終始ぶすくれた表情だったのがさらに笑いを誘うのだから止まらない。
ひとしきり笑い終えた後、ふとアレクは窓の外を見渡す。
最初に見た時だって綺麗だと思ったが、ここからみる薔薇はさらに色鮮やかで瑞々しく息づいていた。
「ここは、とても美しいですね。」
「お褒めに預かり光栄です。
でもお城の庭園の方がよほど立派ですし、これくらいは見慣れてるのでは?」
「城の庭ももちろん、潔癖なまでの美しさだと思っています。
ただ僕は美しい庭とは、同じやり方、同じ種類でなくては絶対成り立たないと思っていました。
でも、どのようなやり方でも、美しく薔薇が咲けばそれでよかったんですね。」
アレクの言葉にシャロンは軽く首を傾げる。
くだらない、いつものやり取りにさして深い意味はないのだ。
でも目指すものにたどり着くための糧にはなるかもしれない。
「どうしよう、ビックリするほど意味わかりません。
ちょっと3歳児にわかる感じに変換してもらっていいですか?」
「流石にご自身の年齢下回るのはやめてください。今すごく悲しい気持ちになりました。」
はぁと深いため息が思わず溢れてしまう。
だけど、どうしたって彼女のことはなぜか憎めないのだから不思議だ。
だからアレクはこの少女のことを、ほんの少しだけ信じてみたかった。
「あの、時々僕の方から顔を出しにきてもいいですか?思いの外、ここの庭は心地が良くて。」
「そんなの、いつだって構いませんよ。私もアレクシス様と話すの楽しくなってきましたしね。」
全てが変わったわけではない。
しかしこの小さな積み重ねが、いつか変革をもたらしてくれたらと、一抹の望みをかけてみよう。
「なら、その、よかったです…。
ああ、それから、この部屋で2人の時だけはその妙な猫被りもやめてください。
さっきの動揺した時のが、素の貴方でしょう?」
アレクの指摘に、シャロンは雷が落ちたような衝撃を受けた。
やっと被っていた猫を床に叩き落としていたことに気がついたのだ。
「そ、それは、あの、気のせいだと思うことはありませんか?」
「心配になる取り乱し方しますね…。慌てなくて大丈夫です。
むしろあなたに気を使われているとかえって落ち着きません。
だからどうぞそのままの貴方でいてください
……シャロン。」
猫のような耳がしっかりとその音を拾った。
アレクの表情には、言い慣れなさから少しばかり照れが見え隠れする。
だから高揚する気持ちを堪えきれないままに、シャロンは自然と頬を緩ませた。
「…ならそうさせてもらう!
なんならアレクも、嫌なことがあったら前みたいに大暴れできるくらい楽にしてくれよ。
友達に敬語使われるのとか、なんか変な感じだし。」
「…待ってください、僕は友達ではなく婚約者ですが?」
「あぁ、そうだった。
でも友達の方がしっくりくる感じしない?
そう考えたらそんなに大差ないのでは?」
「いや、ぜんっぜん違うからな!
流石になんか色々まずいだろ!」
「細かいこと気にすると、禿げるの早くなるって婆ちゃん言ってたよ。」
「何一つ細かく無いと言っているだろう⁉︎」
アレクの可哀想な叫び声が空高くまでこだました。
こうして、月の王子様と悪役令嬢の物語は幕を開ける。
月の王子様編は完結です!
長くてびっくりしちゃった…
この後は番外編を一つ挟んで、新年から新章に突入し、タグ詐欺を一つまた潰します。
次からはいよいよヒロインが登場予定です☆〜(ゝ。∂)
まずはここまでのお付き合いありがとうございました(╹◡╹)♡




