月の王子様 9
「何にも見てません」
「開幕うそから始めないでください」
秒でとっ捕まった私は、とりあえず話をしましょう、とアレクの部屋に入れてもらった。
こういう時は正座かなと思い床に座りこもうとしたが、そんな文化はこの国には無かったので無言で差し出された椅子に腰掛けている。
そして現在、こちらを笑顔で睨みつける、とかいう器用さをアレクに披露されているわけだが。
もうこんなの圧迫面接だよ。
この無駄に広い部屋に2人きりだし。
正直この空気感耐えられない、今すぐにでも帰りたいです。
だけど、この場で取り繕うのも、素直に白状しても話は結局長引きそうだと確信している。
そんなわけで次第に私の返答も投げやりになってきていた。
「じゃあアレクシス様がちょっと引くほど機嫌悪いのは見ました。まあちょっとどころか大分やばいとは思いましたけど。」
「素直すぎるのもいかがかと思います。
貴族とか以前に人として。」
こうしてやりとりしている分にはいつものアレクで、さっきまでのバーサーカーはカケラも見当たらない。
冷静にポーカーフェイスを保っているのを見るに、落ち着いてはきたようだ。
しかし、まあ、流石に本当に見られたくない一面だったのだろう。
アレクは思いっきり眉を八の字にして、それはもう深い深いため息をついた。
「はぁ…お恥ずかしいところをお見せしました…。
わかっているとは思いますが、今見たことは絶対に他言無用ですからね。
もし明日以降、城の人間や君のお父上に距離を取られたら、速攻で戦犯扱いしますから。」
「いや、言いませんけど…」
こんなこと言ったところで特に楽しくもないし、何よりなんか信じてもらえなさそうな気もする。
アレクに対する城の人間からの信用はそれだけ分厚い。
それより私には気にかかることがあった。
「アレクシス様、今日のヴァイオリンの時間から機嫌悪かったですよね?
なんかあったんですか?」
私の質問に、らしくもなくアレクの動きが鈍った。
あんまり突かれたくない話題なのだろうが、流石にアレを見た後じゃ気にならない方が無理だ。
「別に、何でもないですよ。少し面倒ごとが重なっただけで、大したことは」
「でもさっきのあからさまに誰かへの恨み節だったじゃないですか。
思いっきりクソデブ野郎って言ってましたよ。
人には言えない不味い案件なんです?」
「…少し嫌味を言われただけですよ。
貴族や王族じゃ割とよくある話でしょう?」
「アレクシス様に嫌味ですか?ずいぶんと肝の座った方もいらっしゃるもんですね…」
身分的にも口の達者さ的にも、極力敵に回したくないタイプだと、多分この国中の人間が思っているところだろう。
お前がそれ言うのかという目をされたが、私のはただの挨拶だとしておこう。
「でもアレクシス様ならその程度、テキトウに流せそうなのに。」
「それは、そうなんですが……最近の僕は子供のようだと言われたんですよ。流石に聞き捨てならなくて。」
まあ大人っぽいアレクからしたらショックなのかもしれないが、それでここまで怒るのか。
いまいちピンとこなかった私は、つい口を滑らせてしまう。
「別にそんな、気にしなくても良いのでは?
大人から見ればアレクシス様がまだ幼いのは仕方のないことですし、多分その方そんなに深い意味で言ったわけじゃないと思いますよ。」
「ええ、そうでしょうね。
空っぽの脳味噌で、何も考えずに発言したのでしょう。
僕如きじゃ、どうせ何もできないと」
おや、と思った。
直接現場を見たわけではないので仕方のないことかもしれないが、僅かに私とアレクで話の印象が異なっている。
アレクはその相手が、アレクのことを舐め腐った態度で馬鹿にしてきたと思っているようだ。
このまますれ違うのは不味い、と本能が察知して、私は別口から攻めてみることにした。
「ちなみに、それどなたが仰っていたんです?」
「サウス大臣ですよ。ずんぐりした、ハンプティダンプティのような男です」
聞いたことのある名前だった。
彼は比較的のんびりと穏やかな性格の男で、とてもそんな嫌味を言うタイプには思えない。
父親がそのように評価していたし、彼の領土は豊かで民衆の生活も質が高いと聞く。
見た目は確かに巨漢だが、肥え太るのは食が豊かな貴族という括りには良くあることだ。
現に彼はゴテゴテに着飾った派手な装飾品をつけて生活しているくらいに裕福である。
大変残念なことにファッションセンスの方はドブに捨ててきたらしいが。
「えっと、サウス大臣はおそらく、アレクシス様に対して失礼な意図を持って発言をしたつもりは無いと思いますよ。」
「あなた、あんな男の肩を持つつもりですか?」
部屋の空気が一気に重量感を増して、私を取り囲んできた。
四方八方からライオンに睨まれてるみたいな気分だ。
明らかにまた機嫌が悪くなってきている。
「アレクシス様、一度落ち着いて考えてみてください。
サウス大臣の表情や声は、どうでした?
言葉以外のことも考えて」
「あぁ、もう、しつこいなぁ!」
地の底から這い上がってきたかのような、激しい怒号だった。
窓の一つでも割れてやしないかと、そんな錯覚を覚えるほどの。
静かな月だと思っていたアレクの目は、今全てを焼き尽くす業火のように燃え盛っていた。
「俺は完璧でなくちゃならないんだよ!
もっと完璧で強くて、何者にも支配されない人間に。
だから俺をみくびって嘲笑うやつらは、絶対に許してはいけない!
そうじゃなきゃ、何てことない王だと思ってどいつもこいつも掌返してくるに決まってる!
全てを踏みつけて、叩き潰して、圧倒的な「俺」であり続けていなくちゃいけないんだよ!」
それはもはや、獣の威嚇や咆哮と呼んでも差し支えがなかった。
辺りが水を打ったように静まり返る。
だがアレク本人も、身に潜む焔にたいそう驚いたのだろう。
大きく目を見開いて、謝罪の言葉を矢継ぎ早に紡ぎ始めた。
「す、すみません、今のは、その…」
「……アンタは強いんだな。」
「…は?」
惚けたその表情を見て、ああやっぱり、作り笑顔よりもこっちの方がいいなと思った。
「たしかに、よくわかんないのに、口出して悪かったな。
そうか、それがアレクなのか。」
「な、何わかったふうに語って」
その時、ノックの音がしてドアの向こう側からメイドが、我が家の御者が迎えにやってきたことを告げた。
私は最後にアレクの顔を覗き込む。
これほど近づいたことがなかったので、流石にアレクはびくりと肩をすくませた。
綺麗な青い瞳の向こうに、月と炎を思い描く。
静かさの中に荒れ狂う心を持っているなんてとっても歪だ。
だけど、そのありのままの姿が好ましい。
「でも息の抜き方は下手くそだな!
アレクにも苦手なことがあったのは意外だった。」
にぱっと、多分、自然と笑顔が浮かんだ。
きっと悪魔のように微笑んでいるのだろう。
だけどそれでもいいと思った。
それが今のシャロン・アルドリッチなのだから。
「今日はもう帰るよ。
いいこと思いついたから、しばらくこっちからは顔は出せなくなっちゃうけど。
でももしアレクが私に会ってもいいと思ったら見にきてくれ!」
この回はかなり展開に頭悩ませたので、後々内容を少し改変するかもしれません!
大筋は変わらないと思います!
※修正しーたよ☆〜(ゝ。∂)
次回は来週木曜日の8時更新します!
ちなみにサウス大臣の裏テーマは「親戚にいるちょっとウザいおじさん」です




