真っ白なキャンバス1
いっぱい機能あってわからないよハム太郎
そんなかんじでがんばります
突然死んでなんの悔いもないというのなら、それは随分と幸せで可哀想なことだろうと私は思う。
ティアニス王国、通称魔導王国の異名を持つこの国で私は生まれた。
齢12歳になるアルドリッチ家長女ことシャロン・アルドリッチは、それはそれは大人しい、ハッキリ言えば根暗娘だ。
アルドリッチ侯爵家はこの王国でも優秀な魔法使いを輩出している名門であり、その中では平凡と言わざる得ない私はとにかく自分に自信が持てなかった。
私には何もない、いつか優秀な養子の子がきて何もかも持っていってしまうのだろう、とこの年で半ば人生を諦めている始末。
だからこの国の王族であり代17王子との婚約が決まったと聞いたときは胸を躍らせたものだ。
その日は王子様の姿絵が自宅に届き、いよいよお披露目されるという晴れ舞台の日だった。
ドキドキと高鳴る心臓を抑えて、まだ一度も顔を見たことがない未来の婚約者様を思い描きながらその時を静かに待つ。
メイドが運んできた額縁には厚手の布が掛けられていて、それが余計に興味を誘った。
きっと私は王子様を愛して、アルドリッチ家にふさわしい女性として彼を支えていこう!
そんなことをこの時は確かに思っていたのだ。
「 さあ、この方がお前の婚約者、第2王子のアレクシス王子だよ」
父親の手によって流れる水のように、布が床へと落ちる。
現れたのはプラチナブランドの髪を持ち、月のように静かな青い瞳でこちらを見つめる少年だった。
神様の最高傑作と言っても過言ではない。
彼を見て胸をときめかせない女の子なんてそうそういない…
刹那、私が感じたのは淡くて可愛い恋心などではなく、混乱と大量の情報だった。
それは前世の記憶だ。
この国のような魔法はなく、けれど万能の科学が発展した日本という国で私は生まれた。
ここは、そうだ、確か姉がプレイしていた乙女ゲームの世界だ。
「魔法使いと乙女のパヴァーヌ」という、界隈で徐々に人気を得ていたという恋愛シュミレーション ゲームだ。
特別な魔法を使う主人公が、攻略対象と恋に落ちるありきたりな物語。
アレクシス王子はその中のメインヒーローにあたるのだ。
そしてシャロン・アルドリッチは恋の障害として立ちはだかる。
…と、ここまでは知っているが細かいことはプレイをしていないのでわからない。
それよりも、私にとってはもっと大きな問題がある。
ぐらりと足元が地面から離れ、そのまま後ろに倒れていく。
遠くで父親とメイドが叫ぶ声がする。
水の中のようなぼんやりとした視界で、私は必死にアレクシスの姿絵を追った。
とても心配そうな声で父親が私を呼んでいる。
あの時とよく似た同じ状況だ。
そう思うと無意識のうちに手を握りしめてしまう。
何故、よりにもよって私は死んでしまったのだろうか。
生前の私はまだまだ無名で貧乏な画家の卵だった。
多分、記憶を取り戻したのは姉に誕生日プレゼントとしてアレクシスを描いた絵を送ったことがあるからだろう。
その頃どうにか結果を残したいとかなり無茶な生活を送っていた。
最後の方は自分が起きているのか、眠っているのかもわからなくなっていたような気がする。
けど間違いなくそれは人生最高傑作だった。
これが完成したら私はドベから抜け出せる!
そんな気持ちを抑えられなくて無理をしたのがよくなかった。
結局あと1日で完成したというところで、私は体の限界がきてそのまま死んだのだ。
有名な画家は死んでから名を馳せるというが、冗談じゃない!
あの絵の完成を見られないまま死んだなんて、絶対に認めたくなかった。
燃えていると錯覚するほどの怒りと執着、人1人分の人生の記憶。
それは12歳の小さな体では耐えきれるわけがなく、私はあっさり意識を手放してしまった。