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無彩色の願望  作者: 哀川
第四章 屍の器

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第二十二話 本心

「こんにちは、白瀬先輩!」

「……?」


 藍歌くんが学校に来ないことに不安を感じていたところに知らない声が聞こえた。

 五時間目の体育を終え、教室に戻る途中だった。振り返ると、どこか見覚えのある赤褐色の頭をした可愛らしい女の子が居た。


「こんにちは。えっと……」

「わたしは薔薇叶未と申します! 藍歌姫乃の後輩やってます」

「藍歌くんの……ああ」


 学校ですれ違った程度なのかと思ったが違った。この娘は藍歌くんと時折会話をしている一年生だ。たしか桜内さんと井宮くんとも縁があったはず。


「彼は休みだよ」

「そうなんですね。なんか、全然驚けないのがなんとも言えない気持ちになりますよ……」

「はは。彼が欠席するのは平常運転だからね」

「まったくです。あの人、無事に卒業できるんですかね? いつか言ってやってくださいよ。『このままじゃあ薔薇と同学年になるぞ』って」

「うん、伝えておくよ」


 自然と笑んで言った。

 遠くから見て表情がコロコロと変わる女の子だとは思っていたが、話していると本当に愉快だ。初めて関わるというのにわたし自身がこの娘に踏み込まれることを不快に思っていない。京と同じだ。

 叶未ちゃんは色んな人に愛されているんだろうな。その中にはきっと、藍歌くんも──いや、どうだろう……。彼は井宮くんや桜内さん相手にすら笑顔を見せてるとは思えないし、意外とそうでもなかったりするのかな。

 わからないな。本人に直接訊くでもない限りは。


「しかしですね、白瀬さん。あの人に用はないんですよ。いや、あるにはあるんですけど、優先度は低いです」

「そうなんだ」


 それはつまり、こうしてわたしを呼び止めたという事は、わたしと叶未ちゃんに共通の知人がいないことから──


「わたしに用があるの?」

「ええ、そうなんですよ。急用というわけでもないですし、今日まで機会がなかったわけでもないです。ただ少し、わたしに度胸がなかったと言いますか」

「度胸?」


 今の彼女を見るにそんな過去は想像できない。本人が言うのならばそうなのだろうけど……わからないものだ、過去というのは。


「まあ、そのことも含めて白瀬先輩とはお話ししたいんですよ。とは言え、授業開始までの十分ぽっちで済む話でもないんです。すみません、融通の効かない学校で」


 あたかも自分が創立者ですと言わんばかりの謝罪。思わずわたしは空笑いしてしまった。


「じゃあ、放課後でいいかな? 時間を取るから」

「ありがとうございます! では、放課後にっ!」


 彼女は元気に去っていった。

 あれくらい感情を他人に共有できたらどれだけ心地良いだろう。事実、釣られて笑顔になったわたしが心地良いんだ、自ら他人を笑顔にできたならそれ以上だろう。


『自分が侵食されたみたいで腹立たしいよ』


 ……彼女なら、そんなふうに冗談染みたことを言うのだろうか。

 己を愛せ。誰かに食われる前に。

 楊絵がいつだったか、そんなことを口にした。人を好きになれば自分が自分であり続ける事は困難になることを言っていたんだと思う。好きな作家の受け売りだと言っていたけれど、きっとあれは彼女自身の言葉だ。確証はないけれど。

 彼女が遺した言葉を思うと、自然と私の中に存在する狂気も連想せざるを得ない。


「白瀬! 次移動だぞ」


 教室から呼びかける京にわたしは「今行くよ」と返す。


 ×


 そして学校での一日は終わる。やはりと言うべきか、藍歌くんが学校に来ることはなかった。『それだけのこと』として流すべきなのだけれど、どうしてだろう……胸騒ぎがする。

 正体不明の不安が白瀬九織を刺激し続ける。何を恐れて焦燥しているのかも分からないのだからどうしようもない。

 ──なんて弱音を吐いていては、彼女にこんなことを言われかねない。


“知らない分からないで停滞できる人が心底羨ましい。だって、何を考えるでもなく今を生きているんでしょ。この上なく楽じゃない”


 冗談(なんて切り捨てられる話でもないかもしれないが)は置いとくとしよう。今、わたしは叶未ちゃんと学校近くの喫茶店に居る。

 立ち話で済ませてしまう内容ではないとのことだった。一年生だというのにしっかりとした娘だ。

 そして、ここは叶未ちゃんのバイト先でもあるらしい。

 やがて大学生らしきお姉さんが注文を運んでくる。わたしにはアイスコーヒーを、叶未ちゃんにはパンケーキとホットココアを置いた。


「ごゆっくりしていきー」


 砕けた口調で言う。

 どうやら叶未ちゃんはバイト先でも親しまれている様子だ。


「白瀬先輩。本当にそれだけでいいんです? ここはコネ割引もありますし、わたしが奢りますよ」

「コネ割引……」


 しっかりというより、ちゃっかりとした言い方だ。もしもボロが出たとすればうっかりさんでもある。


「大丈夫。後輩にご馳走になるのは格好がつかないからね。それに、今はあまりお腹が減っていないんだ。気持ちだけ頂戴するよ」


 極力丁寧に断る。それが面白くなかったのか、叶未ちゃんはため息を吐いた。何が気に食わなかったのだろうと身構えたが、彼女は「さすがですねえ」と表情をやわらげる。


「わたしの前に現れる先輩っていうのはみんなしてカッコいいんですから。キャラ被りもいいところですよ、まったく」


 クリームたっぷりのパンケーキを口に入れる叶未ちゃん。否定的な言い方だけれど、その顔の綻びを見れば好意的に思っていることは明白だ。


「へえ、そうなのか」

「そうなのです。井宮先輩も桜内先輩も……東条先輩も。みんなしてかっこよくて」

「ふうん……」


 東条色奈の名はわたしも知っている。大丘高校で彼女の名を知らない人の方が珍しいのではなかろうか。才色兼備な彼女に憧れる存在は多い。わたしとしても素直に羨ましく思える人間の一人だ。

 叶未ちゃんがキャラ被りというのもわかる話だ。井宮くん、桜内さん、東条先輩……。あれ? 彼の名前が抜けていないか?


「叶未ちゃんは藍歌くんとも仲が良さそうに見えたけれど?」

「あの人はカッコいいカッコ悪いの波が尋常じゃないですよ……白瀬先輩は同じクラスだから分かっているでしょう? 藍歌先輩は何に対しても無関心で無気力で無愛想で無神経で無表情なんです」


 酷い言われようだった。恋をしている相手だというのに全て否定できないことにわたしは苦笑する。しかし、彼のそんなところもわたしにとっては魅力の一つなのだ。


「頼りになる時はとことん頼りになるんですけどねぇ。どこか欠けているというか、抜けていると言いますか。ま、そこが彼らしさでもありますが」

「うん。よく分かるよ」

「あ、ここまで見抜いていましたか! さすが白瀬先輩、イメージ通り博識ですね!」


 なんて叶未ちゃんは褒めてくれるけれど、好きな人のことを人よりも知っているだけのこと、博識でもなんでもない。だからわたしは笑って誤魔化すだけだった。

 ……このまま楽しいお喋りをして過ごすと言うのもわるくないけれど、しかしそれは叶未ちゃんの望むところではないだろう。

 本題を口にするよりもわたしの様子を窺うことに徹底しているようだし、ならば、わたしの方から訊いてみよう。


「ところで、何か用があったのだろう? 聞かせてくれないかな」

「……はい。もう一気に切り込んじゃいますね。本日お伺いしたかったのは、風荻と同じ内容なんです」

「ああ、風荻くん……そういうこと」


 察しがついた。

 幽霊を宿して以来、わたしは悩みを抱えていると校内生徒から思われていたらしい。どこか不自然、どこか不安定、どこか暗い等々……。

 そんな客観を京から聞いた。わたしはどうも周りからの評価に鈍感なところがあるらしい。初めて風荻くんから『なに悩んでんすか! 打ち明けてくださいよ! そんで俺の胸で笑ってください!』と言われた時には驚いたものだ。


「彼と友達なんだね」

「え? 違います。どうしてあんな奴と」

「違うんだ……」


 本気の顔だ。『あんな奴』って、彼になにか恨みでもあるのだろうか。


「告白されて、しっかりフって、その後に恋の相談をされたってだけの関係です」


 友人以上じゃないか。そう言おうとして思いとどまった。叶未ちゃんはきっと面白くない顔をするだろうし(表情がコロコロと変わる彼女自体は面白いのだけれど)。


「白瀬先輩が悩みを抱えてるとアイツから聞いた時には『まーたアホが妄言吐いてるよ』と思ったんですけど、他の人に話を聞くとどうにも妄言ではないようで」

「その確認をしていたから遅れた……そういうことかい?」

「それもまた違うんです」


 と、叶未ちゃんは一瞬だけ目を逸らした。明らかな拒絶的反応に首を傾げる。どうしたというのだろう。突然、明らかに様子が変わった。


「言わない方がいいのかも分かりませんが……白瀬先輩、好き避けって知ってます?」

「好き避け?」


 馴染みのないワードだ。耳にしたことはあるかもしれないが、所詮はその程度。


「ええと、好きだけど避けちゃうってこと? 素直になれない人が」

「その通りです。『あの人のこと好きっ! でもいざ話すとなると本音が隠れちゃう! のみならず逃げ出しちゃう!』って感じです」

「ツンデレってやつか」

「んー。ちょっと違うと思いますけどね。ツンデレって『好き』の代わりに『死ね』って言うでしょ? 好き避けは全然そんなことないと思いますよ」


 うーん。なんだか極端なところが多いような気がしなくもないけれど、とりあえずは納得していいのかな。

 しかし、好き避けがどのように話につながりを持つと言うのだろう。


「この様子だとやはり気づいていないようですね。白瀬先輩って好き避けされているんですよ」

「…………え」


 あまりにも予想外な発言に驚いてしまった。『あなたは避けられています』と言われた時、人はどのように切り返すのが正しいのかな。初めてのことだから困惑してしまう。


「そうか……わたしは避けられていたのか」

「好き避けですけどね」

「まるで気が付かなかったよ。自分がここまで鈍感だったなんて……」

「好き避けですけどね⁉︎ なんでここまで落ち込んでるんですか⁉︎」

「あ、ああ」


 叶未ちゃんが声を荒げてくれたおかげで冷静さを取り戻す。

 そうか。一応好意的に思ってくれているんだよな……。


「とにかく、わたしも白瀬先輩に接触するのを躊躇っていたんですよ。本人を目の前にして言うのもなんですけどか……先輩って、なんだかガラス細工のようで」

「ガラス細工?」

「ええ。色鮮やかにキラキラしていて、角度を変えてみれば違う一面もあって。けれど、少しでも触れてしまえば汚れをつけたり壊してしまいそうな感じがする。僅かな干渉もわたしには怖い」


 ……人との距離感を一定に保とうとするわたしの身勝手は、他人からそんなふうに思われていたのか。

 なんて情けない……気を遣わせていただなんて。


「でも、思ったより話しやすくて安心しました。印象の後付けに聞こえるかもしれませんけど、白瀬先輩、どこか変わったように思います」

「……その分析は正しいと思うよ。昨日の今日ではあるけれど、密かに決意したことがあってね」


 密かに……なんて格好つけたけれど、事実が『母校の屋上で、好きな人やその他大勢に聞こえるほどに大きな声で叫んだ』と知られたら叶未ちゃんも驚いてくれるだろうか。案外笑ってくれるかもしれない。いや、ドン引きして縁を切られるかも。この娘ならどの対応だってイメージ通りに収まる。


「へー、決意。一体何を決意したって言うんです?」

「秘密さ」

「もう。結構意地悪なんですね、白瀬先輩」


 わたしは笑顔で応えた。

 あくまでも不自然のない笑顔で。目の前の彼女がわたしの笑顔に釣られて破顔したと言えば、自意識過剰とそれこそ笑われるかもしれない。

 別にそれでいい。

 そんなことで恥じることはない。なぜなら昨日の宣言よりも恥ずべきことなどそうそうないから。


「とにかく、悩みは解決したということですか? いえ……そもそも本当に悩みがあったんですか?」

「悩みがあったのは事実だし、解決したというのも正しいよ。それも昨日にね」

「それはなんともタイムリーな。内容についても秘密ですかね?」

「そうだな……」


 悩みどころだ。

 わざわざ心配してくれた相手に内容を伏せるというのは気が引けるが、しかし、表と裏で分離している世界の話を安易にしてはならないだろうということもある。

 いや、待て。叶未ちゃんはよく藍歌くん井宮くん桜内さんと四人で一緒にいるところを見るという事実を知っておきながら、どうしてわたしは『叶未ちゃんも魔術を知っているのか』と訊かなかったのだ。記憶に残るほどの印象なのだから、事実確認をすべきだっただろうに。


「もしや『魔術絡み』だったりします?」

「…………」

「でしたらご安心ください。わたし、薔薇叶未は過去視の持ち主ですから」


 と、赤い目の彼女は優しげに微笑んだ。

 魔術や過去視といったワードに驚きがなく、思考を見透かされた感覚の新鮮さに頭を埋めていた。


「……わたしは」


 昨日の宣言がなかったら、きっとここで逃げていただろうな。

 自身が変われることを確信してわたしは自己満足の笑みを作った。


「わたしは、屍の器だ」


 ×


 それから、わたしは今回の一件の話をした。『今回』なんて言うけれど、今までの人生で前回にあたる出来事はないし、おそらく今後も永久に訪れないだろう。

 それなりに上手く要約できたようで、叶未ちゃんはなにも訊き返すことなく頷いてくれた。

 ただ一つ。白瀬九織は藍歌姫乃に恋をしているということは伏せた。それは脱線に繋がるからだ。


「それは……とても大変でしたね。いや本当、よく生きていましたね、白瀬先輩。死んだ人の感情に引っ張られながらも無事でいられたなんて」

「無事でもないさ。言っただろう? 藍歌くんが助けてくれなければ、わたしは橋から飛び降りていた」

「それまで正気でいられたのは誇れることですよ? わたしだったら三日で自殺していると思う……」

「君がそこまで弱い人には見えないが?」


 慰めでもなく、本心でそう思った。少し話した程度で知ったことを言うのはよくないが、しかし、印象というのは大体が初見で決まる。

 叶未ちゃんは強い。抽象的ではあるが、そんな印象を持ってしまえば、三日で自殺という言葉は否定したくなる。


「先輩が考える以上に、わたしは人として終わっていますよ」


 嘘を言っているようには見えない。

 わたしは黙るしかなかった。本人がそう思っている以上、どんな慰めも虚無に終わる。

 一体、過去視を持つこの娘に何があったのか気になるところではあるけれど、それを訊ねるのは無神経というものだ。

 コーヒーと共に好奇心を飲み込もうとした時だった。


「いやですね、魔眼コレクターとかいう殺人集団にわたしの過去視が狙われまして」

「……っ!」


 コミカルに吹き出しそうになるのを抑える。

 この娘、中々にとんでもないことを言ったか?


「えっと……」

「ですから、殺人集団」


 ですから、じゃないよ。突っ込みたくなる気持ちをおさえてわたしは「君は何を言っているんだ」と眉を顰めた。

 それから叶未ちゃんはその目──過去視の一件を語った。穏やかな話ではなかったが、叶未ちゃんは喜怒哀楽の全ての感情を使っていた。

 しかし、当然と言うべきか……最後は『哀』で締めくくるのだった。

 過去視を封じる物語であると共に、その全ては一人の女性が自殺をするための物語だったのだから。


「救われないね……」

「ええ。戸道さんの言葉が本当にわたしの過去視通りなのか、それはわかりません。ただの予測であり、無数の可能性の一つでしかない。仮に真実だとしても、思い返せばあれは救いじゃない。悔いるべき現実です」

「人によっては救いと取るかもしれないが……うん、わたしは君と同意見だな」


 なにより、いまだに眠り続けているであろう戸道さんも報われない。彼女が巳文字さんの死を知ったら何を思うのだろう。一体どんな後悔をするのだろう。想像もできない。それくらいに悲劇的すぎる。

 せめて『死』が連鎖しなければいいな。


「……ところで白瀬先輩。今の一件を語りながらずっと考えていたんですけど」

「うん?」


 意外とマルチタスクなんだな。


「四人目は本当に居なくなったんですか?」

「……? ああ。男か女か……とりあえず彼としておくけれど、彼の殺意に気を失って、目覚めた時には居なかったよ」

「じゃあどこに行ったんですかね?」

「どこ……だろうね」


 気がついた時に彼らはわたしの中にいた。だからふとした時に居なくなることに別段違和感を覚えることもないが、『どこ』へ行ったのかはたしかに疑問だ。


「……消失で片付けるのは少し乱暴かな」

「いえ、全然そんなことないと思いますよ。ただ……白瀬さんが参ってしまうほどの、気を失ってしまうほどの殺意を放っていたその彼がふと消失してしまうと言う事実に、多少の違和感を覚えたにすぎません」

「それは……」

「あ、すみません! 今更掘り返すような真似! 面白くない記憶ですよね……無神経でした」


 迷惑とは思っていないが、よくない顔色が出てしまっていたのだろう、叶未ちゃんは慌てて頭を下げた。それから話題を急転換させて明るく振る舞う。

 今度はわたしがマルチタスクな思考をする番となったのは語るまでもないだろう。


 ×午後五時


『案外、目的が果たされたから消失したってこともありますよねっ!』


 街中での別れ際に叶未ちゃんは言った。

 一人で家に向かう足を進めている間も、わたしの脳内は四人目で埋まっている。

 顔も性格も(当然ながら性別も)わからない人物は本当に消え去ったのか? あれだけの殺意をもちながら、大人しく消えたと言うのか? 改めて考えると確かに不自然だ。叶未ちゃんから指摘されるまでどうしてその不自然さに気づかなかったのか。


「……浮かれていたか。まったく」


 そう、わたしはわたしの問題が解決できたからと言って浮かれていた。またいつもの日常に戻り、藍歌くんと時を過ごすと身勝手に確信していた。

 裏の世界の警察が犯人逮捕に動いていることは言うまでもないだろうけれど、それは百パーセントあの三人の無事が保証されるということではない。こんな簡単な事実にどうして気づかなかったのか。

 何故藍歌くんの欠席に納得がいかない? そりゃあ、他人の事情を無視して狭い視野で物事を見ているからだろう。


「わたしだって、わたしばかりがかわいいんじゃないか」


 空を見て呟いた。

 広大な景色は冷静さを与えてくれる。改めて思うと、あれほどの殺意は別の角度から見ると『決意』にも取れる気がする。叶未ちゃんの言う通り、偶然にも目的が達成されたから消失したというのは自然な流れだ。

 しかし、都合が良すぎる。良いに越したことはないけれど、わたしを納得させるだけの流れではない。

 ならば、四人目は消失していないとしよう。屍の器であるわたしから抜け出して一体どこへ行ったというのか?


「……………………」


 なんて愚か者なんだ、わたしは──。

 歩みを止めて藍歌くんへ電話をかける。違うなら違うでいい。確証がほしい。同じ屍の器である彼に四人目が乗り移っていないなら、それで終わりでいい。


「…………」


 通話に出ない。

 息が上がる。

 彼が強い人だというのは分かる。けれど、あの四人目が宿ったとして、それでも無事でいられるかは分からない。


「出てよ……出てくれよ……!」


 そしていつも通りの調子で否定してくれ。君の体に四人目は居ないって。

 そもそも、藍歌くんも幽霊を宿していると言う予想があったじゃないか。仮にそれが正しいとして、もしも彼の中に二人の幽霊が存在していると言うのなら──?

 ただ否定の言葉が欲しい。わたしの被害妄想で終わるなら、それでいい。

 ……しかし、それは叶わなかった。携帯を持つ右手が力無く垂れる。

 全身が熱を帯び、汗が吹き出る。

 事態の最悪を想像してしまった。

 どうする……もしも『そうだとして』、わたしはどうしたらいい。

 鼓動の騒がしさに思考を乱されたその時──


「おや? 白瀬先輩じゃないですか!」


 聞き覚えのある男の子の声がわたしの名を呼ぶ。

 振り返るとそこにいたのは、風荻吉野くんだった。


 ×藍歌姫乃


 肉体を渡すことに抵抗はなかった。入れ替わりの主導権は僕にある。もし久留田が身勝手をしようものなら、その直前に入れ替われば良いだけのこと。

 とにかく今はこの部屋(というか、僕の心象世界だが)に沈んで久留田の力を見よう。

 早速動き出したのは刀太くんだった。未来視通りの高速移動であっという間に一歩の距離まで詰め寄る。そして右手をポケットに突っ込み取り出したのは──刀だった。六十センチは超えるであろう刃を僕の首に振るう。……非常に軽々しく、振るう。

 物質変化。そう言ったか、久留田は。

 物の形、質量から何もかもを変えられるというのはなるほど、相当に厄介な奴だ。

 というか、待てよ。これもう死ぬ直前じゃねえか。

 あーあ。結局こんなもんかよ。復讐に囚われた幽霊もそこが知れるな。


「知ったこと言ってんじゃねえ!」


 久留田が叫ぶ。右掌で刃先を受け止めた──その瞬間、刃は粉々に破壊された。

 これは……早見さんの破壊の魔術。


「つーか、死ぬ直前ってのに後悔ひとつないセリフじゃねえか! どんだけ冷めてんだおまえ!」」


 後悔先に立たずと言うし。

 僕は適当を言った。後悔しても何の意味もないという意味合いで使ったが、果たして合っているのだろうか。


「……いや、俺もことわざはあんまり」


 なんてやり取りのうちに刀太くんは僕たちから距離をとっていた。柄を捨てて再びポケットに手を入れる。しかしすぐに行動に出ることはなく、そのまま硬直した。久留田の様子をうかがっている。

 ……なんだ? こいつらは色んな人を殺しまわっているはずだ。一般人、魔術師の見境はない。だというのに、少し抵抗されただけでここまで警戒するのか? 過去にも抵抗した人はいただろうに。


「それが蝋園の特徴さ。いや、欠点かな」


 彼を睨んだままで久留田は言う。


「今のような相手の意表をついた攻撃──不意打ちだな。その一撃であらゆる『敵』を行動不能にしてきた。戦うということに慣れてないんだよ。だから一手で終わらなければ一度身を引いてしまう。実行したことのない二手目に怖気付くんだ、このガキは」


 煽りに反応するように刀太くんは久留田に何かを投げた。

 ほんのわずか、空を切る音。僕には視認できない何かを、久留田は左の人差し指と中指の間で捕まえた。


「そら、二手目が防がれて動揺する。そして魔術の発現が遅れるだろう?」


 得意げに語る久留田。ハッと刀太くんが突き出した拳を握った時、すでに久留田は掴んだ何かを川へと投げていた。

 宙で突然、先ほどの刀の二倍はある《針》が出現した。それは高い水飛沫をあげて沈んでいった。

 ……いや、本当に。今まで出会った敵で一番厄介じゃないか、この子。もしもあの針が体内に侵入した時点で大きくなっていたら、穏やかな死に様ではなかっただろう。


「賢いヤツぶっちゃって、本質は子どもって変わらないのにさ」


 煽り続ける久留田の内心が穏やかでないのは明白だ。思考が透けているわけではないが、感情はハッキリと伝わる。

 ……『穏やかでない』なんて表現はやめだ。これは、殺す直前。


「覚えておけお姫様。早見愛海は相当な錬金術の使い手。破壊の魔術に要素を組み込むことができたなら、術の本質をも破壊し得る」


 久留田はその殺意を隠すことなく向け続ける。その先に、またもやポケットに手を突っ込む刀太くん。


「知ったようなこと! 知ったように語りやがって! 殺してやる……殺してやるともさ!」


 人殺しの形相で、こちらに向かって振り撒くは青い粉。

 風を無視して不自然な軌道の後に久留田の周囲で停滞したかと思うと、それは一つの円柱の形に変わり、一切の移動が叶わない拘束状態となった。これは結界か。

 人差し指を構えただけの今、果たして何ができるというのか──


「手の内が割れてるってのに、どうしてパターン一つ変えようとしねえのかな」


 久留田は魔力を指先に集中させた。

 そして静かに唱える。


「exitium──……」


 轟音が鳴る。

 指に触れた部分だけがくり抜かれ、それは弾丸の如く直線に飛んだ。

 その先には、刀太くんが。

 彼は躱す余裕もなく、弾丸と化した結界を──右目で受け止めた。


「ぎゃ……!」


 悶絶してうずくまる様は痛みを初めて知ったただの中学生。何もしていない僕がいうことではないが、情けないと思った。


「破壊と錬金を組み合わせればこんな使い方だってできるんだ」


 言って、久留田はその魔力を結界に流し込んで破壊する。


「おまえ、こんな力をくれた早見愛海にはちゃんと頭下げとけよ?」


 …………。

 僕は体を取り返して息を吐いた。


「縁があればね」


 刀太くんへと足を進める。警戒を解いたわけではないが、右目を潰されてなお戦おうってほどの戦闘狂じゃないのは確実だ。

 僕は膝をついて彼の肩に手を置く。


「話がしたい。顔を上げてくれ」

「う、うぅ」


 涙と血で汚れた顔を上げる。飛ばした結界はすでに消えており、痛々しい空洞がはっきりとしていた。


「この目どうすんだよぉ……! 見えなくなったじゃないか!」

「……僕の友達に優秀な魔術師が居てね。その程度の傷ならすぐにでも治せるよ。大人しく質問に答えてくれるというのなら、治してやらなくもない。どうする?」

「答えるよ! 答えるから、早く質問をしてくれよ!」


 賢いだけの馬鹿で助かるなあ。


「君たちのボスに会いたいんだ。教祖様ってやつ。そいつの居場所は恋毒以外に知らないとのことだ。……ここまで誤情報は?」

「ないよ……彼の居場所は彼女以外、誰も知らない。召集も唐突だ。どこから来たのか? 誰も予想できない」

「でも恋毒は違うだろ? 彼女とはコンタクトが取れるはずだ。さっさと呼び出してくれよ。僕を捕らえたとか適当言ってさ」

「……くそ! 分かったよ! 分かったとも! だから目を治してくれよ!」


 右目を押さえながら刀太くんは叫ぶ。どうやら本当に勉強だけが取り柄のようで、自分の発言がおかしいことに気づいていないようだ。本当に馬鹿なのか、痛覚で思考が狂っているのか。


「順序が逆だろ。まず恋毒に話をつけないと。君さ……逆の立場だったらどう考えるわけ?」


 静かに答える僕にどう懇願したところで無意味と悟ったようで、刀太くんは携帯を取り出して通話をかけた。念のため僕は彼にナイフを構えていつでも殺せることをアピールする。

 ……というか、すごく順調じゃないか? 殺害現場にわざわざ調査をしに行ってる井宮と桜内に自慢できるくらいにはテンポ良く進んでいる。


『どうしたの?』


 スピーカーから聞こえる女性の声は、とても人殺しとは思えない穏やかな声色だった。


「器を捕らえました……最寄りの『保管庫』は十一番です。いつ頃来られそうですか?」

『まあ! やるじゃない! さすが初見殺しは伊達じゃないわね。しかしごめんなさい。今は別の器の相手をしているの。半日ほど時間をちょうだい。そのあとで十一番へ向かうから』

「お願いします」

『逃さず閉じ込めておくのよ』


 通話は一方的に切られた。

 地面で項垂れたままだった刀太くんが顔を上げる。


「なあ! これでいいだろ! 場所も教えるから、あとは好きにしてくれよ!」

「ああ、そうだね」


“そうだね、じゃねえよ! 殺人鬼の話を訊いてねえだろうが”


 おっと。すっかり失念していた。これは僕が久留田の目的なんぞどうでもいいと思っていることの表れだな。


「ねえ、もう一つ訊きたいことが」


 僕の言葉を無視して刀太くんは顔を左に向ける。味方でも助けに来たのだろうかと僕も彼の視線の先を追うが、河川敷には一切の人がいない。小動物の気配すら皆無。


「何を見て──」


 刀太くんに視線を戻すと、彼は背後を見ていた。

 体は正面を向いたまま。

 つまり、首が百八十度回っているということ。人間の可動範囲ではない。


「え? ……え? 何をしてるんだ、刀太くん……」


 刀太くんは答えない。黙ったまま、その首の回転を続ける。骨を破壊しながら一回転に到達し、彼は倒れ込んだ。

 あまりにも急激で、予想外で、あっさりとした刀太くんの死に、僕は何をすればいいのか分からなかった。


“なんだ、こりゃあ……”


 久留田も知らないこの現象。

 立ち尽くすしかない中で着信が来た。僕の携帯ではなく、刀太くんの携帯に。

 僕は少しだけ迷ってから応答した。


『血の契約が発動したわ。残念……彼はあなたに敗れたのね──屍の器』

「…………」

『あなたが殺したのよ』


 微笑んでいるのが目に見える、明るい声色だった。


『死者を運ぶ悪行に加えて人殺しまでしたの、あなたは。どれだけの罪を重ねると言うの? あなたが息を続けるだけ周囲が不幸になるのは明白でしょうに』


“……おい、耳をかすな。狂人の戯言だ”


『大人しく死者を解放しなさいな。そうすれば罪は軽くなる。大丈夫、このわたしが保証します。あなたは償えると』


“おい! 藍歌!”


 ……分かってるさ。


「恋毒さん。あなたに会いたい。僕は幽霊を解放する。だから一つ……いや、二つほど願いを聞いて欲しい」

『脅威を排除した後に迎えに行きます』

「──は?」


 またもや通話が切られ、残されたのは死体と疑問、与えられたのは虚無感。

 畜生……いい天気だ。何も考えたくなくなるほどにいい天気。視線を下に向ければ地獄の現実。自分で選んだ道とはいえ、さすがにこの展開は疲れるなあ……。


「分かっていたつもりだけどさ……」


 藍歌姫乃の人生が一筋縄でいかないことくらい。

 分かっていただけで割り切れていないというのなら、いよいよ央語舞で働くことも検討するべきかもしれない。

 そんな冗談を思いつつ、人殺しの現場を後にする。


“大丈夫かよ”


 久留田が言った。

 大丈夫さ。ただ、あの場で状況をまとめようって気にはならない。どこかいい場所はないか?


“少し歩いたところに喫茶店があるが……”


 ならそこにしよう。案内をしてくれ。


“……俺にとっておまえは本当にいい奴だが、他の奴からしてみればそうでもないのかもしれないな”


 まあ、たしかにここで普通に歩けていることを否定的に思う人はいるかもね。認めるよ、僕は異質だって。ただ……ここで止まったら全部無駄になる。気持ちも、何もかも。機関よりも早くに動かなきゃ、僕たちの今後が保証されないんだからさ。


“……ああ”


 らしくもなく久留田は塩らしかった。その心情がどういう意図であれ、僕には関係のない話だ。

 無機質に足を進めていると携帯が振動した。画面を見てみると桜内からのメッセージ。


『案の定無意味だった。白瀬の方はどんな感じ?』


 ……めんどくさ。

 文字を打つ気分じゃないから無視を決断した。その瞬間に着信。桜内からだった。


『面倒で無視を決め込んだって感じかぁ?』

「おっしゃる通りで……」


 読心術を取得したのかこいつ。


『白瀬と一緒じゃないの?』

「……悪い。実は昨日の時点で解決したんだ。ただ、今日一日を休む口実が欲しかった」

『なんだ。それならそうと言えばいいものを』


 呆れたように息を吐いたのが聞こえる。


『昨日のあんたの提案通り、白瀬の一件はあんたに任せた。宣言通りにしっかり解決したっていうなら、一応ナイスとだけは言っておく』

「どうも。……だけどさ。やっぱり、井上町子の殺害現場に行く必要はないんじゃないか? 今更得られるものなんてないんだろう?」

『あたしもそう言ってるけどよ、あんたが気合い見せてる中で黙ってることなんてできないって奏斗が聞かないの』

「僕はもう燃え尽きたけどね」


 冗談のつもりで言ったが、口にしてみれば案外本心にも取れる感じがした。言霊のせいなのかな……。


『ま、さすがに今日も収穫なしなら奏斗の熱も冷めるでしょ。知らんけど』

「だといいね」


 僕は通話を切った。

 しばらく携帯が振動したままだったが、とても内容を確認する気は起きなかった。


“打ち明けたら打ち明けたでどうにかなるもんなのかな。二人にさ”


 そうだろうか。僕には井宮が殺人を肯定するとは思えない。桜内がいたら相手を交渉の舞台に上がらせることができると思えない。


“そうじゃなくて、別の選択肢だっての。俺たちが考えつかないような、永久平和の代替案”


 どうかな。でも、可能性に賭けて身動きが取れなくなるんじゃ笑い話にもならないよ。今未来が知れないというのなら、僕は僕を信じる。その結果地獄を見るとして、それは僕のモノだ。


“ふうん。そうかい”


 久留田は至極つまらなそうに相槌を打つ。

 そして一呼吸おき、こんなことを言うのだった。


“お前の守りたい奴らって、全然信用ないんだな”


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