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無彩色の願望  作者: 哀川
第四章 屍の器

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第十四話 追跡者

 学校内で語るようなことでもないので、妻城駅のマックで事の詳細を語ることにした。果たしてマックで語るようなことなのかと問われれば沈黙するほかないのだが。

 ともかく、その道中で僕は衝動の正体を探ってみたのだが、しかし答えを見つけることはできず、適当な理由をつけて残り続ける疑問を解消しようとしたのだがそれも失敗に終わった。

 ……まあいい。どうせ明日の朝には忘れてる。そもそも忘れていい問題なのかは分からないけれど、それにしたって今は隣に座る彼女の問題が優先だろう。


「──そんな感じかな」


 白瀬さんは一通りの説明を終えた。僕が補足する点は何ひとつない完璧な要約だった。


「ふうん。……こいつが白瀬を助けなきゃ全部終わってたかもしれない話なんだ」


 目の前の桜内は少し意外といった顔をしていた。無理もない。僕から白瀬さんの手を掴むなんて僕も予想外でしかなかったのだから。


「そして今の状況は三人目の願いである墓参りをしに向かう──か」


 斜め向かいの井宮が怪訝な顔をする。

 どうしたのかと訊くまでもなく彼は続けた。


「幽霊の願いを叶えて祓うってのはさ……もしかして詰む場合があるんじゃないか? お見舞い、再会、墓参りと無難な願いばかりだけど、今回お爺さんを祓ったとして残り二人もそう簡単に行くのかな? どうするんだ? もしも──人殺しとかが願いだとしたら」


 白瀬さんは息を呑んでいたが、僕はそこまで動揺することはなかった。

 殺す。

 そんな願望を持っている幽霊がいたとして、その時はどうするのか。……少し平和ボケしていたかもしれない。

 井宮は僕よりも白瀬さんを見ていた。僕の答えは分かっているからだろう。

 答えに詰まったままの白瀬さんを見て僕は別の気持ち悪さを感じた。だから代わりに答える。


「時と場合による。光野さんだったら違う祓い方も知ってるだろうし」


 その場合、白瀬さんは魔術世界に片足を突っ込むことになるだろうけど、それは背に腹はかえられぬというやつだ。

 井宮はやや不機嫌そうに息を吐く。


「奏斗。ちょいちょい」

「そうだな。少し意地悪だったか。ごめん、白瀬さん」

「いや……井宮くんの言う通りだ。私は考えがなさすぎた」


 そう言って顔を落とすが、『もしも殺人を要求されたら』なんて想定したところでまともな人は殺さないという結論に至るし、白瀬さんは考えるまでもなく結論が出ているだろう。

 ──考えているふりか。

 楽だもんね、そういうの。


「そんなに気を落とさないで! そんな幽霊が住み着いているかもわからないし、その時はその時で光野さんに相談すればいいよ。今は目の前の問題が先決だ。な? 二人とも」


 僕と桜内は頷いた。

 ただの墓参りに危険がつきまとうとは考えられないが、二人も同行してくれると言うことなので心強いことこの上ない。


「すまない。二人にまで付き合わせて……」

「いいんだって。これはあたしらの身勝手なんだからさ。それに、遠慮なんてする間柄じゃないだろ? 奏斗はともかくとして」

「酷いな……」


 和やかなやりとりの中、白瀬さんの横顔を見てふと気づく。クラスで見せているようなどこか冷めている笑顔だった。

 桜内は「ああ、またこの顔か」と思っていることだろう。井宮は「なるほど、こういう顔か」と思っているかもしれない。

 人は態度に表れるとはよく言ったものだが、当然顔にだって表れる。

 気持ち悪いな──そう思っていた矢先、白瀬さんが言った。


「それで……桜内さんの中にはどんな幽霊が? 私が協力してもらうんだから、私も協力させてほしい」

「────」


 そう、これだ。

 僕にはこれができないから、どれだけ気持ち悪くても君が理想系なんだ。

 吐き出したくなるような気持ちを抑えてストローを噛む。


「あー。あたしの中には女が居てさ。そいつに『弱さ』を押し付けてるんだ。押し付けるってーか、どうしても向こうに行っちまう感じでもあるんだけど。肉体の主導権はあたしにあるから、絶対に入れ替わることのない多重人格者って肩書きがあんのよ、今のあたしは」


 桜内は言った。隠すことなく曝け出した。

 非現実的な己の秘密を打ち明けても、今の白瀬さんにはなんの問題もない。やばい奴だと避けられることも、信じずに笑い飛ばすようなこともないのだから。

 案の定白瀬さんは「へえ……」と納得しているようだった。


「それで、その人はどんな願望を?」

「……あ、言い忘れてたんだけど、こいつは祓えないんだよ。時間が経ちすぎたからかな? もう完全にあたしの人格として根付いてしまったんだ。でもあんたたち三人に話せて気が楽になったよ。ありがとう」


 笑顔でそう締め括られては話の広げようがない。上手いやり方だな、と僕は感心した。

 白瀬さんはどうにも複雑そうな表情で返答の仕方を考えている。しかし、しまいには「そうか……」と弱々しく呟くだけだった。

 重々しい空気になったところで井宮が席を立つ。


「遠い場所なんだし、そろそろ行こうか」


 ×


 墓参りに必要な道具を何点か購入して白瀬さんのカバンに詰め込んだ後、電車へと乗り込む。都合よく四つ固まって空いてる席がなかったので、僕と白瀬さんは一両目の最前列。井宮と桜内は二両目に座った。

 組み分けがおかしいと思ったのだが、電車に乗り込むときに全員が自然とこの組みになるように進んだものだから、何かのせいにするならば空気のせいだ。

 どうでもいいんだけどさ、別に。

 電車が動き出したところで、窓側に座る白瀬さんが言った。


「ごめんなさい」

「──は?」


 小学生ほどの口から発せられたのではと錯覚した。

 景色をぼんやりと眺めている白瀬さんに顔を向けると、彼女も遅れて僕を見た。


「あ──はは。恥ずかしいな……」


 そう言って頬を掻く彼女にはもう幼さは残っていなかった。


「ごめんって、何が」


 我ながら意地悪な質問をすると思ったが、聞かざるを得なかった。

 何故?

 ……どうせこれも衝動という曖昧な言葉で誤魔化してしまうのだろう。


「……きっとこの調子で問題が解決すると思っていた。君の協力なしでは何もできないのに……考えなしがすぎたんだ。井宮くんの懸念は最もで、それを自ら口にできなかった」

「だからなんだって話じゃないか?」

「自己嫌悪さ。これは私の意地の問題だ。そして何より──」


 彼女は続きの言葉をすぐには言わなかった。躊躇していることは明白だ。そして、何を言うかも。

 見慣れたクールな表情が、次第にぎこちない笑顔へと変化していく。


「君に嫌われたくないんだよ」

「…………」


 切なさと恥じらいが混ざっているようで、その頬は朱色に染まっている。

 さすがにこの顔を見て何も思わず無関心でいるのは無理があった。

 ──違う。この人相手にはとっくに無関心ではいられないのだ。


 あの時から

 自殺直前の白瀬さんを見た時から。

 そう。死にゆく前の彼女は、とても美しかった。


 この残虐性をみちる以外に他言することは難しいだろうな、と思いながら僕は言った。


「賢い人は嫌いじゃない」

「……そうか。それなら、よかった」


 切なさが引いた笑顔を見て、やはり賢い人だと思った。執拗に訊ねてくることもなく、白瀬さんは流れる景色に顔を向ける。


「電車からの景色は新鮮だね。流れていく全てが特別に見える」

「そうだな」


 適当な相槌のつもりだったが、改めてよく景色を見てみるとたしかに新鮮だった。街の──世界の全てが中心に見える感覚は日頃地下鉄しか使わないせいだろう。

 見る場所が違うだけで世界はこんなにも色を変える。

 そんな鮮やかな風景を眺める彼女より、死ぬ直前だった彼女の方が画になると思っている僕はどうしようもなく救いようがないのだった。

 そんな自身の気持ち悪さを呑み込みつつ、ぼんやりと景色を眺める時間が続く。駅を四つほど過ぎたところで新鮮さなんてものは薄れていたのだが、白瀬さんの横顔はずっと子供らしさの垣間見える嬉々とした表情だった。

 景色に建物が少なくなってきた時、ふと白瀬さんが僕の視線を感じたからか顔を向けた。


「どうかした?」

「……死んでもなお迷惑をかけるだなんて、碌でもないと思ってさ」


 白瀬さんをただ眺めていたことの言い訳ですらない。本当に自然と出てきた言葉だった。


「彼らのようにはなりたくないよ。死んだらそこで終わっていい。終われないのなら一生を孤独で終えろとすら言いたいな」

「誰かを思い続けると言う気持ちは共感できてしまうけどね。しかし、やはり藍歌くんの意見にも頷ける。私はどうにも中途半端だ」

「中途半端は僕も同じさ。罪悪感はない」

「まったくだな」


 楽だから、と僕たちは声を重ねた。

 白瀬さんは静かに笑う。


「トーベ・ヤンソンも言ってたよ。ものごとは全て曖昧で、だからこそ安心していられる──だったか」

「トーベ……ああ、ムーミンか。あれは作者の言葉じゃないだろ。トゥーティッキじゃないか?」

「どんな創作物にも創造者が付き物だ。作者の意思というものは無意識に反映されるものだよ」

「言えてるかも。未来視みたいな感じだね」


 自分の意思とは無関係に反映されると言う点において、我ながら良い比喩と思った。


「未来視……」


 繰り返す白瀬さん。

 ……言う相手が悪かった。

 相手は幽霊に取り憑かれただけの一般人。裏の世界を認知していない。表の世界に住む白瀬さんの常識は既に確定しているのだから。

 必死になることはないが、一応程度に誤魔化した方がいいな。


「ほら、街によくいる占い師に聞いたんだよ。未来が視えるって話だったから、興味本位でね」

「よくいる? のかな?」

「…………いないか」


 少し適当すぎたか。


「とにかく、よくいない占い師に遭遇したのさ。彼はどうにも自分の意思に関係なく未来を見ることが多いらしいよ」


 なんてね。と僕は心の中で呟く。


「ふうん……幽霊を抱えている身としては、そういった不思議な話も大いに信じられるな。その人はどんな未来を?」

「白瀬さんが自殺するって話だった」


 言うつもりはなかった。何故こんなにも口が軽くなってしまったのか──考えがまとまるよりも先に白瀬さんが答える。


「それは私の状況をよく視ているな。けれども外れている」軽く答え、微笑みすらも浮かべる。「可能性の一部を見たってところなのかな。予言の類は数を打てば当たると言うが……」


 平気に答える彼女に僕は思わず言葉を失った。自分の死を視られたことを信じ、さらにそれを訊いて驚かないのは少し違和感すら覚える。

 気持ち悪い性格とは思っていたが、ここまでなのか……? いいや、違うな。これは──


「その占い師は私が死ぬ未来を視て何を思ったのかな?」


 白瀬さんは真っ直ぐに僕を見る。

 射抜くように、心奪われる視線。


「面白くない──だろうな」

「…………」


 僕の答えを機に、しばらく無言で見つめ合う時間が続く。

 知っているさ。これは腹の探り合いなんだろ?

 七月一日に僕は君を尾行し、あっという間に見失った。僕が間抜けな人間ということは確かにそうだが、しかしあれは『撒かれた』と言う方が正しいと思う。ほんの隙を突いたように姿を消すことが癖としてあると言うのならばそれまでだが。

 そして、問題はこの後だ。

 僕はその後直接名前のない喫茶店へ向かい、空明七葉の説得を行った。そこへ白瀬さんが現れた──。今思えば不自然すぎる話ではないか?

 尾行を撒かれた後、逆に僕が尾行をされていたとしたら?

 僕が喫茶店を去ったあとで白瀬さんが光野さんに接触していたとしたら?

 彼女の七月二日に名前のない喫茶店を見た時と僕が光野さんからナイフを受け取ったところを見た時の反応が妙に薄かったのは、それが理由だとしたら?

 どこまでを知っていてどこまでを知らないのか。あの日の会話のどこまでが茶番だったのか。


「面白くない、か。よかった。無関心ではなかったんだ」


 満足げに微笑む白瀬さんを見て僕は思った。

 本当に面倒なことしやがる。


 ×


 その町には喧騒という概念がなかった。森閑と言ってもいいほどにしんみりとした空気に包まれ、時折聞こえる車の音だけが静寂を破壊する。


「はえー。すっげーつまらん町」


 バスを降りた直後の桜内の一言に井宮と白瀬さんは苦笑した。


「俺はこの落ち着いた雰囲気は好きだけどな」

「は! 何を適当言ってんのやら。こんなの二日もすれば飽きるってのにさ」


 偏見を言ってのける桜内は足をすすめる。

 目的地は墓場。マップを見るまでもなく白瀬さんに位置を聞くまでもなく、丘の上に露見している墓場へと向かう。

 滅多なことはない──そう思うのは簡単だが、墓場でも本当に何もないのだろうかと僅かに不安になる。

 死者を運ぶ彼女を僕はチラリと見た。

 長閑な町を背景に、彼女は軽やかな足取りで坂道を進む。


「どうかした?」


 ふと白瀬さんが笑顔を向ける。


「部活後だってのに余裕そうだ」

「そんなことないさ」冗談混じりに言ってから、片手で器用にポロシャツの第二ボタンまでを外す。「暑くて溶けそうだ」

「そっすか……」


 大抵の人が籠絡しそうな仕草だなあ。

 一方でやや前方を歩く井宮と桜内は、


「おい! 見てよ奏斗! バカでかいクワガタ! ほら!」

「持ってくるな! 久しぶりに怒るぞ!」


 戯れあっていた。一方は満面の笑みで、一方は焦燥を顕にして駆けている。僕が言うのも烏滸がましいし、ある意味でそれは当然なのだが『子どもらしい』と思った。


「井宮くん、虫が苦手なんだ。少し意外だな」

「そうだね。あいつに苦手なものなんてないと思ってた」

「藍歌くんも知らなかったの?」

「勘違いしているようだけど、僕らは親友ってわけじゃないんだ。知ってることよりも知らないことの方が多いよ」

「そうか……。知らないことがあっても親友にはなれると思うけどな」


 よく言える。僕も君も、親友と呼べる人間なんてほんの僅かしかいないだろうに。

 僕は知ったようなことを思った──。


 ×


 墓場に着くなり桜内はカバンを置いて言った。


「赤の他人に合わせる手はない。クワガタ探してくる」


 とのこと。

 本当に気持ちのいい性格をしている奴だ。

 白瀬さんは何を思ったのか、自由気ままな桜内を羨ましそうに──恨めしそうに見ていた。

 そんな彼女の表情に井宮も気づき、意識を引き寄せるように手を叩く。


「さあ! 俺たちは白瀬さんの中に居るお爺さんが満足するまで墓の掃除をしよう」

「……そうだね」


 白瀬さんは汚れた墓を前に頷いた。

 ……知らない人の墓掃除という謎めいた時間が続く。


「呪われたりしないかな」


 と、軽く笑んで冗談を言う井宮に対して僕はハッキリと言った。


「呪われるべきは死後も迷惑をかける老人だ」

「容赦ない言い方をするなぁ」


 微苦笑を浮かべつつも手を止めることなく墓を拭く井宮。こいつに関しては誰も呪わないだろうな。

 そんなことを思っていると、井宮がポツリと口にした。


「しかし、墓参りか……」


 珍しく暗い声色だった。


「どうかしたのかい?」


 先に反応したのは白瀬さんだった。

 僕は火の付いていない線香を立て、すぐそばのベンチに腰を下ろす。学園の人気者達がこうして言葉を交わす様子はなんだか貴重に見える。

 二人は雑巾で墓を磨きながらも続けた。


「うん、なんというか……老衰されるまで生きてきての後悔がこれと思うと、よっぽど綺麗な生き方をしてきたんだと思ってさ。俺にはとてもできそうにない」

「へえ。井宮くんでもできないことが?」

「俺にだってできないことはあるさ。……いや、違うな……できないことだらけだ。最近は特にそう思うよ」

「そうかな? 学校での君は完全無欠に見えるけれど。少し自虐的なんじゃないか?」

「過大評価されているんだよ。俺に完全無欠は似合わない。もしそんな存在だったのなら、由奈ちゃんは死ななかった。この後悔は決して──」


 雑巾を絞ったところで井宮が硬直する。

 片瀬由奈については他言すべき事でないことは分かっているはずだ。そして、こいつに限って『うっかり』なんてこともあり得ない。

 井宮は背中からナイフでも突き刺されたかのような表情をする。尋常でない衝撃を受けた後に「へえ」と珍しいものを発見したような顔に変化した。


「コレが鏡か──」


 他人にとっては心地よく、

 己は何になることもない。

 井宮は幽霊が拠り所にするのもわかる、とでも言いたげだった。


「そっか。友達が亡くなったのか」


 白瀬さんも掃除を終え、墓に花を添えて体を伸ばす。

 脱力して目を細める。きっと三月に亡くなった友人を想っているのだろう。

 沈黙してしまった鏡を見て井宮は言った。


「ごめん! 忘れてくれ。今は君の問題が先決だ」


 井宮はそう言ってライターを渡した。

 曖昧な表情のまま白瀬さんはそれを受け取る。そのまま微動だにしない静かな時間が過ぎた。

 微かな風によって森がざらざらと音を立てる。

 目にかかった前髪を首を振って除ける。その動作は迷いの払拭のようにも見えた。


「私にできることがあれば言ってくれ」


 確かな決意を口にした彼女に対して、井宮は困ったように笑うだけだった。

 片瀬由奈の一件は既に終わったことなのだ。協力できることなどない。だからこそ井宮はこんな曖昧な反応をしたんだ。

 なんだかな……。

 柄にもなく白瀬さんの空回り感に同情を覚えてしまった。

 白瀬さんが線香に火をつけたところで、二人は揃って手を合わせる。

 ぼくも腰を上げて二人の背後まできたが、それだけだった。

 ──両手を合わせたところで頭は空っぽのままだと思った。それが手を合わせない理由にはならないと言われてしまえばそれまでだが、そもそも手を合わせる理由がないんだ。誰に責められる覚えもない。

 普段から墓参りをしていれば、僕はここで手を合わせていたんだろうか。

 そんな意味のない『もし』に頭を埋めていると、白瀬さんが立ちくらみのような挙動をする。井宮が支える前に彼女は「大丈夫」と持ち堪えた。

 そして──そんな彼女の横にはお爺さんが両手を合わせて立っていた。

 彼は白瀬さんに向かって何かを言って、次の瞬間には消え失せていた。

 これまたあっさりと三人目は白瀬さんの中から出て行った。


「終わったかな、三人目は」


 僕が言うと、白瀬さんはうんと静かに頷いた。


「藍歌──?」


 井宮に名前を呼ばれて僕は目を向ける。

 不思議──違うな。不審そうにぼくのことを見つめている。


「視認したって言うのか?」


 それは当然あの幽霊のことを言っているのだろう。


「見えたけど……その言い方だと僕も異常だってのか?」

「いや……珍しくはあるけどあり得ない話ではないしな。こうして白瀬さんが居るように」


 気にしないでくれ、と締めくくる。

 いや無理だろ。そうツッコミを入れる前に後片付けを始められては敵わない。

 僕も肩を竦めてから片付けを始めた。

 白瀬さんは不安の色をあらわにしていたものだから、僕は「こいつはそう言うやつなんだよ」と言う。


「知ったようなことを言って勝手に納得するんだ。面倒だろ?」

「あのなぁ。俺はそんなキャラのつもりはないぞ。勝手に納得することなんて……今が初めてじゃないか?」

「どうだかな」

「どうだか分からないことを恰も真実のように口にするな。おまえこそその適当な発言はなんとかならないの?」


 ふふ、と静かに笑う白瀬さん。意識が逸れたようで何よりだ。

 それから少しして片付けが終わったと同時に桜内が戻ってきた。両手にはカブトムシを持っている……。


「クワガタいなくなったんだけど」


 …………。

 実はこの時に何かしらで暗躍していた──なんてこともないんだろうなぁ。


 ×


 桜内が井宮にカブトムシを投げつけたのちに、ついでだからと町をふらつくことにした。その提案は勿論桜内からのもので、僕たち三人はその場の空気に流れる形となった。

 しかし。

 流されてもいいと思える空気だからこそ流されるものなのだ。拒絶しないということは、つまり……僕たちはこの現状に納得しているんだ。


“楽しいか?”


 ああ、またかよ。

 妄想だとしたら病気だ。

 現実だとしても病気だ。

 僕は彼女のことを意識から外して目の前の光景で頭を埋めた。

 ──眩しい。素直にそう思う。

 過去が眩んで見えなくなってしまいそうに、彼らの笑顔は明るかった。

 目を細めるのは、物理的に明るかったからではない。しかし何故と理由を断定することもできない。

 もしもこれが羨望の眼差しであるとするならば、今の僕はなんて情けないのだろうか。

 ……馬鹿な話だ。僕が情けないやつだってのは今に始まったことではないと言うのに。

 何気ない会話で盛り上がり、

 恐ろしく甘い謎のソフトクリームを口にしたり、

 これらの光景を桜内たちが写真に収めたり。

 当たり前らしいことをしただけで救われた気持ちになる。


 多分、僕たちは本当に無駄な時間を過ごした。そうでなければ空はこんなにも紅くなっていない。

 公園のベンチから立ち上がって桜内が言った。


「そろそろ帰るか。すっげー馬鹿な時間の使い方した気がする」


 たしかにと僕は同意したが、桜内はきっと本心で言ったわけではないだろう。仮に本心だとしても、こいつはそう言う時間を楽しむ奴だ。

 桜内に続いて白瀬さんが立ち上がった。彼女は短く息を吐くと、


「なんだ──?」


 不意に顔を強ばらせた。

 彼女の歪な雰囲気が僕たち三人に恐怖に近い何かを伝達する。それを表には出さないにしろ、ふと気を緩めたらすぐに露見してしまうほどだ。

 一帯が死に包まれた感覚。

 そんな中で白瀬さんは軽快に足をすすめた。


「どこへ行くっていうのよ!」

「分からない……ただ、あまりよくないところだと思う」


 白瀬九織という基本的には聡明な人間の回答とは思えなかった。


「井宮。ここらに魔術師はいるのか?」


 一応程度に僕は問う。


「いや、いない。藍歌と桃春だけだ。あれは四人目の影響による行動と見るべきか……」

「どうだろうな……」


 それにしても異様な雰囲気である。何かよくない、不確定要素を感じさせるような──


「四人目を祓うための行動だとしたら止める理由はない。一応辺りを警戒しつつ、今は白瀬さんに任せてもいいと思う」

「……そうだな」


 井宮の意見に同意する。

 こうして僕たちは白瀬さんに着いて行った。町の端──山の麓の道をゆく。木々に挟まれたもの寂しい景色に音はなく、白瀬さんを筆頭に四人分の足音が不規則に鳴るだけだ。

 無言で進み続けた彼女が足を止めたのは廃墟の前だった。二階建ての横に広いだけの建物。コンクリート打ちっぱなしの空虚さは撮影スタジオとして使われそうだなと思わせる。実際のところどうなのかは不明だが、とにかく一見して『廃墟』以外の感想を持つものなどいないだろう。

 白瀬さんは躊躇いなく建物に侵入する。僕たちも彼女に着いていく。

 会話はない。

 白瀬さん以外が万が一に備えて気持ちの準備をしているんだ。

 井宮も桜内も幾度となく死線をくぐり抜けている筈だ。そんな二人を緊迫させるほどの白瀬九織の不気味さには息を呑む。

 不思議と『死』そのものが近づいてきているような気がした。

 がらんとした建物内部を歩いて五分。二階──白瀬さんは一つの扉に手をかけた。ドアノブを回す前に彼女は「そんな」と言った。

 扉を開け、その空間が視界に入る。

 中央部にあったのは、死体だった。


「う──⁉︎」


 五メートルほど先の仰向けの死体は白瀬さんを硬直させるには十分な状態だった。

 あちこち破れた学生服を着た少女だった。おそらくは中学生。身体の至る所に無数の切り傷やライターで炙ったような焼け跡が目立っている。切り傷の一つ一つが深く、ピンクの肉が露出してしまっている。

 しかし、人間というのは頑丈な生き物だ。この程度の傷では死に至ることはない。

 トドメとしては右目に深々と突き刺されたナイフだろう。散々嬲られた後にようやく殺された。

 圧倒的な他殺体。

 たしかにこの死体には驚いた。井宮も桜内も言葉を失っていた。

 だが──それよりも、僕はその血を見て目を細める。


 乾き切っていない……?


「早くここを離れよう」


 井宮は小さく言った。冷静に見えるものの、彼はたしかに冷や汗をかいている。


「近くに誰か居るの?」


 桜内は背後に目を向けながら小さく言った。僕も釣られて背後を見るが、細く長い暗闇が続いているだけでそれ以上の情報はない。


「居ない」


 簡潔に答えた。

 辺りに正体不明が存在するかもしれないという緊張感が白瀬さんの息を一層乱す。


「ごめん、白瀬さん」


 井宮がポケットからお札を取り出すと、白瀬さんの首の後ろに貼り付けた。途端に彼女は呼吸を落ち着かせて意識を失う。倒れ込む前に僕は体を支えた。

 白瀬さんの意識を落としたってことは──


「全力で走るぞ」

「分かった。白瀬さんは僕が運ぶ」


 僕は白瀬さんを横抱きにして身体強化を施した。

 残虐の限りを尽くされた死体に目を向ける。

 どういう経緯でこんなことが起こり得るのか。何をしたらこんな殺され方になるのか。詮ない考えは留まることを知らず、纏まることもない。

 井宮が窓から飛び降りた。それを追うように僕、そして桜内も飛ぶ。

 殺人現場からの早期撤退の判断は確実に正しい。だというのに……どうしてこうももどかしい。

 背後に走る桜内すらも無条件で撤退を呑み込んだ。この危機感は間違いなく正常な反応だ。

 ──もし白瀬さんが居なかったとしてもこの防衛本能は正常に働くのだろうか。

 ……考えるまでもないか。

 そう結論を出したところで、視界に一人の男を捉えた。井宮に続き、僕と桜内は男と十メートルほどの距離を空けて静止する。


「不愉快──あまりにも」


 季節感を無視した黒のコートを羽織っている。四十代前半といったところか。身長は百八十は超えているだろう。立派な顎髭も加わり十分なほどに個性的だ。……彼の横には真っ黒なキャリーケースが置かれている。ここまで僕らを待ち構えている様子で旅人ってことはないだろう。

 ──否。この分析を回りくどくする必要はない。

 この男は最低限敵だ。


「この世に人間として誕生したにも関わらず、絶対不可侵の領域に両足を踏み込んでいる。嘆かわしい……白々しく、忌々しい……」


 手袋をした右手で彼は顔を覆う。指の隙間から僕たちの顔をしっかりと捉えているのが分かる。


「この場にいる全員、償うことのできない禁忌を犯してしまっている。哀れ──哀れ……」


 男の言葉は疑問だらけだったが、井宮はそれを無視して先にポケットに手を入れた。

 取り出しかけたお札を見て男は「待ちなさい」と言う。井宮は警戒体勢のまま静止した。

 桜内も桜内で辺りに糸を張り巡らせている。

 白瀬さんを抱えた僕にできることは──予測だ。


「三つの選択肢がある。一つ、取り込んでいる死者を解放する。二つ、取り込んでいる死者を消失させる。三つ、私たちに殺される。選びなさい。貴方達にはその権利がある」

「話が飛躍しすぎだ」


 井宮は露骨に苛立って割り込んだ。


「廃墟で少女を殺したのはあなたか?」


 確信を持って問い詰める。答えは聞くまでもない。この流れからして、彼はあの少女の死体に関わっていることは明白だ。

 これはあくまでも時間稼ぎ。

 この先がどうなるかとにかく予測しろ──


「彼女は自ら死を選んだのだ。手放すことを選ばなかった。大罪を犯し続けた。許された筈なのだ──! その魂が朽ちる寸前まで悪逆の限りを尽くそうなど哀れなことこの上ない。生き続ける機会は死ぬまで与えたというのに……」

「罪? あの娘は一体どんな罪を?」

「死者は死者のまま還さねばならんのだ。死は! 絶対的だ。死界を創るでもなく死者を運ぼうなどあってはならん。私が彼らを救う。貴方達も救う。生と死に絶対的な境界を築いて見せよう」


 深く重い声で宣言した彼はキャリーケースに手を掛ける。

 ──その直前、僕は未来を視る。

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