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無彩色の願望  作者: 哀川
第三章 死線の過去

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三十五話 終わりは遠く

 ×薔薇叶未


 六月二十二日月曜日。

 その日、私は昼休みに二年四組の教室へと向かった。

 賑やかな空間の中で彼を見つけることはできなかったので、入口近くで四人で弁当を食べていた男の先輩に会話を割って「すみません」と訊ねる。


「藍歌姫乃先輩はどこにいますかね?」

「藍歌? 居ない? 便所じゃね?」

「適当言うなよ」別の人が答える。「あいつなら朝から来てないぜ。浅沼ちゃんキレてた。病院かなんか行ってるらしいよ」

「あー……なるほど。ありがとうございます」


 手をひらひらとさせる先輩方に頭を下げて教室へと戻る。さすが教師をちゃん付けする人たち、すごくフレンドリーだなあ。

 でも、そっか。病院なら納得した。昨夜の帰り、藍歌先輩は肋骨の痛みを訴えていた。多分それが原因だ。

 あの後。私は色奈さんにバレることなく帰宅に成功し即眠りに着いた。……と思っていたが、朝にはしっかりバレていた。

 朝は早く起き、一度家に帰ってから登校した。


『顔色悪いけど、大丈夫?』


 色奈さんの家を出ていく直前、彼女にそう言われた。


『大丈夫です!』


 私はこう答えた。

 実際のところ顔色は悪かったと思う。睡眠はちゃんととったはずなのに疲れは取れていないし、昨日の光景が目に焼き付いてしまっていて、ふとしたその時には思い出してしまっている。

 だからこそ、余計に学校を休んで家でじっとしていることなんて無理だった。


「……はぁ……」


 藍歌先輩に特別な用事があるわけではない。ただ、お礼を言って、話したかった。

 そうだ。井宮先輩と桜内先輩にもお礼を言おう。

 すぐに私は同じ階の五組へと足を運んだ。

 教室を覗くと、窓際の机にうつ伏せになっている桜内先輩が居た。なんだか魂を引っこ抜かれた感じになってる……。

 彼女の周りでは男女数人が慌てふためいていた。


「ちょっと! 昼休みなのに桃春寝ちゃってる! 弁当も食べてないのに! すごい! やばくない⁉︎」

「やばいだろ緊急だろ! 保健室保健室……あ、その前に写真撮っとけ!」


 これは果たして人気者と言っていいのでしょうか……。なんだか馬鹿にされてるような気がしてならないんですが。

 とにかく今はタイミングが悪いのが明白なので、次に六組の教室を覗いた。

 しかし、藍歌先輩同様に井宮先輩の姿もなく、クラスメイト曰く、珍しく欠席をしているとのこと。

 一体どうしたんだろう……。


「叶未ちゃーん!」


 廊下にも関わらず大声で名前を呼ばれたものだから、私は思わず「ヒィッ⁉︎」と奇声をあげてしまった。

 声の主——色奈さんは私に向かって猛ダッシュをしてくる。

 右手に黒い何かを持っている。なんだろう。メガネケースみたいだ。


「今時間いいかな⁉︎」


 ぐいっと目を輝かせながら顔を近づけてくる。キスされそうな勢いに押され、私は後ろに下がりながら言った。


「大丈夫です! もちろん大丈夫ですから! 一体どうしたんですか? そんなに興奮して……」


 私が一言言うと、色奈さんは「おっと」と顎に手を当てる。


「たしかに私らしくなかったね。ごめんごめん」

「切り替え早っ」

「着いてきて」


 にっこりと口角を上げる色奈さん。

 私は二年生の視線を集める先輩の隣を歩く。

 すごい……やっぱりこの人人気者なんだなぁ。男子たちに「私はこの人の家に泊まりまくったんだぞ!」って叫びたくなる。

 冗談はさておいて、着いた場所は五階の物置だった。

 なにかしらナイショの話があるのだろう。少しだけ身構える私に、東条さんはケースを差し出した。


「はい、これ。姫乃くんから」

「はあ……はい?」


 困惑しながらも私はそれを受け取る。

 なんで藍歌先輩が? あの人が私にプレゼントを?

 中身はシンプルなデザインの黒縁眼鏡だった。


「魔眼封じだよ。本当は今日放課後に取りに行くつもりだったんだけど、我慢しきれなくって。昼休みが始まった途端に抜け出してきちゃった」

「魔眼封じ──え、なんでそんなものを……藍歌先輩が?」


 彼が本当は優しい人だと言うのは分かっている……でも、まさかこんな物まで私のために用意してくれるだなんて。

 さすがに無料ということはないはず……。


「……、……」

「どうしたの?」


 眼鏡に視線を落としたままの私の顔を東条さんが覗く。

 恥ずかしい気持ちを告白するという行為に迷いを覚え、私はきゅっと唇を結んだまま。

 お泊まりでは経験しなかった沈黙を破ってくれたのは色奈さんだった。


「長い間同じ屋根の下に居た仲だからね」机にお尻を乗せて、優しげな瞳を向ける。「なんとなく分かるよ」

「え……?」

「『対等でありたい』だよね」


 伺うような視線に私は頷き返した。


「私、藍歌先輩の過去をほんの少しだけ見たんです。私と似ているところがあった。この人なら私を助けてくれるって確信もあった。そして、この依頼が終わったら関係も終わるんだろうなって予想もできていた。でも……一緒に話してて、藍歌先輩との関係を終わらせたくないって思ったんです。ここまで『近い』って思ったのはあの人が初めてだから……」

「杞憂だと思うけど」

「色奈さんが言うならきっとそうなんでしょうね。でも、それじゃあダメなんです。私の気持ちが許さない」


 私は私を産んだ人の顔を思い出して言う。


「それに、このまま関係を続けるのは貢がれた感じがして嫌だ!」


 人から見れば馬鹿らしい意地だと思う。

 実際、色奈さんは愛想笑いを浮かべていた。


「あはは……叶未ちゃんらしいね」

「というわけで!」


 今度は私から踏みよった。


「色奈さんにも井宮先輩にも桜内先輩にもいずれお礼はします! でも、まずは……このメガネ、幾らしたんですか?」

「…………ふーむ」


 色奈さんは珍しく考え込む。真面目だった美形はやがて満面の笑みへと変貌した。

 そして私に手のひらを見せる。


「五十万」

「ごっ…………⁉︎」


 いや高! 安くはないだろうとは思っていたけどさすがに高い! そんな大金を高校生で、しかも人のためにぽんと出せるあの人何者⁉︎

 さすがにすぐには用意できそうにないな……バイトしなきゃだ。勉強との両立大丈夫かな。なるべく成績は上位キープして推薦で楽したいんだよなぁ……。今の時点では取れないし……。


「ふふ」


 長考している私を見て色奈さんは笑う。もしかすると考えすぎてて変な顔をしていたのかも。ちょっとだけハズカシイ……。


「ゆっくりでいいんだよ」

「────」


 いつのことだったか……多分小学校低学年の時。

 いじめられていた友達を庇って怪我をしたことがあった。

 声は出さなかったけど、涙と鼻水は堪えきれなくて。

 家に帰って、お母さんの膝に乗って、同じことを言われて──今度は声を出して泣いた。

 今の色奈さんみたいに、私を包み込んでくれるような温もりのある笑みを浮かべてくれていて──


「……はい」


 なんとも言えない感情を胸に私は返事をした。

 ……さ! とにかくバイトだバイト!


 ×


 僕は制服姿のまま、学校に行かずに病院へと向かっていた。

 ポロシャツでもすっかり暑く感じる季節と天気に──そして痛みにもうんざりとしながら僕は歩く。


「肋骨ヒビ入ってる」

「…………」

「バストバンドで一ヶ月安静にね」

「……はい」


 結果は予想通りのものだった。

 どうやら昨日、早見さんに飛ばされた桜内を受け止めた際にヒビが入ったらしい。

 ……ダサい。ダサすぎる。この一言に尽きる。

 井宮や早見さんに修行してもらったのに、臨機応変に身体強化もできないの? と自問自答してみる。

 僕は「仕方ないじゃん」と答える。

 よし、自己否定終わり。これからも頑張れ僕。

 ところで、この総合病院を選んだのにはちょっとした理由がある。


「……居なきゃいいんだけどな……」


 ポツリと呟く。

 診察を終え、そのまま病院を出ることなく、院内のコンビニで菓子類等々を購入。それから四階の病室までやってきた。

 扉をノックをしてから「どーぞ」と反応があったので入室する。


「やあ……みずきちゃん」


 約二ヶ月ぶりに、僕は法号みずきと対面した。


「チョー遅い」


 やたら不機嫌そうな顔で彼女は迎える。

 ショートヘアになっていた彼女は当然のことながら法号つるぎの面影があった。


 ×


「──ってことがあったんだ」

「………………」


 僕は今回の一件──魔眼コレクターもとい巳文字烈子の話をした。省略部分は多々あるが、概ね理解できたはずだ。

 ……で、語り聞かせた後の反応がこれ。呆れ果てたような軽蔑の目つきで僕を見ていた。ポッキーを食べる手すら止まっている。


「せっかくお見舞いに来たのにその反応は悲しいな」

「お見舞いでそんな話を聞かされる私も悲しいんだけど」

「ああ、そう……ごめん」

「まったくもう……」


 口直しと言わんばかりにお菓子を食べまくるみずきちゃん。昼前だと言うのによくそんなに入るなあ。

 この娘はこんなに強気というか、はっきりとものを言えるタイプだったんだな。最後(最初とも言える)に会ったあの時の様子からは少し予想外だった。


「……そっか。それじゃあ……今までの殺人の意味は『未来を視たから』と『未来視に逆らうと最悪の結末を迎えるから』であって、巳文字さんは自殺するためだけに動いていたんだね?」

「ドン引きしながらもそのまとめができるなんて賢いね」


 中学三年生相手に普通に感心した。


「そうさ。彼女は多分、事故に遭ってから精神年齢が止まってしまっていた。話していてそんな感じがしたよ。大きな事件を起こした人が別の人格を作り上げてそいつに全てを押し付けるみたいな話を聞いたことがある。結果的に被害を拡大させてしまった彼女は、それをすべて未来視のせいにした。自分のせいだと自覚できていたら、違う結末もあったと思う」


 いつか目覚めるもう一人の被害者と友達でいられたかもしれない。絶縁されるけれど二人とも生きていられたかもしれない。

 そんな仮定に意味はないけれど。

 僕は缶のミルクティーを手に取って、その甘さを味わってから思考をまとめる。


「やっぱり、彼女の行動は無意味だった」

「……少しだけ意味のある行動はあったと思う」


 みずきちゃんは視線を落とす。


「姫乃の家にさ、過去視を狙ったコレクターが来たんだよね?」

「うん? ああ、六月七日だっけ」

「過去視を狙わせたのは事故直前の戸道涼音さんの言葉を聞きたかったからじゃないかな。過去視を手に入れてさ……」

「あー……そうかもね。コレクターのあの娘は頭がおかしかったから失敗に終わったけど、最終的な結果として巳文字さんは薔薇から答えを得た」


 背負うなよ。

 他人の人生にまで気を張る必要はない。そんな言葉を事故の直前に言える戸道さんは、すごく友達想いなんだろうな。


「しかし、これだけ殺しておいて救われすぎな気もするな」

「でも、巳文字さんが事故を目前に何もしないという選択を取っていても、戸道さんはどのみち怪我をしていたんじゃない? その時も巳文字さんは『あの時こうしていれば』っていう後悔が残るよ。どのみちかわいそうなことになっていたんだから、私は救われてもいいと思う」


 簡潔に自分の意見を述べ、またベッドテーブルに散らしたお菓子に手をつける。

 その意見を聞いて、やはり法号つるぎが重なって見えてしまう。

 彼女ならみずきちゃんと全く同じことを言いそうだ。容易に想像できる。……それほど深く関わった覚えはないのだが。


「……君は優しいね」

「当然でしょ? 私はお姉ちゃんの妹なんだから」


 自信に満ちた表情は微笑ましいものだ。実際に微笑んでいるかどうかはともかくとして。

 しかし、ここまで状態が良いと当然疑問が浮かんでしまう。

 話題も尽きたことだし、僕はそれを口にすることにした。


「退院はいつ?」


 僕は正面切って言う。

 今更重々しい空気にする気はないが、多少は気を落とすだろうなと思っていたみずきちゃんの反応は僕が心配するまでもなかった。

 手を止め、瞳が揺らぐことなく僕を捉えている。


「明後日」

「早っ」


 情けないことに僕が動揺してしまった。

 男と話すだけで体調を崩してしまうような──それに自殺まで考えていた精神障害を負った少女が、こんなにも早くに回復するもんなのか?

 ジト目になるみずきちゃん。


「二ヶ月もあれば人は変わるよ?」

「二ヶ月……そうか。そうだったな」


 過ぎるのが早かったような気がする。

 同じことを繰り返すだけの人生だと体感時間が早くなるのは知っているが、多分僕の場合は別だ。

 新しい物事があり、それを苦痛と思わなかったから体感時間が早かった。

 まあ、怪我をすることに関しては苦痛でしかないけれども。


「意味のある時間だったんだな」

「私のお見舞いに全然来なかったしね。むしろ楽しい時間だったんじゃない? 何せ私を忘れるくらいに──」


 口に出してしまったことが災いして、みずきちゃんのめんどくさい点に火をつけてしまった。

 ネチネチと続く愚痴を中断させるべく僕は「君の今後は?」と割り込んだ。


「普通に学校に行くよ。高校も大学も行く。ママには女子校を勧められたけど……」

「当然だな」

「でも断った」

「……そりゃあ、なんともまぁ……」


 強気でいらっしゃる。

 若干引き気味の僕を置いてみずきちゃんは続ける。


「お姉ちゃんは私に普通であってほしいと願ってるだろうし」


 ぎこちない笑顔を僕に見せる。

 僕は「頑張って」としか言うことができなかった。多分、他に答えなんてないはずだ。

 みずきちゃんが小さく頷くのを見て僕は席を立つ。


「もう行くの?」

「うん。ほら、僕は高校生なんだ」ポロシャツをひらひらとさせる。「さすがに欠席するわけにはいかないよ」

「そ……じゃあ、今度は勉強教えてよ。私、結構遅れちゃってるから」

「僕は他人に教えられるほど頭良くはないんだけどね……まあ、分かったよ。今度連絡してくれ」

「連絡手段ないんですけど。ケータイ貸して」


 僕はパスワードのかけていないスマホをみずきちゃんに渡す。


「不用心……」

「見られて困るものが入ってないからな。重要なものといっても、たかが数人の電話番号だ」

「ロックをかけるには十分すぎるとおもうよ……。……あれ? ライン入ってないじゃん」

「それは入れてないからだな」僕は当たり前のことを言った。「基本ショートメールとかが連絡手段だから、電話番号を登録しておいて」


 ため息を吐いてからみずきちゃんは自分のスマホに僕の番号を、僕のスマホに自分の番号を登録した。

 しかしすぐには返さず、電話帳をじっと眺めている。


「どうした?」

「いや……知り合い少ないなあって思って。……あ、なんだか珍しい苗字がある。《吊》……へー、なんだかカッコ良さそう。あれ? というか──」

「いいや、カッコ悪いさ」


 僕はスマホを奪うように取ってからポケットに入れる。


「またね」


 逃げるように扉に向かう。しかし、取手に手を掛ける直前に「姫乃!」と呼ばれたら無視するわけにはいかない。

 僕は顔の右半分だけをみずきちゃんに向けた。


「まだ終わってないんだよね? 叶未さんを助けてあげてね?」

「……うん。すぐに助かるさ」


 扉を横に開け、そしてまた「それと!」と動きを止められる。


「約束。忘れないでね」


 遠目でも分かるくらいに頬はすっかり朱色になっていた。とろんとした目の奥は完璧に僕を捕らえている。

 もしも僕以外の人がこの笑顔を見れば、それは可愛い以外の意味を持たないことだろう。

 しかし、僕の場合は違う。


「忘れない。心から死にたいと思う時が来たら教えてくれ」


 そう言い残して病室を出る。

 扉が閉まる直前まで、彼女は僕から目を離さなかった。


「……病的だな。当然といえば当然か」


 家族の人にこのことを言ってなければいいな。

 さて。もうこの病院に用はない。面倒ではあるが今から学校に向かおう。

 と、病院を出たところで、同じく制服姿の井宮が居た。


「今いいか?」


 爽やかな笑顔に無言の重圧をかけるもあっさり敗北。流れに流された僕が次にやって来たのは近くの喫茶店だった。

 平日の昼前ということもあって、モダンな店内は空いており落ち着いた雰囲気がある。

 クーラーの効いた最高の空間で軽い雑談を交わし(というか一方的にされた)、注文した飲み物が届いてから本筋に入った。


「そもそもなんだけどさ、お前なんで僕があそこにいるって分かった?」

「今朝東条さんから鬼電があっただろ?」

「ああ、そういう……」


 そう。今朝から東条さんは僕の携帯を鳴らしまくっていた。

 内容は謝罪だった。


『昨日はごめん! 完全に寝ちゃってた!』


 薔薇をこちらへ寄越したことに対する謝罪。別に気にしなくていいことだ。むしろ結果的には良かったとも言える。その事を伝えたにも関わらず、彼女は意味のない反省をひたすらしていた。

 その時に、僕が今日病院へ行く事を伝えたのだ。


「そういうこと」


 と井宮は頷く。

 どうやらこいつにも電話が来たようだ。……となると桜内にもか。


「まずは礼を言おうと思ってね」


 それから井宮は頭を下げてから言う。


「ありがとう。少しだけまともになった気がするよ。藍歌のおかげだ」


 顔を上げた後の苦笑の混じった破顔は、いつもとは違って何か意味があるような気がした。


「俺は確かに人を殺せるようだ」

「お前が殺したわけじゃないだろ」

「いいや。俺には藍歌や愛海を止めるという選択肢があった。でもそれを選ばなくて——結果人が死んだ。ようは《見殺し》ってやつだよ」

「ふぅん……。お前にこそ戸道涼音の言葉が相応しい気がするけど……」


 法的には特にお咎めはないと思うんだけど……この責任感は見習いたくないな。


「そういえば、見殺しじゃなくて殺した張本人の早見さんはどうなるんだ?」


 巳文字烈子が死んだ後——僕と桜内、そして薔薇は井宮に帰されたので事の結末を知らない。

 ──いや、結末自体は巳文字烈子が潰れて終わりか。正確には後日談と言うべきだ。


「愛海の今後は表と裏を統合する最高機関であり、裏自体の最高機関でもある表裏協会によって判断される。まあ、あちらさんはいつも柔軟な対応をするから、なんともないと思う。……いや、むしろ讃えられるかもしれないな。なにせ表と裏の境界を無視して話題となった殺人鬼を殺したんだから」


 とにかく大ごとにはならないと言う。

 こいつが大丈夫だというのだから、きっとそうなのだろう。


「次にあの診療所にあった物だが……まず物置にはたしかに巳文字烈子の記録があった」

「記録……」

「退院後自分が何をして来たのかを詳細に残していた。流し切れていない魔眼もあったよ。精霊術の研究資料もあったな。こう言ったらなんだけど……アレは価値のある物だ。上手いこと他の機関が使うことになるだろうな」

「精霊……ああ、人間の精霊ね」


 巳文字さんの隣のベッドの死体たちを思い出した。


「精霊遣いになるためにあんだけの命が必要とはな」

「いや、アレは人間の精霊を創るためだけの儀式さ。ほら、巳文字烈子が魔眼コレクターを組織したのは数年前だろ? 死体があそこまで原形を保っていられるわけがないだろう」

「……なんにせよ、研究職の人たちを集めていたのは精霊遣いになるためか……。なあ、精霊遣いってやっぱりあんまり居ないのか?」

「ああ。魔法使いほどでないにしろ、貴重かつ危険な存在だ。監視対象になる場合もあるから正体を伏せている人もいるくらいさ。ほら、考えてみろよ。己の魂すらも精霊と化して他の生命に埋め込み操作すらしていたんだぞ? これだけでも危険性が分かるはずだ」

「たしかに……」


 巳文字さんが素直に死んでくれて良かった。


「それじゃあ……巳文字さんの手下とお父さんの湯逸ゆいつさんだ。彼らはどうなった?」

「…………目を抉った彼らは拘置機関に隔離中だ。司令長は……」


 井宮は露骨に不快そうな顔をする。

 湯気立つコーヒーに口をつけ、何かを誤魔化すように飲み込んだ。

 そして、いつもの爽やかさを取り戻す。


「司令長がやったことはなんだ?」

「え?」


 いきなりの問いに戸惑うも、僕はすぐに思考を走らせた。


「……っと、巳文字烈子が自殺の為に殺人を犯すことを知っていた──なのに止めなかった。それから魔眼コレクターの捜査規模の縮小だったり、しまいには打ち切り、そしてそれでも動こうとする心儀さんに監視を付けたり……だな」

「そうさ。最初の段階で遺棄罪になるかもしれない事すらしている。その後のことなんか考えるまでもなく辞職案件だ。だけど──人によっては『その程度のこと』でしかないんだよ」

「ああ……つまり、そういうことか」


 以前もあった、殺すだけでは解決しない問題。

 その後の損得を考えて行動しなければならないというようなことを東条さんは言っていた。


「今までの実績から巳文字湯逸を外すなど愚かなことこの上ない、これが彼らの出した結論さ」


 井宮はやれやれと肩を竦めた。

 僕も少し脱力する。

 キャラメルマキアートを口にしてから深くため息を吐いた。


「平等なんて都合のいい言葉って知っていたつもりだったけど……立て続けにこうなるとなぁ……」


 あまり気分は良くならない。

 まったくだ、と井宮は呆れたように笑いながら肯定する。


「でも、心儀さんが納得するとは思えないけど……」

「もちろん彼は納得していないさ。どんな会話をしたのかは分からないけれど、それでも妥協するしかないんだよ、きっと……大人ってのは。俺たちは子どもだから平等だの正義だのそういう安っぽい言葉を簡単に信頼してしまうんだ」


 僕は納得する他なかった。

 そういえば──巳文字の処罰を断言していた心儀さんに、東条さんは哀れみの目を向けていたか。

 東条さん……彼女は大人を理解している。あの時点でことの結末が見えていたからこそのあの表情だったのか。

 ……まだまだ掴めないな、あの人は。


「……と。俺はもう行くよ」井宮は腕時計に目をやり、慌ててコーヒーを飲み干した。「ここは俺が」


 伝票を取って席を立つ。


「どこに行くんだ?」


 制服を着ているが、この様子だと学校というわけでもないだろう。


「表裏協会に証人として呼ばれているんだ。一応公欠扱い。時間が余れば学校に行こうと思ったんだけど、多分無理そうだな」

「ふぅん。大変だな」

「昨日ほどではないさ」


 自虐的な笑みを見せてから井宮は出て行った。

 僕は脱力したまま、この涼しい空間でもう少しゆっくりしていようと追加で抹茶アイスを注文する。

 人が少ないことが原因で僕と井宮の会話は丸聞こえだったらしく、女子大生ほどの店員さんが白い目を向けていたので、結局アイスを食べてからすぐに店を出ることになった。


 そして学校に行った。

 正当な理由で遅刻したはずなのに浅沼先生はどういうわけか説教から入った。教師ってやっぱり理解できないな。

 とにかく、五時限目からのスタートだったのでこの日はあっという間にホームルームを迎え、そして終える。

 放課後の喧騒の中をいつものように颯爽と去ろうとする前にスマホが振動した。


『三階の休憩スペースカモン!』


 東条さんからだった。


「………………」


 行くか。

 階段を降りてすぐ近く、椅子やテーブルがいくらか設置されているスペースに東条さんが居た。……が、その周りには男女が数名おり、楽しそうに談笑している様子を見て、それでも割り込めるほどの勇気は僕にはない。

 一度上の階に戻り、談笑する声がなくなるまで待機。

 十分して僕はようやく東条さんの向かいに座った。


「遅いよ」

「……そりゃすみません」

「ジョーダン。ごめんね、気を使わせて」


 東条さんは席を立つと、すぐそばの自動販売機で飲み物を二本購入し、いちごミルクを僕に差し出して着席。一方で東条さんはブラックコーヒーだった。

 僕は軽く会釈しそれを受け取る。

 奢ってもらっておいてアレだけど……子供扱いされてる感がとてつもない。


「さて! 改めてごめんね。そしてお疲れ様! はい乾杯!」


 どうやら、桜内は昨日の疲労が回復していないとのことで即帰宅したらしい。

 つまり、この乾杯は侘しい打ち上げを開始する合図なのだった。


 ×


 部活動生が廊下で走る音や吹奏楽部の演奏が教室から漏れる音は僕らの会話をうまい具合に目立たなくしている。裏の世界の話を盗み聞きされる心配はなさそうだ。

 それで、僕は薔薇が眼鏡の代金を払う為にバイトをする予定だということを聞いた。


「幾らって言った?」

「五十万。ここら辺が妥当かなって。叶未ちゃんの気持ちが満足する値段」

「まあ、そうだね」

「ところでさ、眼鏡を買ってあげる条件──等価交換の内容を教えてくれない? 未だに予想もできなくって。どんなモノを叶未ちゃんに要求するのかな?」

「僕が未来でいつか困った時は絶対に手を貸せって言うつもりだった」

「……そっかあ」


 東条さんは半ば予想通りといったリアクションをした。

 頬杖をついて僕に笑顔を寄せる。

 ほんの少し詰められただけだけれど、僕にとっては身を引くには十分だった。


「いいね。縁を続けようって姿勢はすごくいいよ。姫乃くんらしさが変わってきている。勿論良い方向にね」

「…………僕だけの意志じゃないさ」


 それは言霊だったり、記憶に残り続ける彼女だったり、あるいは別の何かだったりするのだろう。

 それを僕らしさとして取り込めるかどうかはまだ分からない。

 でも──自分らしさというものを未来視に委ねて死んだ彼女のようにはなりたくない。僕は自分の意思で、自分の好きなタイミングで死にたい。

 今回の事件がある意味では僕の背中を押してくれることになるだろう。


「東条さん……お願いが──」

「いいよ」


 断らないんだろうとは思っていたけど……まさか内容も訊かずに承諾してくれるとは思わなかった。

 本当に他人に甘い人だ。


「薔薇の家族のことなんだけど」

「あ──うん、なるほど。あまり穏やかではなさそうだもんね」


 薔薇が東条家に滞在していた時に何かしら話したのだろう。

 しかし、それでは足りない。僕は未来視で視た薔薇の過去を東条さんに伝えた。


「つまりは、薔薇家をなんとかしてあげたいってことだね」

「まあ、そんな感じ。この関係を修復するにはどうするべきなのかな?」


 僕は訊いた。

 薔薇の家族に対する考え方は僕に似ている。だからこそ、これに関してはまったく解決策というものが予想できない。


「そんなの簡単だよ」


 びしっと人差し指を僕に向ける。


「嬉しい夢を見たら嬉しい。悲しい夢を見たら悲しい。つまり、それだけのことなんだよ。『嬉しい記憶』を見せてあげたらいいだけ」

「…………」


 記憶を夢として見せることができる魔術があるのは今のでわかった。

 けど、嬉しい悲しいについてはよく分からないな……。


「その顔……納得してないって感じだね」

「……夢を見て起きたとして、その後は現実とは無関係だって切り離すのが普通じゃないの?」

「家族のことならありえないよ……って断言したいところだけどなぁ。たしかに『どうでもいいことだ』って切り離すかもしれない。そうなったら諦めるしかないね。昔に『子育てとペットを飼うことは同義だ』と豪語している人がいたよ。ようは飽きることがあるってことだね。決して多くはないけれど、そういう人はたしかに存在するからね」

「勝手な話だ」


 うん、と深く頷く東条さん。

 そう……あまりにも勝手すぎる。意識のないうちに生を授けられ、それでいて放棄されるなど、生まれた側からしたらたまったものではない。


「それで……夢を見せてやるにはどうすればいい?」

「術式自体は簡単に作れるけど、材料の一つに叶未ちゃんの思い出とそれの抽象となるものが必要になるから、明日にでも叶未ちゃんに話を聞こうか」

「……? 今日じゃだめなの?」

「早速バイトの面接を受けに行くって」

「行動力すげえな……」


 しかしそれならば仕方ない。今日やることといえば帰って寝るくらいだ。大事なことは明日やって、その次にはまた寝るだけ。事件がない間くらいはそんな怠惰が続いてもいいだろう。


「帰ろっか」


 缶をゴミ箱に捨て、階段を降りる寸前で東条さんは立ち止まる。

 ほんの少し間を空けてから彼女は金髪を泳がせながら振り返った。


「他人は好き?」

「────」


 期待の籠った眼差しをしていた。それは僕に向けられているようでもあったし、僕の後ろに向けられているようでもあった。もちろん僕の後ろには誰もいない。それが意味することは分からない。

 本当に──分からない。

 この人が何を考えているのか。

 知ることはないだろう。

 正体不明のこの予感は、きっと、確信に変わることはない。

 しかし、東条色奈──この人に悪意というものは微塵もない。

 だから僕は素直に考え、最大限に質実な答えを見つける。

 思えば桜内と似たような問答をしたな。


「嫌いじゃないよ」

「……そっか」


 良いとも悪いとも言わず、東条さんは微笑んで頷いてから悠然と歩みを進めた。

 別の誰かを投影することに嫌悪感を覚えながらも、僕は彼女の背中を追う。

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