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無彩色の願望  作者: 哀川
第三章 死線の過去

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三十三話 追う者

 巳文字烈子、二十三歳。魔術対策機関妻城支部総司令部長巳文字湯逸の一人娘。

 先天性の未来視所有者であり、表世界の住人だが、幼少期に巳文字湯逸のコネで研究機関にほんのわずかだがアルバイトをしていたことがあるらしい。

 六年前に交通事故に遭い脚部に障害を負う。

 半年以上のリハビリを経て杖ありきの歩行を可能としたが、脚部の麻痺は残ったままとのこと。

 そしてその後——

 記録はどこにもなかった。


「退院と同時に高校を退学したんだ。それっきりさ……巳文字烈子はどこかへ行った。不穏な過去があっただろうな」


 直接家族か本人に訊くしかないだろうと心儀さんは言う。

 過去に何があったところで彼女のしでかしたことは変わりないのだけど。

 しかし、と続ける。


「俺たちがやることは変わらない。相手がお偉いさんだろうがその娘だろうが、表裏協会の規定に基づき処罰する。どれだけ悲惨な過去があろうと変わることはない」


 半ば独り言のように聞こえる。

 井宮は安堵の顔をしていた。自分の尊敬に値する人間がブレていないことに安心したのだろう。

 けど、東条さんはそうでもなかった。哀れむような、そんな顔。

 ……誰を哀れんでいるんだ?

 そんな疑問を当然口にすることはなく、少しばかり無言の時間が続いて、それから心儀さんが立ち上がった。

 怪訝な表情のまま窓際に立つ。


「俺はここを出たらすぐにまた監視がつくわけだが……このまま巳文字司令部長と直接話に行く。真っ向勝負さ。お前らは——」


 井宮、僕と視線を巡らす心儀さん。

 少し迷ってからこう言った。


「まずは例の診療所に『巳文字烈子が存在する』という事実と『診療所には精査すべきモノがある』という事実を持って帰ってきてほしい。しかし自分らの命を最優先にしろ。完了次第即撤退だ。巳文字烈子はそのまま放置する。本当の意味でコレクターという組織を潰すならば、魔眼の流通経路やら何から何まで潰す必要があるからな。で……あの二人はどうするんだ?」


 あの二人——桜内と早見さんか。

 桜内は単純に自分よりも強い相手に打ちのめされて不貞腐れているだけだろう。

 しかし早見さんはどうだろう。友人の目が抉られた直後だし……。


「……あ」


 と、僕は間抜けな声をつい出してしまった。

 この場にいる全員が顔を曇らせている。

 そう——片瀬由奈はついさっき自殺した。

 忘れていたのか? あんな出来事を? 一日も経たずに? 少し話してみたかったんじゃないのか?


「……、……」


 薔薇が不思議そうに僕の顔をのぞいていた。

 僕は逃げるように心儀さんに顔を向ける。


「桜内はともかく、早見さんはもう巻き込めないでしょうね。もしも黒幕の居所が割れたと知ったら真っ先に殺しに向かうでしょうし」

「ああ、そうなるだろうな」


 井宮が同意する。


「これは殺すことで終わるような話ではなくなった。殺さない……殺させないさ、もちろん。この問題から逃げるつもりもないし、そして相手を逃すつもりも毛頭ない。今日全てを終わらせる——それだけなんだ」


 自分が殺さないための言い訳のようにも聞こえる。


「俺たちで拘束できるようであればやりますけどね。しかし、総司令部長の娘となればそう簡単に終わる話でもないでしょう」

「いや、本部に告発すると脅したらさすがに揉み消すなんて無謀なことはしないはずさ。あの人が今の地位を失ってまで娘を大切にするような人には思えんよ、俺には。彼が動かせるのはせいぜい妻城支部だけだろうし、『他』を巻き込んで話せば簡単に行くだろうさ。ただ、その説得——脅迫とも言うか。その間に証拠という証拠を消されたらおしまいだ。だから、確実に奴らが詰む状況を作る」


 心儀さんはドアまで移動する。手すりに手をかけて出て行く直前に繰り返す。


「診療所の住所は後で連絡する。今回の作戦はドラクエでいうところの『いのちをだいじに』だ。間違っても前回のように対峙するなよ。それで状況が進むことはないからな。こっちの誰か一人でも欠けたら負けだ」


 井宮は頷き、僕は特に反応をしなかった。

 しかし心儀さんは満足したようで、颯爽と東条家を後にした。


「よかったね」


 静寂の中、色奈さんは薔薇に向かって言う。

 確かな優しさと柔らかさが含まれた声色だった。


「こんな生活ももう終わりだよ」


 × 薔薇叶未


  さて。

 先程まで家にいた彼らは黒幕を捕まえに行きました。心儀心火さんはどうやらこの家を出たら監視に見つかってしまうようで、少し回り道をしてからになるそうですが。

 いやはや、本当にすごい事態です。まさか魔眼コレクターという犯罪組織の黒幕さんが二十三歳のお姉さんだなんて、一体誰が予測できたでしょう。


「…………言ってる場合か」


 ボソッと呟くと、隣を歩く色奈さんが「うん?」と反応した。

 現在、私たちは夕飯の買い出しに近くのスーパーへとやって来ている。カートを押して歩く間、私はずっとコレクターさんのことが頭から離れないでいた。

 引っかかる、と言う気持ちとは少し違う。

 嫌な予感、というわけでもないと思う。


「どうしたの? 難しい顔しちゃって」


 周囲の喧騒に掻き消されるはずの私の声を、この人は当たり前のように耳に入れる。

 そう……色奈さんは私を護衛してくれているんだ。

 こうして私が気を抜いて考え事をしている時も、色奈さんの家で眠りについている時も、色奈さんは常に気を張っている。

 しかし、そんな生活ももう終わりだと色奈さんは断言した。

 だから終わり——なんて切り捨てれるような話ではない。

 私は一生をかけてもこの人……いや、この人たちに恩返しをしなければならない。


「なんでもないですよー」


 次々とカゴに食品を入れる色奈さんに答える。


「そう? それで、どうしたの?」

「うへぇ……」


 さすがにお見通しって感じだぁ……。

 私は大人しく正体不明の蟠りを話すことにした。


「……色奈さんは問題の解決を確信してますけど、私はなんだか不安なんです」

「不安?」

「はい。あ、解決するしないの心配じゃなくて……多分それより後——いや、前なのかな? うぅん……すごく言葉にし難いです……」


 文系脳をしている癖にこの語彙力のなさはすごく恥ずかしい……。

 色奈さんはにこやかなまま私の言葉を待つ。

 本当に優しい人だ。まるで家族のような温もりを感じさせてくれる。……自分の幸せしか頭にないあの人と入れ替わってほしい。


「ふぅん……ま、気にしなくていいと思うけどね。直感なんて外れるものだよ」


 と、再び少し先を歩く色奈さん。

 背中を向ける直前、少し表情が硬くなった気がした。瞳なんかは特に険しいように見えたけれど、それもまたただの直感かもしれない。

 だから私はとりあえず全て勘違いなのだと納得することにした。


 ×


 約二週間のお泊まりは今日でお終い。

 ご飯を食べてお風呂入ってゲームして勉強してお喋りして——そんな当たり前のことをしているだけなのに、それが特別なことのように思える日は今日で終わってしまう。

 名残惜しいと私は思う。

 でも、色奈さんからしたら迷惑でしかないんだろうな……。

 午後十一時——私はベッドに眠る色奈さんを布団から見上げる。

 ……知っていた。この人がこの二週間近くまともに睡眠をとっていないことくらい。

 けど、聖人なだけでこの人も人間。さすがに今日は寝息まで聞こえるほどに熟睡している。問題解決を確信しているから安心しているのだろう。

 なら今日は私が起きて気を張っていよう。……私は戦えないけどね!

 ……………………………………で、十分くらい経ったところで睡魔が総攻撃を仕掛けてきた。

 頭の中の防波堤なんて意味なし。拒馬なんて一っ飛び。

 何考えてんのかな、私。

 まあいいや……色奈さんが問題解決を確信しているんだから、私もそれを信じればいいだけ。

 今までの恩はなんとかして返すとして、今は睡魔に呑まれよう。


 ——と、その時だった。

 私の意識が覚醒する。

 無数のテレビが——しかも別番組で一瞬の間に頭の中に放り込まれた感覚。

 時間の流れが曖昧になる。

 それらはたしかに一瞬のうちに流れ込んできたのだけれど、一秒一秒の全ての記録を鮮明に記憶している。


「…………」


 それを視て、私はそっと立ち上がった。


「色奈さん……?」


 小さな声で囁く。

 よし、間違いない。これで起きないということは、この人は本当に久しぶりに睡眠という睡眠を行っている。

 足音一つ立てないように部屋を出る。

 リビングで部屋着に着替え、家を出た。合鍵で扉を閉めて走り出す。

 ごめんなさい。

 怒られるのは分かってます。

 もしもこれで私が殺されちゃったら、全ての人の全ての行為が無駄になっちゃう。

 でも、私は話したい。

 彼女に教えてあげたい。

 彼女が人殺しという事実はもう変わることはない。罪は償わなきゃいけない。償ったとしても許されないかもしれない。

 けれど、少しくらいの救いがあってもいいと思ったんです。

 自己暗示にも近い言い訳を並べながら私は走る。

 昔の私はいつも誰かの為に走っていた。そして誰かの為に転んだし、誰かの為に立ち上がっていた。

 過去視を持ってからそれが愚かな行為なのだと理解した。人には必ず真っ黒い『裏』があるから。

 過去の自分を切り捨てて、

 藍歌先輩に今を全部押し付けようとした。

 お母さんと同じ自己中心な考え方。

 でも、こうして私が走れているのは、まだ救いがあるからなんだと思う。

 過去を見て……そして動いて、また後悔するのかもしれない。

 しかしそれは、私と同じで善意で動いていた人を見捨てる理由にはならない。


「はあ、はあ……怖いなあ!」


 息を切らしながら声を出した。

 偶然視界に入った前方の鳩に追いつこうとするほどの思いで地面を蹴る。

 無論、追いつけるわけがなかった。

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