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無彩色の願望  作者: 哀川
第三章 死線の過去

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第二十五話 視点

 明日川睦太。八つ当たりに人の顔を殴る狂人。閲覧の未来視を所有しており、変更不可能の絶対的な結果を見据えることのできる気の弱そうな男。幼馴染の死を閲覧しつつも、しかし自分ではなんらアクションを起こそうともしなく、どころかその場に居合わせた僕に暴行を加えた過去がある。

 二度と話すことはないと思っていた。

 けれど、異分子である明日川くんはここに居る。


「一体どういう状況なんだ……?」


 食堂から戻ってきた井宮が桜内の背後から顔を覗かせる。見たことのない困惑顔だ。

 うげ、と桜内は露骨に嫌そうな反応をする。


「タイミングぅ……あんたはもっとゆっくりしてなさいよ」

「桃春。説明してくれ」

「…………」


 今度は桜内が困る番となった。きっと、明日川くんの未来視の存在を隠したままでどう言った説明をするべきかで悩んでいるのだろう。

 ——魔眼を宿している人間は、自覚がなければ無意識のうちに眼球辺りに魔力が集中するらしい。しかし、魔力のコントロールが可能となった者は魔力を全体に分散することで《魔眼所有者》という事実を隠すことができる。

 明日川くんは以前話した時に魔眼のことは隠しているようだったし、そもそもこの街には魔眼コレクターがいる状況だ。無意味に公言はしたくないだろう。

 井宮に早見さん……どれだけ信頼や実績がある人間だろうと、明日川くんは心を許すことができない。彼は親にすらその存在を隠し続けているのだから。

 いくら鬼のような荒んだ性格をしている桜内といえども、魔眼持ちに対する配慮はできるらしく——


「以前の依頼で色々あったの! 加害者Aと被害者A!」


 超抽象的な言い方で誤魔化した。


「色々……」


 井宮は明日川くんから僕に目を移す。僕は小さく頷き、桜内の説明以下の何かが正しいことを示す。


「それで、誰が何をどうするんだ?」

「あいつが」と桜内は僕を指差し、「明日川をグーで殴る」と言った。

「あのなあ……。桃春、そろそろ他のやり方というのを……」


 二人は言い合いを始める。これは喧嘩じゃなくて、早見さんのいうところの『意思の衝突』みたいなものなのだろう。

 早見さんが小声で僕に尋ねる。


「このヒョロガリは?」

「明日川睦太くん。Aクラス……早見さんと同じはずだけど?」

「あんたはクラスメイト全員の顔を覚えているのかい?」

「……二、三人なら覚えてる」

「つまりそういうこと。私も二、三人しか知らない」


 納得させられてしまった。

 そうか……以前の潜入調査時に早見さんがクラスに居た気がしなかったのは他人への無関心が理由か。そう言った点では僕と早見さんは似てるからな。


「それで、この状況はどうするつもり?」

「僕に訊かれてもな……」


 出入口付近では二人が揉めているし、中央では明日川くんが尻餅をついたまま二人に唖然としているし……。


「瞬間移動する魔術はない?」

「空間圧縮なら開発段階にあったハズ」

「え……」


 そんなのあるんだ。


「魂転移なら器があるなら簡単なんだけどね。もしくは樹にぶち込むか」

「魂はいいや……」


 そのワードだけで彼女の悪意ある笑みを連想してしまう。これは僕の心の弱さよりも彼女の悪辣さが原因だろう。

 ああ……畜生。僕はまだまだだ。彼女に影響されまくってるじゃないか。

 イライラしてきたな。


「俺が桜内さんから逃げていたのはたしかだけどさ……」


 明日川くんが言う。彼なりに声を張っていたので、入り口の二人は言い合いを止めた。

 彼は立ち上がって畳を見つめる。


「藍歌には会うつもりだったんだよ。言い訳に聞こえるかもしれないけど……桜内さんが、その……」

「は?」


 キレる桜内。


「いや、なんでもないです……」


 一層弱々しく明日川くんは言う。

 ……しかし次の瞬間、彼は何か確かな意思を含んだ目つきに変わる。そしてそれを僕に向けた。


「まずは俺を殴ってくれ。本題はそれからだ」

「分かった」

「ま、迷いがないな……」


 返事をするのに一秒と開かなかっただろう。

 大きく五歩で彼に詰め寄り、右の拳を硬くする。顎にするか頬にするかで少し悩んで、頬にすることにした。殴る側も痛いということは早見さんとの特訓でよく理解できているので、強化の概念を右拳に宿し——

 思い切り右腕を振った。

 一応歯が抜けないように調整したつもりだが、明日川くんは「ヴァッス!」と意味不明かつ情けない声をあげて倒れ込んだ。


「え? え? 俺ってこんな強く殴ったっけ?」


 口元を押さえながら涙目を僕に向ける。よく見ると指の隙間から僅かだが出血が見える。どうやら口内が切れたみたいだ。


「僕は頭が切れたんだけどね」


 まあいいや。

 早見さんの隣に戻り、入り口で揉めていた二人に視線だけを向ける。

 桜内は満面の笑みで親指を立てていたが、井宮は沈んだ顔色だった。

 どっちがマシなのかを考える。

 うん……間をとって早見さんの俯瞰的姿勢が最高だ。


「そんで?」桜内が明日川くんの近くまで足を進める。「本題ってのはなに?」


 訊くと、彼は口元を拭って黙り込むこと三秒。何かしらの念を振り払うことができたようで、明日川くんは言った。


「うちの生徒でさ、魅了の魔眼を持った女子がいるんだ。……早見さんも知ってるだろう? 同じクラスの片瀬かたせ由奈ゆなだよ」


 早見さんは頷く。

 そういえば、以前魅了の魔眼の持ち主の話を早見さんから聞いた。恐らく同一人物だろう。


「片瀬……?」


 井宮が何か考え込むように呟くと、早見さんはどういうわけかとても不快そうな顔をした。


「彼女が殺される未来を視た」


 ……あまりにも簡素な言い方の割に、その内容は常軌を逸していた。


「君たちは魔眼コレクターを追っているんだろ? それも視たよ。微力ながら情報提供をしようと思って……」


 不愉快そうな顔をしている井宮と桜内……そんな二人よりも印象的なのは隣の早見さん。

 彼女は片足を踏み出して訊く。


「あんた、未来視を持っていたんだね。……タイプは?」

「閲覧」


 世界の結果だけを俯瞰する、超能力と同列に語られる魔眼。

 それを聞いて早見さんは顔面を手で覆った。指の隙間から覗く見開いた眼球から連想される感情は、とてもこの人には似合わないように思う。

 少しして、早見さんは中身が空っぽになったように重みを感じさせない足取りで出て行った。


「片瀬由奈……知ってる。以前の潜入調査で少しだけ話したことがあったわ」


 桜内が小さく続ける。


「内気な奴だけど人当たりはよくってさ。学園内で愛海と話していたのを見かけた……」


 つまりは友人だと……唯一顔を覚えている二、三人の内の一人と言うことだろう。

 その人が死ぬことを告白された。

 ああなるのも無理はないか。


「ねえ、閲覧の結果って本当に手のうちようがないの?」


 桜内は悲痛の表情を浮かべて井宮に問う。


「……この世界ではその場面は確かなものになる。どんな妨害も無意味だ。世界に勝てる人間なんて居ないんだから」


 明日川くんは法号さんが死ぬ瞬間に僕が居合わせている未来を視た。それは僕が偶然にも熱を出して部屋で休んでいて、これまた偶然にも法号さんが怪しげに出歩いているところを発見したから。

 ……こうして振り返ってみると、どこか僕と法号さんはただの《駒》にしか思えない。

 いや——操っているモノが世界なら、それは僕と法号さんに限った話ではないのだけど。

 誰もが一度は思うはずだ。自分は世界の舞台装置以下のものでしかないのでは、と。

 ……だとすれば?

 別に、それだけじゃないか。


「コレクターが現れる場所を知れただけで重畳だ」


 井宮は取り繕うような笑みと共に言うけれど、硬く握られた拳がそれを無意味にしていた。

 その後。

 明日川くん曰く、隣の市の線路下であるとのことなので、スマホのマップアプリを使って位置を特定した。本当に便利な時代だ。雲ひとつない天気から二十日土曜日と断定。

 片瀬由奈が死ぬ位置など、ざっと情報整理が終わると、明日川くんが格技室を出る直前に言った。


「藍歌。できたらみずきに会ってやってくれないか?」

「行けたら行く」


 適当な答えを聞いてから彼は出て行った。その時に微妙に口角が上がっていたのが気になったけれど、今の状況を考えるとそれは些細なことでしかない。

 井宮と桜内が色々と話を進めている中、僕はその横で別のことを思考していた。

 桜内は片瀬由奈と面識はあるが友達ではなさそうだし、井宮は僕同様に面識なしだろうか……?

 けれども二人は彼女の確定した死に悲しみを覚えている。

 対して僕は変わらず無感動のままだ。言霊が作用していても尚変化の気配はない。

 いや——今回の一件を投げ出さなかった時点で多少の変化はあるか。

 僕が僕でなくなる為の一歩……いや、もしかすると二、三歩はとっくに踏み込んだ後なのかも知れない。

 普通はどうなのだろう。友達の友達が死ぬことが確定したら辛くなるものなのだろうか。お世辞にもこの空間に居る人間は《普通》とは言えないから基準が分からない。

 二人が過剰なのか、一人が異常なのか。

 それすらも、僕にはわからない。

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