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無彩色の願望  作者: 哀川
第三章 死線の過去

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第二十一話 愚者の過去

 薔薇叶未の不幸は小学六年生、正確には十二歳の頃から始まった。

 それまでは文句のつけようがないほどに幸せを堪能していた。

 父親や母親に愛情を注がれ成長し、その結果として、人一倍の正義の心を持った。疎外や虐待が目に入れば事を解決の方向へと導き、縁のない人相手にも奉仕精神を忘れない。

 そして常に笑顔を振り撒くことから、一定数には『天使の生まれ変わり』と称されていた。叶未自身、なんて大袈裟なのだろう、とその評価には眉を顰めることが多々あったが、それでも悪い気持ちにはならなかった。

 しかし、その正義の心が。

 一切穢れのない純白の心が、後に自身の首を絞めることになる。


「どうして⁉︎ どうして黙っていたのよ⁉︎」

「どうしてだぁ⁉︎ おまえに! お前にも、俺の気持ちがわからねえってのか⁉︎」

「分からないわよ! 分かりたくもない! 誰にも分からない! 誰にわからせてなるものですか!」


 そこまで面積のない一軒家で突如として起こった喧嘩に叶未は家が倒壊してしまうのではないかと錯覚した。

 自室で寝ていると聞こえた怒声に彼女は怯えた。

 初めて聞く両親の怒り。それは叶未が悪魔にでも乗っ取られたのではと考えさせるほどだった。

 やがて、母が号泣を始めて父は黙った。

 それからの展開は本当に早かった。

 次の日の昼過ぎに叶未が起きると、家には父親が居た形跡がなかった。


「叶未」


 疲れ果てた声で、叶未の母、薔薇道花は言った。


「お父さん……いいえ、『  』さんね、捕まったから。それと、おばあちゃんも死んだから」

「——え……?」


 虚な目をした彼女は、小学六年生にそう告げた。

 微塵も配慮のない言葉に叶未は当然衝撃を受けたが、それはきっと母親ほどではないのだろうと彼女は思った。

 事実を受け止める以外に何ができるわけもなく、叶未は


「わかった」


 と涙を堪えていった。


「大丈夫よ。叶未の名前は私が付けたから。あの人は、何にも関係ないわ」続けて道花は言った。「お父さんのこと、調べたらダメよ。記憶から消しなさい」


 叶未は後者は不可能だとしても、前者は努力しようと思った。

 そして、時は流れる——


 叶未は中学一年生になった。

 女手一つで叶未を育てられる現実に焦点を当て、叶未は学問に専念することにした。私立など論外、目指すは妻城市でも上位の公立高校だ。

 勉強に精を出すようになった叶未を不思議に思った彼女の親友、灯火花と榊麻衣美は事情を知らない。


「なんか、かわったよね、いばらん」

「最近は遊ぶことも減ったしねぇ。火花、なんか嫌われるようなことした?」

「してないもん!」


 休み時間には叶未の知らないところでそのような会話が繰り広げられていた。

 そして冬になり——母親が四十代ほどの交際相手を家に招いた。

 突然家に挨拶にくるものだから、叶未はどうリアクションをするのが正解なのか分からなかった。

 母親は一刻も早く『頼れる存在』が欲しかったのだろう。娘の為を思って再婚を急いだということもあるかも知れない。

 しかし、叶未はそんな思いはどうでも良かった。

 相手の雰囲気が『  』に酷似していることだけが気掛かりだったのだ。

 壊れかけの母親。

 そこに現れた新しい父親。

 どれだけ人柄が良いとしても、本人にどんな過去があるかは分からない。人は見た目で判断できない。

 その日の夜、叶未は部屋で決意した。

 ——父の過去を知ろう。

 知ったところで現状に変化が訪れるとは思えない。

 しかし、知らなければならないという使命感が——或いは暴力的なまでの衝動が叶未を支配した。

 携帯で『    』と名前を検索するとすぐにヒットした。

 そして、記事を読み——


 吐いた。

 嘔吐した。


 お腹を空っぽにした後には声にならない声を上げた。

 顔を掻きむしり、胸を掻きむしり、目を潰そうとした。

 そして、あの時の母親のように涙を流した。

 父親は道花の母と肉体関係にあったのだ。その上認知症となった道花の母を殺害した。

 記事には事細かなことが書かれていたが、叶未はこれ以上読む気になれなかった。

 気持ち悪い。ただ気持ち悪い。


「あいつ……! あいつから私は生まれた……!」


“この親から生まれた子どもがいるという事実”

“これ家族発狂じゃすまんだろ”

“子ども事情知ってんのかね? 理解してたら大人になって自殺するやろな”

“奥さんの母親を愛する→肉体関係に→認知症になる→自分のことを忘れられ悲しくなって殺害。意味不明すぎ”


 ネットの書き込みが目に入り、叶未は乾いた笑みを浮かべた。悔しいと思ったところで過去は変えられない。何もかもを吐き出したところでその存在が変わることは決してない。

 全てがゼロになればいいのに。

 叶わぬ願いを未来に想い、叶未は目を閉じた。


 ×


 人は見た目が大半を物語るという言葉に、叶未は素直に頷くことができない。

 可愛い少女ならば人を殺せないのか?

 清潔感があり性格も非の打ち所がない美人なら人を殺せないのか?

 それは違う。

 過去を知らなければ——視たことがなければ、そんな無責任な発言はできない……それ以上にしてはいけない。

 どうして過去を知る方法がないのだろう。

 どうして人を知るには過去を視るしかないのだろう。

 叶未は夢の中ですら、そんなことを考えていた。

 そして——彼女は地獄を視る。


『どうして私なんですか⁉︎』

『そりゃあ、君が可愛いからさ』


 叶未は起床する。

 午前八時。

 驚愕と憤怒に目を見開き、そのまま一時間静止していた。

 悩み、悩み、悩み、その結果——彼女は

 十時に決意した。


 ×


 リビングには母の交際相手がいた。

 一人椅子に座って新聞を読んでいる。


「ん」


 叶未の存在に気付くと、彼は穏やかな顔を向けた。


「おはよう。叶未ちゃん」

「おはよう、ございます……。えっと……」


ほころびだよ。綻荘柵ほころびそうさく」新聞を畳んで手招く。「少しお話しでもしないかい? ほら、将来的には……というか、もう少しで僕らは親子になるんだから」

「……、……。お母さんは?」

「入れ違いになって、さっき出ていったよ。買い物だってさ。俺もいくって言ったんだけどね。なんだか挙動不審だったのが気掛かりだよ……」

「そうですか」


 叶未は彼の正面に座った。


「あの、綻さん。一つ質問していいですか?」

「一つじゃなくていいよ。何千でも、僕を知るために質問して」

「いいえ、一つでいいです」


 強気に出る叶未に対して彼は首を傾げて反応する。


「綻さん。あなたは……人を売ったりしてませんか?」

「……えっ」


 叶未は彼から目を離さない。

 荘柵は彼女から目を離さない。

 真剣と真剣の衝突に折れたのは荘柵だった。


「えぇー……足は着かないようになってるはずなんだけど。そんくらい洗ったからね、足。偶然の目撃者ってやつ? マジかよおまえ……」

「あなたやっぱり!」


 叶未が立ち上がるより先に荘柵の手が伸びた。

 叶未の頭をしっかりと掴み、そして全体重を乗せてテーブルに叩きつける。


「いっ……!」


 頭部に広がる痛みに溢れる涙を見て荘柵は「あれ?」と首を傾げる。


「鈍ってんのかな。焦る焦る」


 立ち上がり、叶未の首を絞める。

 彼女が意識を失うまでに十秒と掛からなかった。


 ×


「てーん、てーてーてー、てーてーてー、てーてーてーてーてててーん」


 陽気な声に叶未は起こされた。

 朦朧とする意識の中で理解できたことは、後ろ手に拘束されていること、足首まで拘束されていること、ここが車内であること、そして窓の向こう側には木が流れているだけであること。


「あ。おはよ」


 荘柵は言った。


「このワゴンだってさー……道花さんの為に買ったんだぜ? これだけじゃない。他にも色んなもん貢いでようやく振り向いて貰ったんだ。だから、ガキ一人に無駄にされるわけにはいかないんだよ」

「あなた本当にお母さんのこと好きなの⁉︎ 私はお母さんの子どもなんだよ⁉︎ それなのに殺すの⁉︎」

「そりゃあ俺だってこんなことしたくないけどさ。優先順位ってのがあんだよ。それに叶未ちゃんは俺の子どもじゃあなくて、あの犯罪者の子どもだからね。クソ程の思い入れもねえよ」


 荘柵は唐突に大きな笑い声を上げた。

 彼の気分の落差に叶未は恐怖する。


「ああ、やばいやばい……こういうの久しぶりだ……。緊張するわぁ……」

「どうして……どうして、こんな事を……いいえ、あんな事をしたの?」

「どうして、か……語るまでもないほどに単純なんだけどね。叶未ちゃん、君は人が働く理由はなんでだと思う?」

「……お金を稼ぐため?」

「そ。その為だけに金をかけて学問に全てを賭けて、公務員になったとしても年収六百万とかでしょ? もっと低いかな? よく分からないけど。それでいて、給料以上に働かなきゃ殺されるでしょ? 本当にアホくさいよ。金を稼ぐ方法なら無数にあるのに、どうしてわざわざ面倒な方法を選ばなきゃいけないんだ」

「…………わたしを、売るの?」

「ははは!」荘柵は笑った。「馬鹿言うんじゃないよ。足を洗ったって言っただろ? この世界じゃ僕が犯罪を起こした過去はそう簡単に見つけられるものではない。それくらい神経質に後処理をした……はずだったんだけどなあ……」


 バックミラー越しに彼と目が合う。

 自分の死を予感している自分を、心底不思議そうに眺めていた。

 ——肝が据わっているな。そう言いたげだった。どこまでもムカつく男だ。叶未は反撃に出る。


「わたし、過去を視たの」

「は?」


 突然の告白に荘柵はまたも嗤う。しかし叶未は真剣な態度で続ける。


「あなたが女の子を誘拐して、怪しげな男に引き渡す過去。テレビを観ているようだったし、その場に居た感じもしたし、少女の視点でも、あなたの視点でもあったような気がするの」

「正夢ってやつかな?」

「ねえ……『どうして私なの?』って質問に『可愛いから』って答えたことはある?」

「そんなの——……まるで超能力だなあ。それとも魔法? なんにせよ、どうして確認しちゃうかなー。黙ってりゃ殺さなかったのに。そして、幸せになっていたかもしれないのに」


 まあいいやと荘柵は吹っ切れたように嬉々とした顔を浮かべた。


「君を殺したら万事解決だ! 道花さんとのいちゃらぶ生活が待っている! 夜には毎日制服着てもらうぞ」


 気持ち悪い。

 殺したい。

 悪意と敵意だけが叶未の頭を支配する。

 十分ほどして車は揺れを激しくする。そしてさらに二十分程度が経ちようやく停車した。

 森の深まった場所。開発途中の工事現場だった。一帯の木が切り倒され、地面をある程度均されただけのその場所には当然人影はなく、人を殺すにはうってつけの場所と言える。

 セカンドシートに横になっている叶未は、ドアが開かれていよいよだと自覚した。

 ——お願い、間に合って。

 目を瞑ってそう祈った。


「さて」


 荘柵は乱暴に叶未を地面に投げる。頭から地面に打ち付けられ、叶未は思わず声を上げた。痛みに悶えるも涙は流さず、ひたすらに荘柵を睨みつけている。

 そんな彼女の視線を無視して、荘柵は陽気な足取りのままプレハブまで足を進めながら言う。


「ここは俺の友人の山でね。今はこんな感じで何もないけど、そのうちに家を建てるつもりらしいんだ。結構大規模らしい。あいつの性格を考えると、結局は三日坊主で終わりそうだが。ま、それまでここがどんな使われ方をしていたかっつーと、別の仕事でね……人を埋めていたんだよ。二、三人だけど」


 ドアを開き、荘柵はどれにしようかと悩んで数秒、道具を片手に叶未の元へと戻った。

 そして、叶未は目を見開く。

 錆びついた六寸ほどの鉈は、叶未の声を奪うのには十分すぎた。


「俺のこと、他に誰に話した?」

「だ、誰にも話して、ない」

「嘘つけよ! おまえ動揺してるじゃねえかよ!」

「そんな物近づけられたら誰だって動揺するって!」


 震えつつも声を荒げる。確かな死を近くに感じているが故に、自分が最大限に生きていることを自覚する。

 出過ぎた作戦を考えたものだ。どうして黙っていることができなかったのだろう。こんな展開になると予測することは簡単だったはずなのに。叶未は人殺しを前にして考えた。

 そして頭の中に浮かび上がる、幼い頃の自分の姿。常に明るく、なんの特にもならない正義を振り撒いていた。お節介にも取れる行為。

 叶未はそんな愚か者の顔を引き裂いてやりたい気持ちをぐっと抑えて、時間稼ぎの為の術を探す。今から彼が行おうとしている……つまり拷問に付き合えば確かに時間は稼げる。誰かに口外したことを匂わせれば簡単なことだ。

 しかし、所詮自分は中学生という子供。そんな勇気はなかった。


「本当に誰にも言ってないって!」


 叶未はここで溜めていた涙をこぼし始めたが、荘柵はそんなこと気にする素振りも見せない。


「泣くくらいなら黙ってりゃよかっただろ。おまえほんと頭おかし過ぎるでしょ」


 荘柵は強引に叶未の靴を、そして靴下を脱がせ、彼女の足首を手足で押さえつける。うつ伏せ状態の叶未はされるがままだ。


「取り敢えず右の親指からいくよ。早いうちに誰に言ったか話したほうがいいからな。これ警告ね」

「ねえ、ホントに! 待って!」


 悲痛な叫びも空しく、叶未の足の親指にはひんやりとした金属が触れ、一瞬にして全身を絶望の渦で包み込んだ。


 刃が皮を薄く切ったところで、荘柵の動きが止まる。

 車の音が聞こえた。

 不信感と不穏感を露わに、彼は振り向いた。

 そして——こちらに向かって来る一台のプリウスに舌打ちをする。

 この場所の関係者の車でないと理解したのだろう、荘柵は、とっさに叶未の首を掴んで鉈を首に添えた。


「クソが……叶未ちゃん、どうやって……誰を呼んだ?」


 叶未は答えない。

 代わりに安堵の息を吐く。よかった。彼は母がサードシートに隠しておいた携帯に気がつかなかった。おかげで居場所を辿ってもらうことができた。

 そして、運転席から一人の男が出る。二十代後半ほどに見える彼は、帽子から安全靴に至るまで全てが黒色の服でかためていた。

 そんな彼を見て、


「……?」

「……え?」


 荘柵だけでなく、叶未すらも唖然とした。

 叶未は警察が姿を現すものだとばかり思っていた。それが母に伝えた作戦であったのだが、彼はどうにもそんな風には見えない。


「おい、アンタは一体……」


 荘柵が警戒しつつ問うた次の瞬間——男が黒の内側に僅かに秘めた朱色の目を大きく見開く。すると、頭の中に形容不可能な異物が侵入するような、なんとも言えない感覚が荘柵を襲う。


「それを捨てなさい」


 荘柵は鉈を捨てる。


「女の子を離しなさい」


 荘柵は叶未を離す。


「諦めなさい」


 荘柵は——膝をついた。

 男は平生とした雰囲気で言葉を発しない荘柵の側に寄り、彼の額に文字を書く。と、彼は気を失って砂利に横たわった。

 叶未は何が起こっているのか理解できず、助かったという安心すらも得ることができなかった。


「困るんですよ、薔薇さん。こういうのは我々の領分ではないんですから」


 薔薇さん。それが叶未を指す言葉でないことは理解した。叶未はクルマの方へと視線を向ける。

 助手席から叶未の母、道花が出てきた。母のどこか薄く笑う顔の意図は、叶未にはとても分からないものだった。


「叶未」


 母は本当に一言、ありふれた日常の中で言うべき言葉を、この非日常とも表現できる今の時間で、疲れ果てたように、寧ろ反対にリラックスしているかのように、当たり前のように言った。


「帰るわよ」


 ×


「ごめんね。ありがとう」


 荘柵が先程運転していたワゴン内で、機械的に彼女はつぶやいた。

 助手席で流れる緑に目を向けながら叶未は訊く。


「ねえ、あの人警察じゃないよね」

「ええ。でも、結果的に警察に行くことになるわ。それまでの過程が……世界が違うだけ。叶未はもう何も考えなくていいの」

「ふぅん…………」


 叶未はそうしようと思った。もう、何を考える必要もない。母が終わりだというのなら終わり。それ以上、自分が何をすることもない。無意味な破壊を招く正義感など持つだけ無駄——それを、今日ようやく理解した。

 終わり。

 今日で、愚か者の薔薇叶未は卒業だ。


「知らなければ、幸せだったのかもね」

「——は?」


 叶未は寝ようとしていたところにそんな言葉が聞こえたものだから、思わず意識をハッキリと覚醒させた。

 知らなければ幸せだった。

 真実から目を逸らした仮初の幸福に縋るほど、彼女は追い詰められていた。

 叶未も今回のことでいっぱいいっぱいだ。まともに人を信用できなくなるだけでなく、過去を視るという『病』にまでかかってしまったのだから。

 誰もがお手柄だと思う今回の一件。しかし、彼女がどうして荘柵の正体を見破ったのかは迷宮入りとされているらしい。

 そう——誰も、過去が視える人間なんて信じられるわけがない。もしかすると母やあの男には信じられることがあるかもしれないが、どうにも話す気にはなれなかった。

 自身を癒すことに全力を注ぐ母親のことを、叶未はいつしか親だと思えなくなってしまった。

 ——無差別に過去を覗いては失望を繰り返し、それに怯える日々。

 いつしか彼女は心のどこかに深い闇を抱えたまま孤立し、そのまま高校生となった。

 そして、五月十五日の下校中、叶未は《救済》と出会った。


「財布落としたよ」

「え? ああ、どうもすみません」


 振り返ってそこに居たのは、何も感じさせない男だった。

 個人にある雰囲気というものがまるで皆無。本人の過去をまったく連想させない類の人間を叶未は初めて見た。

 だからなんだ——と彼女は財布を受け取る。

 ほんの僅かに二人の指先が触れた途端——断片的に流れる過去。


「ありがとう——ございます……」


 礼に対して軽く頷く彼は人殺しができる。叶未と同じで産みの親に感謝の気持ちもなく、どこかしらに欠陥を抱えている。

 彼の後ろ姿を見て、叶未は高揚した。


“あの人なら”


 確信的な希望に全てを押し付けようという自己中心的な思考に嫌気が差しつつも、しかし彼女は選ばなかった。

 選択の余地がないほどに、彼女もまた追い詰められていた。

 昔の叶未なら、己の問題を誰かに押し付けることなんてしなかった。

 けれども、人は変わる。

 他者の過去を視て、他者の悪意に触れ、他者の心を知る。

 それだけで十分だった。

 それでも、憎き母親のようにはなりたくないと願っている。


“知らなければ幸せ? 貢いでもらって、それで幸せ? その本質を知らない方が、幸せ? お金が全て? お母さんはなんで生きてるの?”


 彼女の心に癒えない傷を残したまま、回想は終わる。

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