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無彩色の願望  作者: 哀川
第三章 死線の過去

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第二十話 救済

 三日前の話だ。

 僕はコレクターから一人の女の子を守った。彼女との面識はなく、間接的な知人というわけでもない、まったくの赤の他人。

 そんな彼女、雪無夏花を助ける為に体を張った理由は正直どうでもいい。変化を望む心を伊藤さんに操られた、僕自身が唐突に優しい人間になった、単純にコレクターが嫌いだから逆張りをしたでもなんでもありだ(というか、おそらくどれも当てはまるだろう)。

 その理由がどうであれ、僕が彼女を助けた事実は変わらない。そして、魔術を用いての治療すらも時間がかかってしまう怪我を負ったことも変わらない。

 だというのに。

 雪無夏花……雪無先輩は、僕に異常なまでの嫌悪の情をぶつけてくるのだった。

 そもそもどうしてコンタクトを取る必要があるのか。

 それはコレクター撃退後日のこと。


『え? 雪無さんが機関の保護を付けないって?』


 喫茶店で桃春がそう報告した。


『そーなんだよ。まるで話を聞かなくてさあ……規則ひとつ理解できない小学生っつーか、現実逃避に勤しむ独身三十路っつーか』

『よくわからん比喩はともかく、殺されそうになってもなお普通の生活に戻ろうとしているのはすごいな』

『呑気なこと言ってんなよ。せっかく命張って助けた美女がまた殺されたら、あんただって萎えるだろ』

『どうだかな。経験あるのか?』

『……あんまり面白くなかったな、アレは』


 犯罪者絶対ぶちのめす主義の桜内の言葉を無視をするには、あまりにも含みがあった。

 そんなわけで、僕は桜内に代わって説得をすることにしたのだ。

 今は命を第一に考えてほしい——と。

 そんなわけで、昼休みに僕は三年生の教室に向かった。

 入り口付近でお喋りをしている女子に「すみません、雪無夏花さんを呼んでもらえますか?」と伝えて呼び出してもらった。


「あの……」


 雪無さんの目付きは人を殺せるほどの力があるような気がした。

 どうしてここまでの嫌悪感を僕に喰らわせるのかすぐにでも聞きたいものだが、人目につくところで話をするわけにもいかない。


「とりあえず、場所変えましょうか」


 以前薔薇とお喋りをした物置にやってきた。

 雪無さんは埃を払って壁際の椅子に座った。僕は扉の前に立った。


「その……」


 意外なことに、切り出したのは雪無さんだった。


「あなたには感謝しているわ。命を救ってくれたし、私の胸に顔を埋めたことも気にしていない。けれど……」


 目を伏せて、彼女は言う。


「もう私に関わらないで」

「どうしてですか?」

「関わったら、また危険な目に遭うじゃない」

「それはどっちが?」

「私に決まってるでしょう!」


 なるほど。桜内も手を焼くわけだ。

 この人、先輩のくせしてまともに事を考えられない厄介者だ。

 これから殺し合いに巻き込まれるとか思っているんだろうな……本当に馬鹿らしい。


「先輩は魅惑の魔眼を所有していることが理由で狙われました。原因はあなた自身が持っている。僕らが持っているわけではありません。その説明は襲われた日にされましたよね」

「分かってるわよ、そんな事!」

「八つ当たりじゃないですか」

「っ……!」


 雪無さんは言葉を詰まらせる。

 甘やかされて生きてきたんだろうなあ、と僕は続けた。


「先輩のそれは自殺志願みたいなものですよ。連中はどういうわけか魔眼所有者の位置を割り出すことができている。そして、一度や二度失敗した程度で引くような奴らでもない。それなのに僕たちを拒絶するって、一体どういう思考ですか? ……もしかして、殺されることは怖かったけど、死にたい理由があったとかですか?」

「……だとしたら?」

「だとしたら——」


 だとしたら、すみません。僕が未来を視なければ、あなたは死ねていたのに。

 ……なんてこと言ったら、全部無駄になってしまうか。この場合はみずきちゃんの自殺を止めたとき同様に、適当な言葉を吐いて落ち着かせよう。


「……僕が先輩の悩みを解決しますよ」

「そんなこと、どうして君が……。いや、そもそも、他人が他人の人生をどうこうできるわけ……」

「信じられませんか? 見ず知らずの他人相手に命をかけた僕を、本当に信用できませんか?」

「……、……」


 寡黙な人間というのは、どうしてこうすぐに足元に目をやるのだろう。何もない地面を眺めているようじゃあ、いつか壁にぶつかってしまうだろうに。転ぶことよりも立ち止まってしまう事を恐れるべきだというのに。

 しかし、あと一言でこの人はその立ち振る舞いをやめるだろう。

 その時だった。


「——……」


 本当に空気の読めない未来視にうんざりした。

 まるで今の自分の行動を嘲笑うかのような可能性だ。

 しかし、それを不愉快だとは思わない。寧ろ妥当な考えであり、あり得そうな未来だった。

 ——感情がぐちゃぐちゃだ。

 脳みそをかき混ぜられたように、今の僕が不鮮明。思考回路は無数の枝分かれをし、それぞれが僕の意思であると自覚。

 故に——《たしかな僕》がどこにあるのかが分からない。


「雪無さん。あの……」


 言ってしまうところだった。

 三日前の僕を否定するような言葉を、発する直前に豪快に扉が開かれ、


「こんにちはーっ!」


 と、彼女は叫んだ。

 ——薔薇叶未は、沈んだ空気を一気に入れ替えた。


「いやいやどうもです初めまして雪無先輩! 話は聞きましたよ! あなたもこの人に救われたんですね!」


 真っ先に雪無先輩の元に駆け寄り手を取る薔薇。


「救われたんですねっ! 命を!」

「え、ええ……そうね。あなたは……」

「私は救われ中です! 大絶賛救われ中です! とりあえず命は助けてもらってます! 眼のこともなんとかしてもらいます! こんな愛想なしでも、人の心を持っているんですよ? だから、ここは一つ頼っておきましょうよ! それでもダメだったら……その時に考えましょう?」


 ここまでのごり押しは見たことがなかった。

 反論の隙を与えない薔薇は一切悪意のない表情をしているのだろう、雪無さんは「分かったわ」と半ばあきらめるように言った。

 そして僕は東条さんに話を聞くように言い、雪無さんは出て行った。


「…………」


 その流れで僕も……と行きたいところではあったが、薔薇が扉の前で仁王立ちをしているものだから簡単にはいかない。

 薔薇は眉を逆八の字にして怒りをあらわにした。


「私が来なかったらすごいこと言おうとしてましたよね、先輩」

「……また『未来を視た過去を視た』ってやつか」

「ええ、そうです。本当にギリギリでしたよ……教室からクラウチングスタートでここまで来ましたもん」


 ふうと今になって薔薇は汗を拭う。


「ダメじゃないですか! 死ぬ機会を設けようとするだなんて!」


 子どもをあやすような叱り方だった。

 若干膨らんだ頬といい、怒っているのか可愛こぶってるのか分からなくなってしまう。


「先輩は優しいんですから、たった一つの可能性に惑わされないでください」


 至って真剣な眼差しが妙に痛い。「お前のしていることは悪いことだ」と、ここまで言葉要らずで伝えられたことなど一度もない。

 薔薇叶未は、果たして強いのか弱いのか。

 それすらも分からない。


「よく言うよ、本当に……」


 単純な未来だった。

 雪無夏花を囮にし、コレクター二人を倒す画が視えたのだ。もっとも、そんな事を井宮や桜内、そして心儀さんが許容するわけもなく、この画には僕と早見さんしか居なかった。

 言おうとした。

 言って、実行しようとした。


「なんなんだよ僕って奴は……白鏡誠司じゃねえってのに……」


 雪無さんが座っていた椅子に脱力するように掛ける。

 すると薔薇はため息らしいものを吐いて僕に近づいた。


「先輩は私を助けるんですから、とっとと元気になってくださいよ」


 顔を上げると、薔薇は軽く微笑みかけていた。

 これが、彼女なりの自称悪人に対する接し方。

 本当に、まったく……いつか痛い目を見てしまいそうだ。

 薔薇も——そして、この僕も。


 ×


 直後に薔薇は言った。


「お昼奢ってくださいよ」


 どうしてそんな展開にしようと思ったのかさっぱりだった。

 薔薇なりの元気の付け方なのだろうかとも思ったのだが、それならば薔薇が奢る立場になるべきなのではないのだろうか。


「私とお食事すれば悩みもどこかに吹っ飛びますよ」


 その代わりに奢れと言うことらしかった。

 なんとも図太い精神をしている。

 飯を奢ってもらいたいが為にあんな笑顔を見せるだなんて……こいつの前世は悪魔に違いない。


「……思いつつも奢る僕も僕である」


 学食にて、炭焼豚丼を頬張る薔薇を見て呟いた。

 一口一口を幸せそうに頬張る彼女を見て……まあ、悪い気はしなかった。きっと、人のお金で食べるということもスパイスとなっているのだろうな、と思いながら僕もミルクティーを口にする。

 他愛もない会話を挟みながら食事(僕は食事と言っていいのか分からないが)を終え、「ごちそうさま!」と元気に薔薇が言った。

 そこで僕は思い出す。

 過去視を抑制する為の方法を。

 食堂内に人は疎らな上に僕たちの座る場所は端に位置する。誰かに聞かれることもないだろうと僕は口を開いた。


「なあ、薔薇。過去を視ない方法があったよ。魔術世界の研究機関とかで、魔眼の発動を抑制する眼鏡とかがあるらしい」

「あー……みたいですね」

「なんだ、知ってたのか。……ああ、東条さんから?」

「はい、そうです……」

「……?」


 今さっきの感情とはまるで対照的な感じだ。

 その理由はすぐに分かった。訊くまでもなく、そして考えるまでもなかった。

 金銭的な問題だろう。

 一般的な家庭がぽんと払えるような金額というわけでもないし、そもそも薔薇は以前に「あまり余裕がない」とも言っていた。

 東条さんから話を聞いて歓喜して、すぐに落胆したに違いない。

 そしてそれで終わらせる東条さんでもあるまい。きっと「少しなら貸せるよ」などと言ったかも……いいや、「買ってあげる」とまで言ったかもしれない。

 でも、善意の塊を押し付けられたら、人は案外躊躇うものなのだ。

 どれほどの悪人でも東条さんほど裏表のない人から大金を貰ったら申し訳なく思うに違いない。


「てっきり、奢れとか言われるかと思った。薔薇でも引き際っていうか、そういう線引きは分かってんだ」


 馬鹿にするような言い方に感情をぶつけてくることはなく、薔薇はどこか遠い目をして答えた。


「貰えませんよ、そんな大金」


 僕の目を見ているわけではなさそうだ。

 その背後。もちろん人が立っているわけではなく、そこには壁があるだけ。

 目の前にいる人間が視界に入らなくなるほどに、彼女が何かを思っている。

 それがどんなものなのか、僕から訊くことはできなかった。

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