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無彩色の願望  作者: 哀川
第三章 死線の過去

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第十八話 問

「君は殺人現場に遭遇したらどうする?」


 会話らしい会話が突然と始まった。

 少しでも時間稼ぎができるならば、と僕は引き伸ばしの為の答えを探す。


「どうしてそんな質問を」


 背後にいる彼女を庇う体勢のままで言った。


「ちゃんと意味はあるよ。殺す相手の年齢が近いときはいつも訊いているんだ。さ、答えておくれ。まずは魅惑の雪無ちゃんからだ」


 どうやら雪無という名らしい彼女は震える声で答えた。


「に、逃げますよ。怖いから……」

「だろうね。そうだろうね、君みたいな娘は」


 彼にとってはつまらない——聞き慣れた回答だったのだろう。

 小麦色の頭を掻きむしり、次いで僕を指さした。


「未来視……えっと……」

「藍歌です」

「藍歌くん。いい名前だね。あ、い、う、ときたら出席番号一番確定だろう。それはさて置いて、君の答えを聞かせておくれ」

「僕は……そうですね……きっと何もしません。『どうする』なんてことはない。変わらない歩調でそこを通り過ぎて、そして次の日には忘れている。殺された相手が僕の知り合いでもない限り、結局のところ僕以外の出来事でしかないですし」

「ほお!」


 先ほどとは対照的な反応に一歩後退る。


「それは初めて訊く回答だ。是非他の質問もさせてくれ」

「……いいですよ、もちろん」


 僕の服を掴む力が強くなり、その上震え、雪無さんの感情がダイレクトに伝わった。それもそうか。殺されそうになったってのに平気でいられる方がおかしいってもんだ。


「藍歌くんは、産まれてきてよかったって思う瞬間はある?」

「……それは」

「産まれてきたことに後悔せず、産んでくれたことへの感謝を忘れず。それが正解だと言い聞かせるまでもなく、君は真っ当に生きてきたの?」


 彼の大きな瞳はどこか見透かしているような気がした。

 素直な気持ちを伝えたところで本当に完結してしまう。

 とりあえずは引き伸ばしだ。


「もちろん。僕は本当に家族想いで」

「つまり、産みの親すらもどうでもいい、と? 命をかけて産んでくれた親に微塵も感謝なんてしていない、と?」

「…………」

「ああ——もしかすると、君は俺にとって特別なのかもしれないな」

「特別って……」


 よくわからないけど、なんだか見逃してくれそうな言い方だ。ここは自分から言うのではなく彼の言葉を待って——


「試しに殺してみたい。わりと真剣に」


 だめでした。


 ×


「ふん、ふふふふふん、ふんふーん」


 陽気な鼻歌が小さな空間に響く。地面に手足をついたままの奏斗を無視し、立ったまま彼女を睨みつける愛海を無視し、軽快な歩調で道奥に向かう。

 心底愉快そうに、地面に倒れている桃春の首に足を乗っけた。


「——っは」


 意識が覚醒した桃春が目を開けた。

 そして、女の目をほんの一瞬見てしまった。


「私って、すごく弱いんですよ。いつも魔眼に頼りっきりで」


 でも——と、彼女はさらに力を込めて首を潰そうとする。


「動けない相手を殺すのは、魔術師でなくとも容易ですよね」


 桃春には女が微笑む理由に見当もつかない。

 せめてもの抵抗として、声を振り絞って歯を見せた。


「間違いない」


 ビルの壁が先ほどの円柱のように隆起する。女は間一髪で躱すことができた。

 女の頭部を正確に狙った攻撃。

 咄嗟に振り返るより先に、女の腹部に奏斗の手のひらが押し当てられた。


「えっち」

「なんとでも言え!」


 魔術因子を即座に分析し、それを女の中で暴発させる。

 電源の切れた機械のように彼女は倒れた。

 奏斗は桃春が散らした魔術糸を使い、女の手首を縛り付ける。その間に愛海が桃春の近くまで足を進め、背中を壁にあずけた。


「いつまで寝ているんだい」

「あたしにはどうしてあんたたちが起きているのかの方が疑問だよ……」


 答えを求める視線を桃春は送った。


「なに、単純な話さ。私たちは全員その女に騙されただけ」

「騙され……?」

「始まりはあんただ、桃春」見下したまま桃春を指さす。「あんたはこの女と目を合わせなかったはずだ。未知の要素が多いとは言え、目を合わせずして発動する魔眼は過去、そして未来にまで無いとされている。つまり、騙されたってこと」

「だーかーらぁ! 騙された理由についての説明になってないんだよなぁ!」


 駄々をこねる子供のように手足をバタバタとさせる桃春に、愛海は「きも」と鋭い一言を放った。

 そして続ける。


「あんたはこの『オトナ』の圧に騙されたんだよ。殺意や視線は人によっては見なくとも感じるものだからね。目を見なくともこの女がとても魅惑的な容姿をしているのは連想できてしまうし、その上であの視線の力を感じたら、魅惑されたと勘違いしてしまうのも無理はない。ま、私と奏斗には通用しないけどね」

「一言余計なんだよボッチ」


 暴言にも満たない発言だったが、それは珍しくも愛海の表情を僅かに崩した。


「ってか、待って。あんたたちも結局動けなくなってたじゃん」

「直接的ではなく、間接的に騙されたんだよ。桃春が魅惑されたのを見て、私たちの知識にない未知の魔眼が発現したのだろうか——と、なんとも無駄で無意味な思考をしてしまったのさ。賢さが故に生じた隙だね。……いいや、歳の差が故にの方が正しいかもしれない。仮にこの女が私たちよりも年下だったのなら、ここまで警戒することも、そもそも騙されることもなかった」


 弛緩した空気の中、奏斗が女の拘束を終えて割って入る。


「桃春、機関に連絡。俺と愛海はすぐに藍歌のところに……」


 奏斗は姫乃を追っていった青年が魔術師でないことをすでに理解している。

 とてつもない身体能力を持っているだけで、油断しなければ、桃春や姫乃でも十分に対応できる相手。

 未だに姫乃(愛海のものとも言えるが)の魔術因子が消えていない。この事実が奏斗を確信させている。

 ——直後のこと。

 奏斗は姫乃の近くに感じ取った。暴発させたはずの女性の魔術因子を。

 そしてまたその直後、女性の体内に魔術因子が流れ込んでくる。


「これは……!」


 三人の視線が彼女に集まるより先に、彼女は不気味に微笑んで目を開いていた。


「早めの二回戦ということで」


 ×


 早見さんとの特訓の内容は至ってシンプルだった。

 一つは魔力の流れを視認し、そしてそれから魔術を予測すること。早見さんの魔術因子が適合した今となってはその流れを掴むことは容易だが、この男に対してはまるで意味がない。

 こいつは魔術師ではないのだから。

 二つ目は人の殺し方を学ぶことだった。正直これは、そもそも学ぶ必要がないものだと思っていた。

 しかし、そんな考えはすぐに消えた。

 動体視力、身体能力において、僕はまだまだだった。たしかにコレクターのような殺しに慣れた人間には瞬殺されるであろう。

 ハズだった。

 いい意味で、未来はズレた。


「…………動くなぁ」


 以前早見さんに強化してもらった折り畳みナイフを用いての殺し合いは、拮抗状態にあった。

 早見さんの魔術因子を使って体を強化し、武器を使ってようやく対等でいられた。調整方法が未だに曖昧なので淡い赤の魔力が溢れているが、それくらい念入りにならないとこの男には瞬殺されてしまうだろう。

 彼が魔術師でなくてよかった、と心から思っている。

 それにしても——当たらない。

 狭い空間で動きに制限があるというのに、未来視で動きを予測していると言うのに、まるでこいつの動きに追いつけない。


「くっそ……」


 向こうの攻撃は単純。殴る蹴るのみだ。しかしその威力が計り知れない以上、受け止めるのはやめた方がいい。回避もしくは受け流すことに集中し、未来をひたすらに視る。

 それが二分ほど続いた頃だ。

 男の右目にナイフを突き刺す未来を視て……気が緩んでしまった。

 決定的な未来に意識を向けすぎた。

 彼の拳が僕の腹部に到達する直前に気付いたところで遅かった。


「——ッ」


 胃の中のモノが押し出されるような不快感。それ以前に腹に拳がめり込む激痛。全てがゆっくりと鮮明に感じられた。

 そして流石の怪力で、僕は腰を抜かした雪無さんの側まで吹き飛ばされた。

 追撃を警戒しすぐに立ち上がったが、彼は数メートルの距離を保ってまじまじと僕を見つめているだけだった。

 片膝を地面に落とし、体力の面ではまだまだだと自覚する。


「体力だけじゃないよ」彼は平気で頭の中をのぞいてきた。「未来と現実の切り替えがまるでなってない。せっかく二つの世界を同時に認識しているんだから、片方に気がとられてるんじゃ勿体ない」

「…………」


 敵のくせして正鵠を射た指摘。


「随分と優しいんですね」


 そう口にせざるを得なかった。


「殺したい相手にアドバイスとか、正気とは思えない。さっきの打撃も……腹じゃなくて顔面に打ち込めばとっくに終わっていたハズだ。あなたは何がしたいんですか?」

「言ったよね。君を殺してみたいんだ。そこらの快楽殺人とは違う。真面目も真面目に、自分の将来のために、君を殺してみたい」


 真剣な顔でいうから反応に困る。

 殺人鬼は皆笑顔というイメージが今日で崩れるほどに、彼の言う通り真面目だ。


「その為に、君にも殺意を向けてほしいんだ。今はなんというか……そうだな……、若干優柔不断というか。『誰もいない交番の前で知らない百万円を目にした時』って感じなんだよ。伝わるかなぁー……伝わらないだろうなぁ」


 あっ、と閃いたと言わんばかりの声に嫌な予感がした。


「もしかして、魅惑のせい?」

「ひ……」

「ええ、そうです。この場であなたを殺してしまったら、雪無さんはきっとそのことも警察に言うでしょ。僕って法律とか詳しくないですから、捕まるのが怖くって。正当防衛だとは思うんですけどね」

「なら殺そう!」


 咄嗟に吐いた嘘が彼を刺激してしまった。

 彼の中から魔術因子の気配がした。

 どうして突然——? そんなことを考える暇もなく、男は姿を消した。

 いつだっけ……人払いの結界を身に纏うことで姿を認識させなくすることが可能だと東条さんが言ってたか。

 でも、さっきのように一度触れてしまえば認識できるはず。

 けれど、思考の全てが遅い。

 僕が立ち上がったその次には、男は雪無さんの首を掴んでいた。

 もっとも、僕からは男の姿は見えず、雪無さんが浮いているように見えているのだが。……首にできた指の窪みが何とも痛々しい。


「おい」


 僕は言う。

 今度はそれなりに早く決断できた気がする。


「その人離さないと、僕が死にますよ」


 と、ナイフを首に当てていった。

 すると男は姿を現した。


「え……?」

「だから、その人離してくださいって。でないと僕が死にます。あなたはどうしても、何としてでも僕を殺したいんでしょ? それが結果的にあなたの為になるから。でも、僕が死んだらそれも果たせなくなりますよ。今までにいっぱい殺してきたんですよね、きっと。なのに『目的』を果たせていない。なら、僕はあなたにとって希望のはずだ」

「卑怯者」


 刃が皮を薄く切ったところで男が手を離した。すでに気を失った雪無さんは頭を地面にぶつけた。


「それにしても意外だね。君が誰かの為に死のうとするだなんて」

「僕もびっくりですよ。まさか、僕が赤の他人に配慮するだなんて」


 僕自身は自覚していないが、仮に殺すことを躊躇していたというのなら、それは雪無さんの視線があったから。

 なぜ配慮する必要があったか——と考えた時に浮かぶのが薔薇叶未だった。


「……どうでもいいですけどね」

「そうだね。そこは審査に関係ないと思う」

「案外適当なんですね」

「希望なんて抽象的なモノなのさ。いつでも、誰にだって」


 そして再び殺意を向ける。

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