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無彩色の願望  作者: 哀川
第三章 死線の過去

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第十六話 天才のあり方(後)

 × 井宮奏斗


 井宮の一族は魔術家系において優秀な部類に入っているらしい。

 生まれつき宿っている魔術因子の総量、その技量、そして応用までも全てにおいて平均以上に熟すことが優秀かそうでないかの判断基準となる。

 そもそも世界的に見ても魔術師の少ないこの日本において、果たして『優秀』という格付けが本当に意味のあるモノなのかと訊かれたら首を傾げてしまう。

 日本の魔術師の大半が納得させられるような答えを見つけることはできないだろうし、実際、俺の父親がそうだった。


『そう言われると難しいなあ……。格付けの意味……意味か。上位と下位の差が大きいのなら、たしかにその意味はあるが……日本じゃあ優れた魔術師ってのがだいたい少ないしなあ』


 意味の有無には触れることのない、当たり障りのない答えに不満を覚えた記憶がある。

 たしか燈明学園に入学する一年前だった。その不満を解消してくれたのは、俺の姉、井宮並樹だ。


『どれだけ小規模だろうと、格付けは必要なのさ。上下の区別は下の者を刺激し、上の者は追いつかれないようにとさらなる高みへと足を進める。その理由? はは、馬鹿だねえ。そりゃ生きてるからに決まってんだろ!』


 満面の笑みで断言されたものだから、考えることが馬鹿らしくなった。……で、結果俺の不満は解消された訳だ。

 幼い頃から母に言われていたことだが、どうでもいいことに神経質になりすぎることが短所だという。

 どうやらそれは母譲りの性格らしく、母は俺が『自分と同じ失敗をする事』を危惧しているのだという。

 母曰く、その失敗というのは自分が死ぬ直前に話すとのこと。それほどの失敗をしないよう、母はある程度愚鈍であれという。

 母の言うことが正しいと理解できたのは燈明学園で十五歳になった頃、つまりは一年前の話だ。


「へえ、行動課に推薦が通ったのかい」


 十月。食堂で愛海との会話の流れで魔術対策機関の行動課を目指していることを打ち明けた。


「いや、正確には通ってない。実践試験を受けて通用するかどうかが全てだ。何しろ年齢が年齢だからなあ……」

「あの課の最小年齢は?」

「過去に十一歳で試験に通ったって話があるな。なんにせよ怪物さ。俺の参考にはならなかったよ」

「さすがに調べ尽くしてるね」

「当然! なにせ夢が叶う手前まで来てるんだからな。とはいえ、この試験を通過したところですぐに配属ってことになるわけじゃないけど」


 愛海は俺のくだらない話をいつも何食わぬ顔で聞いていた。聞いてくれていた。

 一定の無関心を保ったまま、気持ちのいい距離感でいてくれるのは同性の友達でも数少ない。

 俺は愛海を勝手に親友認定していた。

 だからこそ、彼女になんでもかんでも話したし、質問されることにも隠すことなく打ち明けていた。


「お姉さんと同じところで働ける可能性が高くなったわけだ。さすがだね」

「さすが?」

「あんたは夢を叶えるために頑張って、その夢が叶う手前なんだろう? さすがじゃないか。表の世界にしろ裏の世界にしろ、夢ってのは見て終わり、叶わず朽ちて逝くのが大半さ。そしてその挫折を恥とも思わずにのうのうと生きる末路だ。でも、あんたは違うだろう。夢を叶えて、もし失敗したとしても諦めない。目に見えてるよ」

「すごい信頼だな。と言うよりも確信? ひょっとして、未来視でも持っているのか?」


 俺の冗談に微笑んでくれた愛海。その時の顔はすぐにでも思い出せる。


「なあ、愛海の夢はなんだ?」

「私の夢……? どうしてそんなことを?」

「そういえば聞いたことなかったなって。あ、別に言いたくないなら……」

「残念ながら、言いたくない程度の夢すらも持ち合わせてない。つまらない将来を想像することは容易いけどね。私みたいな万能はあらゆる機関が土下座してでも手に入れたい人材だろうし、きっと適当な研究職に就いて、そして適当に……」

「決まってないなら対策機関にしないか?」


 振り返ってみると気持ち悪い発言だ。

 自分自身が挫折することなんて欠片も考えていない。井宮奏斗という人間は、賢くあるようで、その実相当な阿保なんだ。

 本当に賢い人間は何を行うにしても、まず失敗する可能性を危惧する。そして長い時間をかけてその可能性を潰し、絶対的な安心を得てから実行に移す。

 俺は夢が夢のままで終わる可能性について危惧していなかったし、愛海もその可能性は微塵も考えていなかったらしい。

 だから愛海はこう返した。


「悪くないね」


 そもそもだ。

 俺が他人の人生に口出しするなんて度がすぎた行為でしかない。

 僅か一年前ではあるが、当時の俺は救いようがないほどに愚かだった。


 ×


「井宮奏斗十五歳。燈明学園在籍中。知力、運動神経、魔力量に魔術師適正度もこの年齢では滅多に居ないレベルですね。すごいなぁ、子供なのにここまでの才能が揃っているなんて」

「まだ凄いかどうかは判断できねえよ。生まれつきの才能ならそりゃ評価に値しない」

「え? 生まれつきならそれこそ凄いじゃないですか」

「馬鹿野郎! いつも俺が言ってるだろ。才能の裏に努力がなければ評価ってのはできねえんだ」

「ええ……それってただの嫉妬なのでは?」

「才能に嫉妬している暇があったら俺ぁ悪人を吹っ飛ばすことに勤しむ。なんにせよ、実践試験を踏まえてからじゃねえとな」

「実践やる必要ありますかね? これほどの素質がある魔術師はこっちから頭を下げてでも……」

「裏面見ろ」

「え? えっと、なになに…………『人間性に難あり』ですか?」

「そうだ。どうやら井宮奏斗……井宮並樹の弟は、良い意味で行動課は向いていないらしい」


 ×


 気温が六度を下回ることの多い妻城市の十一月。奏斗は黒の服装で身を固め、熱意を瞳に歩いている。

 胸の内には確かな緊張感があった。

 一面白の空とは対照的に、奏斗の頭は記憶するべき事が多く複雑だ。ほんの一つの情報でも忘却してしまえば結果に響く——と、奏斗は思っている。

 今日見られる点はそこではないと彼が気付くことはない。

 住宅街を抜け、河川敷付近に路駐してある黒のプリウスの後ろ席に奏斗は乗り込んだ。


「十二時丁度にやって来るなんて良いご身分じゃねえか」


 運転席に座る男——天竜寺水雲は不機嫌そうに言った。


「ダメですよ、天竜寺さん。十分前行動なんてただの同調圧力なんですから。日本人の悪いところですよ、時間に厳しいのは」


 助手席で奏斗を庇う発言をしたのが、都土居ととい古城ふるき。現在二十四歳の水雲の二歳下の童顔男。


「『勤務の数分前には来るように』ってのが日本の常識ですけど、『終了の数分前には帰るように』なんて言われたことないですよね、天竜寺さんも。こういうところですよ、日本のよくないところ。それに加えて常に相手を神様のように扱わなきゃだから、働く身としては色々と持ちませんよ」

「俺たち対策機関は裏の世界とはいえ分類で言ったら公務員なわけだ。つまりは社会全体の奉仕者だろ? なら文句を言わずに働きまくるのが正しいんだ」

「うっわ……」


 古城が引きつった顔をして会話が止まった。

 それを機に奏斗は口を開く。


「すみません。本当はもう少し早く到着する予定だったんですけど、うっかりしてしまいました」

「緊張しているのかい?」


 古城が振り返って言う。


「はい。試験の内容が内容ですから」


 奏斗が素直に答えたところで「まあそうだよね」と古城は再び前を向いた。


「緊張するなとは言わないが、自然体である方が身の為だぞ。今からお前が相手にするのは対策機関を一人殺したクソ野郎なんだからな」

札歩さつほゆう、三十二歳男性。非魔術師に魔術を行使し殺害したとして、行動課の一人、富山康文が本人に調査依頼をしたところ、首を捻られ殺害された。本来、一班四人構成で最低でも二人行動が原則だけれど、富山さんは手柄を焦ったのか一人で調査に向かったと……。その、こう言ってはアレですけど……」


「ああ」冷徹な目で水雲は頷く。「自業自得だ。しかし、魔術師による非魔術師の殺害、及び魔術師の殺害は表裏協会に基づき『執行対象』となっている。そもそも久留木祐樹が殺人をしたのが全てだ。執行対象に同情するなんて不可能に近い。そうだろう?」


 水雲はバックミラー越しに俯く奏斗を見据える。

 やはり——やはり、な。

 と、水雲は落胆する気持ちを抑えて続ける。


「お前がただの人殺し相手に下手をするとは思えないが、俺たちも近くで見ている。いざと言う時は合図しろ」

「……はい。分かりました」


 奏斗の気落ちしたような返事に、前の二人は何も言わなかった。

 しかしはっきりと顔にしている。

 片方は同情を、

 片方は呆れ果てた感情だった。

 三者三様の個性を持ったまま、車が動き出す。


 ×


 富山康文の遺体から検出された久留木祐樹の魔術因子を材料に居場所を割り出した。

 そこは街外れの廃校舎であり、取り壊しが決定されて封鎖がされたままだった。

 半壊した外観は若者の心をくすぐるようでもあり、ホームレスや犯罪者が宿にするにもってこいの場所のようでもある。

 校門前に車を止めると、水雲は腕時計のタイマーをセットした。


「準備の方は?」


 奏斗は外に出、深呼吸をしてから頷いた。

 そして力強く彼が地面を蹴った丁度に水雲の時計が進む。


「さて」


 水雲と古城も外に出て、プリウスを背中に廃校舎に向かい合った。

 廃校舎の一帯は半透明の結界で覆われているが、奏斗は速度を落とすことなく突き破っていった。

 その様子を見届けてから古城が言う。


「どうなりますかね……」

「制圧はできるだろ。でも問題はそこじゃない。久留木祐樹を殺せるかどうかが全てだ。この仕事は一般人を守るという善意の精神だけで成せるもんじゃねえ。悪人を裁く——時に殺すという悪意の精神も必要なんだ。その手の決断力が全てだ」


 二人は廃校舎を眼前にしながら過去の記憶に目を細める。

 水雲はその記憶を振り払うように頭を振る。


「恐らくあいつは失敗する」

「え?」

「けれど、ああいう馬鹿はどうしても諦めきれないんだ。だから自分の身の程も知らずに危地に足を踏み入れる。何回も何回もだ。だから、あいつには挫折してもらう」

「……善意の塊ですねえ」

「馬鹿を言え」


 ×


 廃校舎の内部は外観と同じくそこまでの汚さはなく、本当に空っぽの建物というだけだ。奏斗は土足での侵入をわずかに躊躇したくらいには、汚れはともかく障害物はない。

 ——いや、厳密に言えば障害物はあった。

 校舎の一帯には人払いの結界が張られていたのだ。

 もっとも、それは対策機関所属の魔術師には無意味な抵抗でしかない。事実、奏斗は足を止めることなく結界を突き破って内部に侵入した。

 寧ろ魔術因子の放出が位置を知らせることになりかねない。札歩祐は何も考えずに生きていることがこの事からわかる。

 故に、人を殺してしまう。


「——は」


 結界が破られたと同時に、祐は二階の教室の隅で目を覚ました。

 中肉中背で服装も至って普通。目立つところのない彼は背中を窓にあずけた。


「誰だ……」


 床に手をつけて彼は唱える。


「hyacinthum——……flamma」


 教室の一帯に青白い線が発現し、そして光り始める。

 祐の準備が整った丁度に扉が開く。

 彼の目に映ったのは、彼の半分程度しか生きていないような男の子だった。


「子供……⁉︎」


 対策機関を警戒していた祐にとって、奏斗の存在はあまりにも不意だった。

 しかし、こちらに向かって駆けてくる奏斗を見て、祐は対策機関の人間なのだと悟った。


「deployment!」


 叫んだ途端、様々な角度から奏斗に向かって蒼炎が放たれた。

 一直線に向かう蒼炎は、祐と奏斗の距離がわずか一メートルといったところで、奏斗に到達した。

 人間一人をあっという間に包み込んだそれは、井宮奏斗の全てを終わらせる——ハズだった。

 蒼炎を突き破り、奏斗の腕が伸びてきたのだ。


「は」


 まったくの予想外に祐は思考が遅れ、躱す間もなく首を掴まれる。

 そして、蒼炎が瞬きをしたうちに消え失せる。


「魔術の中和か……⁉︎」


 祐の疑問に答えることもなく、奏斗は身体強化に一層集中する。

 祐は奏斗の全身から黒い魔力が浮かび出るのを見て——否、それよりも前に、自身の魔術が瞬時に中和されたのを見て悟った。


“ここで終わりだ”


 と。

 奏斗は片手で祐を持ち上げると、軽々しく、そして豪快に振り回して放り投げた。

 窓ガラスを破りその破片が手足に刺さり、それだけで止まることを知らずに全身を地面に打ち付けて転がっていく。

 グラウンド中央でようやく体勢を立て直したところで、祐は無駄だと理解しつつも反撃に出ようとした。


「hyacinthum……」


 詠唱はそこで途絶えた。

 これまでに経験したことのない体力の消耗に彼は膝をついた。

 呼吸が乱れた理由はすぐにわかった。


「魔力の、枯渇……」


 顔を上げてゆっくりと足を進める奏斗を見る。

 奏斗に首を掴まれたあの僅かな時間で、彼の魔力は暴発してしまったのだ。

 祐としては笑うしかなかった。

 突発的に人を殺し、追手も殺し、そして迎える結末が子どもの手による処刑。


「無様としか言いようがないよなあ……」


 そう吐き出して顔を伏せる。

 果たして自分がどのように殺されるのかを予想していると、足音が消えたことに気付く。

 もう一度顔をあげると、そこには哀しい目をした奏斗が拳を握りしめていた。


「殺すとか、無理でしょ。身の程知らずが」


 奏斗は自虐的な微笑みを浮かべる。頭の中は彼の《夢》でいっぱいだった。

 六つ上の姉である並樹は、奏斗の世界に色を与えたと言っていい。

 奏斗がまだ空っぽだった時、並樹の生き方はあまりにも眩しすぎた。俳優として名を馳せている母よりも、魔術研究で先を目指す父よりも、奏斗は彼女を目指したいと思った。

 そこまで盲目的にさせた理由は、奏斗自身も理解していない——。


“正義に取捨選択なんてない。全てを裁き、そして同時に全てを救うのが本来あるべき正義の姿なんだ。私や奏斗がお父さんの才能をまるまま引き継いだのは、きっと正しくある為、そしてその正しさを拡散する為なんだよ”


 裁かれるべき人間は存在する。しかし、死では償いにならない。

 奏斗がモットーとしていることをねじ曲げることは結局できなかった。


「なんでころしちゃったんですか⁉︎ ……いや、それは俺が訊くことじゃない……。自首しませんか? このまま逃亡を続けるつもりですか? 何人も何人も、殺すつもりですか?」

「でも……」

「ええ、もちろん罪が軽くなることなんてあり得ません。世間が許してもそれは俺が許さない。だけど、死は逃げだ」


 奏斗は殺意のみならず敵意までも消失させた。確保の為に足を進める彼は、試験に合格することなどまるで考えていない。

 今の性格のままで受かろうとしていたおこがましさに嫌悪感すら覚えている奏斗であった。


「まあ、これで……」


 祐は観念したようで、奏斗を……いや、その奥の人物を見つめ、そして人殺しである自分の結末を見据えて乾いた笑みを浮かべる。

 そして次の瞬間、奏斗の背後から恐ろしい速度で迫り来る、魔力を宿した刃渡り三十センチはあるナイフが祐樹の首を切断した。

 文字通り首の皮一枚繋がった状態の人殺し。しかしそこに意味としての救いはなく、彼は死者となった。


「は?」


 奏斗が振り返ると、そこには彼の憧れが居た。

 井宮並樹。魔力のない彼女。


「午後一時十三分三十秒、死亡を確認」


 そのさらに後ろから古城が言った。


「これより回収作業に移行します」


 ×


 ここでの殺し合いの形跡は全て掻き消された。全てがゼロに還り、そして奏斗の心も空白となった。

 水雲と並樹は並んで奏斗の前に立っている。

 誰もなにも言わない時間がしばらく続いていたが、ようやくその拮抗状態が破壊された。


「私のあの発言は戯言さ。とっとと忘れろよ」並樹が告げる。「こっちで働きたいって奴が殺すことを戸惑ってどうする。今の判断でおまえが、そしておまえ以外の人間がさらに死んでいたらどうしていた? 最低でも抵抗できないように拘束するべきだっただろ。おまえだけとは言わない、過去の私も愚かモンだ。そんな奴、こっちには要らない」


 奏斗はなにも答えなかった。そんな様子を見て並樹はため息を溢し、廃校舎を後にした。

 しかし、水雲はまだ奏斗に向かい合っている。

 そう——彼は不十分だ、と思っていたのだ。


「そもそもお前が過去の並樹に憧れていた理由はなんだ?」

「憧れていた、理由……」

「善人も悪人も救う。死ぬべき人間など存在せず、見捨てていい人間も存在しない。そういった善の意思に憧れ、お前をそこまで突き動かす原動力となった理由があまりにも不鮮明だ」

「それは……」

「お前はあいつに戯言を吹き込まれるまで『空虚』だったんじゃねえのか? たった一つの言葉で人生の道を絞られちまうほどに、空っぽだったんじゃねえのか?」

「なにが言いたいんですか⁉︎」

「お前の姉貴が殺人鬼だったら、お前は殺人鬼になってたんだよ。そんくらいぶっ壊れてる。つーわけで不合格だ。お前の本質がどうであれ、上司の命令に従わない奴を合格させられるかよって話」


 そして、奏斗はとうとう取り残された。

 幼い頃から物事を人並み以上に熟す万能の才能があった彼は、どういうわけか一つを極めることが出来なかった。

 なりたいもの。それを見つけることのできない奏斗は、生まれた瞬間から『空虚』であることが決まっていた。

 多才故に、取捨選択が不可能。

 そんな空っぽの奏斗に放った並樹の戯言は、予想外なことに言霊として作用した。

 姉弟はそのことを自覚しておらず、時間が経つにつれて並樹は嫌悪の情を覚えるほどになり、そして奏斗は期待したままだった。


「ほんと馬鹿じゃねえの」助手席には古城ではなく並樹が座っている。彼女はナイフの血を布で拭いながら流れる景色をぼんやりと見ていた。


「悪いな、急に空けてもらって。お前の班は別問題で忙しいだろうに」

「別にいいさ。水雲さんなりの気遣いなんだろ? あんな不安定な奴をこっちの世界に近づけないようにする為に、あんたは私を呼んだんだろ?」

「……ああいう諦めの悪い野郎は何度も挑んでくるからな。ここらで叩き潰しておいた方が後々楽なんだよ」

「まったくだ。まあ、これであいつは二度とこっちには来ないだろうよ」


 互いが互いを「素直じゃない」と思いつつ、井宮奏斗についての話題は終わった。いや、『終わらせた』の方が二人の意思的には正しいだろう——。


「なあ、並樹」

「なんだい、水雲さん」

「敬語使え」


 ×


 奏斗が挫折してからは早かった。彼は両親の了解を得て妻城市内の進学校に転入し、魔術世界に背を向けた。

 逃げるというよりも目を逸らしているカタチだ。だからこそ魔術因子は体内に宿したままだし、何をやるにしても脳裏には早見愛海が浮かぶ。

 彼女に何も告げることなく消えたことを後悔する毎日だが、しかし、どんな顔で彼女に会えばいいのかも分からない。

 そして、二月十四日。

 転入生というもの珍しさと奏斗自身のスペックも相まって、奏斗のロッカーには多数のチョコレートと手紙がセットで置かれていた。


「……ん?」


 朝早くにロッカーを開けると、一つのものが目に入った。

 ルーズリーフを折り畳んだだけの白紙。

 それをまじまじと見つめていると、突然と文字が浮かび上がる。


“人助けに興味がおありで?”


 そしてその下に何処かの住所が書かれていた。


「…………」


 差出人は魔術師だと一瞬のうちに察した奏斗は、誰もいない教室で紙を握り締め、魔術で焼却した。

 その日の放課後に手紙が記した場所へと奏斗は向かった。

 そこは都心部の古びた家。その実態は中に入ってようやく分かった。


「……喫茶店……?」


 入り口付近のカウンター席に一人の少女と、その後ろにあるソファー席に奏斗と同年代に見える少女と金髪のミディアムの少女、そしてカウンターにいかつい男性が居た。

 そう。柩、桜内桃春、東条色奈、光野勝だ。

 柩を除き、彼らは笑顔で出迎えた。

 そして勝が右側だけの唇をつり上げて言った。


「ようこそ。それぞれがそれぞれの正義を振り撒く変人組織へ」

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