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無彩色の願望  作者: 哀川
第三章 死線の過去

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第十五話 可能性

 一つの可能性を視たところで、今度は僕の携帯が振動した。ホーム画面に表示されたのはショートメール。


《特訓はどう?》


 簡素な内容で送ってきたのは《東条色奈》だった。

 ……………………ん?

 東条色奈?


「……なあ、井宮……」


 振り返ったところでとてつもない光景が見えた。

 早見さんが井宮の脛を容赦なく蹴ったのだ。鈍い音がして、


「うお⁉︎」


 と彼に似合わず情けない声を上げて顔面から畳に打ち付けられた。


「痛いな! 何をするんだよ!」


 鼻を押さえながら声を荒げる。早見さんはそんな彼に真正面から向き合うことはせず、苛立ちを含めた舌打ちをしてため息を吐いた。


「私が一番嫌いなやり方だからね。嘘、虚言、戯言。こんなものに頼る人間の気が知れないよ」

「たった今謝ろうとしたんだけどな……」

「……ああ、そういう……」


 さすがに会話の流れから察することができる。創作物特有の鈍感系な登場人物ならばここで疑問符を浮かべることだろう。けれど、僕はそこまでピュアな人間じゃない。だからわかった。

 井宮は僕が未来視を操作できるようにと嘘をついたんだ。早見さんの話を聞いて、そして咄嗟に二人が死んだと言った。

 早見さんが冷めた目をしていたのはそれが嘘だと見抜いていたからか。そこはさすがは友達だな、と感心してしまう。もちろん嘘だ。

 嘘付きは僕に向かって頭を下げた。


「ごめん、藍歌。悪意はないんだ。ただ、未来視操作の手助けになればって……」

「別にいいよ。キレる理由ないし」


 感謝とまではいかなくとも、未来を視るための実感が掴めた気がするのも事実なわけだし。

 それに、知っている人間が死んだ時の感覚も思い出せたし。


「……阿保か」


 二人に聞こえない程度に呟くと、僕は井宮に改めて言う。


「未来が視えた」

「どんな内容だった?」

「雨。雨が……降り終わった後だ。平豊駅の近く。人通りの少ないところに……」

「雨となると少なくとも今日じゃないな」


 と、井宮はスマホで天気を確認する。本当に便利なアイテムだ。どんな魔術よりも魔法よりもスマートフォンの方が有能に違いない。


「よし、諸々の事を心義さんに報告しよう。一先ず対策を練る必要があるな。愛海、今日はここまでにするよ」


 お別れの笑顔を浮かべて井宮は足早に出て行く。さすがの爽やかさだった。

 一方で僕は自分で散らした資料をかき集めているという、なんとも格好のつかない様。

 カバンに杜撰に仕舞うと、彼に置いていかれまいと出口に向かう。

 常識がないわけでもない僕は早見さんの横で足を止めて「今日はありがとう」と一応言った。


「どうせ終わりじゃないよ」

「……と言うと?」

「雨が降るのはまだ先だし、今のアンタじゃあどうせ瞬殺される。これからも特訓が必要ってことだよ」

「またボコボコにされるのか……」

「殴られるだけで給料が貰えるなんていい仕事じゃないか」

「殴るだけで給料が貰える方がいい仕事のように思うけど」


 言い返すと、早見さんは軽く息を吐いた。呆れたのか怒っているのか、或いは笑ったのか。

 それを判断するより先に、僕は格技室を出て行った。


 ×


「かなみの漢字は《叶う》に《未来》と書きます。それで叶未。親は『将来が安泰であるように』という願いを込めて名付けたそうです」

「素敵だね。名前の響きから由来まで」

「ええ、私もそう思います。それに可愛くてスタイルもまあ良くて」

「…………そ、そうだね」

「けど、私は性格が悪いんです。勝手に他人の過去を覗き見して、勝手に失望して。その人がどれだけ悪い過去を持っていたとしても、現在いまと関係がなかったら、私みたいなのに失望される理由もないでしょう?」

「悪い……悪い娘、か。叶未ちゃんは自分のことを『悪い』と思っているんだ」

「良い悪いで言ったら悪いですよ、そりゃあ。知られたくないであろう事を勝手に知っちゃうんですし、それに……その事よりも、『私の方が辛い』と思ってるから……」

「知りたくもないことを知ってしまう……ってことだよね?」

「そうです。友達の悲惨な過去だったり、醜い過去を視ると、悲しくなったり怒り狂ったりしちゃうんですよ。何回も何回も見たって、慣れっこない。幸福を繰り返し見ていたら耐性が付くんでしょうけど、不幸には耐性がつかない。少しずつ身を滅ぼしていくんです」

「自分優先だから悪い娘か……私には分からないな。人が人である以上は自分優先が正常だと思うよ」

「でも、色奈先輩はそういうタイプじゃないですよね。常に世のため他人のためって感じで、自分のことなんて二の次にしそう」

「いや、いくらなんでもそれは言い過ぎだよ。私だって自分の命が可愛い時がある」

「まあ、それでいいですけど、私が悪い娘だって事実と色奈先輩が良い人だって事実は動きませんよ。現にこうして先輩方を巻き込んじゃったし」

「そっか。でも、過去を視てしまうのは叶未ちゃんの意思じゃない。そこは理解している? それに、予測と閲覧とは全くの別物ということも」

「もちろんですよ。この眼は私の体の一部というだけで、私のいうことは聞いてくれない。だけど……もしかすると……」

「うん?」

「…………、……よく分からないですね、魔眼って!」


 これが私と色奈先輩との会話の一欠片。

 こんなにも内面を曝け出したのはこの人が初めてだ。

 きっと、色奈先輩は魔術師じゃなくても私の話を今のように真剣に聞いて、考えて、そして意見してくれたことだろう。この人の良い人っぷりは少し引くまであるし。

 話をすればするほど、この人にはどこか藍歌先輩っぽさも感じる。勿論人間性は真逆だけれど、あの人もあの人でなんだかんだ優しいとこあるし。


「しかし、悪い娘かー……。私がいくら否定しても叶未ちゃんの意見は変わらないだろうし、時間があれば姫乃くんに相談してみるといいよ」

「藍歌先輩に? どうしてですか?」

「姫乃くんは捻くれ者だけど、あれで結構人を分かってるからね。それに叶未ちゃんも分かるでしょ? 姫乃くん、正直者なの」

「そーですかぁ? 藍歌先輩って結構な嘘つきじゃないですか?」

「どうでもいいことには嘘をつくだろうね。けど、それ以外のことには嘘はつかないよ」

「……すごい信頼ですね」

「一方的に押し付けてるだけだから、きっとあの子は迷惑してるかもだけど」


 藍歌先輩の話をすると、色奈先輩はどこか遠い目をする。

 二人の距離感は不思議だ。ただの先輩後輩で済むのなら、きっと色奈先輩はこんな目をしない。恋人というのもありえない。

 だとしたら……?

 ……分からないや。

 なんにせよ、藍歌先輩は私の考えを馬鹿にするだろうなぁ。色奈先輩はちゃんとした理由を持って否定してくれるかも。

 自分でも半信半疑なものだから、軽い気持ちで口にすることができない。


“過去視は、私が願ったから宿ったのではないのか”


 なんて——

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