第十四話 鎖
僕は未来視の制御ができない。魔眼が覚醒して以降、自分の意思で未来を見たことはなく、そのタイミングはまったくもって不明。
しかし、思えば都合が良い未来を視ている気がする。
水神筒子との戦闘なんかは特にそうだ。連続して彼女の動きを視たからこそ、僕は彼女を殺すことができた。
こう振り返ってみると、やはり僕はある程度未来視操作ができるのではないか。
予測。
行動の、予測。
未来に希望を持ったことのない僕が未来視を宿したことは皮肉でしかないが、それを有効活用してこそ、捻くれ者の僕らしさがあるってもんだ。
「あ——」
“まずは私の腕をへし折りな”
そうして再び始まった格闘戦。
休憩前とは違って早見さんは回避に徹底しており、僕の打撃や足払いが通用するしない以前の問題だった。
当然のように僕の拳が空気を殴ったその時、早見さんが僕の背後に回り込むという未来を視る。
早く、早く早く——間に合わせないと。
未来視通りの動きをする早見さんを見て、僕はタイミングよく裏拳打ちを放った。
……が、それもまた空気を殴っただけに終わり、早見さんはさらに僕の背後に回っていた。
「未来を視たときの動きが分かりやすいのは改善しないとだね」
続いて、彼女が上段蹴りを僕の頭部に喰らわす未来を視る。
振り返るなり頭部を腕でガードするが、彼女の蹴りが来ることはなく、軽い足払いで僕は仰向けに倒された。
「そして、あんたの未来視は《予測》であることを理解しておかないと。あんたが見ているのはあくまで可能性の一つでしかない」
「たしかに、その通り……」
乱れた呼吸を整えながら返事をする。
やっぱり、体力の無さがいちばんの弱点になるんじゃないか……。
「どうだい? 未来を視るコツは掴めそうかい?」
「まったく。不意なのはいつものことなんだけどね……」
直前に目が熱くなったりとかそういった分かりやすいことがあるのなら、未来を視ることを含んだ行動ができそうなのだけれど。
「やっぱり、何事もうまくいかねえな……」
「苦戦しているな」と、第三者……井宮奏斗の声が聞こえた。
横になりながら入り口に目を向ける。そこには制服姿の井宮が居た。
彼は「よ」と手を挙げて微笑みながら僕に近づく。
「ボコボコじゃないか」
見下ろされることには慣れている。だから僕はなにも言わなかった。
井宮は軽く笑うと、その表情のまま早見さんに顔を向けた。
「愛海……久しぶりだな」
「本当にね。あんたは何しに来たんだい?」
「依頼の内容としては愛海と同じ。そして、藍歌とも同じだ」
僕の特訓に付き合うこととコレクターを捕まえること。これらをすぐに理解したであろう早見さんは腕を組んで眉をひそめた。
「私だけじゃあ不十分だって?」
「いや、そういうことじゃなくて!」あたふたと手を振る井宮。「何事にも万が一ってのがあるだろ?」
「どうだかね」
早見さんは一層不機嫌になったようだ。
うーん……先ほどの話では『誰がなんと言おうと友達だ』と豪語していたはずなのだが、今の様子からはとてもそうは思えない。
例えるなら、拗ねてるガキとそれをあやす大人だ。僕と一対一の時とはあまりにも様子が違うものだから異様な気持ち悪さがある。これがギャップ萌えとかいうのだろう。……萌えってなんだっけ。
「いつまで寝てるんだよ、藍歌は」
井宮の呆れたような視線をきっかけに呼吸が整っていたことを確認する。筋肉痛間違いなしの体に鞭打って立ち上がるなり、早見さんは「さて」と僕に近寄った。
「魔眼を自在に操る人間、つまり才能のある人間は決まってこう言うそうだ。『魔力操作と同じで意思や意識の問題だ』とね。例えば、私のクラスには《魅了の魔眼》に覚醒した女が居る。彼女はあんたみたいに不意に相手に魔眼を発動していたようだけど、ある日を境にその操作が可能となった」
「そんな人居たっけ?」
「あんたには関係ないだろう」
「……嫌な言い方するなぁ」
井宮が来てから面倒くさい雰囲気になったことはさて置いて、《魅了の魔眼》の女の子の話は詳しく聞きたいところだ。
「彼女はある時通り魔に襲われた。コレクターとは無関係のね。その時の彼女は別段強力な魔術師ってワケでもなかったから、ただ逃げることに専念していた。それもすぐに限界がきて追い詰められた時、強く思った。『魅了! 魅了、魅了魅了魅了——!』……そして」
「魅了できたって?」
早見さんの言葉の先を僕は予測する。彼女は静かに頷き肯定した。
「以降、彼女は自由自在に魔眼の操作が可能となった。追い詰められたからなんて理由じゃない。彼女が強く願い、想い、祈ったから。自身に宿った神秘を、完全に我がモノへと変貌させたいとね」
「……てことは……」
「もしかすると、あんたはもうその境界を乗り越えたんじゃないのかい?」
「…………」
眠っていた時に魔眼が覚醒したとして、その後……東条さんが殺される未来を視た時を境に操作可能となっていたとしたら、白鏡の森で連続して未来を視れた理由もうなずける。
でも、僕が魔眼操作可能になっていると仮定して、どうして僕の意思とは関係なしに未来を視るんだ……?
「中途半端なのかもね。見ようと思えば見えるし、不意に視ることもあったり……心当たりがありそうだ」
「まあね」
さすがの洞察力に僕は軽く肩を竦めた。
もしも僕がある程度魔眼操作が可能な段階にあるとするのなら、早見さんとの特訓はあまりやる気がないから視れないのは分かる。……けど、コレクターに関する未来が視えない理由はなんだろう。
伊藤さんに背中を押してもらった今でも、僕はどこか「他人事だ」と思っているのか。
まったく……僕って奴は本当に——骨の髄まで人間だ。
突然、不快な電子音が聞こえた。
「着信音って本当に怖いよな」
はは、とポケットからスマホを取り出す井宮。
「はい。……ええ。…………は——?」
井宮は焦燥と絶望を混ぜ合わせた、なんとも珍しく不思議な顔に変化させた。
早見さんはそんな井宮を冷めた目で睨んでいた。いったいどうしたのだろう。
「……、分かりました。俺たちもすぐに動きます」
携帯を持った右手が力なく垂れる。
二人とも黙り込んだままだ。早見さんは何かを察しているようだ。一向に口を開く気配がないものだから、僕は「どうしたんだ?」と訊いた。
訊いた、ところで。
不意に予測できた。
未来視無関係の予測。
「——東条さんと叶未ちゃんが殺された」
「………………ふうん」
二人が死んだ。
僕の命をなんの見返りも求めずに助けた先輩と、僕を信じて秘密を打ち明けた後輩が死んだ。
珍しく心臓が高鳴る。
顔には出ていない。でも、きっと目には出ている。
こう言い方は良くないが、法号さんの時とは異なる感情が芽生えている。
軽い目眩。
流れる視界に二人の笑顔。
「……うん、まあ……」
泣かないか。
泣けないよな。
でも……『憎い』。
この感情は勘違いかもしれない。本当はやっぱりどこか無関係で他人事のように思っているのかもしれない。
“人の価値ってのは死んだ時に初めて実感するとはよく言うが、そいつはあまり正確じゃない。『死んだ時にそいつの価値が跳ね上がる』のさ。どんなにクズ野郎が死んでも涙を流す人間が居るのは、つまりはこういうことだ。無理矢理にでも死んだ奴に《価値》を埋め込むから……それに過ぎないんだ”
けど、先生のこの理論が今の僕に当てはまるのなら、そんなことはどうでもいい。
二人が死んで、その結果僕がどう思ったのか。
命を奪ったコレクターに対して『憎い』と思うのなら、一先ずはそれが正解でいい。
「ふ——」
軽く息を吐き、カバンまで移動する。
井宮と早見さんがどうしているかは見えないし興味もない。
僕の視界に、今の世界に必要なのはこの眼と情報だ。それ以外のものはいらない。
今視るべきは、一つの未来。
僅かな可能性。
それを知る為に、僕は書類を散りばめる。立ち上がって被害者の情報を俯瞰。
頭の中に流れ込む数々の情報。
未来未来未来未来。
コレクターのこれからを予測しろ。会って話したい。話した後で、取り敢えず眼を抉りたい。
——と、呼吸も忘れた頃に一つの未来が予測される。
雨に打たれた地面。灰色の空の下。二人の男女が女子高生と共に、背の高い建物の間の小道へと足を進めている。悲壮感漂う女子高生の後ろで、二人は笑みを浮かべていた。
……こいつらがコレクターだという確証はない。けれど、この情報から導きだされた視界は、無意味なものは映さない。それだけは断言できる。
「視えた」




