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無彩色の願望  作者: 哀川
第三章 死線の過去

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第十三話 言葉

「……と、私はあの高齢者の言霊に見事操られたってわけ」

「言霊って……如何にもって感じのワードだ」

「ただの会話に言霊を宿すことなんて造作もない。ほら、例えば……」


 早見さんは僕の正面に座って言う。


「『死んでも誰も悲しまなさそう』」

「……え?」


 涼しげな表情がピクリとも動かないものだから、それが本音にしか聞こえない。


「……『死んだ眼』……『長所なさそう』……『生きていている意味なさそう』……」

「……………………」


 ボロクソだった。

 すべて正論だから余計にたちが悪い。早見さんみたいな女子に言われるのは悲しいと言うよりは腹が立つといったところだ。

 しばらく無言で彼女の濃藍の瞳を見つめる。

 当然、先に根負けしたのは僕だった。


「まあ、こんな感じで人の気分を操作することは単純な作業なんだ。魔術師でなくともね。この世界の全員が一人に向かって『死ね』と言ったら、きっとその人は死ぬだろう。言葉にはそれほどの力がある。言霊があったら尚のことね」


 納得できるようなできないような、なんだか曖昧な説明だ。

 僕が少しばかり首を傾げると、早見さんは「本当に馬鹿だね」と肩を竦める。


「もっと分かりやすく例えるなら——いじめかな。ほら、いじめられて死ぬ人間ってのは少なからずいるだろう。それは当人の弱さが原因じゃなくて、言葉に含まれる『強さ』が言霊へと変貌した結果なんだ。……全部が全部ってわけじゃないけど」

「つまり、魔術師でなくとも言霊は操作できるって?」

「その通り。ただ、すぐに相手を意のままに操れるわけじゃない。言葉に込める願い、意志、条件や状況によって言霊が発現するかどうかが変わる。だから、日常会話に特別なニュアンスを含むことなく言霊を操ったあの人は化け物だ」


 ……そういえば、僕も以前あの人と話した時にふと思った。


『難しく考えることはないのだ。例えば人殺しを目的に置いたとしよう。一般人ならば、既存の道具——または知識で対応するだろう。ナイフで頸を切れば死ぬ。素手で首を絞めれば死ぬ。これらを魔術師にさせるとなっても大差はない。魔力を切断の概念へと変貌させ、首を切る。魔力で布を具現化させ、それで首を絞める。結果、人が死ぬ。つまりは過程に魔力があるか否かの差異なのだよ。ま、一番手っ取り早いのは銃で頭をぶち抜くことだがね』


 僕が魔術という不思議に困惑しているときに、あの人はそう言った。

 単純なだけであって納得のする説明ではなかったものの、僕は『そういうものなのだろう』と無意識に納得した。

 『分からない』という感覚が、いつの間にかどこかに消えた。

 潜入調査において余計な思考をせずに済んだのは、今思えば伊藤さんのおかげなんじゃないか……? 不思議に包まれたこの環境で平気を保ち、冷静に行動できたのは、彼のおかげなんじゃないか?

 自身の言葉が絶対的な影響を齎す。そう思うと、伊藤教授……魔術師というよりは——


「魔法使いみたいだ」


 あのヨボヨボな風貌といい、その言葉の方が似合っているように思う。


「怖いかい?」

「怖いね。手に入れることが難しい力を持っていながら、それを善意で使っているんだから。悪い奴に裏表はないけど、良い奴には裏表があるような気がするから本当に怖いよ。もっとも、それは僕が捻くれているからだって可能性もあるけど」

「…………」見透かしたような瞳で見つめる早見さん。「同意見だね」


 さて、と立ち上がり「休憩は終わり」と言った。

 半分も把握できていない書類を仕舞ってから僕も立ち上がる。


「コレクターは対策機関の追跡を逃れるような連中だ。多少運動ができた程度で捕らえるなんて当然不可能。だからまずは、『簡単には死なない』程度の力を付けてもらう」

「力……」

「魔力による身体強化」


 早見さんは深く深呼吸をして、自身の右手を顔の前まで運ぶ。


「人は魔力に触れ、それを我がモノとしてからありとあらゆる不思議や神秘の力の操作が可能となった。魔力を『鍵』としてそれらを『カタチ』に変えるのが魔術。身体強化はその手順を踏まなくていい。魔力という概念を強化という概念に変えるだけ。簡単で単純なことなら魔術はただの『概念操作』と化す」


 淡々と説明しているうちに、早見さんの右腕に淡い赤色の霧のようなものが見えてきた。

 これが魔力が身体強化の概念に変化した結果なのだろう。やがてそれは彼女の右腕に吸い込まれるように消えた。


「あんた自身の魔力を使うんだ。魔眼覚醒者だからその肉体にも多少の魔力が宿っている。……見たところその眼に集中しているようだけど」


「でも、一体どうやって……」

「自覚しな。体内に血が巡っていることを。そして思い出せ——初めて未来を見た時を。生まれつきの魔術師でないものが魔力を発現させた時は何かしら特別な『情』があったはずだ。それを掴む。カタチのないモノをカタチのない手で掴むイメージだ」


 僕が初めて未来を見たのは……そうだ、コレクターに襲撃されることを予測したとき。眠っていた時に夢を見たのだと錯覚していたが、たしかに未来視は発動したんだ。

 その時の感覚といえば……?


 東条さんの危機を予測した時と水神筒子の動きを行動を予測した時とは思考も状況もまるで違う。

 つまりは、あの時がきっかけで魔力操作が可能になったと。

 寝ていたよな、僕。

 その時の情……心の動き……僕自身の性質と言えば?

 目を閉じる。

 僕にとって、眠ることは楽になることと同じだ。

 寝る——意識をなくすことは全てを忘れること。

 過去の記憶を忘却し、

 理想の虚無を想像する。

 僕が機会があれば死んでもいいと思うのは、好奇心ではなく、つまりは救われたいから。

 となると、僕が初めて魔力を操作した時の心は——

 自殺志願……殺意そのものだ。

 それは別に特別な情というわけでもない。日常的に思っていることだ。

 眠る、暗闇に包まれるということが食事以上よりも上位の欲求。

 ……ああ、そういうと、『いつも思うこと』だからこそ特別と表現できるのか。


「……………………」


 その情を思い出したところで、何も変化は訪れなかった。


「ふん。なるほどね……」


 早見さんはどこか納得したように頷いた。


「……で、どうするの?」


 僕は聞く。

 僕と早見さんが依頼されたことは共通している。『藍歌姫乃』の強化。コレクターを殺せるほどまでとはいかずとも、殺されない程度には強くすること。

 しかし、僕の武器は制御不能の未来視とナイフのみ。

 数々の魔眼を抉り取ってきた犯罪者相手に無理な話だ。


「いや……操作に関しては私がなんとかする。けど、まずはやっぱりその未来視を頼りにするほかなさそうだね」


 早見さんは深いため息をこぼした。


「でも、僕は魔眼の操作ができない」

「魔眼所有者で操作できないのは珍しい話じゃないよ。ざっと分けて三つのパターンがある」早見さんは指を立てる。「魔眼の効力が常に発動している場合。抑制や矯正に苦労するタイプだね。次に自由自在に操作できる場合。これははっきり言って才能でしかないだろう。最後にあんたと同じ、無意識による発動。はっきり言って運でしかないだろうね」

「そっか……そういう——」


 ——うん?

 抑制や矯正だって?


「早見さん。一つ目のパターンの場合はどうやって抑制するんだ?」

「え? そりゃあ、その魔眼の対となる性質の因子を取り込むんだよ。未来視なら過去視の因子を。魅了なら敬遠を。眼球に直接取り込むこともできるし、眼鏡やコンタクトにすることもできる。魔術対策機関の連中は基本眼鏡を使っているね。すぐに発動できて便利だから。ただ、相当な金がかかるけどね」


 そうか……光野さんたちが抑制の方法を語らなかったのは、別に僕に困る事情がないから……コレクターに狙われることもないであろうと、その時には思っていたからか。

 そもそもそんな提案を知ったところで金を払う気にはなれないし、僕としてはどうでもいい。

 けれど、薔薇にとっては違う。

 僕がコレクターと対峙しようとしている理由は、魔眼について何か新しい情報があればいいと願っているから。そして、その願いは僕のものではなく薔薇のものだ。

 過去視で苦労している。だから彼女は僕に付き纏う。

 しかし、魔眼を抑制する方法があるとなったら話は変わる——と言うより、終わる。

 この情報を薔薇に伝えるだけで終わる。

 なんで東条さんは教えてくれなかったんだ? 知らなかったなんてことはなかっただろうに。


「……無駄な時間だった」


 僕が呟くと、早見さんは「どういうこと?」と口にした。


「今回の依頼、キャンセルで。もしも機関からお金が出ないなら、無駄にした分の時間は僕が払うよ」


 そう言って荷物をまとめる。

 カバンを背負い、珍しく困惑した顔をする早見さんの横を通り過ぎる。

 すると、片眉を上げた早見さんが僕の前に立ち塞がった。


「待ちな。意味がわからない」

「わからなくてもいいだろ。金は払うって。というか、多分払われるよ」

「そういう問題じゃあない。あんたはコレクターを捕まえるという依頼を請け負った人間だ。いくらなんでも無責任すぎる」

「間違いない。僕は無責任だ。でも、僕が心儀さん……か、機関に返金したら済む話だろ?」

「何故請け負った?」

「魔眼のことについて知りたかった。知り合いが過去視に苦労していたらしくて。でも、今抑制できると知ったから、僕がこの依頼を請け負う必要はなくなった。光野さんには悪いけどね」

「……その知り合いがコレクターの被害者になるかもしれない」

「あのさ、本当に知り合って間もないんだよ。邪魔だし思い入れないし、僕が彼女を守る義理なんてない。光野さんに適当に抑制できる物を作ってる場所を聞いて、それを彼女に伝えて、それで終わり」

「その娘が死んだら?」

「死んだら? 死んだら…………」


 灯火花が悲しむ。

 榊麻衣美が悲しむ。

 彼女を知る人間が、悲しむ。

 薔薇が素っ気ない態度で突き放した友人が、それでも彼女の力になりたいと思うほどだ。きっと薔薇は大勢の人間に愛されてきたのだろう。

 ……それがなんだ?

 僕は何も言わずに早見さんの眼を見る。

 それが答えだ。

 さすがは賢い早見さん、僕の心情を読み取って「そうかい」と舌打ちをして眼を瞑った。

 自分よりも頭の良い人と話すのはストレスがないな。

 そう思って彼女の横を通り過ぎようとした。

 しかし、突然早見さんに襟首を掴まれ後方へと押される。


「っ……!」


 カバンを手放し両手で早見さんの右腕を掴んで抵抗するが、出口は遠ざかる一方だ。

 すぐに壁に叩きつけられ、後頭部と背中に衝撃が走る。


「その娘はあんたの過去を見て、それで信頼してあんたに悩みを打ち明けたってところだろう?」


 本当にストレスがないなあ、と早見さんの細い腕に爪を立てるが、身体強化されているため無意味だった。寧ろ僕の爪の方が折れそうだ。


「よくもまあ、そんな純粋な娘に『死ね』なんて思えるね」

「……、そこまでは言ってないよ。死んでも僕には関係ないって話だ」

「ま、たしかにね」


 早見さんはすんなりと認めると同時に僕から手を離した。

 首を触って『付いている』という当たり前の事実を確認してから、僕は早見さんを睨む。


「でも、分からない……。その娘の頼みを聞いてあげたってのに、どうしてその後の心配をしない?」

「絶対に狙われるってわけでもないだろ」

「いや、そもそも、その娘の為にコレクターとぶつかる覚悟でいたってのが不自然だね。あんた、もしかして……」


 その通りだろう、と早見さんの背後から聞こえた老人の声。


「伊藤教授。その通りというのは」

「うん」笑顔でうなずき、伊藤さんは早見さんの隣まで移動した。


「藍歌姫乃くん」

「……なんでしょう」

「君は自分に正直になるべきだ」


 ゆっくりとした言葉が耳に残る。

 ほんの僅かな沈黙が続いた。

 このままじゃ流れを持っていかれると思った僕は自ら口を開くことにした。


「僕は正直ですよ。どうでもいい奴の為に危険なことをするつもりはないんです。そもそも、薔薇が狙われる可能性なんて……」

「その薔薇くんとやらは魔術師ではないだろう。コレクターにとってはいい獲物になる」

「でも、その確率は」

「高いであろうな。そこらの人間がそこらの人間を殺すこととは訳が違う」

「——……」

「君は良くも悪くも裏表がない。その割に……否、だからこそ自分の意思が曖昧なんだ。過去にどんな体験をして今の君があるのかは知らないが、もしも《変化》を望むのなら、まずはここから始めてみるといい」

「……変化、を……」

「大丈夫。引きたい時には引ける。そう簡単に人は死なないからな」


 気持ち悪いくらいに穏やかな口調で言い終えると、伊藤さんは足音一つ立てずに出て行った。


「……話に聞くのと体験するのじゃあまるで違うな」

「ああ、効いたんだね」


 僕は眼を細めて頷く。

 これも言霊の力なのだろう——彼の言葉が頭から離れない。

 しかしこれは強制されているというわけじゃない。あの善人であるおじいさんは、あくまで背中を押すという手段として言霊を遣っただけだ。そうだと実感させるほどの善人であることに僕は肩を竦める。


「まぁ、やるか……」


 とはいえ、僕がコレクターに関する未来を見ないことには始まらないのだが。

 魔術も使えないとなると、本当に先が思いやられるというかなんというか。


「そこまで落胆する必要はない。所詮連中は自分よりも弱い相手を選んで殺しているし、逃げることに全力を注ぐ程度だ。それに、私が師匠しているんだ。あんたは程々に強くはなるよ」

「程々でいいんなら僕以外に任せて欲しいもんだ」

「未来視を覚醒させたことを恨むんだね」


 違いない、と項垂れる僕。

 未来視がなければ薔薇は僕を頼ることはなかったし、そもそもコレクターに襲われることもなかった。

 そして、彼ら彼女らに出会うこともなかった。

 薔薇は——僕の違う過去を見ていたらどう思っていたのだろう。……なんて想像したところで意味もない。


「んじゃ、再開しようか」

「うん。……あ、そういえば」

「なんだい」

「伊藤さんが来る前、早見さんは何を言おうとしたの?」

「……ああ、『ツンデレか?』って」


 まるで見当違いの鳥肌が立つくらいには気持ち悪い想像に僅かな苛立ちを覚えたことはさて置いて。

 井宮はどうして燈明学園を辞めたのだろう。あいつが自分の夢を諦めるような印象はないし。

 印象といえば、過去の井宮が語っていた彼の姉の印象も今とは異なっている。


「私の体の心配はせずに制圧してみな。骨折程度なら三日程度で治るからね」


 原因があるとすればそこだろうか。

 少し気になるけれど、早見さんが語らないとなれば仕方ない。

 とりあえず僕は僕のやるべきことを……


「ふん!」


 早見さんの力強い声と同時に足首に衝撃が。

 視界が反転する感覚にもなれたものだなあ。そうは思うものの、痛みに耐性がつくわけもなく、次の瞬間に僕は畳にぶつけた頭を抱えて悶えていた。

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