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無彩色の願望  作者: 哀川
第三章 死線の過去

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第十二話 天才のあり方(前)

 友人は心を通わせることができた時に自覚できる関係。けれど、それはそいつと対等だと思えなければ成立しない。

 私、早見愛海は歪んだ人格の持ち主だとよく言われる。もっとも、そう言うのは私に直接言う勇気のない腰抜けどもなのだけれど。

 しかし、その腰抜けどもの言うことは限りなく事実に近い。

 何故なら人は自分よりレベルが低い——或いは高い人間を異端視するからだ。

 私のような天才的な実力の持ち主が異端視されるのも無理はない。私からしたら燈明学園の生徒のほぼ全員が無能だから異端視すべき相手だ。


「そんな考え方をしていたら、いつか破綻すると思うがなあ」


 ハゲの高齢者、伊藤教授がそう声をかけてきたのが、私が十五歳で自身の才能に気づきこの学園に転入した時だった。

 燈明学園で半年を過ごして思ったのが、やはり裏の世界だろうと人間の本質は変わらないと言うこと。

 次第にその感情が目に現れるようになったのが伊藤教授にバレていたようで、一人で食堂に居た時に声をかけられた。

 彼は私の正面に座るなり「何があったのか」を無視していても訊ね続けるものだから、私は自身の『生き方』を打ち明けた。


「破綻、ですか」

「そうそう。人は独りで強くなることはできる。でも、独りで生きていくことは難しいのだよ。君に悪意を向ける人は君が嫌いだからではない。君が怖いからだ。誰だって未知は怖い。原因は君が内面を隠し、敵意を向けているからでもあるのだ。互いが互いに心の障壁を崩したその時、きっと情が生まれるに違いない」

「……それは難しそうですね」

「もちろん。簡単で単純な人間なんてこの世に存在しないのだよ。複雑だからこそ争いが生まれ、その度に進化していくのだ。……進化は大袈裟かな。言い換えるなら——」

「成長、ですね」

「そう。君は人間として上位の存在だからと言って『人間性』を諦める必要はない。ただひたすらに全てを極めなさい」

「全てを極めるって、不可能じゃないですか?」

「かもしれんね。しかし、天才だからって異端扱いされるのは悔しいだろう?」


 安っぽい煽りに乗っかるのも悪くないと判断した私は、伊藤教授が去って行った直後にその席に座った彼を受け入れてみることにした。


「早見さんだよな」


 いきなり笑顔を見せてくる彼の名を、他人に興味を持たない私でも知っていた。

 井宮奏斗。見境なく善意を振りまく大人びた男。私と同時期に転入したらしく、それなりに優秀な人材のようだけれど私以下。しかしあまりにも人間性が評価されているものだから、彼は実質学園内のトップとして扱われている。

 どうでもいいと言ったら嘘になる。私にだって人並みにプライドはあるし。

 燈明学園は魔術師育成学校の中でも上位に存在する。他とは違い、年齢層を中高生あたりに絞り込み(とはいえいくらでも例外は存在するが)、徹底して優秀な存在を世に放つことで名を馳せている。

 そんな学園内で私は頂点であったのに……なんて恨み言をいっても仕方がない。彼が望んで偽りの頂点に立っているわけではないのだろうし。


「あんたは井宮だ」


 無愛想に腕を組んで答えた。

 トレイに乗った空の皿を見つめる。私がここに座って井宮のお喋り相手をする義理はないけれど、伊藤教授の言葉が耳を離れないから仕方ない。


「意外だ。知っていたのか」

「有名人だしね」

「うん? 初めて聞くぞ、そんな話」


 嫌味じゃないのは伝わった。どうやら学園内の人気者ということは無自覚らしい。顔を売りにしている芸能人とは違ってその点は好感が持てる。


「そんなことよりさ! 早見さんはルーン以外の文字でも魔力を流し込むことができるんだろ? それってほとんど魔力をそのまま現象に変えるような大業じゃないか。全国的に見ても世界的に見てもできる人が少ないそうだけど、何かコツとかあったりするのか?」

「……さあ、どうだかね。魔術はあくまでただの概念操作に過ぎない。魔力を手足のように動かすことができるかはそこなんじゃないかな」

「魔力……『生者の魂』か……あと外界に溢れる自然魔力。……改めて言葉にすると不思議な感覚がするよ。知識として知れていたとは言え、前までは別の世界にいたから」

「……あんたはどうして魔術師に? あんたみたいな人間性なら、何も魔術師にならなければならないってほど追い詰められていることもなかったはずでしょ」

「まるで魔術師は進んでなるべきじゃないみたいな言い草だな」

「その通りだからね。まともな人間は魔術師になんてなるべきじゃないよ。大半が過去の知識に縋り付いたままで、魔術そのものの進化スピードはたかが知れている。そりゃあ『裏』と称されても文句は言えないだろう、その言葉にふさわしい現状なんだから。紀元前に初めて魔力という概念を見つけ、そして接触した人類最初の魔法使いから始まり、魔力操作が可能な魔術師が誕生した。けれど、どれだけ時間が経ってもその魔法使いを超す者は現れない。例えると『旧石器時代よりも現在が知識で負けている』ってところだね」

「でも、魔法使いは人間から遠く離れた存在だ。それを越せないのは当然じゃないか?」

「だとしても、先人の遺した知識を利用して楽をしている魔術師は基本クズだ。言葉の通り全員が全員クズってわけじゃないけど、そういう群衆で溢れているんだよ、魔術師は。中には私利私欲の為に犯罪行為に手を染める奴もいる……そこだけは表の世界と大差はないだろうけど」

「俺は……楽をする為に住む場所を変えたわけじゃないよ」


 彼は笑顔だった。

 それは、私が長らく正面から見ていなかったもの。


「今、姉貴が魔術対策機関の行動課で働いているんだけど、実績がすごくてさ! 毎回毎回、犠牲者が出る前に事件を解決するんだよ。最年少昇進も夢じゃないらしいんだ!」


 井宮は無邪気な子どものような目をしていた。唐突に身振り手振りが大きくなるものだから、よっぽど家族を語るのが好きなのだろう。

 まったく、羨ましい限りだ。

 そうは思っていても、性格の悪い私は嫌な質問を口にしてしまった。


「人助けが好きなら警察にでもなればいい。ボランティアも腐るほどあるだろう」

「ダメだよ。俺は信号無視をしたことがあるんだ。そんな奴が警察だなんて笑われるよ」


 井宮は自虐的な微笑みを浮かべた。

 恐ろしいくらいに素直だ。よく知らない他人にここまで自分をさらけ出す勇気は恐怖に値する。

 信号無視程度で警察になれないわけもないだろうに。どうやら、未成年飲酒も喫煙もそこそこの悪事をした奴だって警察になったりすることを知らないらしく、これまた素直だと思った。


「それに、こっちじゃあどの場所でも年々人材不足が目立つだろ? だから……せめて手助けができればいいなって」


 理由が浅い気もするなと思っていた私は、きっと無意識に怪訝な表情をしていただろう。

 けれど、井宮が続きに放った言葉が予想外なものだったから、そんな細かい『理由』なんてのはどうでもいいなと思えた。


「でもやっぱ、憧れがいちばんの理由かな。姉貴は言っていたんだ。『たとえ悪人だろうと苦労して生まれてきたんだ。簡単に殺すなんてできない』って。姉貴のそういう……なんて言ったらいいんだろ。正義の味方ってわけじゃないし、言い換えるなら……」

「人の味方、だね」

「それだ! とてもシンプルな響きに聞こえるけど、俺はそんな生き方に憧れてるんだ。……子どもっぽいかな?」


「——……」


 勝手に盛り上がったり、勝手に照れたり、勝手に笑ったり。

 思えば——両親は私に感情を見せてくれなかった。ゼンマイ仕掛けの人形と錯覚するほどに、決まった物事や一定の言葉しか発しない。

 人のせいにするのは少し横暴な気もするけど、やはり、私の人格が形成された理由は両親にもあるように思う。

 何も知らない。

 何も感じない。

 だからこそ。

 井宮奏斗との会話の心地よさを手放したくないと——。


「ああ。餓鬼だね」


 僅かに口角が上がったのを覚えている。

 こういう関係も、まあ……。

 私の方こそ単純な理由でそう思った。


「そこは便乗するなよ。早見さんが言うと他の誰よりも傷つくんだ……。……そういえば、次の時間って結界術の授業で同じだよな。こっそり人払いの秘訣とか教えてくれよ」

「嫌だ」


 新鮮な気持ちに浸りながらも、私は会話を続ける。

 そういえば——伊藤教授は言霊研究に力を入れていることで有名だったか。

 この短時間で他人を受け入れようとする気持ちになったこと自体が不思議に思えているが、まさか……あの高齢者、余計なことをしたな。

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