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無彩色の願望  作者: 哀川
第三章 死線の過去

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第十話 新たな依頼

 以前僕を襲った魔眼コレクターの一人の少女。彼女を東条さんが心儀さんに引き渡してからわずか二日ほどでコレクターメンバーの四人を確保したらしい。


『組織ってのは厄介だよなぁ。下っ端はすぐに口を開きやがるんだからよ』


 心儀さんが愉快そうに語っていた。

 それから日が経つにつれて心儀さんが確保した人数は十人となった。けれども一向に組織の親玉を見つけられないことに苛立ちを覚えた心儀さんは、捜索規模の拡大、担当魔術師の増員を行った。

 しかし、手掛かりの一つ掴めないままで今に至る。敗北というのは、殺人者を野放しのままである現状のとこを言うらしい。

 最近のコレクターの被害も『過去視』と口にしていた少女しかなく、捜索規模の縮小と人員の削減が決定したようだ。

 裏の世界の警察と比喩される組織だからといって、その人数は悪い意味で比にならないらしい。

 残り二人(確定ではないようだが)の足取りが不明な上に顔も割れていないのは、どうやらコレクターの全員が見たことがないからだそうだ。連絡手段として鳩を操作し、手紙を送りつけていたらしく、その手紙も確保前に処分済み。なす術なしというのが現状だという。

 確保されたコレクターの全員が元研究職に就いており、一匹の鳩を使って勧誘された。

 親玉は相当慎重な人間だ。魔眼持ちじゃないのなら、よっぽどの強運の持ち主でなければ接触できない。そう言われて、僕は白鏡誠司を思い出した。

 心儀さんが僕たちに見せてくれたのは今までに捕らえたコレクターと被害者の個人情報。これだけで親玉が誰かなんて当然あぶりだせるわけもなく、予定通り未来視に頼るしかなかった。


「そもそも、どうやって魔眼持ちかどうか判断するんですか?」

「そりゃあ簡単だ。『魔力の流れ』を見たらいい。本来なら身体中を巡っている概念だが、その操作ができない『魔眼覚醒者』は無意識に頭部に集中しちまう。『表』と『裏』が混ざった半端者だから返り討ちに遭う心配もないだろうし、コレクターからしたら良い獲物なワケ」


 あっはっは、とどこがおかしいのか心儀さんは笑った。

 この人のどこを尊敬してんだと井宮に視線で訴えるが、伝わるはずもなく井宮は首を傾げるだけだった。


「未来視。おまえは見たことないのか? 魔力ってーのは、こう……霧というか煙というか、そんな感じなんだけど」

「あー……そういえば、見たことあります。井宮の黒っぽい魔力。……と、桜内の魔力。赤っぽい色でした」

「あん時か! あんたが明日川にボコされた時のにあたしが駆けつけた!」


 嫌な言い方をするが事実なので否定できなかった。

 そして井宮と犬探しに出た時に見た魔力。

 それ以外に魔力らしい魔力というのを見た覚えはない。そうと伝えると、心儀さんは難しい顔をして顎をしゃくる。


「ほほぉ? 今は? 俺や桃春や奏斗の魔力が見えるか?」

「見えません」


 簡潔に答えると、


「ゴミだな!」


 と心儀さんは明るい顔で罵倒した。


「魔眼が覚醒してから一月以上経って尚魔力すらまともに見えないのはやべえって。魔術師として自然に慣れるはずだぞ? 自分の魔力の操作は? 肉体強化程度ならできるか?」

「できません」

「ゴミだな!」


 二回も言うのかよ。

 心儀さんの陽気すぎる顔にうんざりしてしまう。

 ……というか、そこまでのことならどうして井宮や桜内や光野さん東条さんは指摘してくれなかったんだ。適当がすぎる組織じゃないですか?

 不意に遠い目をしていると僕の目の前を心儀さんが指差し、意識を戻される。


「というわけで。魔眼コレクターの親玉確保を魔術対策機関行動課長として依頼するぜ。まず未来視にはコレクターの親玉に関する未来を見るまでひたすら特訓だ。できれば桃春と奏斗も付き合ってもらいたい。こうしている間も誰かが殺される危険性があるからな……報酬はいつもの倍くれてやる。……いやまあ、掛け合うんだけどな」


 心儀さんは光野さんに顔を向けて「どうだ?」と訊いた。


「……コレクターを逃していた理由はお前よりも厄介な相手だからではなくて、ただひたすらに相手が逃げることに徹していたから。つまり、奏斗や桃春でも十分に対応できる。そして、未来視の姫乃の力が必須なワケだ」


 二人は不敵な笑みで応じた。

 にしても……誰かが殺される危険性がある、か。それを第一に危惧しているところは井宮に似ているかもしれない。

 偽りなき正義感から警察になる人がどれだけいるのか。

 自分の命と他人の命を秤にかけたとき、本心で他人を優先する人がどれだけいるのか。

 それを考えたとき、たしかにこの人——そしてこの組織は実に珍しい。

 心儀さんにはそう改めて思わせられた。


「俺はもう失礼するぜ。色々とやることがあるんでな」

「え? あなたが特訓とやらを施してくれるのでは?」


 心儀さんは出入口のところまで移動してから振り返って答える。


「こう見えて俺は優秀な人材なんでな。流れてくる仕事もそこそこあるんだよ。それに遊ぶ時間も確保しなきゃってなると——」


 得意げに語る心儀さんの顔面に突然勢いよく開いた扉がぶつかる。


「ぐおおおぉおおあああ!」


 心儀さんはなんとも迫真な叫び声を上げ、鼻を押さえて丸くなった。

 それよりも、僕だけでなく三人も駆け込んできた人物に視線が行っていた。

 一人の少女だった。制服など容姿からして高校生だろう。乱れた髪に溢れている汗、肩で息をしていることから全力疾走でここに来たのが分かる。

 慌てて中央まで来て床に倒れ込んだ。


「大丈夫ですか⁉︎」


 井宮が慌てて駆け寄る。一方で桜内は扉の前に立っていた一人の四十ほどのおじさんを敵対視していた。

 スーツ姿の彼もまた息を乱しており、彼女を追ってきたのだと察することができる。

 意味不明な状況の解説を求める視線を光野さんに送った。


「『客』じゃねえな。ま、俺たちゃまき込まれたって感じだろ」


 客。その意味は喫茶店を利用する者と何でも屋を利用する者の二つ。

 この二つでないとなると、魔術の関連性のない一般的な事件に遭遇したということになる。


「あんた。この娘になにしようとしてんのさ」


 桜内が立ち上がって問う。頼むからここで殺して面倒なことにしないでほしいものだ。


「いやいや。あんたたちには関係ないよ。これは俺と彼女の問題であって……」

「この娘はあんたに借金があんだろ」


 光野さんはつまらなそうに言った。


「なんやかんやあって堪忍袋の緒が切れたあんたは、脅迫してこの娘の体に悪戯しようとしたってところか? よくあるからなあ、この手の揉め事」

「なんでもいいでしょう。すぐに彼女と出て行きますから」


 否定しないことが何よりの肯定に思える。いや、そもそも読心術を特技としている光野さんが言うならそれまでか。


「姫乃。おまえはどう思う?」

「……?」

「この場合誰が悪い?」

「ああ、そういう……。僕が思うことはただ一つです。『返せないものは借りるな』」


 光野さんは笑い、井宮と桜内は目を細めて僕を見ていた。


「俺はなあ」


 スーツの男の背後で心儀さんが鼻血を出しながら言った。


「歩きタバコをする野郎が嫌いだ。ながらスマホをする野郎が嫌いだ。そして——女に手をあげる男が嫌いだ。差別だのなんだの言われようと、俺はそういう生き方をしているんだ、知ったことか」


 心儀さんが男に向かって人差し指を向けた途端、その指先に紺青色の霧のようなものが見える。

 彼は僅かに人差し指を縦に下ろす。


「——isa」


 男の頭部に浮かび上がる一本線。それが消えると同時に、男の意識も消えたようで床に倒れ込んだ。

 ……認識できた。なにが起こったのかはともかくとして、はっきりと魔力を見ることができた。


「……ふふ。未来視よ、どんなもんだい!」


 キメ顔をする心儀さん。鼻血を拭いていたら尚良かった。


「勤務外の非魔術師に対する魔術の行使は違反行為だが?」


 冷静な光野さんの発言に血の気が引いた心儀さんは、


「あとはよろしく親友! 細かい連絡は明日にでもするぜ!」


 そう言って光の速さで消えていった。

 そのタイミングで女子高生がようやく落ち着きを取り戻した。井宮と光野さんが男と一緒にスタッフルームへと連れて行き、僕と桜内おまけに柩ちゃんが残された。


「あんたは座ったまんまだったよなー」桜内が僕の隣に座って言う。

「なんで?」

「依頼されてないだろ」

「でも、あの女の子危なかったでしょ」

「かもな」

「あんたが一番近かった」

「近かったな」

「残念……勘違い、だったわ」

「なにが」


 聞きたくないのに、ついそう言ってしまった。

 思わず視線を落とす。視界の端に映る桜内はその発言通りに残念そうだった。


「なんかさ……あんたが動く理由ってのが違和感あって。もしかすると、あのアホ馬鹿乳デカ娘の為ってのが動機なんじゃないかと思ってたんだわ」


 薔薇に対しての蔑称はさて置いて、一体どうして桜内がそんなことを思ったのか興味がある。

 僕が訊き返すまでもなく、桜内は頬杖をついて口を開いた。


「魔眼持ちってコトに共感したのかなって。あー、いや……共感っつーより同情か。魔眼の性質も似たようなもんだし」

「同情……?」


 新鮮というよりも不思議な響きだ。少なくともその言葉は僕に対して気軽に投げられるようなものではない。

 それに、知り合って間もない桜内に言われるとなると少し頭にくる程だ。

 知ったようなコト言いやがって。と、僕は心の中で呟いた。桜内が勘違いと自覚しているのだから、口に出す必要はないと思ったからだ。


「けど、勘違いだった」


 桜内はさっきと同じ言葉で締めた。そして体を伸ばして吐き出すように続ける。


「本っ当に面倒だよな、あんた。気持ちを理解しようとしてるこっちの身にもなれっての」

「横暴だな。理解してくれなんて頼んでないはずなんだけど」

「同じ場所で働く仲間。クラスは違えど同じ学校で過ごしている友達。一度共に死線を乗り越えた奴を相手に理解すんなって方が横暴でしょ」

「どうだかね……」


 ここで会話が途切れた。

 そろそろ帰ろうと思い席を立つと、桜内が「もう帰るん?」と言った。


「うん。今日はもうすることないみたいだし」


 僕が背中を向けて出口に向かうと「おつかれぃ」という桜内の声が聞こえた。

 この場合はどう返すべきか。立ち止まって三秒ほど悩んだ末に「また明日」と無難な返しを選んだ。

 外に出て扉が閉まる直前に桜内が噴き出すのが聞こえた。


「……間違えたか」


 はあ、と小さく息を吐いて歩き出す。

 そうだな……『僕は疲れていない』とかの方がよかったか。或いはガン無視か。

 なんにせよ『また明日』という台詞は僕らしくはない気がする。優秀かどうかはさて置いて、心儀さんはなんだか適当な人のようだし、本当に明日何かをするのかわからない。呼び出しがなければ基本的に喫茶店に足を運ぶことはないし、学校でも桜内や井宮に出会すことはほとんどないだろう。

 そうと分かっているはずなのに、僕はまた明日と言った。


「………………」


 今日の僕は本当にらしくないことを言うなぁ……。


 ×


 いつかはこの夕暮れの空を血に染まった空と表現したか。眼前に流れる川の音や風が吹く音以外に何もない世界。いつも通りの都会が、他の誰かが居ないだけでこうも別のモノに見えてしまうのが不思議だ。

 いや、誰かは居るか。

 僕は河川敷の芝生に座っていた。そしてその右隣に、白い着物の女性。前回と同様に顔面が黒い霧に包まれているせいで顔が見えない。

 同じ夢を見ることはきっとあるだろう。幼い頃に印象に残っている出来事やトラウマ等々。

 けれど、まったく記憶にない夢の中の夢を何回も見ることなんてあるのだろうか。少なくとも僕にはないので、十分不気味に思える。内容が内容だし。

 前回は夢なのか未来なのか疑問に思っていたのだが、そもそも未来を見ている状況で『これは未来なのか』と思うことができるのか? 今の僕が未来の僕に意識を移すことができるんだとしたら、それはとても……。

 いや、これは夢だな。未来視にそんな力があるとは思えないし、ここまで意味不明な状況が訪れるとは思えない。

 夢と断定しても、不思議は不思議なんだけどね……。


「……あの」


 女性は流れる川に目をやったまま、僕の方を向く気配はない。

 そんなに川が面白いのかと僕も前を向くが、とてもそうは思えなかった。


「しあわせ?」

「……え?」


 思わず右を見る。

 若く心地良い声だ。たった四文字なのに安らぎを覚えるほど聴き心地がいい。安心感すら覚えるほどだ。


「幸せ……ではないよ。不幸じゃないってだけで、幸せじゃない」

「かわいそ」

「別に僕は構わないよ。今はなに不自由してないわけだし、それ以上のことは望まない。……望む権利なんかないし」

「どうして?」

「幸せを望んでいいのは過去に一度も悪いことをしていない人だけだから。過去の事は水に流して——とか言う人が多いけど、はっきり言って不気味だ。それを言う人は自分に後ろめたい過去があるに違いない。だからそう言って忘れようとする。楽になりたいんだろうね……その上幸せになりたいと願っている。僕にはとてもできない芸当だ」

「どうして?」

「さあ、どうしてだろう。僕自身も嫌な事は忘れればいいと思っているんだけど……その行為はたしかに気持ち悪いんだ。多分僕の意思じゃなくて、僕を育てた人の意思だ。ほんと、僕ってのは色々中途半端なんだよ」

「…………」

「……なんか、よく喋るな」


 口もとを手で覆い顔を逸らす。

 この人の声を聞いた時の安心感が理由か……知らないだけでなく顔も見えない相手にぼくがここまで話すのは珍しい。

 きっと夢だからこそできることだ。


「……悪くないなあ」


 そう呟いて、流れる川を無感動に眺める。

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