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無彩色の願望  作者: 哀川
第三章 死線の過去

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第九話 目的

 井宮の家は住宅街の中で少し浮くほどに高級感を出していた。細長い三階建ての家はよくあるが、ここまで幅広いのはあまり見ない。央語舞邸よりはさすがに小さいけれど。

 インターホンを押して三秒後、井宮がドアを開けた。


「遅かったな」

「悪い」


 とは思っていないけれど、一応そう言った。

 開放感のある構造だった。普段狭いアパート住みの僕からしたらとても新鮮に感じる。

 リビングの二人掛けソファーに桜内が横になっていた。


「おいっす」

「……っす」


 軽く会釈し、桜内の正面の一人掛けのソファーに座った。

 遅れて井宮が脚の低いテーブルに人数分の紅茶とお菓子を数個出してくれた。


「ほら、邪魔邪魔」


 井宮が桜内の足を退かして座る。「はいはい」と返事をして桜内が体を動かすと、雰囲気は一気に仕事モードって感じだ。切替の早さには感服しなくもない。


「藍歌もコレクターを捕らえたい……ってことでいいんだよな?」


 井宮の問いに僕は静かに頷いた。


「まあ、結果的にはそうなると思う」

「意外だよねー。こいつが金にもならないのに動くなんて」

「目的は別にあるっての」


 目的——そう、僕に『魔眼について訊ねる』目的があるように、桜内にも目的がある。

 桜内は悪の悪を自称しているわけだから、動く理由は分からなくもない。

 けれど……井宮については予想もできない。


「井宮はどうして動くんだ?」


 なんとなく訊ねると、代わりに答えたのは桜内だった。


「こいつはこいつで馬鹿なの。なんつーか……悪人でも救っちまうほどのお人好し? あたしとは方向性の違う正義の味方ってやつ」

「ああ、だからあの時……」


 天竜寺さんと井宮の姉である並樹さんに怒っていたのか。

 犯罪者を死なせた、だったか。そんなどうでもいい、むしろ死んでもいい存在であろうと、井宮は生きるべきだと主張するのか。


「どんな人間であっても、生まれた以上は死んじゃいけない。例えどれだけの罪人だとしても、その人は生きて償うべきなんだ。勿論綺麗事だって分かってるさ」

「…………」


 僕は紅茶に手をつける。

 井宮が語っている間、桜内はどこか後ろめたそうな顔をしていた。

 井宮と桜内が共通しているのは『正義の味方』という点のみであって、その在り方は根本的に違うのだ。

 彼は全てを救いたいと願い、

 彼女は殺しも躊躇わない。

 そして僕は、そのどちらでも構わない。中立と言うよりも気分屋と自己分析するべきか。

 ……不安定な三人組だ。


「ほんっとあたしらって不安定だよなー」


 桜内がクッキーを頬張りながら言う。


「けれど不仲ってわけではないし。あたしらが仕事するときにゃ色奈さんが居ないとバランスが悪いよね」

「確かにな。でも、東条さんは叶未ちゃんの護衛をするから頼れない。今回は俺たちだけでなんとかしないと」


 井宮はどこか遠い目をして続ける。


「あの人には本当に頭が上がらないよ。多分、コレクターが捕まるまではろくに睡眠もできないだろうな」

「ふうん? でも、結果は張ってるんだろ?」

「勿論張ってるさ。並の魔術師でも突破できないものに加えて人払いの結界も。だけど、敵の正体が不鮮明なこの現状で何があるか分からないからな。ほら、藍歌も知ってるだろ? 東条さんが責任感の強い人だって」

「……ま、そうだな」


 赤の他人に手を差し伸べる人間性に救われた僕だからこそ、彼女のことはそこそこ理解している。

 こんな僕ですら東条さんには恩を感じざるを得ないのだからとてつもない正義だ。


「それはそうとして」


 これからどうするのか。

 それを訊こうとしたその時、未来の視界が流れ込む。


『えー! 色奈さんってドラクエやったことないの⁉︎ ありえない!』

『でもFFなら全作やってるもん!』


 部屋着姿の薔薇と東条さんが一室で会話をする光景だった。

 あくまでこの可能性があると言うだけだが……。こんなにもどうでもいい未来を予測するが為に睡眠時間を増やさなきゃならないのか……? いや、たしかに二人が仲睦まじくある姿は良い事なのだけど——


「………………」

「…………藍歌?」

「どしたん?」


 なんでもないと言って紅茶を飲み干した。

 こんな予測を話したって何の意味もないだろう。


「それでどうするんだ? コレクターを捕らえるって言っても手掛かりはないし……囮作戦?」


 以前それで危険な目にあった身としては是非とも他の作戦を考えてもらいたいものだ。

 ふとその時を思い出す。

 柩ちゃんが助けてくれなければ、東条さんはともかく僕は死んでいた。“ああ、死んでもいいな”と思うこともなく、確実に。

 一番弱いであろう僕が言うのもなんだけど、この三人じゃあ若干不安だ。柩ちゃんが協力してくれればいいのだが、二人は彼女について一切言及していないし……。


「あの時以来、藍歌を狙ったコレクターは襲撃に来なかったんだろ? 今回のは過去視だから叶未ちゃん狙いだろうし、藍歌が囮になったところでって話だよな」

「たしかに」


 僕と井宮は黙り込む。

 何かいい方法はないかと黙り込んで模索していると、桜内が指を鳴らして言った。


「いい方法あんよ」


 その発言が僕と井宮の視線を桜内に集中させる。


「あんたの未来視は予測なんだから、閲覧と違ってある程度の操作は可能なはずでしょ。だったら……」

「ああ、なるほど。コレクターの資料を藍歌に見せまくるってことか」

「そそ。あと意識的に魔力を動かせるようになったら何か魔眼について掴めるかもだし、資料も含めて彼に頼ってみたらいいじゃん」

「魔力……ね」


 その存在を認識はできるが、僕自身の魔力は見たことがない。そんなものの操作と言われても、やはり生まれながらの魔術師でない可能性が高い僕としてはしっくりこない。

 ……彼?


「彼って?」

「ほら、藍歌を狙ったコレクター確保に動いていた人」

「ああ……そんで取り逃したっていう」

「おいおい、そんなこと言うなよ。あの人は相当優秀な人なんだぞ?」

「優秀なら犯罪者を逃したりしない」


 僕の心ない発言に井宮は失笑した。けれども桜内は「違いねえ」と声を出して笑っている。

 察するに井宮にとっては尊敬に値し、桜内にとってはそうでもない人物か。まったく想像もつかない。


「ってことで、さっそく光野さんのところに行こう」


 紅茶を流し込むと井宮は立ち上がった。お菓子を大量に口に放り込む桜内もそれに続く。


「どうしてわざわざ?」

「あの喫茶店は知る人ぞ知る何でも屋の他にも、魔術対策機関とかそう言った組織の仕事を下請けすることもあるんだ。だからこの手の問題は光野さんに話さないと」

「ほんと何者なんだよあの人……」


 僕はため息をこぼしてから腰を上げた。


 ×


 柩ちゃんのひと席空けたカウンター席に僕、その背後のソファー席に井宮と桜内が座っている。どうやらもうこれが定位置として確定しているようだ。


「なるほどな。お前らがコレクター捕まえるからあいつに情報を寄越してもらいてえ、と」


 光野さんは二度頷いた。


「けどよお、請け負ったってわけじゃねえし、コレクターを捕らえて奴らに引き渡したとしても大した金にならねえだろ」

「光野さん、俺たちは金とかじゃなくて——」

「わかった。遠回しに言うのはやめてやる。お前らが相手にしようとしてんのは、あいつが捕らえ損ねるような奴ってことだ。そこのところを考えて行動してんのか? おまえらの正義の心はどういう形であれ素晴らしいもんだ。俺が保証してやる。でもな……てめえの命すらも捨てて動くのは違う。そこは理解できているか?」


 光野さんは僕は眼中になく、その先の二人に向けて言っているようだった。

 この人の叱責に二人がどんな顔をしているのか想像もつかないが、別に気になりはしなかった。


「おまえらが今までに過去に死線を乗り越えてこれたのは『引き際』を認識していたからだ。だってのに、今回はなんだ? 成功に慣れたから失敗の想像ができなくなったのか?」

「あー、ちょっと待った光野さん」説教を中断させたのは桜内だ。「動こうとしてるのはあたしたちだけじゃないよ?」

「は? まさか柩が?」

「なわけ。光野さんの真ん前に座ってる陰キャだよ。あたしたちだけじゃなくてそいつにも言って」


 光野さんの視線がクソ野郎の言葉に誘導される。

 僕にも厳つい目を向けられるものだと身構えていたが、意外なことに彼はきょとんとしているだけだった。


「……なんです?」

「……あ、いや。意外も意外だな。理由を聞いてもいいか?」

「光野さんは心を読み取れるでしょ? つまりは……」


 保身です。

 保身の為、それ以外に理由なんてありません。

 他に理由があると思いますか?

 ありえないでしょ?

 と、いつもの目付きで訴えた。


「……、はは」


 光野さんは軽く笑った。


「……光野さん、あなたが言ったんですよ。『せっかくの魔眼だ。有効活用して金を稼ごうとはおもわねえか?』って。だってのに、こういう時に魔眼を使わないのは意味わからないです。それに未来視が有ればある程度の危機は避けられる……かもしれない。井宮も桜内も強いってのはここ最近で目の当たりにしたし、それに——」

「よく喋るな」


 嫌な笑顔を向けられた。目をそらしたくなるほどに優し気な眼差しが本当に嫌だ。

 背後からうっすらと息を吐き出すのが聞こえる。きっと馬鹿にされているなと思っているうちに、光野さんはタバコに火をつけた。


「……分かったよ。自主性に期待してやるともさ」


 投げやりな言い方ではあったが、その台詞には僕ら……いや、井宮と桜内への信頼があった気がした。さすがに東条さんと会話するときのように穏やかな雰囲気ではないが、それが改めて彼女の強さを感じさせる。


 そして三十分ほどした頃、彼はやって来た。


「おっひさー!」


 どでかい音を立てて扉を開けたと思ったら、これまたどでかい声なものだった。

 入り口に視線をやる。

 百八十はあるだろうか、背の高い男だ。年齢は二十代後半といったところ。遊び人っぽい風貌なものだから、本当に魔術世界の警察なのかと疑ってしまう。

 にこにこと満面の笑みを浮かべたまま店の中に入る。


「柩ちゃん元気だった?」


 と、陽気に声をかけるが柩ちゃんが答えることはなかった。

 続いて井宮と桜内に軽く声をかけると、彼は僕と柩ちゃんの間の席に座った。


「それで君が──未来視だ」

「どうも」

「…………」


 無愛想な態度が気に入らないのか、彼は目を細めて僕を見る。


「違うなあ。違う違う。初めて会った人にそんな簡素な挨拶は駄目だ。いいかい? 挨拶ってのはこういうのをいうんだ」


 と言って、彼は瞳と同じ紺色の髪をかき上げた。


「俺は心儀こころぎ心火しんか、二十七歳。光野と同い年なんだ。俺のが若作りだけど。そうだなあ……好きな人は背の高い女、滅びるべきと思っているのはロングスカート。はい、君の性癖は?」


「……?」


 とりあえず「僕はクールな女性が好きです」と適当に言った。


「クゥールッ⁉︎ なるほどなるほど、冷静沈着を極めていつも涼し気な無表情で暮らしていて趣味は読書で、って感じかな? いや割とまじで好み合うわ。俺の彼女とかそんな感じだもん。ところで未来視、おまえさんは彼女とか——」

「おい」


 いつもより重みのある声だった。光野さんの表情は怒りの感情をあらわにしている。


「いつまで無駄口叩くつもりだ? てめえが今しなきゃいけないのはコレクターをむざむざと取り逃した時の話とその他の情報開示だろうがよ」

「はいはい、サーセンサーセン」


 鬱陶しそうに手をひらひらとさせる。


「昔はよく夜のドライブに出る仲だったのになあ」とぶつぶつと言いながらポケットの中から封筒を取り出し開封作業をしている。

「夜遊びして終電逃したから俺をタクシー代わりにしただけじゃねえか」


 井宮桜内の二人が心儀さんの背中から書類を覗く。

 そして心儀さんは強く拳を握りしめ、怒りに声を震わせながらも口角を上げて言った。


「これは、俺が魔術世界において三度目に敗北した話だ。心して聞いてくれ」


 三という微妙な数字に僕が触れることはなかった。

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