第八話 愛しさ
現状を簡潔に説明しよう。
学校付近の小さな喫茶店の四人席に、僕とその正面にポニテガールこと灯火花、その隣にボブカット生意気ガールこと榊麻衣美が座っている。
テーブルには僕が注文したミルクティー、そして女の子二人は死ぬほど甘そうなパフェを口にしていた。
次に経緯も簡潔に説明しよう。
『奇遇ですね、桜内奏斗先輩!』
『…………うん、奇遇だね。それじゃあまた明日』
靴を履き替えて外に出ると、彼女は僕の隣についてきた。
『物事を明日へ明日へと先送りにするから私たちは馬鹿なんですよ! というわけで賢くなりましょう!』
訳の分からないことを言って彼女は僕のリュックを引っ張り、ここまで連れて来たのだ。
無論振り解こうとしたのだが、灯の正体不明の馬鹿力がそれを阻止した。
泣く泣く喫茶店に入るとそこには既に榊が座っていて──というかたち。きっと道中にメールでもしたのだろう。
「なんでこんな……」
「それはですね〜」
僕が溢すと、灯がドヤ顔で反応した。
「私も補講を受けていたからなのですよ!」
「……あっそ」
まさか昼休みの『私頭悪くて』が伏線になっていたとは……別になんの驚きもないのだけれど。
「知的ぶってる先輩も赤点取ったんすね」
榊が笑顔をして僕を煽る。
「君の前で知的ぶった覚えはないんだけどね」
「あ、すんません。これ火花のことでした」
「えー! 私そこまで知的ぶってないよ!」
なんかすげえ娘だ。
榊麻衣美……こいつとみちるを関わらせたら殺人事件が起きるだろうな。
まあ、そんなことは二人が生きている間はないだろうけど。
「それでさ、用件っつーか……お願いってのはなに? どうせ薔薇のことなんだろうけど」
その名前を口にした途端、二人の顔色が変わる。
察するまでもなく、この二人が僕にお願いしたいことはただ一つ……薔薇に関することだ。
「先輩は、いばらんにどんな印象を持っていますか?」
僕は迷わず答える。
「灯に並ぶ程度には明るい性格をしていると思うよ」
「私たちもそう思います。でもなんか……中学一、二年の時に変わったんですよ、いばらん。友達も多かったのに、突然閉鎖的になったというか……」
小学六年から過去視が発現して、中学の時に誰かと関わると自分が、そして相手すらも傷つく可能性があることに気付いた。
そんな事情当然誰に語ることもできない。
だから薔薇は閉鎖的になることを選んだ。
「でも、先輩と話している時のいばらんはすごく楽しそうでした。だから、もしかすると先輩なら何か事情を知っているんじゃないかと思って」
「あいつの抱えている問題、教えてもらえませんか」
真剣な二人から視線を外してミルクティーを口にする。
仮にここで全てを打ち明けて、それでどうなる? 薔薇の魔眼が消えるか? そもそもこの娘たちは信じるのか?
やっぱり、話す意味はないな。第一、下手に魔術の話をするのはよくないらしいし。しかしはぐらかしたところでこの二人が「はいそうですか」で終わらせてくれるとは思えない。
なら──それっぽいことを言って納得させるしかない。
「ああ、僕は薔薇がどういう問題を抱えているか知っている」
「なら!」
食いつく灯に対して僕は「けど」と強めに言った。
「薔薇が君たち親友に相談しないってのは、あいつは自身の抱える問題を知られたくないってことじゃないのか?」
「それは……」
「かもっすね」
「だったら……」
「でも、私たちにも何かできると思うんです!」
めんどくせえ絆だなあと思った。僕からしてみれば、ここで引き下がらない時点で本当に友達と呼べるかどうか怪しくなってくる。
「君たちは薔薇を助けたいの?」
「無論です!」
「助けを求められてないだろ」
「……でも」
「『でも』じゃないんだ」
今度は僕が食い気味に言った。
「善意の押し売り以上にタチの悪いものはないだろ。薔薇が君たちを頼らないなら、もう放っておくしかないよ。……別に口止めされている訳じゃあないし、どうしてもと言うのなら話してもいい。ただそれは薔薇の気持ちを無視した行為だ。それでもいいのか?」
灯は顔を伏せる。……が、なんだか納得していないように見える。
一方で榊は僕の言葉に頷いた。
「先輩さんは頼られてるんですよね」
「僕だけじゃない。僕の命の恩人や知り合いも頼られてるよ」
「結構大事みたいっすね……」
コップが空になったのをきっかけに、僕は財布の中を確認した。三千円ジャスト。小銭無し。舌打ちしたい気持ちを抑え、テーブルに千円を置く。
結果的に二人にパフェを奢った形になってしまった。
「んじゃ、叶未が信じた人を信じます」
「……へえ」
案外物分かりのいい娘だ。
僕が席を立つと、榊は軽く頭を下げた。薔薇のことか、あるいはパフェ代のことか。両方なんだろうなと思った。
灯は不貞腐れた子どものように俯いたまま。
……慰めてやる義理はない。
僕は二人に背中を向けて一歩踏み出す。
「……、……」
らしくないな、まったく。僕は足を止めて背中を見せたままで言った。
「薔薇は君たちのことを親友だと思っている。問題が解決するまでは、愛想が尽きない限り今の距離感を保っていたらいい」
尽きたらしらん、と言って僕は喫茶店を出た。そしていつもと変わらぬ速度で歩き出す。
おそらく、薔薇の問題が解決することはない。
魔眼を手離すということは、自身の眼球とそこに宿る魔力を消失させることを意味する。
眼球の取り替えはこちら側では不可能だろう。角膜の移植程度なら聞いたことがあるけれど、眼球そのものは聞いたことがない。仮に魔術世界でできたとしても莫大な費用が発生するだろう。
コレクターなら、何か知っているのだろうか。魔術世界の研究機関すらも知り得ない何かを。
「…………」
僕がスマホを取り出したと同時に着信が来た。画面に表示された名前を確認して応答する。
「僕だ」
『コレクターぶち殺したくね?』
いつもの調子で物騒な事を言ったのは桜内桃春だ。
「殺すかどうかはともかくとして、訊きたいことはあるな。一度コレクターを逃してる組織に任せておいて大丈夫なのかって心配もあるし、なにより……」
『なにより?』
「…………いや、早く僕の身の安全を確保しないと」
『あんたらしいわ』
軽快に笑う声が少しして、桜内は「じゃ、今から奏斗ん家かもん」と言って通話を切った。
「…………」
桜内が動く理由は分かる。似合う似合わないはともかくとして、あいつは『悪の悪』の生き方をしているのだから。
けれど井宮も動くとは意外だ。桜内に巻き込まれただけだろうか。
何はともあれ、井宮の家に行けば分かるか。
……ん? 井宮の家?
「…………」
なんで知ってる前提で話進めるかなあ、と傍若無人の顔を思い浮かべた。
×
「賽銭箱にお金を投げてよかったと思ったことはありますか?」
夜空の下、繁華街の路地裏は一帯が影と化していた。
そんな空間に響くは華やいだ女性の声。
「なんでそんな話になってんですか」
青年が笑いながら応えた。
すらりと長い足の下に一匹の子猫が苦しそうに悶えている。青年は猫の腹を踏み潰すほどには力まず、しかし脱出不可能なほどには力を込めている。
「んー……俺ぁしたことないけど、でも寺に金投げると願いは叶いそうですけどね」
「残念ながら叶いませんよ。私はしっかりと神様に感謝を伝え、叶ってもいないけれど前回のお願いに対するお礼もしましたが、お願い事が叶うことはありませんでした。大半の人は願いは叶わないと理解しているのに、それでもお寺へ小銭を投げ続ける。不思議なものですよね」
「そうですかねえ? 近所のお婆ちゃんは『神様のおかげで一年健康に過ごせた』とか言ってましたよ?」
「それは願わなくとも叶う程度の事ですよ。数を打てば当たる占い程度です。結局のところは神様なんていないんですよね。けれども神秘は実在する」
「神秘?」
「魔術──いえ、一人の魔法使いが起源な訳ですし、その言い方は適切ではありませんね。この世界に初めて誕生した魔法使いがその神秘です」
「神は居ないけど神秘があるって? おかしな話だ。……いや、面白いかも」
「そうですよね。……ところで——」
彼女はいつの間にか動かなくなっていた猫に視線を送る。
「猫に恨みでもあるのですか?」
「……あなたは家に入った虫を殺しますか?」
「殺しますね」
「野良猫が入ってきたら?」
「追い払いますね」
「強盗が入ってきたら?」
「殺しますね」
「そうですよね。命にはそれぞれ『重み』がある。命を選別できるから人間は人間らしく生きることができる…………でも!」
青年の声が路地裏に響き渡る。
女性は軽くため息を吐いてから耳を塞いだ。
彼が猫を踏み潰し、聞くに耐えない音がする。
「俺にはその選別ができない! この猫を殺しても猫が死んだだけで何も悲しめない! つまり俺には人間らしさが『欠陥』しているんだ! それが悔しくて悔しくてたまらないッ!」
「…………あ、はい。それで?」
青年は深く息を吐き、冷静さを取り戻す。
「だから俺はあなたと共に居る。あなたと居れば人を殺す機会が多くなる。そしていつか運命の人と出会い、そいつを殺して悲しんだ時、俺は初めて人間になれるんですよ」
「うんうん、分かります分かります」
適当に返事をし、ここで女性が耳から手を離した。
その時。
「こんばんは」
「君たち、こんなところで何をしているんだい?」
二人の男性警官がライトで二人を照らす。
小麦色の短髪。身長は百七十後半でスタイルが良く、彼の形相に猫の血がわずかに付着して不気味なものになっている。
もう一人はベージュ色のロングヘアー。背後の壁にもたれ掛かり、不敵な微笑みを警官に向けている女性。
二人ともラフな服装をしており、見た目は大学生なものだから、警官は口調を強めて言った。
「君たちも良いこと悪いことの判断くらいできるだろう。猫を殺しちゃ──」
「なら……」
と青年が警官の背後で言う。
警官は瞬間移動したかのように錯覚しただろう。
「てめえは虫も殺したことねえのかい⁉︎」
青年は一人の警官の頭部を掴み、そのまま顔面を壁に叩きつける。
もう一人の警官が今の出来事を認識するより先に、青年が回し蹴りでもう一人の頸をへし折る。
ほんの一瞬で、一人が二人を殺した。
「まったく。どうして私の駒は脳筋しかいないのでしょうかね」
女性は「よいしょ」と立ち上がり、死体まで足を運ぶ。
そして人差し指で二人に触れ、指を鳴らして濡羽色の炎を発現させる。十秒も経たないうちに死体と共に炎が消えた。
「行きましょうか」
「ですね」
二人は微笑み合う。




