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無彩色の願望  作者: 哀川
第三章 死線の過去

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第五話 正しさ

 過去視に魔眼コレクター。前者についての問題は僕一人でもなんとかなったかもしれないが、魔眼コレクターもとなると、やはりこの人たちの力を借りざるを得ない状況なのだろう。

 自分の無力さを痛感……まではいかなくとも、無関係な人間を巻き込むのは僅かに気が引ける。

 事のあらましを説明し終えた後、東条さんは表情を曇らせて言った。


「本当に今更感あるけどさ……私たちのことを巻き込んで申し訳ないとか思うのやめようよ。そんな距離ある間柄じゃないでしょ?」


 悲しみというよりは怒りを孕んだ声色をしていた。耐えず視線を逸らした先には井宮が。口角は上げつつも、その瞳は真剣に僕の目を見つめており、その見透かされた態度は僕の苦手とするものだった。

 不穏な空気に「え? えぇ?」と動揺する薔薇が唯一の癒しに思える。


「それにしても、コレクターに過去視……か」


 東条さんはベランダで気を失っている少女の次に、リビングと玄関を隔てる扉付近の薔薇に視線をやる。


「まだ彷徨いていたんだな、コレクター」


 と、井宮がベランダ付近で少女に視線を落として言う。


「いつか藍歌を襲った奴は引き渡したんだよね?」


 彼の問いかけに東条さんは頷くも、どこか訝しんだままだった。


「そうなんだけどね……たしかに連中を捕らえたって報告はまだなんだよ。でも、さすがにこれだけの時間があったらとっくに捕まえられる筈だし」

「だとすると……、前回の奴らとは別の組織かな」

「早急に確認しなきゃだねえ……」

「あの……」割り込みずらさを無視して僕は台所近くに座って言った。「コレクターに関しては光野さんに確認してもらってるところ」

「あ、そうなの?」


 と、東条さん。


「だからそれは結果待ちとして。前々から気にはなっていたんだけど、会話に出てくる『彼』とか『連中』って一体なんなんだ?」

「あれ? まだ言ってなかったっけ?」


 なんともおマヌケな顔をする東条さん。少ししてから紅潮し、誤魔化すように井宮を見た。


「てっきり奏斗くんが説明してたかとっ!」

「俺は頼りになる最高の先輩が説明したと思ってたよ」

「うぅ……」


 頭を抱える東条さんを、井宮は悪戯な微笑みで応じる。

 仲良しがすぎるその光景は見ていて微笑ましい。


「では……気を取り直して私から」


 こほんと軽く咳払い、そしてソファーの上で正座をする。なんとも異様な画だ。


「連中というのは、魔術対策機関行動課。彼というのは、機関の上層部に当たる人間です。はい、質問ある人」

「はい。魔術対策機関とは」

「魔術を取り入れない普通の世界が『表』と表現され、魔術ありきの世界は『裏』と表現される。さて、ここで問題です」

「…………」


 質問に対する回答の途中で問題とな。どんな性格してんだこの人。


「表の世界の治安を維持する組織は?」

「……まあ、警察とかかな?」


 あれか……要は裏の世界の警察みたいなものだと。


「つまりは裏の世界の警察みたいなもんだよ」


 僕の解釈のまま井宮は言う。


「あの手の機関は一般人にはその存在を伏せられてる。けれども政府公認だ。機能が停止すれば表にも影響がでる機関には相当なコレが下りている」


 人差し指と親指で輪っかを作る。妙に生々しい表現だ。


「じゃあ、なんで光野さんみたいな組織もあるんだ?」


 莫大な金が下りてくるというのなら、個人営業よりも正式な組織に所属した方がよっぽど賢明に思える。


「それは、私たちに勇気がないからだよ。完全に裏の世界に入り込む勇気。表の世界での全てを捨てる勇気。これらがないから、私たちは表と裏の境界線の真ん中に立っているの。それに──半端だからこそできることだって多くある」


 とても納得できる理由だ。

 白鏡誠司の一件で全てを知った気になってはいないけれど、しかしそういう存在が多い魔術世界に人生を捧げるのは相当な勇気がいること間違いなし。東条さんや井宮で無理なら僕なんて天地がひっくり返ろうと無理だ。

 ……桜内はどうなんだろ。あいつなら『あたしが住みたいと思った世界が表だ』とか言いそうだなあ。いつか会った時に覚えていたら訊いてみよう。


「……ともかく、その機関のお偉いさんが信頼できる人なら、あの娘は以前とは別のコレクターってことになるけど……」


 僕は目を細めて少女を見る。

 はっきり言って、あの少女の知能で仲間なしとは考え難い。他に仲間がいるとして、そいつは少女を助けにくるのだろうか。だとしたら……


「少なくとも半径百メートル内は、俺たちを除いて魔術師は居ない」

「……え?」


 冗談に聞こえないところが恐ろしい。加えて罰の悪そうな顔をしているから不思議なものだった。

 思えば、僕は井宮奏斗の素性をまるで知らないよな……だからどうという訳でもないのだが。


「とりあえず、この娘は彼に連絡して取りに来てもらおう。俺は説明の為ここに残るけど、東条さんはどうする?」

「別の組織の可能性も考慮して、一応光野さんのところに報告してくるよ」

「厄介だなあ、魔眼って」


 さて。それぞれの行動が決定したところで、僕らは動き始めた。

 ……ところで。


「あの」


 それまでその存在が空気のようであった薔薇が小さく手をあげる。


「私は?」


 ×


 薔薇の身の安全を第一に考えた東条さんは、彼女を連れて光野さんの喫茶店に行くことにした。

 敵の正体が分からない間はそうするのが妥当だろう、と井宮も賛同していた。

 そして家に残った僕と井宮。僕は網戸がブチ壊れたことに絶望してベランダに放置し、井宮は少女をソファーに運んだ。

 一向に目が覚める気配がない。気絶というよりはただの睡眠をしているかのような安堵の表情だ。その不自然さを疑問に思った僕は井宮に訊いた。


「その娘には何をしたんだ?」


 台所に寄りかかり、ソファーの余った部分に座る井宮を見る。

 なんだろう……客人が来た時には毎回僕が立ったり床に座っていたりしている気がする。僕の家なんだし強気でいけばいいのに……。


「無意識に魔力を暴発させたんだ。俺は他人の魔力をほんのちょっと操作できるんだ……相手によるけどな。魔術師にとって魔力の消耗は体力の消耗と同義だから」

「僕が未来を見るたびに睡眠時間が長くなるのと同じか」

「そういうこと。予測の未来視となると、単純に脳を休ませることも必要になるからな。藍歌なら学校までに起きれないこともあったんじゃないか?」


 なんてな、と笑う井宮。当然僕は笑わなかった……というよりは笑えなかった。


「……案外早かったな」


 少しして井宮が玄関に視線をやった次にインターホンが鳴る。そして一秒も経たないうちに玄関が開く音がし、不規則に床が軋む音が近づいてくる。

 姿を現したのは、身長180は下らない男だった。サングラスで紺色の短髪をかき上げている。見た感じだと二十代後半。快晴だのに真っ黒なスーツで身を固めているものだから、見ているこっちが汗を掻きそうだ。

 僕をちらりと見てからニヤつき、いつの間にか起立していた井宮を見た。


「お久しぶりじゃんか……奏斗」


 多少の悪意が混じってそうな微笑に対して、井宮は純度千パーくらいの笑顔で答える。


「どうもです。まさかあなたが来るとは思ってもいませんでしたよ」

「嘘つけよ。魔力で個人の区別がつくだろ」

「ご冗談を」


 なんだかよくない雰囲気だなあと思っていると、男の奥からさらに焦げ茶のポニーテールを揺らした女性が一人現れた。

 彼女もまた高身長だ。僕や井宮よりも高い。かなりの美形だ。


「姉貴……」


 と、井宮がこぼす。

 その言葉が耳に入って瞬時に理解できた。親しみを込めた呼び方とかじゃあなくって、この二人はたしかな姉弟だ。


「魔力無しのこいつを見つけられないのは当然だろうがな」


 男はさて、と呟くと僕に体を向ける。


天竜寺てんりゅうじ水雲もずくだ。名刺いる?」

「要りません」どういうわけか反射的にそう答えてしまった。

「まあまあ。受け取ってくれ」


 水雲さんはテーブルに名刺を置く。

 そして彼の横に立っていた女性が口を開いた。


「お察しの通り、あたしゃ奏斗の姉、並樹なみきだ。あんたは今後ともよろしくしなくてよさそうな奴だね。よろしく」

「………………?」


 目つきの悪さが中和されるほどに良い笑顔を向けられたが、よろしく云々のところでそれどころではなかった。

 ああ、なるほど。何も考えずに話すタイプか。僕もたまにやるんだよな、一生関わりがなさそうだなと思った相手には適当に対応すること。

 つまりは……そういうことだろう。


「コイツがあんたの眼を狙ったって?」


 並樹さんは少女を肩に担いで言う。なんて力持ちだ。まさか片手で持ち上げるとは。


「ええ。でも、一つ気になることがあって。そいつ……『過去視』と言ったんです。けれど僕が持っているのは未来視だ」

「ほお? 未来視を持っているのか。えっと……」


 水雲さんがこめかみを押さえて唸る。


「藍歌です。藍歌姫乃」

「そうだ、姫乃だ。似合わねえ名前だよな」

「自覚していますよ……」

「すまんすまん。しかし、未来視と過去視の判別を間違えるとはな……」


 考え込む水雲さんに薔薇の事を言おうか迷った末、僕は黙り込んだ。

 別に言う必要はないはずだ。少女が『間違えた』という事実はそのままなのだから。


「まあ、そう心配するなよ姫乃くん。あとは我々に任せてくれ。しっかりと拷……尋問して、この問題は解決させてもらう」

「えぇ……」


 頼りになるけど怖すぎるんだよなぁ。

 引いてる僕を並樹さんは笑う。


「だからあなたたちには任せたくないんだ」


 突如として、井宮は二人を睨む。

 殺意は感じられない。これはあくまで敵意だ。

 感情表現豊かな井宮とはいえ、負の感情は今まで見せてこなかった(あくまで僕の前ではだが)。だから新鮮に思う。


「人をなんだと思ってるんだ?」


 まるで我儘な小学生の相手をしているように、二人は嗤う。

 並樹さんなんて井宮に背を向けたままだった。


「以前だって──」

「あのなあガキ」並樹さんは愉快そうに言う。「奴は快楽殺人集団の一人だったんだぞ?」

「その通りだ。結果的にあの少年は死んだが、必要最低限の情報は吐き出させた。結果、集団の確保に成功。犠牲者が数十人のところを一人で済ませたんだぞ? しかもそれが犯人ときた。誰が悲しむんだ?」


 瞬き一つ許されそうにない緊張感。

 僕に勇気があれば『別の場所でやれ』と言いたい場面だ。


「だめだ。こいつぁ話にならないよ、水雲さん。知っての通り、不条理を条理に押し込んじまおうとするくらいにイカれちまってる。理屈で説明しても屁理屈しか返さないよ」

「条理云々はよく分からないが、よく知ってるよ。けれど、そこはお前も人のこと言えないと思うがな」

「……うっせえ」


 舌打ちをして並樹さんは出て行った。


「二人には情報提供として、後日幾らか振り込ませてもらう。この娘の正体も分かったら奏斗に連絡しよう。では、奏斗に姫乃くん。また《悪》が居たら連絡してくれ」


 水雲さんも出て行くと、井宮が大きくため息を吐いて腰を下ろした。


「ダサいところ見せたな」

「まあダサかったな」


 正直に言ったところ、井宮は吹っ切れたように笑った。


「藍歌は裏表がなくて良いよ。清水寺から飛び降りた気分になれる」

「裏表?」

「素直ってことさ」

「なら違う。素直な奴は嘘も隠し事もしない。僕の場合は、単に歯に衣着せぬってやつだ」

「ということを正直に言っているんだ。説得力ないぞ」


 いくらか反論したいところではあったが、「さてと」と立ち上がる井宮に対して僕が言葉を放つことができなかった。その反応を見て井宮は満足気に頷き、玄関に向かおうとして、途中で足を止めた。


「なあ、藍歌」重く沈んだ声色で、彼は続ける。「おまえは家族って居るか?」

「…………?」


 意図のわからない質問に僕は疑問符を浮かべる。

 しかし、適当に誤魔化した回答では許されないような雰囲気。


「そりゃあ居るさ。親が僕を産んだ過去がなきゃ僕は居ない」

「藍歌らしい言い方だな……。いい具合に捻くれている」


 軽快に笑うと、井宮は出て行った。

 一瞬だけ見えたあいつの微笑みは、やはり並樹さんに似ていた。


「姉弟か……」


 ソファーに横になって呟く。

 家族。その関係にある者に距離はなく、自身の心を曝け出していても尚幸せが続く……と、みちるは言っていた。あの一家は確かに幸せそうだし、実際そうなのだろう。

 けれど、自分の内側を隠す事なく幸せでいられるのは不思議に思えてしまう。

 それは、僕に経験がないからか。

 そうした過去を知らないからか。


「……寝よう」


 嫌な事も辛い事も、寝たら忘れられる。

 睡眠って素晴らしい。

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