表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無彩色の願望  作者: 哀川
第三章 死線の過去

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/136

第三話 誰かの為に

 案の定、喫茶店には光野さんと柩ちゃんが居ただけだった。まあ、そもそもこの喫茶店は『知る人ぞ知る秘境』のような場所で、基本は魔術絡みの問題解決を目的とする組織の職場なのだから、お客が居ないのは当然なのだろう。

 都心部とはいえ細路地の看板のない小さく古びた家だ。中が喫茶店だと思って寄る人間なんてまずいない。


「日曜日の昼間に外に出るなんて、おまえさんらしくねえなあ」


 光野さんは八重歯をむき出しにした笑顔で迎えてくれた。


「日曜日以外に外に出ても僕らしくないですよ」


 肩を竦めて応え、いつもの席に座る。


「なんか飲むか?」

「あー……じゃあ、コーヒーで」

「大人ぶりやがって。たんと苦くしてやる」


 少しして用意されたコーヒーは、彼の宣言通り地獄のような苦さだった。

 半分も飲んでいないうちに、光野さんが口を開く。


「何の用だ?」

「…………」


 ただ遊びに来たと思わないところが、本当にこの人らしい。


「少し……聞きたいことがあるんです。過去を見る眼についてなんですけど……」

「ふん? 過去視について、ねえ」


 彼が眉をひそめたのと同時に、動き一つなかった柩ちゃんも僅かに微動したようだった。


「やっぱり、過去視も未来視と似たようなものなんですか?」

「まあ、性質自体はそうだな。過去視もまた予測と閲覧に分類される。希少価値で言ったら、予測の場合は過去視、閲覧の場合は未来視ってところか」


 つまり、特別な代償は必要ない……と。これが知れただけでも十分だ。


「意外です。未来視の方がすごい感じはしますけど」

「ま、閲覧に関しちゃそうだな。本来ならば知り得ない、未知の未知……或いはその先までも代償なしに見ることができる。けど、予測はどうだ? 例えば水神筒子との戦闘を思い出せ。おまえは彼女の動きの未来を見たから対抗できたらしいが、それは未来視がなければできないことでもないだろう? 俺なら心を読むまでもなく動きを予測できる」


 戦闘経験豊富な人間ならばたしかにその通りだ。……いや、そうでなくとも相手の動きなんてのはだいたい見当がつくものか……本当に大雑把であればだけれど。


「しかし、過去はどうだ? 人は見た目で印象が決まるというが、それは未来を予測するよりも当てにくいだろう。例えば俺だな。頬に切り傷、恵まれたガタイ、背中にゃ刺青がある」


 ……刺青に関しちゃ初耳だ。


「いくつかの死線を経験したが、俺は人を殺したことはない。正義の為以外に他人を傷つけない、そんな当たり前なことができる。対して柩だ」


 僕は視線を右にやった。俯いているように見えるが、相変わらずどこを見ているのかは分からない。


「こいつは過去に数人殺している。白鏡誠司の人形だとか、誰かの為の殺人を除いてだ」

「…………はあ?」


 思いがけない事実に動揺してしまった。まさかここまで大人しい娘が、過去に人殺しをしたことがあるなんて。こんなことを暴露されても動じないのだから更に信じられない。

 人の印象を決めつけるのは誰にでも可能。しかし、それが過去と結びつくとは限らない。

 なるほど。つまりはそういうことか。


「……だいたい分かりました。けど、実際のところどうなんでしょうね……過去と未来、どっちが知る価値があるのか」

「そりゃあ未来だろ。だからこそ閲覧の場合は未来視が重宝されるのさ」

「そうか……そうですよね」


 ひと段落ついたところで、僕は続いて質問する。


「ところで、魔眼コレクターってのは全員捕まったんですか?」

「……そういや、まだ報告はきてねえな。その後誰かに襲われたってことはねえだろ?」


 頷く僕を見て顎に手を当てる光野さん。訝しむ表情をして「そうか」と言った。


「確認しておく。何かあったら電話してくれ」


 そう言い残して、光野さんはスタッフルームへと消えていった。

 うん……すぐに行動に出てくれる大人以上に頼りになるものはないな。僕の学校には給料泥棒をしている教師すら目立っているし、大人への信頼感というものがなかったから、今の光野さんは新鮮だ。

 最近なんか特に大人が嫌いになっていたし。授戒蒼夜と白鏡誠司に関わったのが原因だろうな……。

 光野さんはいざとなったら電話しろと言っていたか。番号を知っていたらそもそもここまで足を運んでないんだけどな。


「なあ、柩ちゃん。ここの電話番号知ってる?」

「知らなかったの。呆れた……『いざとなったら』……その時がもっと前だったらどうしたわけ?」


 こちらを見ずに説教をしつつも、結局は番号を教えてくれた。


「どうも」


 礼を言って扉まで移動し、取手に触れるタイミングで柩ちゃんが言った。


「誰の為?」

「…………」


 無感動に放たれた短い言葉。それは僕の動きを止めるには十分の重さがあった。

 ガラス越しの光に目を細め、僕は何をどう答えるべきか模索する。答えを見つけるより先に柩ちゃんが続けた。


「厄介事を押し付けられたってところ? だとしたらおかしいわね。どうしてあんたは請け負ってしまったの?」

「……分からないかな。僕はすごく優しいんだ。助けを求められたら動かずにはいられないよ」

「『誰も巻き込んでいないから迷惑ではない』とか思ってるのなら、それは間違いよ。この組織の奴はね、巻き込んでくれない方が迷惑だと感じるのよ」

「なら、巻き込まれてくれるか?」

「冗談」


 だろうね、と言って外に出る。喧騒の中へと紛れ込むのも束の間、すぐに地下鉄に乗り込んだ。

 席に座ったところで発車し、ようやく落ち着いて考えることができる。

 柩ちゃん──彼女の立ち位置がイマイチ分からない。あの言い方からして彼女が組織の一員ということはないだろう。けれど、柩ちゃんは魔眼コレクターから僕を守ってくれたり、白鏡誠司の人形を倒したりと活躍している。

 助っ人……そう考えるのが適切か。

 いつか直接聞いてみたいとは思うけれど……『過去に数人殺している』人に対して、こちらから話しかけるのはいかがなものか。

 いや……きっと望まない殺人だったのだろう。快楽の為に殺人をするような人間が誰かを助ける為に動くとは思えないし、そんな人間を東条さんが放っておくはずもないし。


「…………はぁ」


 ほんと……僕の前には個性豊かな人間しか現れねえよなぁ。


 ×


 家に帰ったのが午後一時。予定の時間まで一時間も余裕があることに安堵し、ゆっくりと過ごすことにした。ソファーに座り、何度も読み返した推理小説に手をつける。

 流れ込む風は生暖かく、今年の夏は早いなと思わせる。三ヶ月かそれ以上この季節が続くと思うと、本当に生きる気力が削がれてしまう。

 いくら喧噪とは無関係な立地とはいえ、だからといって熱気から逃れられるわけではない。さすがに夏は扇風機くらい買おうかと思考させられるくらいにはこの季節は僕を参らせる。

 だから夏は嫌いだ。

 だから? 馬鹿をいえ。そんなくだらない理由じゃないだろう。


「……集中できん……」


 本を床に投げ捨て、不貞腐れたように横になる。

 瞳を瞑れば、不意に過去が見えてくるようで──


 ×


『感情ってのは、なかなかに厄介だとは思わないか?』


 珍しい夢だ。いや、夢というよりは過去を見ているだけのような気がする。

 十五畳ほどの部屋は囲むように本棚が敷き詰められており、古本特有の香りが図書館レベルでする。中央にソファーが向かい合う形で二つ。ここに僕が座っていた。そして部屋の端に机が一つ。その奥の窓から差し込む光に照らされて、彼女は言った。


『これは弱さだ。感情表現豊かな人間ってのは、自身の弱点を曝け出している。他人に好意を寄せられる場合もあるだろうけれどね……そんなもの、自分が危険に陥ることと比べればまるで価値がない。そうだろう?』


 こちらに背を向けたままで、彼女は問いかける。背もたれが大きいせいでその姿は見えないが、その表情は容易に想像できる。

 死して尚、僕の頭から離れてくれないのだから。


『お前はどう思う?』


 たしか、僕はなにも答えなかった。こうして拳を握り締めたまま、足下の絨毯に目をやっていた。


『悲しい時に泣き、嬉しい時に笑う。その程度で弱点にはならないと思うか? なら、一度そのままでいるといい。どれだけ自分が脆くなっているかを自覚できるだろう。あいつの死は、この世界にとってはちっぽけなものだ……赤の他人はおまえの心も知らずに踏み込んでくるぞ』


 椅子を回転させて彼女はこちらを見る。背筋が凍てつくほどの鋭い視線。翠色の瞳は、いくらかの死線を潜ってきたようで……不敵で無敵めいた輝きを放っている。視線のみでここまで人を圧倒できるなんて、本当に心底恐怖してしまう。

 背後の光が彼女の全貌自体を隠しているのが唯一の救いだ。過去であろうと、この人の姿を見たら……、きっと魅了されてしまう。


『まあ、まずは目の前の問題に向き合うんだな。請け負ったのは、おまえの意思だろ?』

「──!」


 ああ、ここからはいつもの僕の妄想なのか。

 偶に彼女が語りかけてくるように感じる時がある。それが『この人ならこう言うに違いない』という妄想と理解しているのだが……ここまで来ると最早呪いだ。


“忘れるな”


 耳元でそう囁かれるようで気分が悪い。

 模様のある絨毯とは対照的に、シンプルに茶色で塗りつぶされた天井を見上げる。


「わかってますよ、先生」


 無気力に嘯いてから視線を戻すと、そこには誰もいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ