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無彩色の願望  作者: 哀川
第三章 死線の過去

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第二話 同類

 テストが全て終わり、少し経って返ってきた結果はだいたい僕が予想した通りだった。英語英表が赤点、そのほかは良くも悪くもなんともいえない点数で結果は九十五位。

 うん、悪くない。そう言い聞かせるけれど、だからといって補講が無くなるわけではないのだった。そう……テスト後少ししてから一週間、補講がある。

 どうして頼んでもいないのに補講を受けなければならないのだろう。そう疑問に思った僕は下校時に声をかけてきた井宮と桜内に質問してみた。


『嫌なら学校を辞めればいいんじゃないか?』

『別に補講なんて受けなくてもいいんじゃね? 学校にはあたしら生徒が金払ってやってるわけだから、つまりはお客様——神様だろ? なら自由気ままにしてもいいはずだ』


 後者の言い分については頭悪そうだなあと思ったのだが、桜内は今回三十二位だったことを思い出して複雑な気持ちになった。

 ……そういえば、東条さんはどうなのだろう。最近は『依頼』がないので会う機会がないから分からないな。

 こんな考え事をしていた補講の日。六月六日土曜日。時間はあっという間に過ぎ、思ったより疲れず机から解放された。

 四階の教室を出て、長い廊下を歩く。

 校内外は休日にも関わらず喧騒ともいえるほどの活気にあふれていた。内部に響き渡る、吹奏楽部が奏でる音。運動部が廊下を駆ける音。外からは野球部の熱意にあふれた声。テニス部がボールをラケットで打つ音。


「……生きてるなあ……」


 そんなことをぼやいてみる。

 各階に設置されている休憩スペースだけはがらんとしていた。なんだか新鮮に感じる。

 ふとした気まぐれで、僕は自動販売機でココアを購入し、グラウンドが見渡せる位置に座って小説を取り出した。そして三十分ほどして何をしているんだろうと思って席を立った。

 東階段を下り、二階に着いたタイミングで僕の視界が分裂する。

 一階を下りているタイミングで、一人の少女と僕がぶつかる未来。


「…………いや、くだらなすぎるだろ」


 どうしてこんなどうでもいい未来を見なくちゃならないんだ。これで睡眠を必要とするんだろ……本当に意味がねえ。

 早く制御できるようにならないかな。

 さて。

 たしか内側を歩いていてぶつかったから、僕は外側に寄れば問題ないだろう。

 その瞬間がきて、僕は少女との衝突を避けた——つもりだったのだが。

 少女はまるで立ち塞がるように僕の前に移動した。


「…………?」


 なんだろう……『絶対に通すもんか』という決意が伝わってくる。なんで?

 疑問に思い、彼女の足元から徐々に視線を上げる。細身の割に発育の良い胸部のさらに上の顔は見覚えのないものだった。赤褐色のセミロング。長さ的には桜内と似たような感じだが、あいつとは違って若干外巻き気味。彼女の髪と同色の大きな瞳は僕を睨んでいるようにも思える。

 再び避けて通ろうとするも、またもや道を塞がれる。

 ……怖すぎる。

 靴には赤のラインが入っている。一年生か……ここまで度胸のある一年生がいるのか。


「あなたが未来を見たという『過去』を見ました」

「………………え?」

「初めまして、藍歌姫乃先輩。私は薔薇いばら叶未かなみです」


 そう名乗ると、彼女は僕を指差して宣言する。


「藍歌先輩! あなたは——、私を助けます!」


 ×


 頭のおかしい人間と関わってしまった。そうと分かっていても、僕としては無視してやり過ごすなんてことはできない。僕が未来を見たという過去を見た——そう宣言されてしまったら、関わらざるを得ない。

 こんないつ人が来るかも分からない場所で魔術の話ができるわけもなく、僕は「とりあえず場所を変えよう」と提案し、四階の休憩スペースまで戻った。この階は特別教室も無いし、特に人が来るなんてことはないだろう。窓に面している席に座り、頭を押さえる。


「いきなり人気のないところに連れてくるなんて、藍歌先輩はなかなか勇気ありますねぇー」


 悪戯な笑顔をして、僕の右隣に彼女は座る。


「冗談じゃない……」


 僕はそっけない返しをする。

 ……なんでも、薔薇叶未という人間と僕は接点があるらしい。

 テスト前の五月十五日。下校時にカバンから落とした財布を僕に拾われたとか。思い返せばたしかにそんな事があった。本当に記憶するまでもなく語るまでもないイベントだったものだから、持ち主の顔なんていちいち見なかった。


「そっか……あれが叶未ちゃんだったのか……」

「『叶未ちゃん』ってやめてください。下の名前は仲の良い人に呼ばれたいです」


 ……ともかく、それは本当にどうでもいいことだ。問題は別にある。


「過去を見たって……言ったよね」

「はい。……あ! もしかして、嘘だって思ってませんか⁉︎」


 そんなわけなかった。突然ほとんど赤の他人の僕に『未来を見た過去を見た』なんて言うのは確信あってのことだろうし、なによりたしかに僕は未来視を所持している。それを言い当てるということは、たしかに薔薇は過去を見る事ができるのだろう。

 因みに薔薇が学校にいた理由は僕が見た未来の構図を実現するためらしい。僕は覚えていないが、なるほど、いつか見た未来とはこの事だったのか。

 しかし、この娘の目的はなんだ? まさか魔眼コレクターとかじゃあないだろうな。全員が捕らえられたなんてことは、まだ東条さんから聞いたわけじゃないし……。

 僕はカバンに手を伸ばし、折り畳みナイフを取り出そうとした。

 すると——


「お願いです。私を助けてくれませんか?」


 瞳を真っ直ぐこちらに向けて、深く頭を下げた。

 ナイフを取る手を引き、僕は一先ず様子を見ることにする。


「変な眼を持ったせいで、本当に辛いことばっかりなんです。でも、財布を拾ってくれた日……あの時、偶然にも手が触れて……それから、先輩の記憶が断片的に流れてきたんです」


 手も触れたのか。全然覚えていない。


「そして、ようやく見つけたんです! 過去と未来という正反対な性質とは言え、似たような苦しみを味わっている人に。先輩は私と違って、未来を見た事があるにも関わらず、まるで平然と生きている! だからあなたに助けて欲しいんです……! 私をこの苦しみから解放してください!」

「………………」


 薔薇も僕と同様に突如として魔眼が発現した人間か。発言中の態度や仕草、あるいは声色からして嘘が紛れているとも思えないし、おそらく薔薇は無害だ。……安心した。


「……なんて」


 薔薇は舌をだして後頭部に手をやった。……流れ変わったな。


「こんな頼み方をしなくたって、先輩は助けてくれますもんね。自殺しそうな女の子を助けた時みたいに」


 そして両手を広げ、目を瞑って得意げに語り始める。


「さあさあ、私を助けてくださいよ。どうすれば過去を見ても平然といられますか? ああ、欲を言えば過去を見れないようにしたいです。多分私の知らないことも知ってますよね? はやくこの能力の全貌を……」


 なんだか嬉々としている薔薇の隙をついて僕は階段を下りる。三階の踊り場に着いたところで、ドタドタと下りてくる音が聞こえる。まあ予想通り、薔薇が僕の前に立ち塞がった。


「いや、おかしいでしょ」


 先ほどの表情はどこへいったのか、まるで違う感情を表していた。驚愕というか、そんな感じ。


「何が?」

「助けないんですか⁉︎」

「別に助ける理由もないし……」


 薔薇叶未が無害と理解できた今、ここで縁を切っても問題はないはずだ。名前のない喫茶店を紹介して依頼させるというのも一つの方法だろうけれど、光野さんは『たまにはこうしてゆっくりするのも悪くねえなあ』とか呟いていたし。

 なにより、僕が依頼をあの喫茶店に運んだとして、結局人任せになってしまう未来が容易に予測できる。そんな無責任なことはできない。そして、僕個人が薔薇叶未を助ける理由は——うん、まったくない。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! それっておかしくないですか?」

「何が」

「だって、あの自殺しそうな娘……みずきちゃんだ! みずきちゃんは助けたでしょ! 頼まれてもいないのにっ!」


 薔薇が見た過去はあの時の辺りか。うん、やはり特に問題になるようなことはない。


「そりゃあ、助けたい気分だったからさ」

「ウソウソ! 先輩は困っている人がいたから助けたんですよ! 面白くない冗談言うなーこの人ー!」


 薔薇は必死に僕の肩を叩く。なんだか哀れだ……、上から目線で『助けろ』と言っていた後輩が、まさかここまで泣きそうになるとは。

 それでも動揺しない僕はさすがである。


「一回冷静になりましょ!」


「そっちこそ冷静になったらどうだ? 薔薇を助けて、僕にどんなメリットがあるんだ?」


 うぅ、と薔薇は身を引いた。


「交渉材料があるなら話は変わるけど」

「……あ! そういえば、さっき私のおっぱい見てましたよね! 一年にしては大きい方だから、見られるとよくわかるんですよ。助けてくれないと、この事言いふらしますよー?」

「うん、まあ見たけど。それは当たり前のことなんだ」

「……へ?」


 と、薔薇は目を丸くする。


「僕だって男だし。男ならそういうのに視線がいっても仕方ないんだよ。神様が人体の構造に差異を与えたんだから」

「ええ……この人マジか」


 なんだか薔薇の地声を聞いた気がした。彼女はさらに身を引いたので、僕は階段を下り始める。すると薔薇は遅れて横に着いてきた。


「ね、ねえ、先輩! お腹減ってませんか? ベンキョーしたあとだと減りますよね! ここは私の奢りでどうです? マックから焼肉までなんでもオッケーですよっ!」

「遠慮する」


 こんな感じの説得を、外に出ても続けていた。僕のアパートの付近までついて来て、そこでようやく諦めたのか、薔薇は足を止めた。


「どうしても助けてくれないなら……」


 嫌な予感がして、僕は振り返った。

 薔薇は肩を震わせながら、唇を噛み締めている。そして決意を固めたように、過去の見える特殊な目で僕を見る。


「あなたが人を殺したことを言いふらしますよ!」

「————」


 制服のスカートを握り締めて震える薔薇。使いたくなかったであろう最終手段だったはずだ。

 僕が水神筒子を殺した瞬間も見ていたのか。どれだけ正しい理由があろうと、人殺しは人殺し。その時の感触を僕はよく覚えているし、忘れるはずもない。けれど僕は、それでいて平然と生きている。

 そんな人殺し相手に、薔薇は勇気を出して『助けてくれ』と懇願した。口止めに殺されるとは考えないのか。死ぬほどに今が辛いのか。

 少しだけ、薔薇に興味が湧いて来た。

 もちろん嘘だ。

 人殺しの件について黙らせるには、今は協力するしかない。


「……少しくらいなら、話を聞く」


 和平公園のベンチを指差して、僕は提案した。

 休日の昼手前ということもあり、なかなかに小学生で溢れている。人が多いならば、薔薇も不安になることなく口を開く事ができ……


「うはー……気持ち悪かったぁ!」


 座った途端、薔薇は先ほどとは真逆のテンションになった。その豹変っぷりにはさすがの僕でも驚いた。


「いやいや。さすがに死体を見ると気分悪くなりますよ」

「……えっと……」

「あ、別に私は先輩に恐怖したわけじゃないですよ? ただ……先輩の過去だって分かっているんですけど、どうも私の実体験に感じちゃって……」


 人殺しの感覚を知ったからあの怯えようだったのか。

 でも、だとしたら……。


「君は、僕をどう思っているんだ? 人殺しだと知ってもなお、僕に助けを求めるのか?」

「ふぇ?」


 変な声を出して、薔薇は目をぱちくりと丸くする。


「僕は……人殺しなんだぞ」

「……? でも、理由あってでしたよね?」

「それは……」

「あの殺人のおかげで救えた人も多いんじゃないんですか?」

「まあ、そうかもだけど」


 薔薇はあの殺人に関しては正当な行為だと思っているらしい。


「薔薇が見た過去ってのは、その殺人の瞬間と、みずきちゃんを説得する時、それと僕が薔薇と出会う未来を見た時でいいのかな」

「ですです。あと、その他色々な会話ですかね」


 けれどあの組織のことは知らないと。まあ、そもそも知っていたら僕を頼らず彼らを頼るか。

 しかし、どうしたものか。薔薇の話を聞いたところで、僕は動こうとは思わないだろうし、あの組織を紹介する気にもなれないだろう。

 あー……面倒だなあ。厄介ごとには気をつけようって意識したばっかりなのに。


「過去を見るようになったあの時は妄想かとおもって——」

「あ、ちょっと待って」


 僕が遮ると、薔薇は頬を膨らませて拗ねた顔をする。


「なんですか! せっかく同情を引こうとしたのに!」

「それが成功したとしても、僕にできることはないだろ」

「いいえ」


 間を置かずに否定された。その言葉は出まかせで発せられたものとは到底思えない。

 またもや薔薇の態度は豹変し、真剣さを込めた眼差しで僕を射抜く。


「あなたは私を助けます!」

「……そう言われてもね。脅しを交渉材料にされたところで、モチベーションは下がる一方だ」

「それなら……」


 頭を押さえて考え込む薔薇。このまま帰ってもバレないんじゃないかと思うほどに集中している。

 そこまで考え込むほどに交渉材料がないのか。もう大人しく諦めてくれねえかなあ……。


「あ!」


 ロクな閃きではなさそうな馬鹿っぽい声だ。


「私が先輩のお友達になってあげますよ! これ、十分が過ぎる交渉材料じゃないですか⁉︎」

「ああ、なるほど……」


 予想を超えてくる馬鹿っぷりに僕は頷くことしかできなかった。どんなもんだいと誇らしげに胸を張っている様が本当にあほらしい。自分が馬鹿なことにも気付いていない馬鹿。天然を極めてうざがられるはずが、一周してむしろ可愛がられるタイプ。まさか、お金で交渉してこないとは思いもしなかった。


「……薔薇は今回のテスト何位だった?」


 恥ずかしそうに身を捩って赤面し、頭部に手を当てて答えた。


「七十六位です……えへへ」


 一年生の時の僕よりも全然高い……。

 ……仕方ない。ここまで無邪気な笑顔でいられると僕としてもやりにくい。ここで拒絶したところで、薔薇はきっと何度も僕に助けを求めてくる。『人殺しだと言いふらす』なんてことはせずに……。

 東条さんならばこんな理由付けもしないし、そもそもここまで迷わなかったはずだ。やっぱ、あの人と僕は決定的に違うよな。


「いいよ。薔薇を助けてやる」


 僕にできることなんてほとんどないのは目に見えている。適当に元気付けてやることしかできないだろうけど、それでこの娘との縁もあっという間に切れるだろう。

 そう思って発した言葉を、薔薇は重く受け止めたように頷いた。


「ありがとうございます! さすがは無茶苦茶な説得で自殺を止めただけありますね!」


 ……悪意はないんだろうなぁ。なんだかもう憎めなくなってきた。


「まあ、一応苦悩を語らせてもらいますね」


 口角を上げ、不安を隠した表情をする。

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