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無彩色の願望  作者: 哀川
第三章 死線の過去

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第一話 安穏

『あなたは——、私を助けます!』


 ×


 五月十八日月曜日、午前七時ジャスト。僕は目覚めた。天気は快晴。気温は十八度といったところか。

 今日から一週間に渡って定期考査である。もちろんある程度の対策はしたのだが、それでも安定して半分以下の順位だろう。……安定の使い方あってるのかな。

 僕が下位なのは、通っている大丘高校の偏差値が微妙に高いことが理由だろう。だったら『なんで入学できたんだ』という話になってしまうのだが、それは僕にも分からない永遠の疑問だ。

 勿論嘘だ。


「……顔洗うか」


 顔を洗い、うがいをし、水を飲んで着替えに移る。ワイシャツに手を伸ばしかけたところで、少し早めの夏服移行期間になったことを思い出し、ポロシャツを手に取った。

 さて。身支度を整えたところだが、なにか忘れてしまっている気がする。


「うーん……。なんだろう……」


 この喉に何か引っかかっているような感覚。気持ち悪いな。でも、忘れるということは記憶する価値もないということなわけだし。

 まあ、どうでもいいや。

 割り切って外に出る。階段を下りたところで、


「あら、懐かしい顔がある」


 と、懐かしい声がした。

 振り返ってみると、そこにはつづりさんがいた。

 美園みその綴。暗い橙色の髪を適当に結んでいる、おっとりとした性格の綺麗なお姉さん。今年で二十歳の浪人生。去年にこの人が浪人生だと知り、僕から積極的に会うことはせず、そうして数ヶ月は見ていなかった。たしかにお互い懐かしく感じるだろう。

 ちなみに僕のアパートは一階に二部屋、二階に二部屋と計四部屋あり、そのうち二階は僕と綴さんが居て、一階は二つとも空き部屋となっている。なのに綴さんの生活音がほとんど聞こえてこないものだから少し不安になっていたのだが、えくぼ付きの笑顔を見ると安心できる。


「久しぶりですね、綴さん。勉強の調子はどうですか?」

「全然」


 そう言って頬に手を当てて困り顔を浮かべる。


「なんかねー……周りの友達が大学生活エンジョイしてると思うと、勝手に落ち込んで不貞寝しちゃうの」

「分からない感覚です」


 僕にゃ友達居ないし。


「受ける大学を変えるってのはダメなんですか?」

「だめだよ〜。人生って一度きりなんだよ? 『ここで楽しい大学生活を送りたい』って思ったら、そこに入らないと」

「そういうもんですかね」


 一度きりの人生なのに受験ばかりなのはどうなのだろう。


「……と、私も思ってたんだけどねぇ」

「へえ。心境の変化が?」

「うん。なんだか、ここまでくるとまた落ちる気がするの……」

「………………」


 かなりメンタルがやられているようだった。


「お金は自分で稼いでるとはいえ、いつまでも大学が決まらなかったらお母さんも心配するだろうし……」

「じゃあ、やっぱり別のトコにするんですね」

「……か、このままバイトで食べていくか……」

「結構悲惨な感じがしますね……」


 別に学歴社会が云々というわけではないのだが、大学を出ていないと息苦しくなる可能性は否定できないだろう。これでプライドの高い綴さんなら尚更だ。


「バーの店主なんかには憧れてるんだよー」

「似合わねえ……」


 おしとやかでおっとりとしていて、それでいてゆるふわ系のこの人にはとにかく似合わない(偏見だ)。

 ともかく、今度こそは合格してほしいものだ。


「ところで、どこに行っていたんですか?」

「べ、別に勉強サボってたわけじゃないのよ⁉︎」

「………………」


 まあ、綴さんも浪人生である前に人間だしなあ。そもそも僕がとやかく言えることではないし。


「……友達に勉強ばかりじゃ身体壊すぞって言われてね。少し散歩に出ていたの」


 正直に語ると、綴さんは舌を出して微笑んだ。あざといなあ……無自覚なんだろうけど。

 僕は肩を竦めて反応する。


「ま、多分その友達の言ってることは正しいですよ。僕もテスト勉強ばっかしてると具合悪くなるので」

「姫乃くんのは嘘っぽいね」


 余裕で見破られた。顔に出てたのかな……。いや、この人とはそこそこの付き合いがあるし、僕が嘘つきというのはとっくに知っていたのかも。それでいて優しく接してくれるんだから、この人には感謝しても仕切れない。


「学校はいいの?」

「あ、そうだった」


 言われて歩き始める。少しして振り向き、僕の背中を見守るようにしている綴さんに言った。


「今度、ご飯でもどうですか? もちろん僕の奢りで」

「それなら行く」


 綴さんは柔らかい笑顔で応じた。


「でも、お金あるの?」

「まあ、バイトもしてるんで」

「──そう」


 では、と今度こそ振り向かずに歩き出す。

 さて。学生の優劣測定の始まりだ。


 ×


 現代文、英語、英表の三教科が終わり、下校時間となった。帰り道、いつもより足取りが重い理由は単純明快。英語英表の赤点が決定事項だからである。

 慢心してたわけじゃないんだけどなあ……。どうしてこういう時に限って未来を見ないんだろう。テストの内容が分かれば一気にトップまで上がるだろうに。


「あたしにも分かるようになってきたぜ」


 突然、誰かが僕の右肩に手を乗せる。


「あんた、落ち込んでるな!」


 真っ白の歯を見せつけて、桜内が顔を歪めて嗤った。

 鬱陶しいな、と思うだけじゃなく口に出し、その手を払う。


「大はずれ。この上なく上機嫌だ。今回は学年一位狙えるかもしれない」


 嘘をついた途端に、桜内の奥からさらに井宮が顔を出す。


「それなら、俺の順位も今回は落ちるのかなー?」


 桜内とはまた違う笑顔でそう言った。二人ともいい具合に煽ってくるなぁ。こういうのにも慣れてしまったけれど。


「……そういえば、井宮が上位を維持しているのは知ってるけど、桜内はどうなんだ? やっぱり馬鹿?」

「やっぱりってなんだ。あんたん家のドアぶっ壊すぞ」


 是非ともやめてもらいたいところだ。


「あたしは毎回五十位から四十位の間だな。まあ、一応上位?」


「ふうん……そりゃあ意外だな」


 嘘をついているようには見えないし、そもそもこんなしょうもない嘘をつく人間なんていないだろう。

 しかし、そうか……。ちゃんと上位に入っているのか。そもそも大丘は進学校だし、入学してる時点で桜内は地頭いいんだな……納得いかないけど。


「で、あんたは?」


 訊き返された。こちらは訊いておいて答えないなんて真似は許されないだろう。桜内が相手ならば尚更だ。


「……百前後」


 正直に答えると、桜内が周りの目を気にせずに大笑いした。


「普段あんだけ面倒くさい性格してその順位! 似合わねえー!」

「うるせえ、こういう時に正論やめろ。不貞腐れるぞ」

「二人とも落ち着けって……」


 井宮が呆れたように言ったのをきっかけに、僕は桜内から目を逸らした。

 ……以前の出来事があってから、この二人との時間が多くなった気がする。桜内にしろ井宮にしろ、数え切れないほどの友人がいるだろうにどうして僕なんかとつるんでくれるのだろう。

 直接聞く勇気が僕にあれば、何かが変わるだろうか。


「そうだ。これから藍歌の家で対策なんてどうだ?」


 と、井宮が指を立てて提案した。

 僕は間を開けずに反対する。


「嫌だけど」

「おいおいおいおい。天才が勉強教えてやるって言ってんだよ? 断るなんて頭の悪い奴のすることだ」


 と桜内が煽る。じゃあ正しいじゃねえか、と僕は心の中で思った。

 その後も道中でひたすらに拒否を続けたのだが、流されやすい僕はなんだかんだで二人の侵入を許してしまった。


「はーん。なんか人気がないっつーか、つまらん場所」


 桜内は中に入るなりリュックを床に投げ、僕の寝床であるソファーに座った。


「俺はこういう静かなところ好きだな」


 井宮はフローリングに座り込んだ。


「というかさ……この家、モノ無さすぎだろ!」


 何やら理解できないといったご様子だ。


「ソファーがあって。冷蔵庫あって。ちゃっちぃテーブルがあって、隅っこに積まれた小説が少しあって。そんだけ⁉︎」

「十分なはずだけど」

「十分じゃねえ! 不十分だわ、不十分極まってるわ! だから馬鹿なんでしょうがっ! 自分が馬鹿な理由すらも分からないとか馬鹿以上の何かだぞ!」

「関係なくね?」

「桃春、そこまで言うなよ。こう言う人には優しく言わないと効かないんだ」


 ダメージとしてはお前のが一番効いてるんだよなあ。

 床に座り、壁に寄りかかる。そして向かいの井宮に視線を向けた。


「別に苦手な科目はもうないんだ。帰ってもらって構わないぜ」

「うーん……それでも教えられることは多そうだけどな」

「ま、今日はいいよ。なんか面倒になった」


 桜内はとうとう横になりやがった。こいつなんで来たんだよ……。


「夜まで駄弁って帰る」

「ま、それもいいかもな」


 笑顔で同意する井宮。なんだか学年一位の余裕を見た気がする。こういうやつって、裏で死ぬ思いで勉強していると思っていたんだけどな。元の能力の差ですか。


 それから始まった雑談は、本当にくだらないものだった。自転車乗りを自称する割に歩道を走っている人間をどう思うか、ライトノベルを一冊読んだ程度で読書家気取りはいかがなものか、教師の言う受験は団体戦理論は本当に正しいのか。

 こんな感じに薄っぺらい内容で本当に夜まで話し続けた。

 午後七時半。ようやく帰ることになった二人を玄関まで見送った。


「次回までに冷蔵庫補充しとけ。じゃないと今度こそ扉ぶち壊すぞ」


 脅迫まがいなことを言われたのでスルーした。井宮を残して一足先に桜内は外に出た。

 続いてこいつも外に出ると思ったのだが、何か不穏な表情をして僕を見る。


「なあ……このアパートって、四部屋とも埋まってるのか?」

「……? この隣に一人だけ」

「そうか、分かった」


 それじゃあまた明日、と言い残して井宮も出ていった。


「…………はぁ……、疲れた」


 それが第一の感想だった。なんとも僕らしい思いを口にしてソファーに寝転がる。

 さて、明日からは二科目ずつになる。日本史と数IIか……なんだか余裕な気がしてきた。ということは勉強する必要がないということだ。だからといって娯楽に手を回したら、何かを忘れてしまうかもしれない。つまり、僕が今すべきことは睡眠である。

 シャワーを浴びて着替えを済まして、再びソファーへダイブ。


「寝よう」


 そう言って目を瞑る。

 ……実のところ、僕は寝たいから寝ているわけではない。本当はざっと教科書に目を通すくらいはしたいのだが……それが叶わないくらいには体調が悪い。

 あの感覚だ——未来を見た後の感覚。

 目からくる吐き気、といって伝わるだろうか。睡眠不足だってのに緊急速報に叩き起こされたような……。とにかく、『睡眠が必要』だということ。眠いから寝るという当たり前の行為とは程遠い感覚の睡眠を僕は行おうとしている。

 僕の未来視は無意識に情報を分析して予測を立てる。今朝忘れた何かというのは、未来のことだったのか。

 なんにせよ寝ている間なのだし、忘れてしまっているのも無理ないだろう。

 魔眼コレクターから逃げることができたり、東条さんを助けることができたりした時は便利な能力だと思っていたのだが、今は全然そうと思えない。蒼夜さんに言ったように、良い未来は見えないわけだし。

 未来視無関係の僕の勝手な予測を立てるならば、今回の未来もきっとよくないものだ。警戒心強めでいないと。

 そこまで考えて、僕は深い闇に落ちる。

 明日はちゃんと起きれるだろうか。遅刻しなければいいのだけれど。

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