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無彩色の願望  作者: 哀川
第二章 黒の正義

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第二十三話 迷走

 さて。

 時刻は午後十一時を過ぎようとしている。高校生ならば補導されるであろう時間帯に、僕は——いや、僕たちは名もなき公園に来ていた。大きさで言うと滑り台と鉄棒でいっぱいになるくらいには狭い。

 白鏡誠司曰く、ここがヒミツバナシにもってこいの場所らしい。人気以前に建物すらも少ないここならば確かにちょうどいい場所ではある。


「白鏡誠司ってのやめようよ。普通に、誠司様か誠司さんでいいよ」


 彼は滑り台に寄りかかって言った。


「では、誠司さんと」


 僕は少し離れた鉄棒横に立って応じる。


「そう来たか。ははは、君の捻くれっぷりは俺の娘に似ている」

「……、娘さんですか」


 ふと鈴美さんの不敵な微笑みが脳裏に浮かぶ。二度と思い出したくない顔だ。


「ところで。あなたは赤三葉に身柄を保護されたはず……」

「多少の自由は認められてるさ。監視付きだけどね」


 監視? それらしい人は見当たらないけれど。……いや、見当たらないからこそ、監視として立ち回れるのか。


「じゃあ……、僕に話しかけたのはどうしてですか?」


「そりゃあ話したかったからに決まっているだろう」


 誠司さんは呆れたように息を吐いた。

 たしかに、殺し合うためならばここまで来る必要もないし、そもそも声をかける前に不意打ちをすれば済む話だ。幻術を仕掛けられた感覚もないし、彼がお喋りしたいだけなのは事実のようだ。

 それは、なんというか……都合がいい。


「僕も本物のあなたと話をしたかったんです」

「ふん……『本物』と言うが、あれだってたしかに俺だ。容姿もほら、全く同じだろう?」

「こういうのは気持ちの問題なんですよ。まあ、娘さんの命よりも奥さんの命よりも、透視の魔眼を優先した人には分からないかもですけどね」

「そうかもね…………って、いやいや。ちょっと待って」


 と、彼は掌を僕に向かって突き出す。


「俺は鈴美のことも第一に考えたさ。だからわざわざ肉体を……」

「思ったんですよ」


 僕が言葉を遮ると、彼は手を引いた。


「鈴美さんの肉体がバラバラになったから、赤の他人の肉体を利用するって……そんなこと、本当に娘さんを生き返らせたいと思ったらできないでしょ。あの人が生きていた肉体が、まるで知らない人のものになるんだから」

「どうしてだい? 魂が鈴美の以上、肉体がどんなに変化しようと鈴美のままだ」

「………………」


 これに関しちゃ、僕の意見が少数派になるのだろうか……。

 肉体を操作しているのが魂だというのなら、その魂がイコールでその人となる。だから——肉体に意味はない、と。本当に、そうなのか……?

 頭の悪い僕には、とても分からない話だ。僕の魂がどこかの知らない人の肉体に入ったとして、果たしてそれは《僕》と思うことができるだろうか……。


「でも……やっぱり、あなたは鈴美さんの事すらどうでもいいと思っている。だって、もしもあなたの奥さんが透視の魔眼を宿していて、鈴美さんが透視の魔眼を宿していなかったら。あなたはきっと奥さんを優先したはずだ」

「ま、否定はできないね」


 その答えは彼が家族よりも透視の魔眼を取ったということだ。それを聞いて、とりあえずは安心した。この人は間違いなくタチの悪い殺人鬼だ。


「そしてもう一つ。法号つるぎはあなたに何を要求したんですか?」


 一つ不可解だった。時間をかければ解決するほどの問題なのに、果たして命を賭けるほどの事であったのか。愛が深いのは十分に理解したけれど、しかしそれでもそこまでの必要性を感じ取れなかった。


「妹の『あの日の記憶を消してくれ』ってさ」


 あの日の記憶。

 強姦された日の忌々しい記憶。

 仮に法号みずきが回復したとしても部分的に記憶が消えるなんてことはない。記憶と感覚は永遠に彼女を蝕み続ける。そしてまた、もしかすると入退院の繰り返しになるかもしれない。

 部分的に記憶を消すことができれば全てが元通りになる。

 だから——この男を頼った。


「じゃあ、次は俺の番だな」


 僕は僅かに首を傾げた。


「俺が君に二回目の幻術を仕掛けた時があっただろう? その時さ、君は異常に早く目覚めた気がするんだよ。幸福の幻ってのは、そう簡単に解こうと思うものじゃあないんだ」

「簡単な話ですよ……。その『幸福』ってのは、僕にとっての幸福じゃあなかった。叶えばこれとない喜びを感じることを理解すると同時に、決して叶うことはないことを理解する。僕が見た幸福はとても残酷なものだった——だから、幻に呑まれることはなかった」


 僕はあの時のことを思い出して言った。忘れたいと願う反面、永遠に忘れることはできないのだろうという確信。あの幻を見せたこの男を、僕は一生恨むだろう。


「あれが幸福でないとはね。さすがにぶっ壊れてるな」


 彼の言葉が耳に入った途端、自分の目つきが悪くなるのを自覚できた。

 誠司さんは僕に目を合わせると「うん?」と訊き返してくる。


「あなたに——あなたにだけは、そんなことを言われる覚えはない。あなただって、『絆』みたいな安っぽい言葉は嫌いでしょう。心から信用できるのは自分自身。そして、そんな自分自身を心から嫌悪している。僕もあなたも壊れてるんですよ」

「はは。なるほどね」

「そうやって余裕ぶった素振りをして……本当は悔しくてたまらないんでしょう? とても長い時間をかけて透視の魔眼を取り戻す作戦を立てて、少しずつ着実に遂行していって、それでも結果は今の通りだ。きっと、あなたの都合で殺された人たちも『ざまあみろ』って思ってることでしょうね」


 知ったような口をきいた後に、誠司さんは軽快に笑った。僕は多少の反論はあると踏んでいたものだったから、少しばかり戸惑ってしまった。

 彼は僅かに嘆息してから、やはり親子というべきか、鈴美さんを連想させる嫌な笑顔を浮かべる。


「俺と君は、まるで似ていない」

「似ていない……?」

「目を見りゃ分かるよ。君は、赤の他人すらも気分によっては助けてしまうようなお人好しだ。そんな人と似てるだなんてごめんだね」

「何を言って……」

「二つ、教えてあげようじゃないの」


 彼は人差し指を立てる。


「俺は君を殺したい。地獄のような苦労をしてきたってのに、それが水の泡だ。こんな監視がなかったら、手足を引きちぎってから海に沈めたいもんだよ。……君は、どうだい? ここまでの殺意を赤の他人に向けたことがあるのかい?」

「……どうだったかな」


 そして、誠司さんは中指も立ててピースを作る。


「俺は赤の他人なんてどうでもいいね。目の前で死にかけていようと気にしない。そいつが死んだところで、俺にゃ一切関係ないからな」

「それは僕も同じで……」

「法号つるぎ」

「…………」


 聞き覚えのある名だ。しかし、どうして今になってこの人の口からその名前が……。


「彼女の妹はもうすぐ死ぬだろう。自殺だ。法号みずきの回復を心から願っているのは、実を言うとつるぎちゃんだけなんだ。彼女の両親や祖父母は、はっきり言って『諦めている』。みずきちゃんには何も期待してはいないし、何も望んじゃいない。しかし、法号つるぎだけは違った。妹の回復を第一に考えた。その為なら殺人すらも行うほどにね。そんな彼女が死んだ——と、俺はみずきちゃんに告げた。そして、自殺をお勧めした」

「…………」

「これでも俺は人をみる目があるから言うけどね……みずきちゃんは、強いよ。自殺くらいならきっとできる」

「どうして、そんなことを……」

「勘違いしないでほしいんだけどね、俺だって最初はみずきちゃんを助けようとしたさ。つるぎちゃんとの約束だしね。けど、とある理由で回復が叶わなかったんだよ」


 救えないから殺してやろうという早急な判断。

 なんて、賢い立ち振る舞い——。


「彼女の状態は良くなくてね。今までは男性恐怖症の片鱗が見えていた程度なんだけど、今回の入院原因は極度のフラッシュバックだ。心理療法も薬物療法も、彼女には効かなかった。ならもう、死んだ方が楽じゃん」


 それだけ聞いて、僕は走り出した。公園を出、薄暗く視界の悪い住宅街を駆け抜ける。

 何故助けようとするのか。

 果たして、彼女を助けることに意味はあるのか。

 そして今、息を切らしながらも走り続ける僕はどんな表情をしているのか。また、背後の誠司さんが僕の背中をどんな目で見つめているのか……見据えているのか。


 簡単には分かりそうになかった。

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