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無彩色の願望  作者: 哀川
第二章 黒の正義

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第二十一話 対話

 姫乃と桃春が寒月公園に到着する十五分前——白鏡誠司はすでに魂の樹の下までたどり着いていた。彼は大樹を見上げ、不敵に微笑んでから右手で触れる。

 それに反応したかのように幹が少しずつ開いてゆく。やがてそこから姿を現したのは——二つの眼球。


「待たせたね、鈴美……」


 そう一言呟いてから、そっと眼球に手を伸ばす——と。


「お待ちしておりました……白鏡誠司」


 背後から一人の少女の声が誠司の耳に入った。指先の眼球に触れるよりも先に誠司は振り返ることを優先した。

 僅か三メートル先に立つのは、二人の少女。金髪ミディアムで、制服を着た東条色奈。白杖を持った灰色ボブカットの小柄な少女、柩。二人が並んで誠司と対峙している。

 さすがの誠司も息を呑んだ。まるで気配を感じ取らせずに、彼女たちは容易に近づいていた。そして、二人を認識してようやく殺意を感じ取ることができる……こんな状況誠司にとっては初めてなのだ。


「そうか……彼らの同業者だな?」


 誠司は姫乃たちとの関連性を確認するように問う。


「ええ、まあ……あの二人は勝手に動いただけなのですけれどね。本来なら、明日にあなたの身柄を赤三葉に渡す予定だったのですが」

「ふうん? ならば、君たちはどうしてここにいるのかな? 勝手に動いたと言っていたか……ならば、すべてを予測していたと?」

「まさか」色奈は小馬鹿にするように笑った。「そんなわけがないでしょう。未来視も無いのに」

「なら……」

「勘ですよ。それ以外の、何でもない」


 自虐的な微笑みを浮かべて視線を落とす色奈。そのことについて誠司は問うような真似はせず、話を進める。


「それで? 赤三葉に引き渡すというのは」

「そのままの意味です。あなたには生きていてもらいます。白鏡を継ぐ者に今亡くなられては困る。白鏡の機能が停止してしまえば魔術世界の大打撃となってしまう。しかし、あなたは償いきれないほどの罪を抱えている。そんなあなたに対して糾弾する連中が確実に増えることでしょう。ですので、あなたには一時的に消えてもらいます」


「なるほど。なるほど、なるほどね」


 誠司は二度頷いた。


「いいよ。でも、その前に娘を生き返らせてもいいかな」

「もちろんダメですよ。あなたのような人間に、透視の魔眼を手に入れさせるわけにはいかない」


 色奈は一歩踏み出して、強気で言った。


「今から三年前——あなたの娘さん、白鏡鈴美は霊に肉体を破壊された。その一週間後、あなたの奥さん……白鏡豊子が自殺している。きっと、お腹を痛めて産んだ我が子の最期を知って絶望したんでしょうかね。他の理由もあるかもですけど、今は触れるところではありません」

「…………」

「あなたは蒼夜さんから全てを聞き、魂の樹の所有権を我が物とし、血の契約を交わし、娘さんの遺体にこびり付いた魂が離れぬうちに樹と契約を交わした。多分、ここまでするのに三日とかからなかった。……しかし、不思議なものです。どうしてあなたは、その後に死んだ奥さんの魂は野放しにしたのですか?」

「おいおい……何もかも見えてるのかい」

「あなたは。バラバラになった娘さんを見て絶望するより先に、娘さんが透視の魔眼を宿していたことに歓喜したんですよ。だから、それ以外のことは眼中になくなった。白鏡誠司の正体は正真正銘の悪人ってことです」

「言うねえ」


 誠司は微笑んで肩を竦めるが、二人は真顔のままで静止していた。


「しかし、本当の疑問はここからです。娘さんが死んでからあなたが動き始めるまでに、あまりにも時間を置き過ぎている。数ヶ月の間にあなたはここまでのことができたのに」

「そこまでか」


 そこまでも——そう呟き、誠司から笑顔が消える。


「あなたは……自分を複製しましたね?」

「…………君は……」

「あなたの慎重さ加減は蒼夜さんすらも評価していたほどです。あなたの——いや、白鏡の技術と知識を使ったのなら、時間をかければ自分の代わりを作ることは可能でしょう。空の肉体にお得意の幻術を使ったら、自分自身の思考を埋め込むことができますしね」


 言い切ると色奈は僅かに目を細めた。

 突如として、一層張り詰めた空気となる。


「それで、君はこれから何を言い出すのかな。ふざけた妄言を吐いて、それだけで俺がホイホイ付いていくとでも?」

「まさか」

「なら……」

「一つ契約をしましょう」


 誠司の言葉を途切らせる色奈。


「今から私たちと殺し合ってください。あなたが勝てば、私たちの所有権をあなたに差し上げます。その代わり私たちが勝ったら、大人しく赤三葉に保護されてください」

「……」


 彼は気付く。色奈は既に血の契約の第一準備の段階に入っている。彼女の言葉に秘められた極限概念。絶対的契約の確定。

 その事実を知り、再び誠司には余裕が生まれる。


「いいよ。その勝負には自信がある」


 誠司も同じようにして応えた。


「しかし、殺し合いとは大きく出たね」

「どうせ本物のあなたは研究所で健康的な暮らしを送っているのでしょう? なら、この肉体が死んでも問題はないはずです」

「やれやれ……別に君の妄言が正しいと言った覚えはないんだがね」


 その呟きを無視して、色奈は自分の爪を手首に差し込んだ。一筋に流れる血液が、地に落ちる。


「本来なら正式に文字で表した契約を結びたかったのですが、なにかと忙しかったもので。簡易的な形式になりますがご了承願います」

「気にしなくていいよ。俺は小難しいことはきらいでね。小細工は好きだけど」


 誠司は地面に落ちている木の枝を拾い、指先を切った。同じように血を溢した途端、二人の血は霧となり、互いに交わって消え失せる。


「これで死ぬまでは契約が続きます。もしも不備があれば、改めて正式な血の契約を交わしましょう」

「ああ、そうだね」


 二人が同意したところで殺意が二つ。三人がこの場にいて二つ。色奈は殺意を向けていなかった。ならばと誠司は視線を彼女の隣に立つ小柄な少女、柩に向ける。

 誠司は僅かに首を傾げた。


「俺は二人同時でも構わないんだけど?」

「いえ……やっぱり、私は戦いません」色奈は柩に目を向ける。「私も参戦すれば、この娘に『ついでだから』と言って殺されかねない」

「それはまあ……なんとも複雑な関係なんだな」


 それじゃあ始めよう、と誠司はそれ以上踏み込むことはしなかった。殺し合いが始まる本当にその直前、色奈は涼しげな無表情で言った。


「この娘、腹立つくらいには強いですよ」


 白杖が地面に突き刺さる。


 ×


 今の状況で『意識が覚醒した』といったら嘘になるかもしれない。しかし、僕は生きていることを実感できている。二本の足で体重を支えているし、しっかりと呼吸もできている。

 だけど、この状況は解せない。

 燈明学園の講堂入口前に僕は立っていた。気絶して直後がコレなのだから妄想か幻覚になるのだろう。

 さてどうしたものかと悩んでいると、


「入らないの?」


 と声をかけられた。

 潤いのあるその声の持ち主を確かめるべく僕は振り返る。

 169センチ前後の僕よりも少し低いくらいの身長。手入れの行き届いている腰の辺りまでの長髪の少女だった。

 当然僕はこんな人知らない。でも、魂の樹とやらの近くで気を失ったことを連想させると大体の予想は付くのだった。


「白鏡……鈴美さんですね」

「おやおや。私の顔に名前でも彫ってあったのかな?」

「…………」


 口調がもう白鏡誠司だった。


「あの、そういうのいいんで……」

「まあまあ、座って話そうじゃないか」


 けらけらと笑い、鈴美さんは講堂へと足を進める。仕方なしにその背中を追って僕は彼女の隣の席に座った。


「ここはどこなんですか?」

「答えを他人に求めるよりも少し自分で考えてみよう」


 どういうわけか、鈴美さんは得意げな表情をしていた。年上らしい言葉を使う自分に酔っているのかな、と思った。


「あなたが僕に見せている幻覚……ってところですかね」

「それだけ?」

「ほかに何かあるんですか?」


 そう訊くと、鈴美さんはわざとらしくため息を吐いた。


「君なあ……突発的とはいえ未来視を手にしたんだろう? なのに、もう一つの可能性が思い浮かばないなんてマジかい?」

「もう一つの……?」

「生き返った私が、こうして君と話すという未来があるかもしれないだろう」

「いや、未来を見ているんだとしたらこんな話にはならなくないですか?」


 それを言い出すとなんでもありのような気がするな……。さっきからこの人は悪戯な微笑みを浮かべているし、ただからかっているだけなのかもしれない。


「そのことについてはどうでもいいとして。私の話をしようかね。その為にここに来たんだから」

「…………」

「魔術世界において白鏡は上位の立場なのは分かるよね。基本は裏から授戒を支える立場さ。昔はサポートというよりは支配だったんだけどね……時代が変わるにつれ、その立場はいつの間にか逆転してしまっていたよ」


 軽く肩を竦める鈴美さん。


「まあ、白鏡が魔術世界に必要不可欠ってことに変わりはない──私はその事実だけでも満足だったんだけどね……。しかし、両親と祖父母はそれで納得できなかったみたいだ。だから、一つの計画を立てた」

「計画……」

「魔術での力が及ばないのなら、それ以外の知識で力をつけようとね。今考えてみれば大して意味がなさそうだけど、それでもやるしかなかった。藁にもすがる思いだったんだろうね」

「それで、学問を極めた……」

「まあ、そんな言い方じゃあ生ぬるく感じるほどには地獄だったよ」


 そんな単純に物事が進む訳がない……ということは、白鏡の人たちが一番理解できているのだろう……鈴美さんの話を聞く限りだけれど。

 けれど、鈴美さん一人が極めたところで、なんの解決にもならない……彼らは一体なにを望んだんだろう。


「記憶の共有」


 鈴美さんは体を僕の方へと寄せてきた。年齢の割には大きめな胸部が当たり、かすかに甘い吐息がかかるほどの距離。本来ならばこのまま胸の感触を確かめたり、なんならこちらから擦り寄るレベルなのだが……、僕は少し体を引いた。

 ——拒絶した。

 どういうわけか《恐怖》に近い感情を抱いた。


「感情の操作なんて容易だ。魔術師じゃなくてもできる。それを応用すれば殺人だって可能だからね。記憶の操作も容易なんじゃないかな? 私は魔術を極める以前に死んだから分からないけれど」

「感情と記憶が同じだとでも言うんですか? あなた一体なにを言って……」


 ……無駄な話をする暇はない。たとえここでの時間が一瞬でしかないとしても、ともかく今は早急に目を覚ますのが先決だ。だから、とりあえずこの人との会話を終わらせなくてはならない。


「……それで? それは成功したんですか?」

「その為の知識が何者かに奪われたと祖父が言っていたよ。結局、これまでの行為は無意味だったというわけさ」


 鈴美さんは肩を竦めて言う。


「しかしまあ、その後で私の知識は幽霊に奪われるのだから遣る瀬無い」

「幽霊……」


 桜内の体にも、幽霊とやらが取り憑いているのだったか。


「もしも私が魔術から知識を付けていたら、自分が《透視の魔眼》を宿している可能性について考えていたことだろうけどね。けれども、私にそこまで頭を使う力はなかった。無意識のうちに魔力が眼球に集まるなんてこともなかったから、家族も気付かなかったようでね……」

「そして……授戒蒼夜を頼った」


 その名前を口にした時、鈴美さんの目が細まる。思わず息を呑んでしまう——いや、それすらも躊躇ってしまうほどには威圧感があった。


「私が《透視の魔眼》を宿している可能性について、あの女はきっと瞬時に理解できたんだろうね。霊の人格が知識を奪って眠っているだなんて……、わたしには予想もできなかったよ……当然と言えば当然なのだが」

「……まあ、そうですよね」

「思えば、あの霊は私が『不幸だ』と感じている部分を取り除いてくれたのかもしれないな」

「もう霊はいないんですか?」

「授戒蒼夜が霊の人格を呼び覚ましてね。そのおかげで、霊は私の体内に爆破の魔術を仕掛けやがったんだよ。霊ってのは、自身の存在が露見することを最も恐れる……らしいからね」


 無茶苦茶な話だが、鈴美さんが最も不幸なことは理解できる。


「私の眼が二つとも綺麗な状態であったのは実際のところほとんど奇跡でしかなかった。そして、私が肉体を失ったその直後に、燈明学園の教師として勤めていた父が来たのも、本当に偶然でしかない」


 そうか。いくら交渉だからといって……いくら等価交換だからといって、白鏡誠司がここまでスムーズに事を運ぶことには違和感があった。……けれどここに勤めていたというのなら、ここでたしかな信頼を得ていたとしたのなら、それも納得がいく。


「偽名を使っていたから、父が白鏡だと知っている人間は恐らくゼロだったろうけどね」


 大山和弘にだけ白鏡を名乗ったのは、犯罪行為すらも帳消しにできるという絶対的な信頼を得る為——ということだろう。


「さて。私の話は終わった。細部は説明したところで君には理解できないだろう。だから、次は君が語る番だ」

「僕がですか?」

「うん。いくつか質問をさせてもらうよ。まず、君が魔術師退治の専門家——というのかは分からないけれど、そういう類の組織に所属した理由はなんだい?」


 にやりと唇を歪ませる鈴美さん。その割には目は笑っていなく、まるで嘘か真かを見極めようとしているように思える。


「えっとですね……ただのバイトですよ。未来を見るだけで稼げる仕事なんて、他にないでしょ?」

「嘘をつくのは勝手だが、あまりお勧めはしないな」

「…………」


 具体的に何をするのか言わないところが一番怖い。仕方なしに僕は本音を語ることにした。


「実のところ、僕は自分自身を理解できていないんです。別に他人の命を第一に考えているわけじゃない。知らない人の幸せなんて知るもんか……って気持ちもあります。けど……」

「けど?」

「……らしくないとは思っているんですけど、僕にしかできないことって、これくらいだなって気持ちもあるんですよ」

「まだ人生の序盤だってのに随分と悟るのが早いじゃないか。まあ、とりあえずその答えで納得することにしよう。さて、次の質問だ。君は水神筒子を殺したね?」

「みずかみ……ああ、あの変な女性ですね」

「そうだ。たとえ変でも私は彼女に愛着があった。話していて退屈しなかったしね……とにかく、君は殺した。その理由はなんだろう」

「そりゃあ……僕と桜内は白鏡誠司を殺すために行く途中で彼女に邪魔をされたから。彼女も彼女で、僕たちを本気で殺す気だった。あの衝突は避けようがなかったと思ってますけど」


「彼女はたしかに犯罪幇助をした可能性があった……というか、確実にそれ以上のことをしでかしただろう。だけど、それはなんの確証もなかったはずだ」


 僕は目を逸らす。

 それは、後ろめたさが理由か——


「君は、何の為に彼女を……」

「だから、こっちが殺さなきゃ殺されてたんだよ」


 僕は鈴美さんの言葉を待たずに言った。そして、さらに続ける。


「数人殺しが彼女の幇助の上で成り立った殺人なら、彼女も罰を受けるべきだ」

「うん。それで、君はいつ罰を受けるのかな」


 耳を塞ぎたくなるような正論だった。思わず目を見開き、僕は鈴美さんに顔を合わせる。

 やはり、不気味な笑顔に見える。


「……僕も一つ質問させてもらいます。僕は正直に答えた。あなたも正直にお願いします」

「いいよ」

「あなたは生き返ったら、透視の魔眼を使って何をしますか?」

「もちろん、魔術世界の頂点に立つ為に暗躍するね。その為には人殺しも躊躇しない。なんだったら、父に透視の魔眼を譲るまである」

「……それを聞いて安心しました。やはり、あなたは死んで正解だ」


 僕は席を立った。そして出口へといつもの足取りで向かう。


「理由の後付けか……或いは純粋な正義感か」楽しげに語る彼女の声は、徐々に遠くなる。「本当に面白い殺人鬼だ」

「────」

「私はいつでもここに居る。話がしたくなったらいつでも来てね」


 声を張って、そう言った。

 結局、ここは鈴美さんが見せた幻覚なのだろう。未来視を所持しているからといって、ここまで未来を無茶苦茶にできるわけがないのだから。

 なぜ、鈴美さんは僕と対話をしたのか。

 その疑問を投げかけることすらせず、僕は閉ざされていた扉を開けた。 

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