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無彩色の願望  作者: 哀川
第二章 黒の正義

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第二十話 異常再開

 確実性のない勝負は挑まない。自身の実力にほんの僅かなブレを感じたら、まず第一に逃走を決意する。ずる賢いようだが、それでも損をしない生き方をしてきた。

 桃春の糸を防ぎつつ、彼女に足を進めている途中、誠司は自身に違和感を覚えた。

 ——水神筒子の死が頭から離れない。

 そのことに危機感を覚えた誠司は、丁度姫乃の幻術が解かれたことに気づく。彼は朦朧とする意識を気張って覚醒させ、必死に未来を見ようとしている。

 ならば、と。


「あいつは……あんたが目覚めた時に再び幻術を仕掛けたんだ。くそ……慢心したか。めっちゃカッコつけたのに……」


 胡座をかいたままで、桃春は肩を落とした。


「僕も便乗した。まあ、誰も見てないのが幸いだ」


 姫乃は肩を竦める。そして、ふと死体があったところに目をやった。


「次の仕掛けがないあたり……幻術は解けたって考えていいのかな?」

「だろうね。さて、奴はどこへ行ったのか……」

「……? どこもなにも、ここをもう少し登ったとこの研究所じゃないのか?」


 姫乃の疑問に、桃春は顎に手を当てて答える。なんとも彼女らしからぬ雰囲気に姫乃は首を傾げた。


「あいつが研究所に行くってことは、つまりはどういうこと?」

「はあ? ……そんなの、魂を入れる為の肉体を完成させる為……、じゃあないのか?」


 自分の言葉に含まれる非日常感に違和感を覚えつつ、姫乃は言った。


「白鏡誠司……あの男がそこまで後手になるようなことするかな? 実はもう肉体は完成しているのだとしたら……」

「だとしても、やっぱり研究所に戻っているんじゃないか? 肉体も魂も、そこに保存しているだろうし——」


 彼の言葉を無視して、桃春は思考する。少ししてから彼女はゆっくりと立ち上がり、姫乃に向かって手を差し出した。


「スマホ貸して」

「なんで」

「いいから」


 姫乃は携帯を渋々桃春に手渡した。


「うっわ、アプリほとんど入ってないじゃん。あんたスマホでなにしてるわけ?」

「携帯は基本的に連絡用機器だろうに……」


 姫乃は肩を竦めた。桃春は電話番号を打ち携帯を耳元へと運ぶ。ワンコールで通話が開始された。


「もしもし、あたしだけど。質問は禁止ね。聞かれたことだけに答えて」

『いつも通り傍若無人だなぁ……』


 呆れたように返事をしたのは井宮奏斗だった。彼の返事を無視して桃春は続ける。


「授戒の所有する『魂の樹』ってのは、一体どこにあるの? やっぱ、あいつらの屋敷かどこか?」


『……。……、魂の樹、ね』


 奏斗は何か含みのある間を空けてから答えた。桃春はそんなことはまるで気にせず、奏斗の答えを黙って待つ。


『授戒が魔法使いから奪った魂の樹……あれは数十年前までは三本あったらしいんだ。授戒本家で管理していたんだけど、何者かに襲撃されてね、その時に二本失ったらしい』

「ん、そこまでは知ってる」

『その直後、授戒はある土地を購入した。そこは授戒の監視の目が行き届く程度の場所でさ……十分なほどの木も生えている。あの樹を忍び込ませるにはうってつけなのさ。不思議な力があろうと、見た目はただの木。それを見極めるには時間がかかるし、時間をかければその敵を排除できる』

「へえ。それで、どこなの」

『寒月公園』

「あんたが知識豊富で助かった。あんがと」


 一方的に電話を切り、携帯を姫乃へと投げた。


「さあ、とっとと行こう。あんな殺人鬼の願望を叶えさせるわけにはいかない」


 言うとすぐに、彼女は来た道を戻り始める。

 姫乃はその反対方向にあるであろう研究所の方を見て、視線を送る。それから、肩を竦めてからため息を吐き、桃春の背中を追った。


 ×


 桜内は言った。悪人の願いなんて叶うべきものじゃない、と。しかし僕には彼女がそんな大雑把な目的でここまでするとは思えない。

 だから、本当はもっと明確な目的に気づいているはずだ。それでいてなお、口にすることはない。


“たかが一人の為に何人も殺すような奴に、透視の魔眼を手にさせてはならない”


 これは紛れもない正義だ。けれど、それを意識した場合にはもう一つも意識せざるを得なくなる。


“白鏡鈴美の復活を阻止すればこれまでの犠牲が水の泡となる”


 この事実について、僕ははっきり言って妥協できている。白鏡鈴美は赤の他人だし、なんの思い入れもない。そんな人が生き返る機会を踏みにじられたとしても、例え僕が踏みにじったとしても、罪悪感なんて感じない。

 ——でも、桜内桃春は違う。そこまで付き合いが長いわけでもないが、そんな僕にも分かる。彼女は悪を自称しなければ、目的の達成ができないのだろう。

 きっと躊躇ってしまう。だから僕はそのことについて指摘はしない。もしすれば、桜内は——。


「——さて。問題は、このドームくらいの大きさのある公園から、魂の樹をどうやって見極めるか……」


 寒月公園は直線距離でいくと一キロはある。はっきり言って立派な森だ。ここから一本の木を探そうって言うんだから無謀な話だ。というか、まだ《魂の樹》ってやつの説明がされてないんだけど……。

 そんな僕を無視して、桜内は整えられた道を外れて、小さな森の奥へと進む。虫がうざったいなあと思いつつ、僕はその背中を追った。

 十五分ほど探索をして、とうとう僕は不安を口にした。


「なあ、いくらなんでも無茶じゃないか?」


 それでも桜内は「なんで」と背中を向けたままで言うだけ。


「なんか、見分け方とかないのか? 魂って見えないの?」

「魂ってのはイコールで霊体と言える。《あたし》には霊感とかないから、感じ取るのは無理。あんたこそ、何か未来は見えないの?」

「いや……今のところは」


 そもそもさっきの殺し合いで次々と未来を見たものだからとっくに頭が限界だ。この状態で未来を見られるのかどうか。二時間しか睡眠をしなかった時のように頭が痛い。どう表現したらいいものか……目からくる吐き気にも襲われている。

 次寝たらいつ起きることになるのやら……。こんな状況なものだから、さすがに不安な感情を押し殺しきれない。


「ところで、さ……」桜内はいつもより落ち着いた声色で言った。「あんた人を殺したよね」

「うん? まあ、殺したね」

「感想は?」


 不思議な質問だ。その意味を深く考えることはせずすぐに答えた。


「特になにも」

「……すっご。あたしでさえ初めて人を殺した時はさすがにくるものがあったけど。たしか二日は食えなかった」


 不自然なほどに素直だ。桜内ともあろう人間が、自身の弱さを晒すようなことをするなんて。信頼、してくれているのだろうか。だとしたら……だとしたら?

 別に、どうもしない。

 ——それだけの話しだ。


「あの時は相手がどんだけ悪い奴だとしても殺すとなったら躊躇った。でも、世の中を良い方向へともっていく為の殺人……そう割り切っちまうと、すぐに慣れたよ」

「…………」

「いつか誰かが必ずやらなければならない殺人……別に、これが正当化されるべきって言いたいわけじゃあない。きっとあたしたちは罰を受けることになる。でも——そん時は、こっちの気持ちも理解してほしいもんだ」

「桜内……」


 それに続く言葉は出ず、僕は沈黙する他になかった。……慰めの言葉を探すだけ探して、それを口にすることすらもないのか、僕は。

 井宮だったらなんて言うのかな……。などと思考していると、見覚えのある風景を視界が捉えた。

 記憶力が特別良いわけでもない、寧ろ悪いと言ってもいいレベルのこの僕がここを覚えていた理由。それはこの大樹だ。この前、井宮と共に犬捜しに行ったときだ。その犬は、ひたすらにこの大樹に向かって吠えていたか。

 …………まさか、ね。そんな単純なことって……。

 そう思いつつも、僕はその大樹の前で足を止めた。


「なに? なしたの?」


 桜内は少し離れた場所で足を止めた。そこで振り返ると、彼女は目を大きく見開いた。その表情は、まさに驚愕という言葉を表している。おそらく、呼吸をすることすらも忘れている。

 この樹は桜内をそこまでの表情にするほど……。——いや、違う。桜内はこの樹を見て驚愕しているんじゃない。僅かに視線を外した、この樹の下……ちょうど僕の反対の位置。

 今の桜内の様子では訊くよりも見る方が早い。僕は大樹を回り、反対側へ向かう。

 そして、ゆっくりと視界に入ってきたのは……人。

 膝から下が——千切れている。黒いスーツのあちこちが破れており、場所によっては肉の向こうの骨までもが見えてしまっている。とうに乾いた血溜まりに倒れている彼は……白鏡誠司。そう認識するのが当然だ。

 しかし、なぜ、彼が……頭部の形が歪むほどに、圧倒的に破壊されているのか。

 桜内があんな顔をするのも無理ない。実際、僕も少しの間呼吸することを忘れたくらいだ。


「なんで、こんな……」


 俄然としたこの状況で、僕たちは顔を合わせることしかできない。

 すると。


 ふと——僕の視界が暗闇を映す。

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